【推し活時代が生んだ虚無ゲー】Pokémon LEGENDS Z-A 感想・レビュー
かつて、俺がNintendo Switchを買ったのは「ポケットモンスター スカーレット・バイオレット(SV)」を遊ぶためだった。
俺はブラック・ホワイト(BW)を最後にポケモンからしばらく離れていたし、その間と言えばORASのヒガナの行動に対する批判、SMでの「主人公がリーリエのおまけ」扱い、それからBDSPのグラフィックやバグなど、ポケモン作品について悪い評価を耳にすることも多かったのを覚えている。
思えばBWのNも制作者の趣味の押し付けが強かったし、その頃から 当時ニコニコで人気だった「黒い任天堂」を意識したようなブラックなネタの乱発も目立っていた。新作が出る度に「ポケモンらしくない」とデザイン面が批判されるのも見慣れたものだ。
実際、海外臭の強いデザインが増えたポケモンや、あからさまな「黒人枠」の用意された人間キャラクターなどに対しては、俺もあまり良い印象はなかった。
それでもSVが発売された時、「またポケモンをやってみるか」と思ったのだ。
ゆめと ぼうけんと!
ポケット モンスターの せかいへ!
レッツ ゴー!
オーキド博士がそう告げると共に、主人公の立ち絵が縮小されてゲームの世界に降り立ってゆく。それが初代ポケモンのオープニング演出だった。
当時は「そういうものだ」と何も考えずに眺めていたが、今になって思うとプレイヤー自身がゲーム世界にダイブするような演出は中々に気が利いたものだったと思う。
ポケモンの世界には、確かに夢と冒険があった。だから俺も、またポケモンの世界を味わいたいと思ったのだ。
そして2026年。
ようやく俺はNintendo Switch2を購入し、最初のゲームとしてPokémon LEGENDS Z-Aをプレイした。
今度は一体どんな夢と冒険があるのか。まだ、そう期待していたのだ。
その期待は、実際にプレイすると急速に冷めていった。
本作の制作陣はゲームに興味が無い。
それが本作に対する、俺の最も端的な感想だ。
面白いゲームを作ろうとして失敗したのではなく、そもそも最初から面白いゲームを作ろうと思っていない。「事件を起こさないと物語にならないから」「バトルさせないとゲームにならないから」と、作りたくもない要素を義務的に並べた。そんな無関心ばかりを感じた。
この記事では、本作がいかに徹底して空虚であるかを書いてゆこうと思う。
なお今回はストーリーの結末部分までネタバレを書いているため、気にする方はご注意頂きたい。もっとも、バラされて困るほど中身のあるストーリーではないので俺は全く気にしなくていいと思うが。
ストーリー面
まず本作は主人公の扱いが一貫していない。
会話の選択肢で主人公が観光客だと答える場面があるため設定上は観光客らしいのだが、どのくらい滞在する予定なのかは一切話題に挙がらないし、それどころかメインストーリーの終盤では様々な人物から「これからもミアレを守ってくれ」と、明らかに主人公がミアレシティに定住する前提で会話がされている。
もしかするとライターの脳内では「ストーリー内でミアレを好きになった主人公が、いずれミアレに引っ越すと決めた」つもりなのかもしれないが、作中でそんな描写は無い。
本作のプレイを進めて、すぐに気付くのが意味のない選択肢だ。
ポケモンは伝統的に、ドラクエ等と同じく主人公のセリフは描写されず「はい/いいえ」の選択肢によって会話をするシステムとなっている。
本作ではこれが問題で、いわゆる「Yes or はい」の選択肢が非常に多い。
他の作品においても、特定の選択肢を選ばないと「そんなこと言わずに!」と無限ループに陥るなどの「実質一択」は珍しくない。
だが、この手の形式では「一応断る意思を示せる」ことが重要だ。結局は流されるとしても、一度はプレイヤーが「嫌だ」と答えることができる。それがロールプレイの楽しみを生んでいたし、断られた相手が慌てるリアクションを楽しむこともできた。
「どうせ無限ループになるんだろう」と思ったら普通に断ることができたり、意外と断る方が正解のパターンがあったりと、お約束を逆手に取った展開に驚かされることもあった。
だが本作の場合、最初から肯定する選択肢しか用意されていないことが非常に多い。もちろん相手のリアクションを楽しむこともできないし、プレイヤー的には乗り気でない場面でも嬉々として肯定するばかりの主人公と心情が乖離する。
そもそも「主人公が、プレイヤーの思っていないことを勝手に喋って感情移入を妨げる」ことを防ぐための喋らない主人公システムのはずなのに、本作はそれが成立していない。
主人公が自分の心情を喋ってくれないから何を考えているのか分からない。そのくせ、内部的に思想がガチガチに固まっているのでプレイヤーの分身としても機能していない。
喋らない主人公システムが全面的にマイナスにしか働いていないのだ。
特に本作では浅慮な行動で他人に迷惑をかけておきながら悪びれる様子もない人物や、明確な犯罪行為を働いている人物など、誰からも好感を持たれるとはとても言い難い人物が多々登場する。
そのくせ、そうした人物たちに対してプレイヤーが一切の不満を持たず、「面白くて魅力的な、大切な仲間」と感じることを前提として物語を描いている。
その結果、主人公が面倒事を押し付けられたり不当な扱いを受けても、主人公本人はもちろん仲間すら誰一人として不満を代弁してくれず、プレイヤーはただストレスを鬱積させることしかできない。これが本作の根幹にある病巣だ。
この辺りは俺が、昨今のドラクエが陥っている問題として不満を言っている点なのだが、ポケモンまで似たようなことをやっている。
本作のストーリーを構成する要素を大まかに分類すると「ZAロワイヤル」「キャラクターエピソード」「暴走メガシンカ事件」の3つだ。そして、これらの全てが虚無だ。
それぞれを順番に書いてゆこう。
ZAロワイヤル
「ミアレで最近流行りのバトル大会」との設定で、いわゆるポケモン本編におけるポケモンリーグに相当する要素と言える。
だが、その中身は競技としてのポケモンバトルの表現、およびキャラクターの強さを担保するために用意されただけで、一切のドラマがないスッカラカンの作業だ。
まず、ZAロワイヤルに参加したいと思わせるだけの説得力が無い。
普通、大会で優勝を目指すストーリーと言えば「上位ランカーの栄誉を描いて憧れを煽る」「高額な賞金などの報酬で釣る」「ライバルと、どちらが一位を取るか競争」などが定番だろう。
一応、本作でも「最強の称号と名誉」「叶う範囲で望みを叶える」との提示はされているのだが、この双方に具体性が全く無い。
ライバルキャラも一応は用意されているはずだが、全くライバルとして機能していない。
まず名誉について、例えばオープニング等でZAロワイヤルの上位ランカーがテレビに映っている、過去の上位ランカーの像や肖像が飾られている、あるいは街で「Aランクの◯◯さんだ!」と騒がれているとか、そうした形で上位ランカーへの憧れを煽ったりしてくれれば分かる。ONE PIECEで言うならロジャーやシャンクス、NARUTOで言うなら四代目火影、アイカツで言うなら神崎美月だ。
だが、本作はそういった見せ方を全くしない。
本作の上位ランカーだと、カナリィやユカリはそれなりの有名人・人気者ではあるが、これは元々地位のある人がZAロワイヤルでも強いだけで、ZAロワイヤルで実力を示したことで人気や地位を得たわけではない。
それどころか、プレイヤーが本作のZAロワイヤルで戦う最も高ランクの相手であるグリは顔や身分を隠しており、名誉とは一切無縁だ。
これは主人公にとっても同様で、主人公のランクが上がったところで「アンタ強いんだろ?じゃあ助けてくれよ」と町の人から図々しい依頼を押し付けられる数が増えるくらいで、主人公が尊敬や羨望の眼差しを向けられることはまるで無い。
上位の試合になっても観戦に来るギャラリーなんて誰もいないし、主人公が初の最高ランクに到達しても誰も歓声なんて上げない。それどころかシステム的な祝福のメッセージすら無い。
一応それっぽく「最強の称号と名誉」と書いてはいるが、作中でそれを一切表現できていないのだ。
次に報酬の話をしよう。
「可能な範囲で願いを叶える」と言われているが、情報は本当にそれだけで、ひどく不明瞭だ。
ZAロワイヤルの主催はミアレシティを取り仕切っているクエーサー社だ。つまり神や魔法使いではないので、「願いを叶える」と言われても非現実的な願いが通らないのは分かっている。この時点であまり夢がない。
その上で、叶えられる願いの具体例も示されていないのが致命的だ。
「金が欲しい」と願ったとして、1兆円くらい貰えるのか、精々100万円くらいが限界なのかも分からない。そのせいで、どんな願いを叶えてもらおうかと思いを馳せる楽しみもない。
もしも「前回の優勝者は10億円貰った」のような事前情報でもあれば、少なくとも10億円相当の願いは叶うとイメージできるのだが、本作はそういったことを示さないのだ。
と言うか、普通こういうのは紹介された段階で仲間たちが「こんな願いを叶えてもらいたい!」と語ったりするシーンを入れるのが当たり前じゃないかと思う。
デウロは自分のダンスステージを開いてもらう、ピュールはデザイナーとしてデビューするとか。そうした夢を語らせることでキャラクターの紹介ができるし、プレイヤーにも「自分はどんな夢を叶えてもらおうか」と想像するワクワク感を与えられる。
