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日記

 気がつくと二十歳になっていた。
 酒は未だ飲んでいない。

 家というのは不思議なもので、外からはどうやっても中が見えない。小学生のころにお泊りさせてもらった友達の家で、夜10時頃になって人の家の子供と接するという感覚が多少薄れ、晩御飯のなんとなく慣れない空気を切り抜けた後に、友達のお父さんも交えてスマブラをした。
 そのときにソファでだらけた姿勢で、ネスで大人気なくメテオを決めてきたのが、おそらく自分が一番他人の家を垣間見た瞬間だった。


 子供の頃から家というのがそこまで好きではなかった。母親は自分をよく甘やかした。貧困と言うほどではないが、楽でもない生活で姉の代わりに自身は専門学校へ行った母は、子供にはいい思いをさせてやりたい気持ちがあるのだろう、と自ら言っていた。
 父はあまり家には居なかった。社会に出るのこそ遅かったが国立大学を出た彼は、所謂エリサラと呼ばれる道を辿った。
 私や妹が生まれる時はまさに働き盛りであっただろう。母が分娩室にいるとき、二度とも父は国外にいた。

 仲が良かったとは思わないが、そこまで希薄だったわけでもない。何よりいま離婚していない時点で、そこそこに仲は取り持たれている。世間には別居するわけでもなく、離婚なんて口では言っても考えず、それなりに維持されている家が山程あるのだと思う。

 そんな家の長男として生まれた自分はどんな人間であったか。説明するのは難しい。自分はこんな人間ですと簡単に文章に記せるなら、世のガクチカはそれほど恐れを持って受け入れられてはいないだろう。
 事実として並べるなら、本が好きな子供で、外遊びより家でゲームをするのを好み、知らない人と出会うよりも一人や安心できる場所で居たがった。文字にすると面白い。ただの引きこもり気味なオタクとも、内気な5歳児とも取れる。
 
 自分が世間より多少擦れている自覚はありながらも、道なりに育った。小学三年生から卒業する手前まで、それまでは単身赴任だった父に連れられて海外に住んだ。留学に対する希望的観測が後の選択肢から消えたくらいなもので、日本人学校で過ごした日は割と平凡なものだった。ああいう場所では、意外と日本より日本らしい行事をしたりするのである。毎学期表れる人いなくなる人がいる生活に慣れた子どもたちは、日本の同年代より比較的大人だったと思うが、私立のいいとこの小学校と比べてそこまで差があるわけでもないだろう。

 中学受験をして、地元のそこそこの学校に入った。
 中々楽しい中学時代だった。変わり者が多いのも、イジメが無いのも、意識しないが実は治安がいいのも、中高一貫のいいところだった。友達を作った。中学三年にコロナが来る。父親が家にいるようになり、自分は少しずつ苦しんだ。

 

https://www.jstage.jst.go.jp/article/tits/26/11/26_11_40/_pdf/-char/ja?utm_source=chatgpt.com

 端的に言うと自分は高1で鬱になった。上のデータはchatgptに調べさせたものなのでどれほどの信頼が置けるのが分からないが、文面を信じると、2013年の7.9%から2020年には17.3%に鬱症状を持つ人は増えているらしい。差分9.4% 最も先行きの見えなかった時期ではあるが、調査された10人に1人がうつらしい症状を抱えていたらしい。そんなに驚くような確率でもない。
 だが精神医学の六法全書ことDSM-5をジュンク堂で立ち読みした知見から補足すると、今調べ直したが、三ヶ月のうちに40%が、一年以内に80%が回復を始めるとある。
 意外とすぐ治りだす病気なのだ。大半の人にとって。
 当然私は残りの2割なわけだけど、おそらく自分がそうであるのは、精神性や育ち方の問題だ。
 うつというのは月並みだが、高ストレスに瀕すれば誰もがなり得る心の状態であり、だがそこから立ち直れるか、その後どうやって生きていくかは当人の人間性や積んできたもの、人間関係によって左右される。
 うつ病の家系というのは、たぶん神経物質の遺伝だけではなく、似たり寄ったりの家庭環境や、性格の側の遺伝にも深い理由があるのだろう。

