『宮城県史32』と仙台区各村町調書及び各郡各村字調書の比較
はじめに
初めまして宮城県内の小字を調査しているサマタメです。
さて、タイトルの通り『宮城県史32』に載っている「宮城県内各村字調書」と宮城県公文書館に所蔵されている『仙台区各村町調書』及び県内16郡の各郡各村字調書の計17冊(以下:「各村字調書」)を比較し、主に文章では比較できないものを掲載します。
前半では、『宮城県史32』にて「各村字調書」がどのように扱われているか、「各村字調書」の全体的な特徴を挙げます。
後半では、ひめ氏の「稀少地名漢字リスト」に掲載されている漢字の一部を取り上げて、『宮城県史32』と「各村字調書」とを比較し、簡潔に書き起こせないものを挙げました。
※宮城県公文書館に承認をいただいて画像を掲載しています。
『宮城県史32』
宮城県史とは風土記等を蒐集した計35巻に及ぶ資料です。国立国会図書館デジタルコレクションで閲覧することができます。
その中で32巻には「宮城県各村字調書」というものが収録されており、以下の前説が掲載されています。
宮城県各村字調書
本文書は地籍簿とともに宮城県永年保存文書で、現在総務部総務課文書管理室に保管されており、仙台区および十六郡計十七冊になつている。
表題は刈田・伊具・亘理郡分が「磐城国」、他は、「陸前国」を冠し、「磐城国刈田郡各村字調書」・「陸前国宮城郡各村字調書」等となつている。ただし、仙台区をのぞき各冊の表題は省略した。
(中略)
また、記入欄が―国・郡・村・数ケ所ヲ包括スル大字・字・従来称呼地券面外別種ノ字―に分けられていて、地券面記載の字名の調書であることが明らかである。
したがつて、明治五年七月の大蔵省達第八十三号で地券が発行されることになつてから、前記市町村施行までの間のいずれかの時期(十七、八年頃と思われる)に作成されたものであろう。
(中略)
収録に当つては、大字名を括弧内に記したが、字名および従来の呼称(地券名外の)を区別せずに羅列した。また訓みは、まぎらわしいものや独特なものにのみふり仮名を附した。
以上の前説では「宮城県内各村字調書」が“仙台区および十六郡計十七冊”の総称ということが言及されていませんが、便宜上呼称しやすいように名付けたものだと思われます。資料によっては「陸前国各村字調書」と記載されていますが、同等のものと思われます。
大半の郷土資料が「宮城県各村字調書」を参考に言及しています。しかし、「宮城県各村字調書」は原本を活字化したもので、誤植・未掲載等があるのではと思い原本を温ねることにしました。
“現在総務部総務課文書管理室に保管”と書いてありますが、2001年に宮城県公文書館が出来てからはこちらに保管されるようになったのでしょう。
成立年については揺れがあり、表紙の裏に貼られている「文書件名目録」には“明治9年村町調書は(内容を見ると明治11年以降と思われる)”と記載されていますが、『宮城県史32』では“(十七、八年頃と思われる)に作成されたものであろう。”と推定しています。
「各村字調書」
各村字調書とは前述のとおり『仙台区各村町調書』及び県内16郡の各郡各村字調書の計17冊からなる資料であり、『宮城県史32』に掲載されている「宮城県各村字調書」の原本です。宮城県公文書館に問い合わせたところ全て1冊ずつ所蔵し複冊は無いとのことです。
ちなみに、ゆまに書房『内務省地理局編纂善本叢書 : 明治前期地誌資料 30 (明治前期全国村名小字調査書 第1巻)』(以下:「ゆまに書房」)とはまた違うものだと判断できます。
どちらが先に成立したかは判断しかねます。憶測として、「ゆまに書房」に掲載されているものは修正が一切されていない他、異体字も控えめで清書として東京に送付されたものではないでしょうか。宮城県公文書館に所蔵されているものは下書きとして用いて必要があれば朱を入れているように見えます。字体も「ゆまに書房」のほうが綺麗に書かれています。
東京に送付されたもののうち宮城郡・桃生郡の調書が現存していればどのように書かれているのか気になる所存です。
前項で“記入欄が―国・郡・村・数ケ所ヲ包括スル大字・字・従来称呼地券面外別種ノ字―に分けられていて、地券面記載の字名の調書であることが明らかである。”と書かれています。これを凡例と呼ぶことにします。以下に凡例が掲載されている箇所を参照します。
凡例は仙台区、加美郡及び玉造郡のみ掲載されています。掲載されてない調書も上記の凡例に合わせて掲載されています。
以上の画像を見ると、振り仮名がほとんどの地名に振ってあります。『宮城県史32』は“訓みは、まぎらわしいものや独特なものにのみふり仮名を附した。”と説明されていますが、初見では読めないような地名に振り仮名を振ってないものが散見されます。
ここに掲載されている“従来称呼地券面外別種ノ字”(一番下の欄)は地租改正前に使われた旧称や通称地名等などを表すと思われます。ただ本文では文字通り“区別せず”羅列されているため地名の量がかなり盛られています。
