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さくらももこのいた場所(志津史比古)

見出し画像:『ちびまる子ちゃん(12)』

1、泣いている子供時代の「私」

 『ちびまる子ちゃん』第12巻の巻末には「まる子じぶんの未来を見にゆく」と題された特別編が収録されている。
 主人公の〈まる子〉は、未来の自分自身である作者=〈さくらももこ〉に会いに行く。さくらは、マンガ家になっていて、エッセイストとしても本を何冊も出しており、結婚し子供も産んでいる。
 未来の自分がマンガ家として活躍していることを知ったまる子は、涙を流す。そして「毎日たのしい?」とさくらに尋ねる。さくらは「んっ」と力強く頷いて、現在の自分の生活を肯定する。

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『ちびまる子ちゃん(12)』

 なぜ、まる子は、自分が将来マンガ家になったと知って、涙を流したのだろうか。彼女の小さい頃からの夢が実現したからだろうか。そうとも言えるだろうが、ここには、もっと繊細なニュアンスが感じ取れる。それは「たのしい?」という問いかけに表れている。
 子供のときの自分が涙を流すのは、過去に経験した苦しみが未来において報いを得たからだ。単に望みが叶ったというよりも、そこでは、自分の存在に意味があったことが強く実感されているのである。自分の生きてきたことにちゃんとした出口が与えられたと、そのような思いがここで示されているように思える。

 われわれは、過去の出来事を振り返るときに、得てして、そこにすぐに因果関係を構築してしまう。過去の任意の出来事が現在の自分の状態を作った原因であると、そう考えてしまう。そうやって、ひとつの物語を作り上げようとする。
 こうした「伏線回収」的な物語構築は、未来に向けてならば、ある種の期待を醸成することにもなるだろう。現在の自分の努力や苦しみが、将来の時点において、何らかの有益な働きをなすかもしれない、あるいはそうあってほしい、という期待である。
 しかし、フィクションにおける「伏線」とは違って、現実の人生では、過去の経験が役に立ったかどうかは、誰にも、それほどはっきりとは言えないだろう。役に立ったものもあるだろうし、そうでないものもあるだろう。自分では気がついていないだけで、実は役に立っている経験というのもあるかもしれない。
 フィクションとの比較でもっと言うならば、回収されなかった伏線がいたるところに見出されるのがむしろ人生なのではないだろうか。回収されるかとも思っていたが、ぷっつりと途切れて取り残されたままである伏線。伏線を上手く回収し切れなかったフィクションなど、掃いて捨てるほどあるだろうが、実際の人生においてはもっとそうなのではないだろうか。

 もし、あなたの目の前に、小さい頃の自分が現れて、「毎日たのしい?」とか「今、幸せ?」などと聞いてきたとすれば、あなたは、何と答えるだろうか。さくらがそうしたように、全力で即座に肯定できるだろうか。
 その問いに上手く答えられようがそうでなかろうが、人は常に子供時代の自分から見つめられている。誰の中にも、泣いている子供時代の自分がいる。
 ここには、過去の自分を救い出すという課題が存在している。それは、言ってみれば、過去の自分が抱えた苦しみを決して無駄にはできないという使命感のようなものだ。
 こう考えていくと、さくらの肯定もまた、それほど確信的なものではなかったかもしれない。誰しもが、過去の自分に向かってならば、たとえ現在の生活が幸福でなかったとしても、それほど楽しくはなかったとしても、「うん」と返答するかもしれない。
 泣いている子供時代の自分とは、回収されないままに放置されている人生の伏線だ。言い換えれば、それは、行き場を失った欲望とも言える。
『ちびまる子ちゃん』のエピソードとは違って、人生の局面には常にオチがあるわけではない。オチらしいオチもつけられずに、宙ぶらりんのまま漂っている欲望がある。
 泣いている子供時代の「私」がまだそこにいるとしても、その泣き声が、大人になった現在の自分の耳にまったく入っていないということもありうるだろう。意図して無視しているというよりも、そこには忘却があるのだ。だから、過去の自分を救い出すためには、まずは思い出さなければならない。

 子供時代に固有の幸福があるとすれば、それは、未来のどこかに辿り着かないような、少なくともそれを意図したわけではない経験に満ちているからだ。
 『ちびまる子ちゃん』にそのことを描いた象徴的なエピソードがある。「まる子まぼろしの洋館を見る」がそれだ。
 ある夏の日、まる子と友人たちは空き家になった古い洋館を探索する。しかし翌日、改めてその洋館を訪れようとしても、二度とそこには辿り着けない。
 このエピソードは子供時代の経験そのものを象徴している。『ちびまる子ちゃん』について語られるとき、しばしば「ノスタルジー」という言葉が用いられる。昭和後期を思い起こさせる懐かしい風俗がそこに描かれているから、というだけではないだろう。将来のことを考えずに、今を夢中になって遊ぶことができた、そうした時間感覚がそこに示されているからだ。

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『ちびまる子ちゃん(7)』

 かつて大塚英志が言っていたことだが、『ちびまる子ちゃん』には心理療法的な側面がある。「さくらの描く街が誰にとっても安らぎなのは、それが彼女の個人的な故郷である清水市ではなく、誰の心の中にでもあるはずの〈箱庭の街〉だからに他ならない。その〈箱庭〉の中で展開される小さな女の子の物語を外から見つめることで、人は癒されるのだといえよう」(注1)。
 まる子たちは、われわれ読者の子供時代が仮託されたキャラクターであり、われわれは、フィクションの世界の中で、自分の中の子供を遊ばせている。過去の「私」がフィクションの中で、のびのびと解放されている。この解放感こそが『ちびまる子ちゃん』の魅力ではないのか。
 ここには、出口のない迷路に迷い込んだ生に自ら救いを与えるヒントが示唆されている。それは、行き場のなくなった自らの欲望に、それがフィクションだったとしても、ひとつの出口を与える方法、子供時代の自己のまなざしに向けて幻の王国を出現させる方法である。