対戦相手として出すキャラだって、しょうもない夢を叶えてもらおうとするキャラクターを出して笑いを誘ったり、あるいは「家族の重病を治すために賞金が必要」なんてキャラを出して「こいつを倒していいのか?」とプレイヤーを悩ませるとか、ストーリーに深みを出すためにいくらでも掘り下げようのある設定だったはずだ。
なのに本作は、それを一切やらない。
そもそもZAロワイヤルで願いが叶うこと自体、ストーリー中では滅多に言及されないのだ。あまりにも馬鹿げている。
結局、エンディングでは優勝者の主人公が「まだバトル大会を続けたい」と願ってZAロワイヤル∞が始まる…という展開になるのだが、ライターはどうせこのオチにすることを決めているから「どんな願いを叶えてもらうか」で悩むシーンを入れる想像が付かなかったのだろう。
そして、最後にライバルキャラだ。
本作では一応ライバル兼相棒的なポジションのキャラクターが登場する。主人公を女にした場合は男のガイ、主人公を男にした場合は女のタウニーになる。
ポリコレを意識して主人公の性別表記をやめたくせに、ライバルキャラは自動で異性をあてがうシステムについてはかなり疑問があるが、その点への言及は置いておこう。
とりあえず、本記事中ではガイで統一する。
それでこのガイだが、まず戦う機会が少ない。
チュートリアル的なバトルを序盤に2回行った後は、共闘するばかりで彼と対決する場面がない。そのため、ライバルキャラとしての印象が非常に薄い。
ZAロワイヤルにも参加している設定で、基本的に主人公と同じ速度でランクアップしていくが、彼が試合をしている様子や使用ポケモンなどはムービーですら一切描かれず「俺も主人公と同じランクになったぜ」とサラッと語られるのみだ。
彼がZAロワイヤルで上位を目指す動機は「願い事で人探しをしてもらうため」が一番のはずだが、実際のところ作中でこの動機はあまり強調されず、専ら暴走メガシンカ事件に対処するにあたってクエーサー社に実力を証明する手段として描写されている。
いずれにせよ「ガイはガイで頑張ってね」で済む動機であり、プレイヤーに対して「こいつに勝ちたい、負けられない」と思わせるようなものが何も無い。
初代ポケモンのライバルはいけ好かない奴だったが、それゆえに「こんな奴に負けたくない、一泡吹かせてやりたい」とプレイヤーに思わせる動機としては機能していたと思う。しかし、ガイにはそれが無い。
別にライバルキャラが物語に必須というわけではないが、彼がライバルとしてプレイヤーを焚きつける動機となっていないのは確かだ。
結局、本作のストーリー上において主人公がZAロワイヤルに参加すると決めた理由として用意されているのは「ガイのAZさんに対する恩返しを手伝いたいから」となっているものと思われる。
だが、戦いに対する興味でも報酬目的でもなく、好きな人に尽くすための行為の一つとして、特に興味もないバトルで最強を目指すというストーリー構成そのものがバトル作品として矛盾している。バトルが題材なのに、バトルの楽しさを前面に出さないって何なんだよ。
それ以前の話として、主人公とガイの出会いは主人公が駅に到着するや否や、ガイがホテルZの宣伝動画撮影のサクラとして主人公を利用しようとして絡んできて、その間にカバンを盗まれ、カバンを取り返した先がバトルゾーンだったので参加の意思もないのに強制的に試合に巻き込まれる、と主人公にとって印象最悪な出来事ばかりだ。
ガイはミアレが好き、自分を助けてくれと頼むが、どこからどう考えてもプレイヤーとして心からミアレのために頑張りたい、ガイを助けたいとは感じられないストーリー展開になっている。
物語の冒頭からここまで主要人物、舞台となる町、コンテンツに対して悪印象しかないゲームは本当に珍しいと思う。褒めてはいない。
そして、このZAロワイヤルのシステム自体があまりにもガバガバだ。
ZAロワイヤルの基本的な流れは
夜になると解放されるバトルエリアで他のプレイヤーを何度も倒してポイントを貯める
ポイントが最大になるとバトルチケットを入手できる
自動でマッチングされた相手とバトルし、勝利すればランクアップ
これを繰り返し、Z→Y→X…と順番にランクを上げてAランクを目指す
このような形だが、最大の問題はマッチングされた相手とのバトルを参加者同士が自分たちでセッティングする必要がある点だ。
そして、作中描写を見るに対戦に応じなかった側に不戦敗などのペナルティは一切無いらしく、「まず対戦を成立させるために相手の身辺情報を調査し、居場所を探す」「対戦に応じてもらうために主人公が相手の困りごとを解決する」なんて無茶苦茶なストーリー展開になったりする。
これだけでも、本作の物語の中心となるシステムの一つでありながらまともに設定を練る気がないことは伝わるだろう。こんな馬鹿げたシステムで大会が成立するはずがない。
結局、本作のエンディングでは主人公とガイの2名が最高のAランクとなって願いを叶えてもらうことになるが、こういうのって普通は優勝者が一人に絞られるものじゃないのか?
作中描写としては「Bランク同士の昇格戦で勝った側がAランクになる」以上の情報がなく、理論上はAランクが何人でも誕生するはずだが、どんな基準でマッチングされるのか、Aランクの定員は存在するのか等は最後まで不透明なままだ。
Dランクのカラスバ、Cランクのユカリに至っては明らかに当人が操作したとしか思えないマッチングが発生しており、あまりにもご都合主義だ。
まあ、元々ご都合主義で進めるつもりだから まともに設定を考えてもいないのだろう。悪意のある書き方に見えるかもしれないが、それ以外の解釈が可能だとは思えない。
事実、制作者がこんな大会なんてどうでもいいと思っていることを隠す気もなく、ストーリーの中盤に主人公とガイはクエーサー社から「特例」としてVランクから一気にFランクまでランクアップさせられる。
全体で26段階のうち、16段階をスキップだ。こんな方法で上位ランクにされても達成感も何も無いし、何より他の参加者をバカにしている。
制作者がZAロワイヤルに興味を持たないのは勝手だが、仮にもストーリーを書くなら やる気がないのをここまで堂々と表に出すなよ。
大体、主人公とガイ、デウロ、ピュールの4人が「MZ団」として活動する設定なのに、ZAロワイヤルに参加するのが主人公とガイの2人だけなのも意味が分からない。
デウロやピュールもロワイヤルに参加させて仲間を応援しに行くエピソードを入れたり、仲間同士でマッチングされて手の内を知る相手同士のバトルになるとか、一人だけランクが伸び悩んで苦悩するとか、いくらでもZAロワイヤルに絡めた面白いストーリーは作れたはずだ。
なのに、本作にはそんな展開が一つもない。
仲間で唯一参加するガイすら何の描写も無いうちに勝手にランクアップしていき、戦う中での葛藤や成長、ポケモンと育む絆すらも、何一つ見せてくれない。
せっかくバトル大会を物語の主軸に据えているはずなのに、スポ根漫画的な面白さがどこにも無いのだ。バトルが題材の一つでありながら、ここまでバトルに対して徹底的に無関心な作品は見たことがない。
競技としてのポケモンバトルの表現、およびキャラクターの強さを担保するために用意されただけで、一切のドラマがないスッカラカンの作業。
俺が本稿の冒頭でそう書いた意味は分かっただろうと思う。そもそも制作者がZAロワイヤルに全く興味を持っていないのだ。
キャラクターエピソード
ざっくり言えば、ソシャゲのキャラクター個別エピソードをただ順番に並べたような内容だ。
「このキャラクターはこういう人物で、相棒キャラとはこんな関係性です」を説明する、起承転結の起承だけの話をキャラごとに繰り返し、転がないまま結が来て終わる。
この「転」がないことが致命的だ。
どういう意味かと言うと作中の出来事、あるいは主人公との関わりによってキャラクターの立場や考えが変わったり、成長することが極端に少ない。
これと最悪の相乗効果を生んでいるのが、本作のライターは何かと「浅慮、あるいは横暴な性格により周囲を振り回す人物」によって物語を作ろうとすることだ。
その結果、周囲に迷惑をかけた人物が反省も成長もしないし、当人が痛い目を見ることもないまま「まあ解決したからいいか」と許されて終わる。そんな展開の繰り返しだ。
そして主人公がやる事は、そんな人物たちの尻拭いだ。
「RPGとはお使いゲーだ」とは よく言われる事だが、お使いにだって楽しいお使いと、つまらないお使いがある。
真面目な村人が魔物や災害に理不尽に虐げられている。だから助けよう。これを嫌だと言う人はあまりいないだろう。
一方で、その人が当然やるべき仕事を怠けて主人公に押し付けてきたことを引き受けたい奴はいないはずだ。
プレイヤーは善良な人々を救うヒーローになりたいのであって、カスの奴隷として都合良く利用されたいわけではないからだ。
だが、本作の物語は徹底して後者だ。
カスがカスの行動をしたせいで起きた問題を、なぜか主人公が無償で解決して回ることになる。と言うか本編ストーリーの根幹部すら元を辿れば他人の尻拭いでしかなく、これは作中で二回も言及されている。
まあ本編に関しては身内の問題なので、仲間たちが尻拭いを引き受ける気持ちも分からなくはないが、本編を尻拭いだと理解しているなら各キャラクターごとのエピソードも改善してほしかったものだ。
個人的に不快度が高かったのが、デウロの忘れ物を主人公が届けに行った際の反応だ。忘れ物を届けた際、デウロは「ありがとう」とは言うが、「ごめん、次から気を付ける」といった言葉は一切発しない。
助けてくれそうな安心感があるって何だよ。また忘れ物しても届けてもらえるだろうから安心して忘れ物ができるってことか?