他に特徴的なものを挙げると、宮城郡と桃生郡にて大量に小字名に朱が引いてあるものが見られます。
『宮城県史32』の同じ村の同じ箇所を比較したものを以下に示します。
朱を引いてある小字は『宮城県史32』には掲載されていないことが分かります。朱が引いてある小字は憶測ではありますが、①掲載する箇所を間違えた。②小字の合併、分離で消滅した。③官有地を民間に譲渡した。④災害等で利用できなくなり、消滅・小字を新設したため朱を入れた。
④については例えば地震・津波等の場合は他郡にも甚大な被害が出るため①、②、③よりも眉唾ですが小字の調査をするときの参考になればと思います。
宮城郡と桃生郡は修正が著しいため追加で宮城県公文書館に所蔵されている明治8年からの地引牒等を用いて追加で調査します。
「各村字調書」の題名と丁数、特徴をまとめた表を掲載します。
ここからはひめ氏の「稀少地名漢字リスト」を参考にして、「各村字調書」ではどのように書かれているか掲載します。「各村字調書」は手書きで書かれているため、増減画や手書きで用いられる字体(𫝂(所の異体字)など)が現在日本で常用されている字体とは異なるものも多分に掲載されています。
各郡各村字調書(原本)は手書きの資料であるため、現在日本で常用されている字体とは異なるものも多分に掲載されています。それをUnicode等を用いて掲載すると、煩雑かつ個人により基準が曖昧になり、混沌となるため以下の基準を設けました。
異体字:大きく形が異なる旧字体と新字体、動用字、自治体で印刷された字体が指定されている字及びUnicode等で記載が見られない字他。
包摂字体:増減画、新旧字体で形が大きく変わらない字、手書きで主に用いられる字体等。
「各村字調書」に掲載されている原本のままの異体字が気になる方は是非「宮城においでよ」してください。
「暉」
「各村字調書」には“ヒカリダウ”としか書かれていませんが、『宮城県史32』には括弧書きで“(カンガン)”と掲載されています。七ヶ浜村のみ表記が発刊当時と違うと思われる小字名には〔〕内に発刊当時の表記が書かれています。
「挼・桵」
「各村字調書」では「桉」に近い形で書かれています。「ゆまに書房」にも同じような字体で書かれています。『宮城県史32』では大字では“按”葉沢、小字では“桉”葉沢と書かれています。時代が移るに連れ段々と桵に近づいていき“桵”の字を扱うようになったのではないでしょうか。
「鵐」
「各村字調書」には“鵛沢”と書かれていますが、『宮城県史32』では“鵐沢”の形で掲載されています。
「糂」
「各村字調書」では“糖坂”、『宮城県史32』では“糠坂”の形で掲載されています。どういう紆余曲折があってここに相当する地名が“糂坂”となったのか気になるところです。
「𡋗」
『宮城県史32』の使用できない文字は作字をしないで既存の字で代用をしているものをもう一例。「各村字調書」は“持 ⿰土⿱𠆢専 沢”という字で書かれていますが、『宮城県史32』は塼という字で代用しています。おそらく現在の“𡋗”という字は「専」の部分を略して「云」になり、そこに「𠆢」を頭に被せて「会」になり、このような字体になったのではないかと思います。
『宮城県史32』を熟読すると、発刊当時の環境で使用できない文字は作字をしないで既存の字で代用している箇所が見受けられます。これもそれの一例の可能性が高いです。
同じく「くれ」と読む地名を紹介します。こちらは“𡑭”切場と書かれています。『宮城県史32』も同様。
「皂・梍」
既存の字で代用をしているものをもう一例。「各村字調書」は“⿰木⿱白旡 沢”という形になっています。『宮城県史32』では皂という字で代用しています。他の皂と付く地名はすべて“皂”と書いてありました。
「枛」
「各村字調書」では旁の部分が爪と瓜の中間のような形をしています。筆者は瓜の5画目(、の部分)が無ければ爪という浅慮な判断しかつきません。栗原郡金成村では沠か泒の字体で書かれています。
「㯃」
「各村字調書」では漆という字よりも㯃という字を使う方が多いように見えます。『宮城県史32』では全て漆の字が用いられています。桃生郡女川村にある“楳沢山”の「楳」が「㯃」に修正されているのが分かります。「ゆまに書房」では「漆」の字体で書かれています。
その他
小牛田の表記について
小牛田の表記が故意で“小午田”と書かれているように見えます。遠田郡には練牛村や牛飼村があり、どこかのタイミングで混同してしまったのではないかと推測できます。
これ以外にもありますが、まだ全て把握出来ていないのと、枚挙に暇が無いほどあるので一旦ここらで締めさせていただきます。
ここまでご覧いただきありがとうございました。


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