もう大丈夫だよの声が
泣いてるわたしに
届きますように……

いつかのあのときの
もう大丈夫だよの声が
今のわたしの声だったと
気がついて
わたしはなおさらエールを送ります。

いっしょに遊ぼう。
いっしょに遊ぼう。

泣かないで
大丈夫だから
一緒に遊ぼう。

さくらももこ「今のわたしの声」(注2)

2、エッセイマンガ界の快便女王

 さくらももこは、しばしば、「エッセイマンガ」というジャンルの確立者と見なされている。例えば、マンガ研究者の竹内美帆は、次のようにエッセイマンガの歴史をまとめている。

エッセイマンガのジャンルとしての成立は1980年代以降であるとされるが、それ以前でも単行本のあとがきやおまけのページとして作者の近況などが語られることは見受けられた。ジャンルとして定着し始めたのは1990年代だと考えられる。どの作品をエッセイマンガの元祖であるとするかにはより詳細な議論と考察が必要であるが、1990年代に少女マンガという枠のなかでエッセイマンガを試み、少女読者だけでなく幅広い層へ浸透させた作品のひとつが『ちびまる子ちゃん』であったことは間違いない。

(注3)

 『ほのぼの劇場』の「夢の音色」やエッセイ『ひとりずもう』に描かれているように、エッセイ要素のあるマンガを描くというアイデアを思いついたときが、さくらももこという作家が誕生した瞬間だったと言えるだろう。

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「夢の音色」(『ちびまる子ちゃん(4)』)

 エッセイマンガの本質とは何か。そうした厄介な問題にここで深入りしようとは思わない。しかし少なくとも言えるのは、そこでは、作者=語り手としての「私」のキャラクター化が起こっている、ということである。
 さくらが『ちびまる子ちゃん』において〈まる子〉という、小学3年生の「私」というキャラクターを作った、ということではない。まる子をまなざす作者=語り手としての〈さくらももこ〉もまたキャラクターだ、ということである。
 エッセイマンガを描くというのは、さくらにとって何よりも、「私」を創造する作業だったと考えられる。そこでは、視点人物=主人公=作者=「私」といういくつかの等式が前提とされている。このときに、さくらは、描かれる登場人物としての「私」を造形しながら、同時に、作者としての〈さくらももこ〉=「私」をも形成していったと考えられるのである。
 一般的に言って、自己について語ることは、自分を発見することにつながる。もっと言えば、発見という仕方で自己像を絶えず作り直していると考えられる。
 作者の〈さくらももこ〉とマンガに描かれた〈まる子〉の間にズレがある、ということを指摘したいのではない。重要なのは、むしろそこにあるズレを通して、さくらももこは自分自身になったのではないか、ということだ。つまり、まる子が成長していって大人になった姿が現在の「私」であるという、そうしたフィクションを自分から引き受けていったのではないのか、ということである。

 バラバラに散らばっている現実の経験をひとつの主題の下に再構成させること。ざっくばらんに言って、何かを作品にする行為とはそのようなものだろう。このとき「私」は、体験をゆるく取りまとめる枠のようなものになっている。
 現実をそっくりそのままなまの形で示すことは誰にもできない。そこには、情報の縮減、あるいは情報の歪曲デフォルメがある。そのように現実を変形させるフィルターとして「私」という枠がある。
 さくらは「わたしはおもしろいことを考えてあなたのところにあそびに行くという職業をしています」と自己規定する(注4)。彼女の関心事である「面白いもの」がここでのフィルターである。さくらは、現実の断片に形を与え、それを世界に放流する。端的に言えば、彼女が経験した出来事を「笑い話」に変えて、世の中に流すのである。

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『ちびまる子ちゃん(13)』

 ここでなされていることを「行き場のない欲望に出口を与える」というふうに表現することもできるだろう。この意味で、さくらのやったことは、煙突掃除やドブ浚いに似ている。流れが滞っている場所を掃除して、様々なものの通りを良くするのである。『そういうふうにできている』で自称していたように、さくらももこは「快便女王」なのだ。

 さくらは自分の活動をある種の媒体として考える。そこでのイメージとは「いつも心にエネルギーがサラサラと通るような、ザル」である(注5)。『まるむし帳』の詩「流れてる」でも、さくらは、世界のあらゆるものが流れている状態に喜びを感じ、「うれしくてしかたがない」と言う(注6)。
 こうした流れの最たるものが時間だろう。時間は、この世界で生じたあらゆる出来事を流してくれる。おそらくガンジス川をモチーフにしたのだろうが、『さるのこしかけ』の冒頭に掲げられた詩は、現実のどうしようもなさを流してくれる長大な時間が歌われている。ここで語られていることは、インド人だけでなく、現代の日本人にも当てはまるだろう。

大部分のインド人は
その風習と諦めの底にいて
それでも生まれてしまった自分の生を
ずるずると引きずりながら
どうにかギリギリの笑顔を保ちつつ
あとはゆっくりした流れにまかせて
逞しく生きている。

美しい物も汚い物も
絶頂もどん底も
全てを内包しているその宇宙は
良くも悪くもあり
良くも悪くもなく
それすらを内包しながら
ただゆっくり流れている。

(注7)

 価値を与えられずに、見捨てられたままであり続けている過去の「私」の断片。それらに何らかの行き場所を与えること。さくらのエッセイで試みられているのは、そのようなことだと思われる。

3、片想いの出口

 『ちびまる子ちゃん』のキャラクター〈はまじ〉のモデルになった浜崎憲孝は、2002年に自伝『僕、はまじ』を出版する。その冒頭の文章で彼は、時が停止した『ちびまる子ちゃん』の世界との対比で、自らの人生を次のように位置づけている。