これだけのことで大袈裟に見えるかもしれないが、本作は全体を通してこんな調子の会話ばかりなのだ。
「まず自立しなければダメ。誰かに世話をかけるのは良くない。その上で、一人では難しいことを仲間と助け合う」
これなら構わない。
だが本作は「仲間に助けてもらえること」を賛美するばかりで、前提として失敗しないように成長しよう、自立しようとする考えが全く見られない。
その結果、カスの尻拭いを主人公が延々押し付けられる構成になっているのだ。これでは善良な人々を救うヒーローではなく、メンヘラ彼女の介護を押し付けられている「理解のある彼くん」だ。
カナリィ
彼女とはFランクのランクアップ戦で試合をすることになる。
しかしカナリィは配信で忙しくて試合に出てきてくれないからまずは彼女のファンクラブ会合に参加し、クイズ大会で1位を取ることでカナリィに近付く権利をゲットしよう、という展開になる。
本エピソードは言うまでもなくカナリィを見せるための内容だが、キャラクターの見せ方としては最悪と言う他ない。
なにせ主人公の物語上の目的は「ZAロワイヤルの対戦を成立させること」なのだ。しっかりとゲームの世界に浸って感情移入しながら遊んでいるプレイヤーにとって、カナリィに近付くためのクイズ大会なんてものは「カナリィが非協力的なせいで無駄に増やされた手間」でしかない。クイズ大会への参加意欲が湧かないのはもちろん、カナリィに対する心象も悪くなる一方だ。
こんな、魅力的に見せたいはずのキャラクターを怠惰で不誠実なカスとしか言えないポジションに落としているのは理解に苦しむ。本作のライターは「でも可愛いから」で許しているのかもしれないが、俺は許せなかったぞ。
また、同時に不快なのが主人公の仲間のピュールがカナリィの熱心なファンである設定だ。
これ自体はどうでもいいのだが、問題なのはカナリィの関わる話の最中に暴走メガシンカ事件が発生した際、ピュールが事件の対処よりもカナリィの配信を見る方が重要であるかのような態度を取ることだ。
暴走メガシンカ周りの詳細は後述するが、これは暴走メガ進化したポケモン自身も苦しむし、暴走したポケモンが暴れれば町に被害が出るかもしれない、危険な状態として扱われている。
なのに本作のライターは「ピュール君はこんなにカナリィちゃんのファンなんです!」と書きたいがために、その暴走メガシンカ事件を軽視するような発言をさせたわけだ。本当にライターは作中世界の事件なんて心底どうでも良くて、ただキャラクター同士の関係性を描けさえすればいいと思っていることがよく伝わる。
仲間と協力して事件に立ち向かい、苦難を乗り越えて絆を築くような話を書いているはずなのに、そこでキャラクターが事件に対して不真面目で不誠実な対応をする様子を見せられて誰が喜ぶんだよ。
カナリィも、主人公と対面した際に「でも僕は実況してたいんだな あっこれ やんないと炎上する感じ? じゃあサクッとやっちゃいます?」と、とても真面目にZAロワイヤルと向き合っているとは思えない発言をする。
これが、こうした身勝手な言動をしていた人物が主人公との出会いによって成長していくような物語の構成なら分からなくはないのだが、本作にそんな要素は一切ないので、本当にただ本作のライターが「不真面目なキャラクターが魅力的だと思っている」以外に考えられない。
と言うか、カナリィはZAロワイヤルに興味が無いならなぜ参加したんだよ。主人公の対戦相手として出したかっただけで、カナリィが参加した動機まで考えられなかったのか?
ひたすらに稚拙で不快な内容だが、残念ながらこんなものは序の口だ。
シロー
本作の思想の問題点が色濃く現れたキャラクターとエピソードだ。
まず彼は「ジャスティスの会」の会長という設定で、この会は
ミアレシティは「ポケモンとの共生」を謳っているが、そのくせホロ(光の檻のような領域)にポケモンを閉じ込めている
本当に共生を謳うのであればホロを撤去すべき
ホロを撤去したらポケモンに襲われる可能性があって危険なのでは?と思うかもしれないが、ジャスティスの会で体を鍛えれば大丈夫!だからジャスティスの会に入りましょう!
このような主張をしている。
最終的に脳筋自衛によって解決を目指している点はともかく、主張そのものは以外なほどに真っ当だ。
事実として、ミアレを取り仕切っているクエーサー社はポケモンとの共生を謳いながらポケモンを一方的に閉じ込めている。一応、いずれホロも取り払うつもりだとは言っているが、具体的な日時やプランは示されていない。
この矛盾について切り込み、BWのプラズマ団のようにポケモンの解放を求めたジャスティスの会がクエーサー社と対立する物語が展開される……ようなことは一切無く、結局シローは単なる脳筋おバカキャラとして扱われるだけで終わり、彼の主張が掘り下げられることは特に無い。
後にクエーサー社に因縁をつける団体が登場したりもするが、ジャスティスの会がその団体に加わる、あるいは逆に団体から守ってくれる等の展開も一切無く、この理念はストーリーに何ら関与しないままフェードアウトしていく。
彼のエピソードが展開されるのはZAロワイヤルのEランクだ。
シローとマッチングされた主人公は彼と対戦すべくジャスティスの会に向かうが、シローがスマホロトムの管理を任せていた、妹のムクがスマホを持ったまま失踪してしまったので彼女を探す展開になる。
そして、「ムクバードは…」「むき延期…」「むくむくと意欲が湧いてきた…」などと大変しょうもないシャレを聞きながら聞き込み調査をする展開を経てミアレ地下水路と赴く。
さらにそこから、鍵のかかった扉を開けたい→鍵を壊すのは良くないから、合鍵を持っていそうなクレッフィを捕まえよう→クレッフィも合う鍵は持っていなかった→結局シローが鍵を破壊して解決 という、無駄な努力をさせられる上に倫理的にも問題のある茶番を経て、ムクを発見する。
「自分に勝てたら真実を教える」と言うムクと対戦し、勝利すると語られる理由はゴミの一言だ。
曰く、「シローはスマホを壊すし、ZAロワイヤルで戦い出したら朝になっても止まらない。そうなるとクレーム対応させられる自分が迷惑するから、シローの対戦を妨害したくて身を隠していた」とのこと。
つまり、完全に彼女の身勝手な行動によって主人公は余計な手間を増やされたわけだが、あろうことか主人公への謝罪は一言もないし、同行していたシローやマチエールもムクの行為を一切非難しない。
本作のライターは主人公のことをカップルの尊み観測端末くらいに考えている節があり、主人公にも人権が存在することを理解していないのだ。
さらに酷いのが、この話を聞かされたシローも「次からはムクに迷惑をかけないように気をつけよう」と反省することが無い点だ。
一応シローが「自分は妹に! ジャスティスの会に! 迷惑をかけていたのですか……」と発言するのだが、これに対する反応は、ムクの「そう だから主人公はシローをぶっとばして」だ。
そして、後は普通に試合を行う流れとなって会話は終わる。
つまり、どういうことか。
本作のライターは解決を求めていないのだ。
この物語では「脳筋兄貴シローの世話を焼く、しっかり者で苦労人のムク」という関係性を描くことがライターの脳内で完結している。
シローが成長してムクに世話をかけなくなったら関係性が崩れてしまうので、シローに成長されては困る。
だから、「シローが無茶な行為をやめる」「ムクが他人に迷惑をかけないようにする」といった反省・成長・解決と言ったプロセスがない。
代わりにシローに「仕返し」をすることでスッキリする。これが本作のストーリーの理念というわけだ。
「無能な夫のせいで迷惑している有能な妻の私」ポジションを手放したくない。だから夫と協力したり話し合って解決はしない、自分が夫の欠点を受け入れることもしない、諦めて離婚することもしないまま、夫の文句を言い続ける。そんな生き方をしている人なら本作のストーリーに共感できるんでしょうか。
と言うか、ムービーを見る限り本作のスマホロトムは必要な状況になったら自分から飛び出してくるし操作も自動で行われているはずで、シローの「自分がタッチするとスマホロトムが壊れる」との発言は描写と食い違っている。少しくらいは整合性とかを考えたらどうだ?