 さて、これまた月並みだが、本当に鬱の頃の記憶はそこまで無い。あまりに辛い記憶は消されてしまうのか、それとも脳のレコーディング機能が停止していたのか。
 どちらもあるのだろうが、自分は気合だけでなんとか進級して卒業をした。雨が降ればあまりの頭痛で、駅のホームから出た2歩目でうずくまり、家に帰れば身体は動かず、制服そのままで8時間小指しか動かせず自責し、吐きそうにながら登校して文字通り1限から6限まで突っ伏しても、なんとか単位をいただいた。自分でもよく頑張ったものだと思う。体重は数十キロ増えた。マズローの欲求段階というのがあるが、あれには一定の信頼が置ける。あまりに衰えた人間は、やはり三欲求でしか快を少しも感じられなくなるのだ。自慰をしても最早テンションが下がらず、むしろ普段が下がりきっているためちょっと上がるくらいのものだった。男性には少しは落ち込んだ精神の具合が伝わるかもしれない。

 目と歯と関節ともろもろを失いながらなんとか生き延び、当然現役での受験などできず、というか会場で何も思考できないくらいであったので、なし崩し的に浪人ならぬニート生活が始まった。 
 受験を終えた2月の時点で複数飲んでいた、それまでに少しずつ減らしていた薬をやめ、4月5月まではうつの反動があったが、そこからほんの少しだけ動き出して、一対一の予備校のようなところに入った。
 8月は自分にとっては曰く付きの月で、毎年落ち込んでいたが、9月くらいにほんの少しだけ歩けるようになる。今の自分は去年9月からの地つなぎの自分だ。逆に言えばそれ以前とは完全に断絶している。そこからあとの記憶は連なって引き出せるが、それ以前は欠片のようにバラバラで、時として思い出すが、基本他人の記憶みたいなものである。

 現役の時は遂に先生が耐えられなくなり、もっと真面目にやれと(当時の自分は座っているだけで意識が遠のいていた)言われて、12月に投げ出した塾であったが、予備校?は最後まで熱を出した一度以外休まずに通いきった。
 自分にとっては少しは誇れることだったが、受験という体はとっくになしていない。志望校などもはや夢の外で、元々全落ちする程度の思考力と集中力記憶力で多少足掻いたところで、模試を真面目に受け復習をし、日々学校で学び、家で努める人たちに叶うはずもない。
 本当に下から、高校で一番受かった人が多い大学までを私立で埋めて受け、しっかりと落ちて、頭に受験した学校に入った。

 自分が仮面浪人でもなんでもしてやろうと思っていたのはいつだったか、それかこの大学でも楽しんで過ごそうと信じたのはいつまでだったか。
 一般的な浪人生もその怠惰な精神性から、志望校に入っても単位が危うかったりして傍から見ると面白いものだが、自分は一般的ではない浪人生だったろうが、やはり4月5月の貯金を早々に使い果たす事となった。
 単純につまらないのだ。興味のない授業と環境が。立場が。負い目が。時たま会う昔の友達の話を聞くと、夢を見ると、過去を思い出すと、どうにも苦しくなる。
 ろくに勉強せずに入れた学校で、周りと話が合うことはそうない。本当に嫌味だが、たぶん話が合う人は皆もっと違う学校に行ったのだ。部活なんかで関わりのあった人は、大概仲の悪そうな私立の片方に行った。ラインやインスタグラムを消しても、気配までは消せない。

 目の片隅でGPAを見ながら8月になる。
 少しは外に出ようとカラオケに行ったりした。本当に気のおけない友人2人と春秋に会うのは半ば習慣になり、それだけは人との関わりを感じさせた。
 
 夏の明け方に産まれてから、20年が経った。誰からも祝われないだろうと、出かけからの帰りに自販機でオレンジジュースを買った。母が小さいケーキを買ってきてくれて、少し嬉しかった。
 
 身体のダメージは遅れてやって来る。それか少しずつ若さを失っていることの現れか。目がまただんだんと悪くなってきた。飛蚊症で左目の何割かはかなり見づらく、また乱視と近視も急にひどくなりだした。
 朝に起きられることは殆ど無い。起きたとしても基本的に布団を畳むことはない。畳む力が無いことよりも、畳んだとして、自分が何をしたいのか、何をしたかったのか最早よく分からないのだ。
 最近キルケゴールを読んだが、曰く絶望とは単なる感情ではなく、自己であることができない自己の状態であるらしい。
 希死念慮はもう無いのだが、何十回何百回も立ち上がろうとして失敗した記憶は、挑戦する勇気や、始める気概や、生きたいという欲求を儚いほど簡単に折らせるようになる。

 これは日記で特に意味はない。生きようという意思も死のうという意志も、どちらもうしなっても当然人生は続く。
 世の中にも家族にも自分にも、何か望むことは無いが、こうやって薄く生きて死んでいく人がきっと他にもいるのだろうと、元からなかったかのような掠れた消し跡のように、なんともなくかき消える人がたぶん居るのだろうと、毎日妄想する。


【プレビュー】日記|もつ煮|note
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