 そして今回、僕もさくらのように自分の人生のことを書いてみたいと思い、ペンを執りました。漫画の中では馬鹿みたいに見えるし、漫画の中の僕はいつまでも年を取りません。いつまでも小学校3年生のままです。でも、実際の僕にはさまざまな出来事があり、人生がありました。

(注8)

 「人生がある」という言葉が意味しているのは、出来事を相対化する固有の視点、つまり「この私」の視点がある、ということだろう。さくらの見た世界と浜崎の見た世界の間にズレがあるというだけではない。「この私」にしかわからない固有の苦しみがそこにあった、ということだ。
 浜崎がはっきりそう批判しているわけではないにしても、彼は「〈はまじ〉は「僕」ではない」と主張しているように見える。
 例えば、『ちびまる子ちゃん』にプール開きのエピソードがある。そこに、水泳の授業を嫌って、水着姿のまま学校を逃げ出した生徒の話が出てくる。この子供は、作中では名前を持たないモブキャラだった。しかし、浜崎の自伝を読むと、これが実際には浜崎自身の話だったことがわかる。

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『ちびまる子ちゃん(6)』

 似たようなことは、もちろん、さくらももこ自身についても言えるだろう。彼女もまた、永遠の小学3年生であるわけではなく、年を取っていく。まる子とさくらの間のズレもどんどん大きくなっていく。小学3年生の頃の自分が知らなかったような「人生」が間違いなくそこにあった。
 そうした「人生」のすべてをさくらは、必ずしも率直にエッセイに書いてきたとは言えない。「私」という固有の視点は、フィルターであると同時に暗点にもなりうる。誰にとっても、語り損なわざるをえない自分の一部があるだろう。

 さくらは、同じ出来事を何度か違った形で語り直したり描き直したりすることがある。マンガで描いたことをエッセイにしたり、逆にエッセイで書いたことをマンガにしたりしている。
 その中でも、高校時代の片想いは何度も語り直され、少なくとも4回、エッセイやマンガに描かれている。

1、短編マンガ「みつあみのころ」(『ちびまる子ちゃん』3巻、1988年)
2、『もものかんづめ』収録のエッセイ「乙女のバカ心」(1991年)
3、『ひとりずもう』収録のエッセイ(2005年)
4、『ひとりずもう』のマンガ化(2007-08年)

 さくらが高校時代に他の学校の男子生徒に片想いをしていたという事実は共通する。しかし、それが「失恋」に至った経緯については、その描かれ方が微妙に異なっている。
 「みつあみのころ」では、男子生徒に付き合っている彼女がいるという話を、さくらが道でたまたま耳にする。エッセイ「乙女のバカ心」では、「片想いの彼に、彼女がいると風の噂で知り、私の恋はあっけなく幕を閉じた」と説明される(注9)。エッセイ『ひとりずもう』では、男子生徒への恋愛感情が薄れてきたのをきっかけに「自分で勝手にケリをつけ」、入浴中に「泣いたふりをして顔を湯の中に沈め、泣いた事に」して終わらせる(注10)。マンガ版の『ひとりずもう』では、失恋の契機そのものがなく、マンガを描くことに熱中していたために、町で男子生徒を見かけても何も思わなくなる。

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「みつあみのころ」(『ちびまる子ちゃん(3)』)

 このうちのどれが「真実」なのだろうか。詳細に書かれているという点で、おそらくエッセイの『ひとりずもう』の記述が実際にあったことに近いのだろう。「乙女のバカ心」に書いてあるように、彼女がいるという噂もどこかから聞いたのかもしれない。いずれにしても、さくらの片想いを決定的に終わらせる「失恋」という契機は、実際にはなかったことになる。
 注目すべきはマンガ版『ひとりずもう』での描かれ方だ。そこでは、恋愛感情に対してどこか低い価値が与えられている。もともとのエッセイ版のほうでは、自己完結的な仕方で「失恋」を演出し、思いを断ち切ろうとする。そんなふうに、上手く終わりを迎えられなかったものがそこにあることが示唆されている。しかし、マンガ版のほうでは、そうした葛藤それ自体があっさりと回避されているのだ。

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『ひとりずもう(下)』

 『ひとりずもう』はおそらく、『ちびまる子ちゃん』では取り扱われなかったさくらの「その後の人生」を描こうとしたエッセイなのだろう。
 『ひとりずもう』の終着点から考えるならば、そこには、さくらがどのようにしてマンガ家になったのかというひとつの物語が提示されている。すなわち、自分は学生時代に恋愛らしい恋愛を経験しなかった。彼氏もできなかった。輝かしい「青春」を送れなかった。しかしその代わりに、ある時期からマンガを描くことに全力を注ぐようになった。そうした努力が現在のマンガ家生活に結びついたのだ、と。

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『ひとりずもう(上)』

 これはサクセスストーリーだ。もちろん、こうした単線的な物語には回収されない要素も『ひとりずもう』にはいろいろと出てくる。しかし大筋としては、過去にやったことの成果が現在に反映されているという因果関係がそこでは構築されている。
 サクセスストーリーに難点があるとすれば、それは、現在の成功に「役に立たなかったもの」が低く価値づけられる点だ。役に立ったか無駄だったかというわかりやすい二分法で、あらゆる物事が裁断されがちになる。
 しかし、さくらの基本的な語り口を思い出すならば、彼女のまなざしは、そうした「結果」にすぐには結びつかないような無益な行為にむしろ向けられているのではないだろうか。『ちびまる子ちゃん』の内容からして、まる子は、優等生からはほど遠い、グータラな怠け者だ。そこにさくらは「面白いもの」を見つけようとする。自分のダメな部分を客観視して、笑いに変えている。
 そうした点で、『ひとりずもう』のサクセスストーリーは、あまりさくららしくない語り口だと言える。
 タイトルの「ひとりずもう」には、おそらく複数の意味が込められているのだろうが、間違いなくそのひとつは「片想い」のはずだ。このエッセイが初潮の話から始まっているように、そこでは、性を中心にした思春期の出来事が描かれている。だから異性を意識するという、『ちびまる子ちゃん』では描かれなかった感情として、片想いはこのエッセイの重要な要素だったはずだ。