カラスバ
発売前の情報を見た時点であからさまな女性人気を取りに来たキャラクターであることが一目で分かるようなデザインだったが、蓋を開けてみると予想の遥か上を行く女性用お色気キャラだったのが彼、カラスバだ。
彼がランクDのランクアップ戦の相手となるが、そこでは設定の整合性、倫理面、加えてカラスバという人物の人間的な魅力、あらゆる面で問題しかない物語が展開される。
シローとのランクアップ戦が終わると、仲間のガイがヤクザのサビ組から借金をしており、その利子が大変な額になっていたことが明かされる。
その高額な利子を返済するため、ガイの代わりに主人公がサビ組の手足となって働くのが今回のストーリーとなるのだが、まず酷いのがガイが借金をした理由だ。
彼はホテルZの宣伝動画を撮るために借金をしたとの話で、動画をアップすれば客が増えて翌日には借金も返せるはずと楽観視していたようだ。
しかし、結局この動画は再生数が一桁で全く宣伝効果がなく、借金を返せていなかったらしい。
本件に関して、サビ組が利子に関して意図的に分かりにくく書いていたことは描写されているのでサビ組の側にも悪意があったことは確かだが、ガイが後先考えずに行動したこともまた事実のようだ。
じゃあガイがただのカスじゃねえか。相棒キャラをカスとして書いて何がしたいんだよ。
最終的にガイの「とにかく借金問題は終わり もうお金は借りないぜ!」との台詞で本件は締めくくられるが、迷惑をかけた側が「終わり」と宣言するのも身勝手だし、そもそも今回の件は借金したこと自体ではなく、ガイの見通しの甘さと注意力の無さが問題のはずなのに、彼がそこに向き合うことは無いまま終わる。
こうした描写を見ても、本作がキャラクターの反省・成長を描く気がないのがよく伝わるだろう。本作のライターは「トラブルメーカーの人物がクソみたいな行動をしたせいで起きた事件を主人公が解決する」でしか物語を描けないので、クソみたいな行動をする人物を成長させたくないのだ。
と言うか、今やポケモンは世界的に老若男女が遊ぶゲームとして親しまれているはずなのに、そのストーリーとして反社会勢力の指示通りに働くことが明確に組み込まれていることに誰も疑問を持たなかったのだろうか?
一応このエピソード内で主人公に回されるのはクリーンな仕事だけで、「サビ組はクエーサー社だけでは手が回らない面倒事を解決する自治組織のような役割を担っている」と描写されるのだが、それはそれとして騙して高利貸しをやっている時点で反社会勢力なのは事実だ。
人助けをしている一面もあるから「実はいい人」で、実は良い人だと分かったから今までの悪事は無かったことになると思ってるのか?ドラクエ10と同じ思想だな。
実際、本作がそんな思想であることはカラスバの描写を見ていれば分かる。
と言うのも、本エピソードで描写されるカラスバは徹底して泣き落としと自己正当化に終止しているからだ。
口を開けば「居場所がないのは辛い、自分もガキの頃はそうだった」「恩人に恩返しがしたい」「自分を正義とは思てへん でも誰かがやらなあかん」「汚れ役も街に必要」などと、「自分は悪役を引き受けているだけで、本当はいい人なんです」と執拗に自分の口からアピールする。そして、主人公の選択肢の台詞として「優しい人」「いい人」と言わせるなど、徹底してカラスバを正当化している。
個人的に、これが本当に死ぬほどダサいと思う。
ライターの認識としてカラスバは「表向きは恐ろしいヤクザだが、本当は街のために尽くす善人」なのだろう。これは作中描写として明らかだ。
だが、そんな人物を描きたいなら普通、悪事について言い訳をせず、善行をアピールしないことが当たり前ではないか。
「どんな理由があれど、犯罪行為に手を染めている時点で自分たちは社会のゴミだ」と、そうした認識を持ち、世間での誹りも甘んじて受け入れる。一方で、表の人間にはできない汚れ仕事で人々を救っている。
そんな人物だからこそ強い責任感や使命感、高潔さを持ったカッコいい人物となるのではないか。
なのに、カラスバはそれと正反対だ。
口を開けば自分可哀想アピールと「事情があるから悪事をしても仕方ないでしょ」とでも言うような無責任で幼稚な言い訳ばかり。泣き落としで全部正当化しようとするクソ女みたいな人格だ。
自分たちを助けてくれたはずのガイを騙して高利貸しをする明確な悪事を働き、さらに主人公たちを脅迫して労働させておきながら、その罪を背負う気もない。
結局、本件は最終的に主人公を気に入ったカラスバがホテルZに客として訪れ、チップと称して大金をガイに支払う→それをガイがそのまま返済金として渡すことで返済終了、という展開となる。
要は「もう借金は帰さなくていいよ」と遠回しに伝えるためにカラスバが一芝居打ったわけだが、これで解決扱いになるのも疑問だ。
結局、ガイの件は手打ちにしただけでカラスバ、サビ組は今後も金を騙し取るようなことを続けるつもりなら根本的な解決になっていないし、今回の件で彼が明確に改心したのであれば 騙して高利貸しを行ったことを正面から謝罪し、今後はこのような行為をしないとハッキリ言うべきだろう。
そこが曖昧なままでは、サビ組の事件として解決していないはずだ。
「お金の話で なあなあはアカンやろ?」というのはカラスバ自身の台詞だが、一番なあなあで済ませてるのがコイツ本人じゃねえかよ。
結局のところ、カラスバの扱いがこんな事になっているのは「ヤクザ」と言う属性を危険でカッコいいものとして感じる女性のためだけに使った結果だろう。
事実、作中でのサビ組の扱いは無茶苦茶だ。
デウロ曰く「泣く子も黙り 暴れるポケモンも静まる」とのことだが、ゲーム中ではサビ組の構成員が普通に町中を闊歩しているし、ZAロワイヤルにも参加している。
それどころかカラスバはクエーサー社の社長とも普通に会話しているし、町の子供とも気軽に会話し、セレブであるユカリの開催するバトル大会にも参加しているなど、全く反社会勢力として扱われていないのだ。
サビ組のストーリー上の描写を見てみると、明確に描かれた悪事はガイへの高利貸しの件くらいで、あとはクリーンな仕事くらいしか描写されていない。だったらヤクザなんて設定にせず、普通に最初から街のために働く自警団のような設定にしておけば問題なく済んだ存在なのだ。
なのに、わざわざヤクザにしたのは「女性人気を狙ったから」以外にないだろう。俺は以前に書店を60軒くらい回ってBL本の販売実態調査をしたことがあるので、ヤクザとかホストのような夜の街の属性がその手の女性から大人気であることは知っている。
女性ウケのために「恐ろしいヤクザのイケメンボスから気に入られて強引に迫られちゃう私❤」の展開を絶対に描きたかった。
そして、ヤクザという設定を付けたからには悪事を行っている恐ろしい一面を描きたいし、悪事をやめて自分以外にも優しくなるのはダメ。一般人はカラスバやサビ組を恐れてくれないと嫌。
でも「本当は良い人」であることにしたいので、高利貸しの場面以外は徹底して善人アピールをする。本当は良い人だから、純真な子供や地位の高い人は彼の良さを分かっている。
そんな理念で作られているから、クエーサー社やユカリは平然とカラスバと付き合っているのを隠そうともしない。それで何の問題も起きない。
そんな不自然極まりない描写になるわけだ。
物語上の登場人物としても、彼自身のエピソードとしても、全体のストーリーとしても、あらゆる面で支離滅裂だ。
それらの問題点を全て「でもカラスバは激エロのモロホストですよ?」で黙らせようとしたのがカラスバのエピソードだ。
ユカリ
セレブが集うMSBC(ミアレソシアルバトルクラブ)の代表者であり、主人公をスーパーユカリトーナメントに強引に招待する、ちょっと横暴なバトルマニア。
……のような人物のはずだが、制作者がバトルに全く興味がないので実際にはバトルマニア要素が丸ごと虚無に置き換わっている人物だ。
カラスバの件が解決(解決していない)すると、ユカリの脅迫によって主人公たちはユカリトーナメントへと参加することになる。
トーナメントと言えば昔のジャンプ漫画などでド定番の内容だが、本作のそれはトーナメントの面白い部分が一つもない内容となっている。
まず、見ての通り参加者は全員既知の人物で、見知らぬ強豪、ダークホースなどが登場して誰が勝ち上がるのか分からないワクワク感、ハラハラ感などを味わえる展開が無い。一応、割り込んできたジガルデと主人公が戦うハプニングが発生するが、ジガルデも別にここが初登場ではないし、無理矢理トーナメントに組み込まれただけで正式な対戦相手でもない。
上記のユカリとジガルデ以外で主人公が戦うのはカナリィ、シロー、そしてカラスバだ。つまり今までのZAロワイヤル昇格戦で戦った相手と再戦させられるだけで、まるで新鮮さがない。
それから、主人公以外の参加者が一体どんな戦いをするのか、勝てるのかどうかもトーナメント展開の面白い部分だと思うが、このユカリトーナメントでは主人公以外の試合は完全に省略されており、一切の描写がない。
格下キャラが意外な善戦をして意地を見せる、あるいは格上のキャラが圧倒して格の違いを見せつけるとか、そういった様子も全く描かれない。
この点で最も酷いのが、ガイがカラスバにあっさり負けていることだ。これは本当に、作劇として絶対に有り得ない展開だと思う。
まず、カラスバは直前のランクDの昇格戦で戦った相手だ。そいつと即座に再戦させられてもプレイヤーとしては全く新鮮味がない。
せめてカラスバが手持ちを大幅に替えていたりすればマシなのだが、実際は前回と同じ手持ちのまま、わずかにレベルが上がっただけだ。彼との戦闘がただの作業にしかなっておらず、ゲームとしてこんな退屈なマッチングを起こすべきではない。
もしもカラスバとユカリをぶつけて、ユカリが圧勝する様子でも描いてくれれば「あのカラスバが惨敗!?」と、ユカリの強さを見せつける描写ができたはずだ。直前の強敵の格を落とす展開もそれはそれで嫌な部分はあるが、主人公と再戦するよりはマシだろう。
何よりガイを負けさせる意味が分からない。
プレイヤーはガイと長らく対戦しておらず、このトーナメントはガイと主人公をぶつけてライバルとしての存在感を出すには絶好の機会だったはずだ。
上記の通りカラスバは直前にプレイヤーが戦った相手なので、そのカラスバにガイが勝利すればガイも主人公と同じくらい強くなっていることが自然に分かる。
付け加えるなら、サビ組に騙されて高利貸しをされたガイが、そのサビ組のボスであるカラスバを倒していればガイ自身の手で多少の仕返しを果たし、溜飲を下げる事もできたはずだ。
なのに、実際の展開は何の描写もなくカラスバが勝ち進むだけだ。
メタ的な話をすると、ここで戦うカナリィ・シロー・カラスバ・ユカリはラストバトルで救援に来るメインキャラクターたちなので、この面子を印象付けるために用意したのがスーパーユカリトーナメントなのだと思われる。
