ストーリー

第1回情熱的だった彼 集めた教会のデータ10億点、思いもよらない形に

西崎啓太朗
パリのノートルダム大聖堂をめぐる愛と情熱の物語
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Aストーリーズ「文化財に愛とデジタルを」(1)

 大聖堂が炎に包まれ、高さ96メートルの尖塔(せんとう)が焼け落ちてから、まもなく7年。

 パリの世界文化遺産・ノートルダム大聖堂はいま、多くの人でにぎわっている。

 2019年4月の火災の後、5年余りで修復し、一般公開を再開できた背景には、ある研究者が残していたデジタルデータの存在があった。

 これは、文化財に愛をそそぎ、デジタル技術を駆使してその魅力を形に残そうと力を尽くしてきた人たちの物語である。

Aストーリーズ「文化財に愛とデジタルを」

貴重な文化財を未来にどう引き継ぐかを考えます。まずは、ある研究者の物語から。全6回の連載です。

 02年の夏、牧場や麦畑に囲まれた小さな町の教会で、24歳のマリーは働いていた。

 フランス中部のスビニー。

 人口2千人ほどの町の中心に、中世に建てられた教会がある。遠方からの巡礼者を案内するのがマリーの仕事だった。

 ある日、10人くらいのグループが米国からやってきた。フランス各地の中世の教会建築を研究しているという。

 その中に、カメラや三脚をめいっぱい抱えた33歳の大学院生、アンドリューがいた。

 「こんなにたくさんのカメラ、本当に必要?」。マリーは疑問に思いつつ、いつものように教会の歴史や装飾を説明した。

 すぐに恋に落ちたわけではない。

 米国の大学院で学ぶアンドリューと、フランスの田舎の教会で働く自分。「生きている世界が違いすぎた」

 熱心だったのはアンドリューだ。

 「言うべきではないけれど、彼は少ししつこかった」

 撮影後、「2人で会えないか」と誘われた。「どうして自分に興味を?」と疑問に思ったが、お互い熱心なカトリック教徒だと知り、距離が縮まった。

 グループが調査を終えた後もアンドリューはフランスにとどまり、夏の間じゅう、各地の教会を撮り続けた。マリーも付き添った。

 訪ねた先々で司祭や村長に優しく話しかけ、普段は閉じている教会の鍵を次々と受け取っていくのは、まるでマジックを見ているようだった。彼が見せる謙虚さと笑顔が、出会う人々の心を解きほぐしていると感じた。

 アンドリューが米国に戻った後も、手紙でやりとりが続いた。

 2年後の04年、2人はスビニーの教会で結婚式を挙げた。

 新居はパリ北部・モンマルトルのアパート。

 坂道を10分ほど上るとサクレクール寺院がある。2人で祈りを捧げた後、パリの街を見渡しながら語り合うのがお決まりだった。

 アンドリューはこの頃、あらゆる角度から教会建築を見たいと考えていた。

 「彼は教会に情熱的で熱狂的でした」

 冷たい雨が降る日、ある教会のそばにあった工事現場の足場をよじ登ったきり、3時間以上戻ってこなかったことがある。

 「時間、寒さ、雨、あらゆるものとのつながりを完全に失っていた。普段見られない場所から教会を見ると、彼は元気になってしまうのです」

 テクノロジーへの関心も高かった。最新の機器が出ると、真っ先に飛びついて教会建築の研究に使った。

 「彼は目的意識がはっきりしていた。とにかく教会を深く理解したかったのです」

 そんなアンドリューが特に気に入っていたのが、ノートルダム大聖堂だった。アパートから1時間ほどかけてよく散歩した。

 多くの人が素通りする柱や壁を、彼は熱心に撮影した。「自分が写真を撮ると、つられて周りの観光客も写真を撮るのが面白い」と笑っていた。

 アンドリューが熱心に集めたデータはその後、思いもよらない使われ方をすることになる。

 結婚式から15年。

 2019年4月、41歳になったマリーは、米国ニューヨーク州の自宅近くにあるバッサー大学を訪れていた。

 緑豊かなキャンパスを歩くと、心が明るくなる。この日は子どもと一緒に大学教員との会話を楽しんでいた。

 そんな時、着信音が鳴った。

 パリで暮らす大学生のめいからだった。すぐに出られず、折り返した。

 「ノートルダム大聖堂が燃えている」

 めいは慌てた声で告げた。写真や動画が次々と送られてきた。

 炎が噴き出し、尖塔が崩れ落ちている。

 マリーは急いで自宅に戻った。

 「あの大聖堂に夫のエネルギーの全てが注ぎ込まれたのに」

 アンドリューは火災の10年ほど前から、ノートルダム大聖堂の高精細な3Dスキャンに取り組み、10億点を超える膨大なデータを残していた。

 炎と煙に包まれる大聖堂の映像が世界を駆けめぐるなか、アンドリューの仕事を紹介する投稿がSNSで拡散した。

 称賛の声が相次いだ。

 「不幸中の小さな幸い」「これが再建に役立つことを願っています」

 欧州の大手メディアを名乗る記者から、自宅に電話がかかってきた。

 「アンドリュー・タロンさんと話せませんか」

 だが、マリーはこう答えるしかなかった。

 「いいえ、彼はもう亡くなっています」

 =文中敬称略

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この記事を書いた人
西崎啓太朗
大阪社会部|事件・事故担当
専門・関心分野
宗教、移住、災害、中東地域

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