 上記したように、さくらは『ひとりずもう』以前に、「みつあみのころ」という短編マンガで、この片想い体験をすでに作品化している。そこでは、『ひとりずもう』とは違って、はっきりと失恋が描かれる。
 失恋を経験した夜、主人公は、浴槽の中でひとり涙を流す。さくら自身が現実でやろうとしてもできなかったことを、マンガのキャラクターにやらせている。そしてこの喪失感をとても美しく描いている。

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「みつあみのころ」(『ちびまる子ちゃん(3)』)

 こんなふうに作品化されることによって、行き場を失った片想いの感情に出口が与えられている。別の言い方をすれば、実際には泣けなかった高校時代のさくらに、「失恋で泣いた」というフィクション上の救いが与えられている。さくらもまた、間違いなく思春期らしい青春を送っていたというフィクションがここでは語られているのである。
 恋愛モチーフの抑圧は、さくらがマンガ家デビューするにあたって行った作風の変更と関わっているだろう。彼女はそれまで少女マンガらしいマンガを描いていたが、それが落選したために、絵柄も大きく変えて、エッセイマンガを描くようになった。現実のさくらが恋愛を諦めたのと同じ頃に、マンガ執筆においても恋愛を題材にしなくなったことが、彼女のデビューに結実した。
 ここには運命の皮肉めいたものがある。それと同時に、何か解消されずに残されたものがあることも、ここではほのめかされている。「私」を語るにあたって、上手く話せないもの、上手く物語化できないものがそこに残っている、と。

4、可能性の場所としての物干し場

 運命の皮肉については、それを一概に良いとも悪いとも言えない。さくらももこが「エッセイマンガ」というジャンルを確立したからこそ、彼女はマンガを描き続け、そのおかげで多くのものを語れるようになったのは紛れもない事実だからだ。
 竹内美帆は、次のように言っている。

彼女の才能はエッセイというジャンルを通して開花したが、エッセイマンガというジャンルも、彼女の才能によってより幅広く展開されていったといえる。もし、デビュー前に少女マンガ風の作品で入選を果たしていたら、『ちびまる子ちゃん』はこの世には誕生していないかもしれない。挫折に思えることでも、後で考えれば自分の可能性を広げるチャンスかもしれないということをさくら氏は体現しているのである。

(注11)

 竹内の意見に頭から反対するのではないが、「挫折」がポジティヴな意味を持つのも、現在の「成功」とか「安定」があってこそではないのか。現在の生活に一定の余裕がなければ、過去の失敗を肯定的に語るのも難しいのではないだろうか。
 さくらのエッセイは、成功のために役立つ知識を教えることからはほど遠い。『そういうふうにできている』の最後でさくらは、謙遜からなのかもしれないが、こう書いている。「これを読み終えられた今、何の得るところも無かったと思うが、私のエッセイとはそういうふうにできているのである」と(注12)。
 さくらのエッセイはほとんどが笑い話だ。しかしそうなったのは、さくらの周囲に笑える出来事が次々に起こるからというよりも、しょうもない出来事を彼女が笑える話にまとめ上げているからである。
 無意味であったり理不尽であったり、感情の持って行き場がどこにもないような、そんな出来事だったとしても、それを「笑い話」にすれば、少なくともオチはつけられる。出口が与えられる。こんなふうにして、さくらは、世界の豊かさをひとつひとつ数え上げているのである。

 さくらのエッセイやマンガを読んで学べるものがもしあるとすれば、それは「自分の可能性を広げる」というよりも、自分の外にある世界の「可能性」に目を向けさせてくれるところにあるだろう。
 さくらももこは多趣味だ。彼女の関心は、動物、植物、絵画、宝石、健康、飲食、オカルト、ビデオゲーム、旅行など、多方面に向けられている。
 そもそも趣味とは何だろうか。さくらの活動に即して言えば、それは、アマチュア的な仕方で自分の関心を追求することである。さくらはそうした追求を、やや大げさに、「研究」と呼んでいる。
 さくらの「研究」は、自分の「好き」を深めていくことだとも言えるが、それは言い換えれば、この世界に自分にとって親密なものの領域を広げていくことである。
 一般的に言って、生きていくことには、自身の生存にとって有利な条件を確保していくというだけでなく、よそよそしい現実の一部を自分にとって親しいものに変えていくという課題がある。
 こうした側面をよく理解できるのが、さくらのガーデニング論だ。『ももこの話』に収録されているエッセイ「ガーデニングへのあこがれ」で語られているのは、植物をどう育てるかという話ではない。そうではなく、家の中にどうやってガーデニングのための場所を確保するのか、自分のための「庭」をどうやって作っていくのかという課題が語られているのである(注13)。
 さくらがガーデニングのために確保した場所とは、実家の二階の「物干し場」だった。

我が家の二階の物干し場は私の集めた植物でいっぱいになった。二階の物干し場は私の趣味のための場といえる。植物だけでなく小鳥やメダカやカメ等のペットも一緒に置いていた。この、たった六畳ばかりの雨ざらしのボロい物干し場が私のやりたい放題の天国だったのである。

(注14)
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『ひとりずもう(上)』

 物干し場は、ちゃんとした施設ではない。最初からガーデニングのために用意されていた場所ではない。そこは「お粗末」な場所である(注15)。それでもさくらは、そこを何とかして、自分が満足できる場所に変えようと試みる。むしろそのように自分が自由に手を加えられる場所だからこそ、そこは彼女にとって「天国」になったのである。
 この物干し場の話は『ひとりずもう』にも出てくる。