つまり最初からトーナメント戦の面白さなんて考えていない。
ライターがこのトーナメントで最も描きたかったのは、カラスバがランクアップ戦で主人公に負けたのが悔しくて特訓していたことを部下にバラされ「恥ずかしいから言われたくなかったのに!」と照れるシーンだ。
さらに、このユカリの虚無を倍プッシュで味わえるのがクリア後のZAロワイヤル∞と、その後のサイドミッションだ。
まず、ZAロワイヤル∞自体が 雑魚トレーナーを延々狩ってバトルチケット入手→リワード戦を1回行う→また雑魚トレーナー狩り を延々行うだけの虚無コンテンツなのだが、この虚無コンテンツを20回クリアすることでサイドミッション119、スーパーユカリトーナメントDが解放される。
この「D」は「だけ」とのことで、主人公以外の枠が全員ユカリになったトーナメントだ。
これだけ見るとハチャメチャで面白そうに見えるかもしれないが、実態は虚無を超えた虚無だ。
ここで主人公はユカリと4回戦うのだが、ユカリの手持ちは一切変わらない。一試合ごとに回復してもらえるので、消耗を抑えながら耐久戦を行うような展開でもない。敵のレベルも、技構成も、戦法も、一切変わらない。
もしも一戦目が「じしん」8回で決着したなら、2戦目も同じく「じしん」を8回選べば勝ちだ。3戦目も、4戦目も同じだ。純度100%の作業でしかない。
少しでもゲームとして面白いものを作ろうと思っていたら、流石にここまで何の変化もない内容にはしないだろう。あまりにもやる気が無さすぎる。
これはゲームとしても問題だし、バトルマニアであるはずのユカリのキャラクター付けとしても大問題だ。
もしも彼女が本当にバトルを楽しんでいるなら、手持ちポケモンを替えるとかアイテムを替えるとか、一戦ごとに戦法を変えて勝つ方法を模索したりするはずだ。バトルの楽しさっていそういうものだろ。
負けたパーティでそのまま再戦し、また同じ戦法で負けることを繰り返すなんて、どう考えても戦いを楽しみ、戦いと向き合っている奴の行動じゃない。
まあ、バトルに興味がないしバトルマニアの気持ちを理解する気もない本作のライターには荷が重すぎる課題だったのだろう。本作のライターは「ユカリは主人公に執着している」関係性にしか興味がないのだ。
ついでに書くが、主人公以外のユカリVSユカリの対戦は何の描写もされない。そもそも同一人物が一体どうやって対戦しているのかも謎だ。ユカリが一人二役で戦う、あるいはメイドにユカリ役をさせるなど、どうやって試合を行っているのかを描いてくれればストーリーイベント的には楽しめる部分もあったかもしれないのだが、それすらやらない。トーナメントという舞台の物語にも、ゲームとしてのポケモンバトルにも、全く興味がないのだ。
グリ
前述した通り、ZAロワイヤルにおいて主人公が戦う最高ランクの相手だ。
彼は正体を隠しており、まず彼に辿り着くためにグリが何者なのかを調査するところからエピソードが始まる。相変わらず勝手にマッチングしておきながら実際の対戦はセルフでセッティングを要求するZAロワイヤルの欠陥システムっぷりが遺憾無く発揮された展開だ。
調査の結果、グリは序盤に登場していたカフェの店員で、その正体は元フレア団の関係者であると判明する。
俺はポケモンXYのプレイ経験がないので詳細は把握していないが、〇〇団と言っても悪の組織とは限らなくなってきた昨今のポケモンの中で、フレア団はかなり危険なテロ組織だったらしい。
事実として、フレア団が壊滅した今でも関係者への風当たりが強いことが語られている。
それはそうと、彼に関するエピソードは本作でほぼ唯一と言ってもいいマトモな内容だ。
まず彼の目的はプリズムタワーの暴走を解決することによる自分たちの名誉回復であり、そのためにAZのフラエッテを要求するなど強引な意思は見せるが、思想や行動そのものは特におかしくはない。
AZが最終兵器を作ったことを批判したり、余所者の主人公がミアレの事件に首を突っ込む理由があるのかと問いかけるのも極めて自然だ。自身の境遇に対する怒りを顕にしつつも、「いきなりこんな感情をぶつけられても困るだろう」「(主人公にとって)そもそも自分の話が真実であるかも分からない」など主人公を気遣うような態度も見せている。なんで悪の組織に所属してた人物が一番まともな人格者なんだよ。
そして彼は主人公との戦い、その後のラストバトルでの救援、クリア後シナリオまでの主人公との関係を経て、過去の呪縛から解放されてゆく。
過去への執着を捨てるのは簡単ではないが、主人公と全力で戦うのは楽しかったし、カフェ店員としてミアレの人たちにコーヒーを振る舞うのも好きだ。そう再認識し、主人公を称え、町を守りたいと決意し、そして前向きに生きていこうとする。
カスが反省も成長もしないことが当たり前の本作において、真っ当に主人公との出会いによって学び、考え、成長する。そんな物語として成立しているのだ。
それから彼は「カフェの店員」が属性であるためか、カラスバやユカリのように主人公に対して上から目線で変な粘着をしない。ただ実力を認め、仕事が終わればコーヒーを淹れる。その程度の距離感なので気持ち悪さがない。
クリア後シナリオでイベルタルの襲来を主人公から伝えられた際は真っ先に「クエーサー社も交えて話し合うべき」と、本作では信じられないほど常識的な解決方法を迷わず提案しており、「横暴で不真面目、無茶苦茶なことをやるほど良いキャラ」のような思想で作られている本作の人物とは思えないほど真面目な行動をする。
そして何より、現役の反社会勢力であるサビ組構成員が平然と町を闊歩していて特に差別も受けていない中、元フレア団関係者の彼らは前科者としてしっかり後ろ指をさされている理不尽な環境を思うと、流石に彼らに対して同情的な気持ちになる。
そんな境遇でも自暴自棄にならず、プリズムタワーの事件を解決することで汚名返上を果たそうと願い、その役目を主人公にかっさらわれても腐らずに主人公に協力し、自分の生き方を見つめ直してゆく。
すごく良い話、と言うほど密度の高いイベントがあるわけではないが、本作の中でほぼ唯一と言える人格的にも物語的にも不快感の無い内容だった。
暴走メガシンカ事件
オープニングで描写されている事件、そしてラストバトルに関わってくる本作の全体シナリオにおける根幹の要素だが、これもゲーム上の実態としては作業的にバトルを消化するだけの非常に空虚なものとなっている。
まず、この暴走メガシンカとは異常なメガエネルギーによって野生ポケモンが強制的にメガシンカし、過剰な力によってポケモン自身が苦しむことに加え、自身を制御できずに暴れ出すことだ。
この暴走メガシンカポケモンが暴れれば町の人に被害が出るかもしれないので、ポケモンのためにもミアレシティのためにも解決すべき緊急性の高い事件となっている。設定上は。
しかし、カナリィのエピソードの項でも書いたが、本件について主人公の仲間たちは平気で私用を優先している描写があり、到底真剣に対応する気があるようには見えない描写となっている。
それに加えて、やる気のないバトル展開も非常に目立つ。
最も酷いのはクエーサー社に招待されて向かったのに警備デデンネと戦闘する展開だろう。主人公たちが怪しい行動をして不審者と間違われたわけでもなく、なぜか邪魔者のような扱いをして主人公たちから戦いを挑む。
それ以外にも、暴走メガシンカを鎮めようと足場を登ろうとしたら建築屋のタラゴンとバッティングしてバトル、同じく暴走メガシンカを鎮めに行ったら目的を同じくして向かってきたジプソとバトルなど、事情を説明するか協力して解決に当たれば済む状況なのに、無理矢理バトルする流れに持っていく展開が非常に目立つ。
「ゲーム的にここでバトルを入れたい」と考えるのは自由だが、それを不自然に感じさせないために存在するのが物語を描くことのはずだ。だが本作は「無理矢理に戦わせにかかっている」ことが丸出しで、ストーリーライティングとして完全に失格と言っていい。
大体、ストーリーが進んでも暴走メガシンカポケモンによって実際に町へ被害が出ている様子は無いし、暴走メガシンカしたポケモンが苦しんでいる様子も最初のアブソル以外は基本的に描写されないのだ。
主人公たちが上手く事前に対応できているから、と考えれば聞こえはいいが、事件に対して真摯に対応している緊迫感がまるで無いのに、その程度の対処でも何のアクシデントも起きずにトントン拍子に解決するので事件の深刻さがまるで感じられない。
こうした話って、普通は中盤くらいで事態がより深刻化するのが普通じゃないかと思う。暴走メガシンカポケモンの力が強まってきて、それに対抗するために主人公たちはもっと強い力を得る方法を探すとか。
あるいは実際に手が回らなくなったせいで身近な人が傷つけられてしまい、事件の深刻性を深く認識するとか。本作でそんなことは何も起こらない。
本作では主人公たちMZ団が「良い仲間」「良いチーム」と露骨にヨイショされるのだが、そもそも仲間の絆と言うのは共に苦難に立ち向かい、乗り越えたり、切磋琢磨するから生まれるものではないだろうか。
なのに本作で描かれる仲間の絆は「ガイの作ったクロワッサンカレーを食べながら談笑する」か「作戦会議と称して雑談する」ばかりで、徹底してお友達としての仲の良さの描写に終止しており、実際には主人公たちが苦楽を共にした特別な絆で結ばれているような様子は全く表現されていない。
これはドラクエ2のHD-2Dリメイクもそうだったので、バトルに興味のないライターがバトル物のシナリオを書くと戦いの中での絆を一切描けないのでひたすらお気楽な仲良しアピールに陥るのは昨今のトレンドのようだ。
また、暴走メガシンカポケモンは一貫してただの野生ポケモンでしかなく、何の因縁もないので物語として盛り上がらない。
例えば、プリキュアとかなら主人公たちがゲストキャラと仲良くなる→そのゲストキャラが襲われるので助ける、といった流れが鉄板だ。
「ただの見知らぬ人が襲われている」ではドラマが無いので、まずはゲストキャラを描写する。そして、ゲストキャラの魅力を伝えた上で危機に陥らせる。それによって「あの優しい◯◯さんを助けたい!」「あの人の夢を守りたい!」と思わせるわけだ。
本作には、そういった要素がない。メガシンカポケモンには何のキャラクター付けもなく、ただ無言で出てきて戦闘になり、倒したら無言で終わりだ。
一応メガルチャブルに関しては事前イベントでモブの女性が「自分のポケモンではないが時々エサをやっていた」と語っており少しはストーリーが描写されているが、このモブ女性も主人公たちと初対面なので親しい相手ではないし、女性もあくまで時々餌付けをしている程度でルチャブルのことをすごく大切にしている様子ではない。
と言うか、野生動物への餌付けってこの町ではセーフなのか?
