2013年から10年間、物価の安定を使命とする日銀の総裁を務めた黒田東彦氏。デフレ脱却へ「黒田バズーカ」とも呼ばれた大規模な金融緩和策を次々に繰り出した。
状況は一変し、現在は人手不足から高水準の賃上げが続く。中東情勢の混乱で原油価格が高騰。円安も相まって、物価上昇圧力はこれまでにないほど高まっている。
そんな中、黒田氏には高市早苗政権が進める「責任ある積極財政」や景気を過熱気味に保つ「高圧経済」、消費減税はどう見えているのか。
早ければ4月にも日銀が再び利上げを行うとの市場の観測をどう見るのか。黒田氏が語った。(共同通信経済部=吉田啓生、建部佑介)
▽経済はフルスピード、デフレ脱却目標は達成された
―日本経済は今、どのような状態か。
「日本経済はフルスピードで走っている。1%台前半の成長率で、経済は順調に推移し、雇用も安定している」
「今年も前年比5%の賃金上昇が期待できる。完全に賃金と物価の好循環が復活し、デフレ脱却の目標は達成された」
▽減税する政治的な必要性は低下
―高市早苗政権は責任ある積極財政を掲げている。
「財政で経済を刺激する必要は全くない。インフレが進むだけだ」
―景気を過熱気味に保つ「高圧経済」と呼ばれる政策も志向している。
「今の日本はもう十分高圧だ。これ以上、財政や金融で高圧にする必要はない。そのようなことをしたら、成長率が上がるよりも物価が上がるだけだ」
―飲食料品の消費税減税の議論が進んでいる。
「コメ価格はどんどん下がってきている。国民から食料品とかの物価を下げてくれという要求は今やない。減税する政治的な必要性も低下してきている」
「5兆円の代替財源を見つけるのも困難だ。増税や歳出削減をせずに国債を発行すれば、インフレを促進してしまう」
―給付付き税額控除の議論はどう評価するか。
「どういう設計になるのか分からないが、こちらも代替財源なしに進めればインフレになってしまう」
▽イラン情勢はインフレを引き起こす
―中東情勢の影響が深刻化している。
「過去2回の石油ショックの時と違って石油が入ってこなくなり、経済活動が落ちるという心配はない。備蓄が250日分以上ある。米国などからも入ってくる」
「ただし、石油価格もどんどん上がっている。消費者物価全体に波及していく。これは当然、インフレを引き起こす」
―事態はどれくらい長期化すると見通しているか。
「来年までこんなことが続くとは思えない。石油やガソリン価格が上がれば米国にも影響が大きく、トランプ大統領は中間選挙で負ける恐れがある。選挙までに緩めるだろう」
―物価上昇と景気の悪化が同時に起きる「スタグフレーション」の懸念は。
「あまり考えられない。日本は2回の石油ショックに懲りて、エネルギー節約がものすごく進んでいる」
「経済全体として石油依存度が非常に減っており、原油高騰が経済活動全体をそんなに痛めるようなことになりそうにもない」
▽4月の利上げ「全然おかしくない」、1・5パーセントがめど
―今の日銀を率いる植田和男総裁をどう評価するか。
「植田総裁は非常にしっかりしている。金融政策の正常化という難しい仕事を、経済に影響を与えないように成し遂げようとしている」
―日銀は昨年12月に政策金利を0・75%程度に引き上げた。今後も利上げを継続する方針を掲げている。
「前年比2%程度の物価上昇率になっており、金融緩和の必要性はなくなってきている。(景気を冷やしも熱しもしない)中立金利の1・5%程度まで上げることがめどだ」
―利上げのペースはどのくらいになるのか。
「あと0・75%か、1%上げる必要がある。0・25%ずつであれば3回か、4回だ。今年から来年にかけて状況を見ながらやっていくことになるだろう」
―次回4月の金融政策決定会合で利上げするとの観測が出ている。
「金融環境はまだ緩和的であり、利上げは全然おかしくない。正常化の過程だ」
―原油高騰は利上げに影響するか。
「インフレがどの程度になるか次第だ。影響が深刻ならば利上げを加速するか、中立金利を超えて引き締めにいく必要も出てくるかもしれない」
▽金融緩和で経済、完全に立ち直った
―2013年に日銀総裁に就任した。当時の安倍晋三首相から何を言われたのか。
「その頃はアジア開発銀行の総裁だった。ある日、安倍氏から突然電話があり、日銀総裁に指名したいと言われた。それだけで他には何も言わなかった」
「ただ、15年続いてきたデフレから脱却してくれということだろうと理解した」
―総裁となってから進めた大規模金融緩和策はどう評価しているか。
「デフレ脱却で大きな役割を果たしたことは間違いない。アベノミクスの『三本の矢』の中で、金融緩和が相当大きな効果を持った」
「だが、デフレの中で、賃金や物価が上がらないという企業や労働組合、消費者のマインドセットは強かった」
「異常なほど賃金と物価が上がらなかった。日銀が予想できないほど硬直していた」
「2022年から始まったウクライナ戦争でエネルギー価格が上昇し、デフレマインドが壊れ、物価や賃金は上がり始めた。その背景には、金融緩和で経済が完全に立ち直り、失業率も下がっていたことが寄与した」
―金融緩和が将来、インフレにつながるという懸念はあったか。
「それはなかった。インフレは金融政策で止められる。一方でデフレを止めることはなかなかできない」
―デフレ脱却に向けた政府からのプレッシャーは感じていたか。
「私はプレッシャーを全然感じなかった。日銀の独立性は理解されており、歴代政権から注文めいたことは言われなかった。日銀に任せようと決めていたのだと思う」
▽丁寧に答えるとマーケットが動いてしまう
―日銀総裁のコミュニケーションはどうあるべきか。
「記者会見などで、いろいろな角度からの質問に対して丁寧に答えていると、片言隻句を取られてマーケットが動いてしまう。『問いに答えていないじゃないか』とよく言われるが、不親切くらいがちょうど良い」
「金融緩和のときは経済に刺激を与えるために、たくさん報道してもらうことが必要だった。今は逆で、経済や物価に影響がないように少しずつ中立金利に向けて動いている。記者会見はインパクトがないほうが良い」
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黒田 東彦氏(くろだ・はるひこ)東大卒。67年大蔵省(現財務省)。アジア開発銀行総裁を経て、2013年3月から2023年4月まで日銀総裁。現在は政策研究大学院大政策研究院シニア・フェロー。81歳。福岡県出身。