 熱帯ふうなテラスにしようと、ツル性の植物を置いてみたり、魚がいた方がいいとコイの稚魚を飼育してみたり、和風がいいんじゃないかと思って盆栽を置いてみたりもした。イスとテーブルがあった方がいいと思い、ダンボール箱に風呂敷をかぶせてテーブル代わりにし、バケツに座って悦に入った事もあった。
 そんな努力をするたびに「ここはベランダやテラスじゃないよっ。物干し場だよっ」と怒られ、蚊にも刺され、物干し場の木の床は傷んで腐り、家族が次々と腐った床板を踏んで底が抜け、足をケガしていた。
 私自身も何度か足をケガしたが、それでもこの物干し場が好きだった。好きだったというより、我が家の中で唯一、何かまだどうにかなりそうな可能性のある場所だと感じていたのだ。

(注16)
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『ひとりずもう(上)』

 ここには、さくらが世界とどのように関わってきたのかというその方法の一端が示されている。貧しい環境だからこそ、そこに「可能性」という余地が生まれる。最初から不十分とわかっているからこそ、その余白の中で想像力が自由に動き回れる。
 話を一般化すれば、さくらが実家住まいのときに確保しようとした場所は、われわれの誰もが現実世界に作り出そうとしている場所でもあるだろう。それは、自分にとって心地よい人間関係を築ける場所を見つけるというのではなく、世界を美しく眺められるような「画角」や「アングル」を発見することだと言える。おそらく「好き」という感覚がそのような場所の発見へと導くだろうと、さくらのエッセイは示唆しているように思える。

5、そういうふうにできている

 しかしそうは言っても、この世界は、自分の望み通り・思い通りにいくものだけから成り立っているわけでも、好きなものだけで出来上がっているわけでもない。むしろそこには、数多くの「嫌い」なもの、自分の意志や努力によってはどうにもできないものに満ち溢れている。
 というよりも、それ以前に、「好き/嫌い」という感覚自体のうちにどこか信頼できないものがある。

 さくらは、妊娠していたときに、彼女のアイデンティティの基盤を大きく揺るがす危機に直面した。悪阻つわりの時期に、ホルモンバランスの変化によって、さくらは重度の鬱状態に陥ったのである。
 鬱状態は、さくらの「好き」の感覚を大きく変える。それまで彼女が興味・関心を持っていた「面白いもの」が、すべてどうでもいいものに変化してしまったのである。

 今、自分自身の存在がわずらわしくてたまらず、できれば消滅してほしいとさえ思っているのに、ここにこうして居る自分とは一体何なのであろうか。
 自分は漫画や文章を書いたりして世の中にそれを公表するような仕事をしているが、その仕事とは何であろうか。なぜ私は、自分のくだらない考えをいちいち公に垂れ流しているのだろうか。そんな事に一体何の意味があるのだろう。私の書いた物を読んでくれる人達は、私なんかの考えたしょうもない事を自分の心に情報として取り入れたところで、果たして本気で愉快なのであろうか。

(注17)

 当初は深い厭世感に苛まれていたさくらだったが、彼女は次第に、自分の身体の現状を、自然なものとして、受け入れるようになる。そして、自分の身体を始めとして、この世界に存在しているあらゆるものが、何らかの「仕組み」の下に一定の機能を果たしていることに驚く。ここで生じてきた感慨が「そういうふうにできている」である。

 オナラが出るのも鼻水が出るのも、ウイルスが体内に入れば熱が出るのも、全部機械のシステムだとしよう。となると、この機械のシステムがホルモンという物質を造って体内に循環させるのも、ヒトの体という機械のシステムがそういうふうにできているからなのである。
 ──鬱状態の間に、そんな事を考えていた。世の中のあらゆる現象が「なるほどね、そんな仕組みだったのか」と納得がゆくようにできているのだ。フラミンゴが一本足で立っているのも、ナマケモノが木の上でダラダラと怠けているのも、人にとっては無意味な行動に見えるが各々の生命システムによれば必然なのであろう。

(注18)

 「そういうふうにできている」は、基本的には現実受容の態度だと言える。つまり、受け入れがたいものがそこにあったとしても、それを肯定的に受け入れていく態度だと考えられる。
 後になってさくらは、「そういうふうにできている」を、バカボンのパパの決め台詞「これでいいのだ」と関連づけている。「ほんとに、「これでいいのだ」ということなんですよ」「だから結局、迷惑かけている場合と、明白に「そんな場合ではないのだ」みたいなとき以外は「それでいいんだ」し、「そういうふうにできている」ですよ」(注19)。
 そうは言っても、健康に対するさくらの強いこだわりからするならば、彼女はむしろ、変えられるものはどんどん変えていこうとしていたところがあった。もっと言えば、さくらは、「健康」の名の下に、自分の身体に対してやや過剰な要求をしていたところがあった。
 飲尿療法が最たるものだが、たとえいかがわしいものだったとしても、彼女は、自分の身体を使って興味を持った健康法を試していた。1999年に刊行された『ももこの健康手帖』では、湯呑一杯分くらいになる錠剤を毎日飲むという生活を送っていたことが語られている。
 ここには、身体上の安寧を求めるというだけでなく、絶えず湧き起こってくる不安を抑え込もうという気持ちもあったのではないだろうか。病や死、苦痛を恐れるというのではない。何が起きるかわからない、見通しがたい現実を何とかコントロール可能なものに変えようとする意志があった、ということだ。
 さくらの言によると、彼女は小さい頃、とても心配症だったという。小学生のときには、朝トイレに入ったときに神に祈るという儀式を毎日の習慣にしていた(注20)。大人になってからも、寝る前に祈りを捧げているという(注21)。

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『ちびまる子ちゃん(9)』

 おそらく誰にとっても、動かしがたい現実というものがあるとすれば、それは、自分がここでこうして生きている状態そのものだと言える。そこにはもちろん、自分がどのような境遇の下に生まれてきたのかという社会的な条件も関わってくるが、身体的な条件についてはもっとそうだろう。
 身体は不透明である。自分の身体だとしても、十分にコントロールできないところがある。この意味で身体とは、それと様々な折り合いをつけて上手く付き合っていかなければならないひとりの他者だろう。「そういうふうにできている」という言葉によってさくらが発見したのも、自分の中に厳然と存在するこの他者だったのではないだろうか。