同行していたデウロは「エサをあげるなんて優しすぎる!」と何も疑問を持たずに絶賛しているが、子供も遊ぶゲームなのに野生動物への餌付けを推奨するような描写はどうかと思いますよ。
こうした細かい描写を見ても本作のライターは浅慮で無責任で幼稚、かつ自分ではそれに気付いていない様子が見受けられる。
と言うか作中では本当に全く話題にならないので忘れていたのだが、本作ではポケモンとの共存を掲げている割にはストーリー上でポケモンとの絆とか、トレーナーとしての成長が一切話題にならない。
ポケモンと対話したり、共に修行しながら仲を深める様子なんて まるで無く、作中で描写される絆は常に人と人ばかりだ。上で書いた「カラスバとジプソが特訓した」なんて話が挙がる場面でも、彼が相棒のペンドラーと具体的にどう向き合い、どう成長したかなんて一言も語られない。
ポケモンは一貫して人間キャラクターについて「彼は◯◯タイプ使いです」「彼女は◯◯のポケモンが大好き!」とキャラ付けをする道具くらいにしかなっておらず、ポケモンの魅力を作中では全く表現できていないのだ。
デウロは相棒のヒトデマンをスターミーに進化させずに戦わせているが、これは「ヒトデマンならではの可愛さがあるから」とのことだ。
ポケモンを進化させるか否かについて重要なのはポケモン自身が進化したいと思っているかどうかだと思うのだが、そこは重要視されない。
そしてストーリーが進むと結局デウロはスターミーに進化させるのだが、その際も葛藤などは何もなく ジプソに水の石を貰ったから一応使うか、くらいの感覚で進化を決め、進化シーンの描写もないまま次の戦闘ではスターミーになっている。
初代ポケモンのアニメだと、マチスのライチュウに敗れたサトシが「やっぱり自分も勝つためにピカチュウを進化させるべきなのか」と悩み、それでもピカチュウが進化を嫌がる気持ちを尊重してピカチュウのまま戦うと決意、進化前ゆえの身軽さを活かしたスピードで翻弄することで勝利を手にする……といった感じの展開があったと思うのだが、本作にはそういったことが何も無い。
これが、デウロのヒトデマンも元々は進化を嫌がっていたが、深刻化する暴走メガシンカ事件に対処するために頑張るデウロのために進化を受け入れる……みたいな話があればポケモンとの絆も描けたし、今までの力では厳しい戦いになっている緊迫感も描写できたはずだ。
結局のところ、本作は最初から最後までポケモンという存在をただのペットくらいにしか見ていなかったのだと思う。
シローの項で書いたが、クエーサー社は共存を謳いつつポケモンを一方的にワイルドゾーンに閉じ込めているだけだ。
話の通じない獣が相手なら仕方ないが、ポケモンは基本的に人語を喋れないだけで、ほぼ全てのポケモンが正確に人語を理解しているはずだ。
ならばポケモンと対話し、ポケモンの気持ちに寄り添い、より良い解決策を探していくのは当然だと思う。なのに結局のところ本作中ではワイルドゾーンにポケモンを突っ込んで終わりで、それ以上は何も掘り下げない。ポケモン側の気持ちなんて話題になることもない。
本当に全然扱われないのでプレイ中は忘れてスルーしていたが、ポケモンのゲームとして最も致命的なのはこれかもしれない。
それから、個人的にもう一つ気に食わないのが暴走メガシンカ事件周りはクエーサー社から明確に依頼されて主人公たちが対応に当たることだ。
過去作においても主人公が人助けをする、悪の組織と戦うなどは当たり前だったが、これらは基本的に自由な立場の主人公が冒険し、その過程で行うものだった。
対して本作はクエーサー社の秘書マスカットから依頼を受けて活動する形になっている。これが相応の報酬や支援があればマシなのだが、ストーリー中で主人公たちが報酬などを受け取っている様子はない。これじゃ善意にタダ乗りした相手に都合良くコキ使われてるだけだ。
本作のストーリー最終盤ではミアレシティ自体の存続が危ぶまれるほどの大事件が起こる。そして、それをほとんど一人で全部解決した人物が主人公なのだが、別に町全体で主人公を英雄として称えるでもないし、大金などの報酬を提示してくることもない。
せめて主人公たちが「自分たちが善意でやったことだから辞退する」みたいな形で断ってもいいから、クエーサー社の側から報酬の提示くらいはしろよ。本当にタダ働きさせられただけじゃねえか。
ラストバトル
本作の最終盤になると、プリズムタワーを鎮めるために主人公たちが最後の戦いに臨む。本作の問題だらけのシナリオの集大成とも言うべき場面だ。
タワーの完全な暴走が目前となり、一刻の猶予もない。もしも暴走したら、ミアレシティが丸ごと消し飛ぶかもしれない。そこでタワー前に集った主人公たちが真っ先に行うことは何か?
そう、主人公と同じくAランクに上がっていたガイと試合をして最強のトレーナーの座を争い、どちらがタワーに向かうか決めることだ。
なワケねえだろ。一刻の猶予も無い状況で無駄に時間を使うなよ。
そもそもガイにライバル感がまるで無いのは既に書いた通りだ。彼もまたZAロワイヤルの最高ランクに到達、この街で最強のトレーナーとなっていたらしいのだが、これもまた彼が口頭でサラッと伝えるだけで試合の様子がテレビなどで放送されるでもないし、ゲーム上のムービーで彼の試合を見せてくれることもない。本当にいつの間にか「最強」の座を手にしている。
そのせいで頂上決戦の高揚感なんてまるで無く、感じるのはただ「今そんな事やってる場合じゃないだろ」だけだ。
せめて「ライバルとの頂上決戦」をやりたいにしても事件解決後のウィニングランのような感じで、
タワーの暴走は止まったし、これで全て解決だね→いや、まだ一つ残ってる。俺たちの どっちが最強なのかハッキリさせようぜ!
なんて展開にしていれば不自然さは多少なりとも軽減されていたと思うが、本作のライターにそれを要求するのは酷だったらしい。
なにせ、さらに恐ろしいのはここからなのだ。
主人公が勝利し、もちろんタワーに向かうのも主人公に決定……と思われたその時。あろうことかガイは「やっぱり自分に行かせてくれ」と言い放つ!
じゃあ何のために試合したんだよ!!
そして、そこでガイの語ることが以下だ。悪意を持って悪く見えるように書いていると思われないよう、作中の一連の台詞をそのまま記載する。
だって……ミアレの
みんなやポケモンを守りたいからな!
それにオレに勝った(主人公の名前)には
任せたいこともある!
(主人公の名前)は伝説のポケモン
ジガルデに認められたトレーナーだ!
