春
昨日は3000字書いて消した。
春は躁鬱が激しい。誰しもが体調が悪いような気がしている。急にあったかくなって、夜風で心を冷やされる。まともじゃいられない。死にたくなる。
鬱そのものではないと常々思っている。どちらかと言うと心的外傷とかそういうやつだろうと。ギターを弾いていたら、それから手繰られるように、昼寝のなかで高校の頃の夢を見た。嫌な目覚めだった。
父親がラオスから帰ってきた。出張から。嫌いな父親だけど、家庭において金を稼ぐ以外の明文化されていない役割を果たしていないくせに、権力は持っているから好かれるはずがないのだけれど、最近少しは話をしているからかお土産でよくわからないTシャツを買ってきてくれた。俺はあの人のことを何も知らない。変な存在だ。
母親のことを死ねと思っている。本当に感謝していて、不出来な息子なので迷惑をたくさんかけて、気苦労がどんなにあるか計り知れないが、それでも料理をまだ作ってくれることに感謝している。
だけれどたまに人生を馬鹿にされるようなことを言うから、単純に浅慮なことを言われるから、死ねと思う。確かに俺が悪いよ。でも俺がどれだけ耐えているか、言わないようにしていることがあるか、想像したりはしないのでしょうね。
本当に恥ずかしながら人生を耐えることだと思っている。衝動や苦しさから逃げながら、生き続けることを何年か繰り返しているから。
なぜなんとなく皆が生きる方向に歩いているのかがずっとわからない。
疲れたと苦しい以外の気持ちを、あまり抱くことがない日々を送っている。
マズローの欲求段階、嘘心理学だから嫌いいなんだけど、生理的欲求の下に生と死とかつけてほしい。生きたいと思うことがそもそもないんだ。死ぬのはよくないと思って、それだけは良くないと痛いだろう苦しいだろうと言い聞かせているから。
note消すの偽善なので今後やめます