 批評家の三宅香帆は、『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』の中で、「そういうふうにできている」というさくらの言葉を取り上げて、「平成という時代が生み出した感覚を先取りしていた」と評価する。

 世界は、私たちは、脳は、会社は、そういうふうにできている。だから仕組みを知って、行動し、コントロールできるものをコントロールしていくしかない。
「そういうふうにできている」ものを変えることはできない。だからこそ、波の乗り方──つまり〈行動〉を変えるしかない。

(注22)

 実際のところ、健康に対するさくらの徹底した「研究」とは、どうにもならない自分の身体と楽しみながら付き合っていく試行錯誤の作業とも考えられる。
 彼女の試した健康法が実際に効果を持つかどうかもあまり問題ではない。もっと重要なことは、あれこれ試してみるという過程を楽しむことで、この世界の現実を受け入れる彼女なりの「間口」を見つけ出したことのほうではなかっただろうか。

6、人間存在というナンセンス

 『さよなら、俺たち』の著者である清田隆之は、同じ「人間」を意味する2つの言葉、「human doing」と「human being」を対立させて論じている。
 「human doing」のほうは行為の水準、その人がやったことの結果なり成果なりに注目する見方である。これに対して「human being」は単にその人がそこにいるという存在自体に注目する見方である。
 そして清田は、さくらももこに関して、彼女は「徹底的にhuman beingを描いてきた作家ではないだろうか」と主張する。

beingは「そこにあるもの」を認めることからしかはじまらない。「感じてしまったこと」や「思いついてしまったこと」は、たとえどんなくだらない内容であっても捨てずに拾い上げ、そこからネタや物語を立ち上げていく。まさにbeing的と言える。自らの妊娠・出産体験をつづったエッセイ集に「そういうふうにできている」というタイトルをつけていたのも、beingを肯定していこうとする態度と無関係ではないだろう。

(注23)

 清田のこの見方に従えば、さくらのこだわりは、何かや誰かがただ単にそこに存在することの「すごさ」にまずは単純に驚くことから始まると言えるだろう。
 しかし正確に言えば、さくらは、単にいつも「すごい」とばかり言っているわけではない。どちらかと言えば、否定的なものの言い方で、何かに注目したりするほうが多い。つまり、それが役に立たなかったり無駄だったり意味を持たなかったり、なぜそれがそこにあるのかわからないといった、ぼんやりとしたそのあり方の否定性をむしろ強調するのだ。
 「役に立たないもの」が実は「役に立つもの」だった、というような逆転がそこで起きるわけでもない。「役に立たないもの」はあくまで「役に立たないもの」のままである。しかしそれでも、それがそこにあることで、おかしさが生じてくる。
 『ちびまる子ちゃん』によく出てくる「〇〇って一体……」という言い回しにも、そのようなニュアンスが感じ取れる。ここには存在理由に向けられた問いがあるのだ。

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『ちびまる子ちゃん(11)』

 『神のちから』や『神のちからっ子新聞』には、さくらの笑いの感覚が集約されて示されている。そこで焦点を当てられているのは端的に「意味のないもの」である。
 この意味のなさは、現実世界の価値あるものをほんのわずかだけズラした結果、生じるものだ。つまり、われわれが日々真面目に取り組んでいるようなあれこれ、人生そのものもまた、ナンセンスとほとんど紙一重だ、という視点がここにはある。
 こうしたナンセンスはまた、《おどるポンポコリン》を始めとした、さくらの歌詞にも認められるだろう。ここには、現実を腰砕けにさせるような、お祭り感覚が打ち出されている。
 さくらは、これらの歌詞には青島幸男の影響があったと『ちびまる子ちゃん』の中で語っている。確かに、さくらの歌詞に表現されている陽気さは、《スーダラ節》や《だまって俺について来い》に認められるような無根拠な楽天性と通じるところがあるだろう。

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『ちびまる子ちゃん(8)』

 こうした作品傾向を追っていくと、さくらにとっての笑いの感覚がナンセンスにあったことが理解できる。先に言及したバカボンのパパの「これでいいのだ」もナンセンスの肯定とも言えるだろう。
 ナンセンスの肯定には、ある種の暴力性が伴われてもいる。というのは、世間一般では笑ってはいけないとされていることこそ、逆にもっとも笑いのネタにしたくなるものだからだ。さくらとの対談でビートたけしが言っていたように、「お笑いって悪魔だからね。とんでもないときに忍び寄る。暴力的にぱっと出てくるんだよ。厳粛であればあるほどね」(注24)。
 ただ単に生きているだけなのにとてもひどい目に遭う、チャップリンのようなサイレント映画時代のコメディにも、世界の理不尽さ・悲惨さが笑いへと反転する過程を見て取ることができる。『ちびまる子ちゃん』の〈永沢君〉の家が火事になるエピソードも、こうした系列に位置づけられるだろう。

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『ちびまる子ちゃん(10)』

 理不尽な現実は、さくらに飼われていた動物たちの悲惨な運命という形で、エッセイやマンガのネタになっている。『ちびまる子ちゃん』に熱帯魚のグッピーを知人からもらってきたがすぐにザリガニに食われたという話があったが、エッセイではもっと輪をかけて、さくらのちょっとした手違いによって全滅したグッピーの話が語られたりする。他にも、父ヒロシの食べていたうどんに身を投げて死んだセキセイインコとか、母にゴキブリと間違えられて殺されたカブトムシとか、いろいろな話が出てくる。
 生き物たちの視点からすれば、ここにはとても理不尽なものがあるが、さくらのまなざしは、こうした事態を引き起こした人間の側にも向けられている。それは、そこに何らかの罪があると指摘するためではなく、人間の愚かさとその背後にある欲望を見据えるためだ。そして彼女は、最終的には、こうした愚かさを肯定していると言える。
 清田の評によれば「まる子はとにかく欲望に正直で、自分に噓をつかない」(注25)。あえて言えば、さくらのマンガやエッセイのうちに何らかの「噓」があったとしても、それは、自分の欲望に正直であろうと努めた結果だと考えられるだろう。