もしものときは
ジガルデと一緒にミアレを守ってくれ
ミアレにはオレが探している人も
その人の周りで暮らすポケモンもいる
オレはそんなミアレが好きだ! だから
オレとフラエッテでその日常を守る!
以上をガイが話すと「どっちが勝ってもいいようにちゃんと考えていたんだ…」と、何かガイが立派な作戦を立てていたかのような流れになるのだが、勝っても負けても自分が行くつもりだったのに主人公と無駄な試合をした時点で明らかに何も考えてねえだろ。
しかも、何か作戦を語っているような雰囲気だが彼が話している内容の大半は「だって自分が行きたいから」というだけのワガママでしかないし、結局のところ作戦として語っている部分も「自分が失敗したら主人公にケツを拭いてもらう」でしかない。
本気でこれを賢いと思って書いたのなら、ちょっと本気で心配になるレベルでライターの頭が悪すぎる。
そして結局この案が採用されてタワーに向かうのはガイに決定、試合をしたことは完全にただの時間の無駄となる。
ともかく、以上の流れでガイがタワーに向かう。
しかしタワーの暴走は予想以上に激しく、ガイは苦戦する。
俺はここで、「でも流石にタワーの方はガイが自分で解決するよな…?」と思っていた(実際に配信でプレイしながら言った)。
だって、これでガイが自力で解決できずに主人公が助けに入るようなことになったら、ガイはタワーが暴走して町が滅びかねない状況で無駄に頂上決戦バトルを要求し、負けたくせに自分がタワーに行くと駄々をこね、挙句そのタワーの暴走すら鎮められなかった救いようのないカスになってしまう。
ガイの成長と、腐ってもAランクとなった彼の意地を見せてくれ。と言うか、そうじゃなかったらストーリーとしてゴミすぎる。
もちろんダメだった。
本作は悪い意味で期待を裏切らない。
そして、全ての尻拭いを押し付けられた主人公がガイを救うため、まずはジガルデが呼ぶ場所へと向かう。一刻の猶予もない状況なのだからジガルデの側から来てほしいものだが、これもジガルデがトレーナーを認めるかどうかの試練のつもりなのだと考えよう。
この場所がえらく遠い上、瓦礫などを避けながら進む必要があるので町全体をグルっと迂回しながら目的地を目指すことになる。
そして、その道中では襲い来る暴走メガシンカポケモンたちを、カナリィを始めとしたZAロワイヤルの対戦相手たちと共に迎え撃つ展開になる。
しかしこれ、鳥ポケモンとか使って空路で行けば一発じゃないのか?
何か空路が使えない理由が示されていれば納得できるのだが、特に何の理由付けもされていないので茶番臭さが否めない。ライターはポケモンに興味がないから鳥ポケモンの存在を忘れていたのか?
あと、ここで最悪なのがカナリィとの共闘後、タラゴンが「先に進むために足場を作ったが、熱中しすぎて凄いアスレチックになった」と、明らかな妨害行為を行うことだ。
冗談で言うだけで実際にはちゃんとした足場も組んである…なんてことはなく、本当にその足場アスレチックを攻略して先に進む展開になる。
もう一度書くが、今はタワーが暴走してミアレシティが丸ごと消し飛びかねないような状況だ。なのに、作中の登場人物がふざけて事件の解決を妨害する。これが面白いギャグシーンのような感覚で描かれている。
本作のライターは「だってストーリー書いてるの自分だし、アスレチックで遊んでも暴走には間に合う展開にするから大丈夫だもん」程度に考えているのかもしれないが、そんな物語を書くことを心底舐め腐った考えではライター失格だと教えてくれる人は周囲に誰もいなかったらしい。
似たようなことを何度も書いたが、ライターが自分の書いている物語の事件に真面目に向き合う気がないのだ。だから作中の登場人物も真面目に事件と向き合わない。
そして最後は、本当に何の役にも立たなかったガイとグータッチしてみんなの力で事件を解決したような雰囲気だけ出して終了だ。
すごいストーリーでしたね。
そしてエピローグではホテルZの支配人、AZが死亡したことが語られる。
彼は過去の事件で永遠に近い命を得ており、既に3000年を生きていたとされるため、この死は悲劇ではなく「過去の呪いからの解放」ということだろう。
墓前でMZ団の仲間たちが思いを語ったり、その後にAZの思いが受け継がれている様子が描写される…のだが、俺は何の感情も浮かばなかった。
今までの物語がとんでもない茶番だったせいでもあるが、そもそもAZに対して特に思い入れがなかったからだ。
彼は確かに、主人公の拠点となるホテルZの支配人として序盤から登場してはいたが、作中の出番は基本的にカウンターに立って意味深なことを一言二言話すくらいで、共に事件を解決するために戦いに出たりしないどころか、作戦会議や食事のシーンにすら登場しないのだ。
特別な絆のある仲間どころか親しい友人程度の関係すらなく、本当にただ「ホテルに立ってる、なんかでかい人」程度でしかない。
彼はポケモンXYに登場していた人物らしいので、XYのプレイ経験がある人にとっては少し見え方も違うのかもしれないが、本作の物語の中で彼について思い入れを持たせるような内容が何も無いのは確かだ。
ラストバトルの少し前、元を辿れば彼が暴走メガシンカ事件の元凶であると作中で語られる。
例えばここで、それを知った仲間たちが「それでもAZさんは恩人だ、彼を助ける」と考える側と、「自分はAZを許せない、彼と敵対する」と考える者に分かれて一悶着し、最終的にはAZの贖罪の意志を知って和解する……とか、そういうドラマがあれば仲間たちの絆、AZとの絆なども生まれていたかもしれない。
だが本作にそんなものはない。せいぜいピュールが「責任の所在はハッキリさせるべき」と一言話すくらいで、特に仲間たちが譲れない思いをぶつけ合うようなことはない。
とにかく最初から最後まで、本作は「ストーリーを作るには事件を起こさなきゃいけないから」と仕方なく機械的に事件を配置しているだけだ。書いている本人が、その中身に何の興味も持っていない。
だから事件の中身はスカスカだし、キャラクターも真面目に事件に向き合わない。その結果、キャラクターの絆すら描けていない。
最初から最後までひたすらに空虚で、唯一存在するのは「恐ろしいヤクザのイケメンボスから気に入られて強引に迫られちゃう私❤」だけだ。
冒険の旅をして、財宝を手にする。
人々を救い、巨悪を倒し、英雄として讃えられる。
己を鍛え上げ、最強の座を手にする。
こういった内容は、古くから少年漫画的シチュエーションの代表的な例だ。そこには、そのまま「大冒険して、すげぇ宝物を手に入れてえ!悪いやつをカッコよく退治して、ヒーローって呼ばれてえ!努力して最強になって、最高の達成感や充足感を味わいてえ!!」と、ギラギラしたエネルギッシュな欲望が必ず存在していたはずだ。かつての少年たち、あるいは少女たちは、それに魅せられてきたのだと思う。
だが本作はどうだ。
バトルで最強を目指す、大事件を解決するといった少年漫画的なフォーマットに形だけ則ってはいる。
だが主人公の動機、要はプレイヤーの動機として想定されているのは常に奉仕とか世話焼き、「みんなと一緒にいたい、みんなを助けてあげたい」ばかりで、そこにエネルギッシュな欲望なんて まるで見えない。その欲望を満たしてくれるシチュエーションは用意されていない。
だから徹頭徹尾、作品のメインであるはずの要素がここまで的を外し続けた内容になったのだと思う。
システム面
冒頭に書いた通り、本作はゲーム性の部分も虚無だ。
リアルタイムバトルを採用し、今までのポケモン本編とは違うことをやろうとした点は理解できる。しかし、それを活かして楽しいゲーム体験を提供しようとは明らかに考えておらず、ほぼ全ての要素がプレイ時間を稼ぐための機械的な作業を延々と繰り返すだけの内容となっている。
そもそもの問題として、本作は操作性が悪い。
本作の戦闘は ZLで対象をロックオン→使用する技を選択 の順で行うが、このロックオンの仕様が劣悪だ。
ロックオン対象としては敵のポケモンと、それ以外に岩やヘドロなどの障害物が存在するのだが、どちらかを優先して狙うようなシステムは無い。
そのため岩がいくつも転がっているマップで戦闘をする場合、敵ポケモンをロックオンしたいのに岩の方にターゲットが合ってしまうことが頻発する。
もちろんロックオン対象を変更する操作は存在するが、これが「戦闘中に右スティック」となっているのが問題だ。右スティックは非戦闘時のカメラ回転に使用しているのだが、戦闘中はロックオン変更で上書きされてしまう。
これが問題で、例えば画面の端の方で敵ポケモンをロックオンしてしまい、カメラを動かして敵を画面中央に入れたいとする。
だが、そこで右スティックを動かすとカメラは回転せず、代わりにロックオン対象が替わってしまう。
「カメラが動かない」「ロックオン対象が替わった」で二重に混乱するし、それで混乱している最中にも敵は攻撃してくる。そのせいで余計に慌てることになる。これには最後まで慣れなかった。
と言うか、開発中に誰も疑問を持たなかったのか?
