九条比鷺という男の、鋼の如き理性。それを粉々に打ち砕く権利を許されているのは、世界でただ一人、萬燈夜帳という天災のみだった。
否、それは比鷺自身が、夜帳の手による破滅を、密かに心底から渇望しているが故の、血を吐くような献身ですらある。
聖域への侵入を許し、内奥に深々と楔を打ち込まれるたび、比鷺の誇りは甘美な屈伏へと溶け落ち、夜帳の所有物として完成される悦びに、その身を震わせるのだった。
夜帳を見上げる比鷺の瞳には、抗う色は微塵もなかった。ただ、己を蹂躙する男の姿を、救世主でも仰ぐかのように、その網膜に焼き付けていた。
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