 人間の存在には根拠がないし、逆にその無根拠さから人は自分のための場所をこの世界に作り出すことができる。こうしたことに対するさくらの驚きは、『さるのこしかけ』に収録されているエッセイ「いさお君がいた日々」にはっきりと認められる。
 〈いさお君〉は特殊学級の生徒で、さくらが小学3年生のときに彼女の学校に転校してきた。さくらは、いさお君が、他人の視線を一切気にすることなく、自分の道を歩み続けていることに強く惹きつけられる。「私は〝ものすごい人がやってきた〟と思い、内心わくわくしていた」「いさお君はいつも同じ顔をしていた」「いさお君は間違いなく自分の中心を持っていた」(注26)。
 いさお君には「存在感」があった。「「そこにいる人」というだけの、何もかも超えた圧倒的な存在感が彼にはあった」(注27)。
 いさお君は、ただそこにいるだけで、自分として振る舞うことができていた。自己表現しようと考えることもなく、彼は自分であり続けられた。「私は最後まで彼のゆるぎない存在感が気になっていた。明らかに自分に無い何かを彼は持っている。そしてそれは途方もなく大きな何かだ」(注28)。
 卒業式から帰ってきたあと、さくらは自宅で卒業文集を開き、いさお君の書いた文章を読んで涙を流す。それは「たこあげ大会」について書かれたもので、絵も添えられていた。

 その絵は、自分と、水筒と、上がっているたこと、浜辺の石。彼の書いたものの中に、私の失いかけていたもの全てがあった。彼の眼は全て映している。浜辺の石も水筒もそのまま映している。選んでいない。ニュートラルな感性で物事を映す心がいかに得がたいものか。彼はいつも全てに対してニュートラルなのだ。そこに彼の絶対的な存在感がある。 
 私は卒業文集を開いたまま泣いた。わんわん泣いた。心の底からいさお君を尊いと思った。そしてその時、いさお君のエネルギーは私の中のどこかのチャンネルを回してくれたと確信している。

(注29)

 ここに、さくらがどのようにして〈さくらももこ〉になったのかという、そのプロセスの一端が示されているだろう。彼女は〈さくらももこ〉になることで、「失いかけていたもの」を取り戻した。さくらは、自分自身になるために、「チャンネルを回」す必要があった。言ってみれば彼女は、そのとき自分が外れて進んでいた人生の道行きから元に戻ったのである。
 もちろん彼女の生来の特質が、〈さくらももこ〉を形成するときの大きな要素になったのは間違いないだろう。しかし、そうだったとしても、彼女の性質がそのまま自然に発揮されたから〈さくらももこ〉になったとは言えない。そこには跳躍があったはずだ。
 どんな作家もそうかもしれないが、自分がそうあるべき人間になるためには、生来の自分を大きく跳び超える必要がある。

7、インチキおじさんの登場

 いさお君についての話の中で、さくらはしきりに「存在感」という言葉を使っていたが、究極のところで言えば、彼女は人間存在の本質をとても小さなものとして取り扱っていたように思える。
 『そういうふうにできている』の中で、さくらは、人間存在を、「宇宙」という超越的な領域に漂う「魂」の水準にまで縮約する。ここで問われているのは、死んだら何が残るのか、ということだ。
 人間の本質として最後に残るもの。さくらに言わせれば、それは「波動」である。言ってみれば、巨大な湖に落ちた一滴の水、それによって生じた小さな波紋が人間の生だ、というわけである。
 さくらは、ある種の臨死体験の中で、現実世界のあらゆることをとても遠くに感じる。

 この世における未練が遠ざかってゆき、仕事のことも、大切な人のことも、何もかもが本来の自分とは無関係であり、地球で生活していた全ての出来事は地球にいた時のみ関わっていた雑事である事を感じていた。

(注30)

 こうした観点からするならば、さくらがある種の個人主義者だったとしても、そこでの「個」とは、ほとんど内容を持たない器のようなものだろう。
 安楽死に関連させて、さくらは「自由の本質は個人にある」と言う(注31)。しかし、この「個」の根拠がとても頼りないものだったとすれば、どうだろうか。むしろその頼りなさゆえにこそ、人は自由であると言えるとすれば、どうだろうか。
 さくらの創造したもっとも自由な個体は、おそらくコジコジだろう。コジコジは、単に自分でしかないものとして自己について語る。「コジコジはコジコジ」だと。これは、交換不可能な「個」を主張しているというよりも、無内容な「私」を指示していると考えたほうがいいだろう。というのも、何らかの属性によってではなく、単なる同語反復によってのみ自己を指示しているのだから。
 コジコジは何の役にも立たない存在である。作中でコジコジは「宇宙の子」として呼びかけられるが、これもそのような意味で理解するべきだ。帰るべき家も持たず、どこかに所属しているわけでもなく、何も所有せず、何かのために存在しているわけでもない。端的に何者でもない存在。だとすれば、あらゆる人間もまた、死の限界を超えた先においては、誰でも「宇宙の子」だと言えるだろう。

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『コジコジ(1)』

 『そういうふうにできている』で語られる「魂のエネルギー」が何を指すのかそれほど判明ではないにしても、さくらが、人間の生死を大きな流れの一部として捉えていたのは間違いないように思える。
 先にも述べたように、さくらが自分を「ザル」のようなものとして認識していたとすれば、その生の課題となっていたのも、どのようにして通り具合の良い場所を確保するのか、ということだったのではないだろうか。ここにおそらく自由の問題も絡んでくる。
 この場所は、『ちびまる子ちゃん』の最初のエピソード「おっちゃんのまほうカード」にも描かれていた。このエピソードは、1学期の最終日、夏休みの前日に設定されている。つまり、何かが終わり、別の何かが新しく始まる境界の領域が示されている。
 「計画性のない子ども」が、たくさんの荷物を抱えながら歩いている。この荷物は、旧来的な価値観、それに由来する様々な義務、自由な生を阻害する無数のものを象徴しているだろう。この子供は、重荷を抱えながら、境界を飛び越えることができずに、いつまでも夏休みの前日をうろうろとすることになるかもしれない。
 ここで跳躍を可能にさせるアイテムとして「インチキおじさん」の売る「まほうカード」がある。それは、世界の不思議を予感させてくれるような何か、向こう側の景色を垣間見させてくれる何かである。しかし、実際のところ、本当に魔法があるわけではなく、カードは単なる手品の小道具にすぎない。そうした噓がバレる前に、「インチキおじさん」は、すぐに姿を消してしまう。
 さくらももこの活動とは、この「インチキおじさん」の役割を引き継いで、多くの子供たちに世界の不思議さを夢見させることにあったのではないだろうか。彼女は、この現実世界がいつでも「楽しい夏休み」の始まりになりうると言い続けた。それがフィクションという噓だったとしても、むしろ噓だからこそ、そう言ったのだ。
 もし現実がつらかったとすれば、「寝たフリ」をすればいい。そうしたズルいアドバイスをする大人として、さくらももこはそこにいたのだ。

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『ちびまる子ちゃん(1)』

(1)大塚英志「「ちびまる子ちゃん」とノスタルジーの技術」、『仮想現実批評』、新曜社、1992年、35頁。
(2)さくらももこ「今のわたしの声」、『まるむし帳』、集英社文庫、2003年、130-131頁。
(3)竹内美帆「エッセイマンガというジャンルとさくらももこ──『漫画版ひとりずもう』から」、『メディア芸術カレントコンテンツ』の2019年4月1日の記事、https://mediag.bunka.go.jp/article/article-14951/。
(4)さくらももこ「さくらももこの手引き」、『まる子だった』、集英社文庫、2005年、233頁。
(5)さくらももこ「『北の国から』の現場へ」、『さくらえび』、新潮文庫、2004年、240頁。
(6)さくらももこ「流れてる」、『まるむし帳』、42頁。
(7)さくらももこ「ゆっくり流れている」、『さるのこしかけ』、集英社文庫、2002年。
(8)浜崎憲孝『僕、はまじ』、彩図社、2022年、3頁。
(9)さくらももこ「乙女のバカ心」、『もものかんづめ』、集英社文庫、2001年、130頁。
(10)さくらももこ『ひとりずもう』、集英社文庫、2019年、169、170頁。
(11)竹内美帆「エッセイマンガというジャンルとさくらももこ──『漫画版ひとりずもう』から」。
(12)さくらももこ『そういうふうにできている』、新潮文庫、1999年、196頁。
(13)さくらのこのエッセイで語られているガーデニングの話は、宇野常寛が論じる概念としての「庭」と通じるところがあるだろう。「第一にまず、「庭」とは人間が人間外の事物とのコミュニケーションを取るための場であり、第二に「庭」はその人間外の事物同士がコミュニケーションを取り、外部に開かれた生態系を構築している場所でなくてはいけない。そして第三に、人間がその生態系に関与できること/しかし、完全に支配することはできない場所である必要がある」(宇野常寛『庭の話』、講談社、2024年、106頁)。
(14)さくらももこ「ガーデニングへのあこがれ」、『ももこの話』、集英社文庫、2006年、89頁。
(15)同書、92頁。
(16)さくらももこ『ひとりずもう』、110-111頁。
(17)さくらももこ『そういうふうにできている』、37頁。
(18)同書、43頁。
(19)さくらももこ「巻末お楽しみ対談」(糸井重里との対談)、『まる子だった』、252、254頁。
(20)さくらももこ「目覚まし時計を買った話」、『あのころ』、集英社文庫、2004年、146頁。
(21)さくらももこ「巻末対談」(谷川俊太郎との対談)、『まるむし帳』、148頁。ちなみにさくらは、クリスチャンではないにしても、キリスト教の影響を受けている。キリスト教の幼稚園に通い、小学生の頃には教会にも通っていた。教会に行く話は『ちびまる子ちゃん』にも出てくる。
(22)三宅香帆『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』、集英社新書、2024年、173頁。
(23)清田隆之「笑いと脱力をもたらすbeingの世界──さくらももこ論」、『さよなら、俺たち』、スタンド・ブックス、2020年、280頁。
(24)ビートたけし「対談 やっぱり子供が原点!」(さくらももことの対談)、さくらももこ『そういうふうにできている』、215頁。
(25)清田隆之『さよなら、俺たち』、283頁。
(26)さくらももこ「いさお君がいた日々」、『さるのこしかけ』、183頁。
(27)同書、184頁。
(28)同書、187頁。
(29)同書、188頁。ちなみに、この卒業文集のことは、『まるむし帳』に収録されている詩「いさお君」でも語られている。
(30)さくらももこ『そういうふうにできている』、114頁。
(31)さくらももこ『ももこの世界あっちこっちめぐり』、集英社文庫、2021年、149頁。

著者プロフィール

志津史比古(しづ・あやひこ)
1977年生。サブカルチャー評論同人誌『セカンドアフター』主宰。

近年の論考
「生誕の喜劇──アニメ『けいおん!』と日常系の臨界点」(『週末批評』)
「われらの同時代人アシタカ」(『ビンダー vol.8』)
「無意味と非意味──人生の「意味のなさ」についてどう考えるか」(『未完了域 vol.2』)

参考文献


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