さらに言うと、そもそもロックオンの精度そのものに難がある。
ロックオンできる範囲が意外と狭いのか、あるいは敵ポケモンの状態によってロックオンできないタイミングがあるのか、十分に接近している相手ポケモンがちっともロックオンできなくなり、苛つきながらZLを連打させられたことが何度もある。
暴走メガシンカポケモンとのボス戦で敵の攻撃を避けながら接近、いざ攻撃!と思ったタイミングでなぜか全然ロックオンできなくなる、なんて場面もあった。敵が無敵状態だとロックオン自体が通らないとか、何か特定の仕様があるのかもしれないが、ゲーム中で特に説明はない。
また、ポケモンの移動周りにも難がある。
とにかく経路探索が雑で、ポケモンが障害物に引っかかって延々と足踏みすることが非常に多い。複雑な地形のマップで発生するなら多少は仕方ないのだが、本作は本当にどこでもすぐにポケモンが地形に引っかかる。少し歩いてダメだったら別の経路を探すこともせず、ひたすら壁に向かって足踏みすることが当たり前だ。
最もバカバカしいのが町に多数あるバトルコートだ。
コートはフェンスで囲まれており通路部分から出入りするのだが、この通路部分が人間一人分くらいのサイズしかないので少し大型のポケモンになると出入り口を通過できず、通路に引っかかったまま足踏みする。大抵の場合、一度ポケモンを引っ込めて出し直すことになる。
ポケモンとの距離が離れすぎると近くにワープしてくる機能があるので これを活用すればポケモンを引っ込めなくても済むが、その場合は自動ワープを発生させるためにわざと引っかかったポケモンと離れるように動くなんてマヌケな操作を要求される。これが令和のゲームか?
ポケモンの体型は千差万別だし、あらゆるポケモンが一切引っかからないようにしろとは言わないが、こんなものバトルコートの通路部分をもっと広くすれば絶対に発生しないだろ。テストプレイで誰も指摘しなかったのかよ。
この頭の悪い経路探索は戦闘でも問題を起こすことが多い。
特に酷いのは遠距離攻撃を使おうとした場合だ。
本作ではバトルにアクション要素が加わったことで、技に近接と遠隔のような設定が存在する。パンチやキックなどの技は近接技で、もちろん敵に接近して使用する。
対する遠隔技は離れていても使用できるのだが、問題なのは遠隔技を選択した時に敵との距離が近いとわざわざ一定の距離を取ってから技を発動しようとする仕様だ。
例えば俺のガメノデスは近接技のストーンエッジと遠隔技のいわなだれを両方覚えさせていたのだが、ストーンエッジで攻撃した後にいわなだれで追撃しようとして、ガメノデスが敵から離れようとする→背後に障害物があって引っかかる→しばらく足踏みしてからようやく攻撃or結局いわなだれを発動できずに諦める、といった動作をしたことが何度もある。
これが離れなければ絶対に当たらないような攻撃であれば仕方ないのだが、本作の遠隔技は基本的に密着していても普通に当たるので発動前に強制的に距離を取ろうとするシステムは大抵の場合で邪魔にしかならない。
とにかく、ただ普通に戦っているだけでもロックオンや経路探索の問題でストレスを感じることは非常に多かった。
せめて、プレイヤーの側から「最短で技を出せ」「できるだけ距離を取って戦え」のような指示でも出せれば良かったのだが、ポケモンの移動を制御するにはプレイヤーがポケモンに近付いたり離れたりして調整するしかない。
だが本作ではプレイヤーもポケモンの技に巻き込まれ、何度も攻撃を受けるとダウンして敗北する仕様となっているため、プレイヤーが上手く逃げ回りつつ本体と自分のポケモン、敵ポケモンの位置取りを常に調整するのは無茶な話だ。
その結果自分のポケモンが、敵の配置したヘドロのダメージ床を避けようともせずにザブザブと歩いて、余計なダメージを受けながらプレイヤーの近くに戻る様子を眺めて余計なストレスを溜めることになったりする。
昨今の「ポケモン」シリーズの作品は全体的に技術的・機能的な面での批判が目立つ傾向があったが、本作でも改善していなかったようだ。
ZAロワイヤル
本作のバトルの大多数を占めるのが、ストーリー上でも大いなる虚無として立ち塞がってきたZAロワイヤルだ。
これが、ゲームシステムとしても絶望的に退屈な作業となっている。
ZAロワイヤルの大多数を占めるのはバトルチケットを入手するまでの、バトルエリアでの雑魚狩りフェイズだ。規定のポイントを稼ぐまで延々とバトルをする。
当たり前だが、その後のランクアップ戦がいわゆる「ボス戦」の位置付けなので、ポイント稼ぎで戦うトレーナーは基本的に格下の相手だ。なので、根本的に退屈な作業バトルを繰り返す事が前提の設計となっている。
歴代作のポケモンジムにおけるジムトレーナー戦も似たようなものだったが、あれは一応ジムごとにタイプ統一されていることで雰囲気作りや、ジムリーダーの事前対策として機能している部分があった。
だが、本作の場合は完全な野良トレーナーなのでランクアップ戦で戦う相手とも特に関係ないし、所持ポケモンにも特徴がないことが多い。高レベルの単騎編成とか、同一ポケモン6体編成とか、強烈な個性を持ったトレーナーも特にいなかった。(せいぜいデリバード2体だけのトレーナーがいる程度)
そのため、ひたすら無味乾燥な雑魚を狩り続けるだけの体験となる。
そこにゲーム性のようなものを持たせようとしたのか、このZAロワイヤルでは不意打ちが認められているというルールがある。
相手のトレーナーの背後から先制攻撃を仕掛けたりすることで有利に戦いを進めることができる……とのことだが、これも特に面白いものではない。
この手の潜入や隠密行動のゲームと言えば、地形を利用して隠れることを基本に、相手の動きのパターンを把握する、マップギミックやアイテムで敵の注意を引くなど、洞察力と判断力で敵を出し抜き、難関をすり抜けることが醍醐味のはずだ。
だが本作の場合、敵のトレーナーは隠れる場所もない広場や通路に待ち構えていることが多く、「相手が背中を向けるまでひたすら待つ」以外の対策の取りようがない場面が多い。ただ退屈なだけだ。
面倒だからさっさと正面から挑みたくなるのだが、あろうことか本作では「相手から勝負を仕掛けられた」判定になった場合、結構な割合でこちらが不意を突かれた扱いになって開幕行動不能に陥る。真正面から堂々と相手に近付いて戦闘に入った場合ですら、だ。
これはあまりにも理不尽で、雑なシステムだと思う。
そもそも不意打ちが認められているとは言え、コソコソと背後から攻撃するようなスタイルを好まないプレイヤーも居るだろうと思う。不意打ちのメリットをなくせとは言わないが、正々堂々とした武人プレイをやろうとしたら「先制攻撃に失敗して相手に見つかったマヌケ」のような扱いを受けるのは気分の良くない部分だ。
結局いちいち裏を取るのも面倒、かと言って正面から挑むのも面倒で、さっさと終わらせたい以上の感想が出てこない。本作のストーリーがZAロワイヤルに対して無関心なのは散々書いたが、ゲームとしても面白いものを作ろうとする気が全く感じられない。
ネトゲやソシャゲの場合、プレイヤーにわざと負担を強いるような設計は珍しくない。キャラクターの強化には同じステージを何度も周回する必要があるとか、アイテムの所持数上限を拡張したければ面倒なクエスト達成が必要……なんてパターンだ。
こうした設計は、コンテンツ消化をあえて難しくすることでプレイヤーを作品に引き留める、もしくは「課金アイテムで手間を省略できます」とマネタイズする。そうした目的の設計として理解できる。
だが、本作は買い切りのコンシューマーゲームだ。特殊なやり込みプレイの場合ならまだしも、本編ストーリー中のゲームプレイでレベル上げや素材集め周回のような作業行為を強制されると言うのは、あまりにも退屈だ。
面白いゲームにしようと思って作ったとは、とても思えない。
この虚無ロワイヤルばかりのストーリー終えたら次に待っているのは虚無ロワイヤル∞、それを20回繰り返した後に待ち受けるのがユカリ虚無トーナメントなのだから、本当にただ何も考えずに戦闘コンテンツを並べただけ、と思われても当然だろう。
収集・探索
俺は「本作の舞台はミアレシティ」と知ったとき、ドラゴンクエストモンスターズのように「ミアレシティを拠点にしつつ、外のダンジョンなどを冒険する」物語になるのだと思っていた。
だが実際にはそうではなく、本作は最初から最後までミアレシティの中だけで完結し、主人公は町の外へ一歩も出ることがない。
そのため物語が広がらないだけでなく、ゲーム体験としても退屈で窮屈な内容となっている。
まず、根本的にミアレシティの探索が面白くない。
何故かって、ただ広いだけでどこを歩いても街並みに大きな変化がないのだ。
ポケモンと言えば初期アニメのオープニングで「たとえ火の中水の中草の中森の中…」と歌っていたように、野を越え山越え海を越える旅をして、そこでポケモンたちと出会う大冒険が売りの作品だったのではないだろうか。
例えばホウエン地方は海上に浮かんだ桟橋で構成されたキナギタウン、火山灰まみれのハジツゲタウン、深海を経由しないと入ることすらできないルネシティなど人が住むには非現実的な土地だらけで、ファンから「住みたくない地方」とネタにされていたりする。
だが、それゆえに非日常的な冒険をしていると感じられるワクワクがあった。
対して、ミアレシティにはそれがない。
町はローズ地区、ブルー地区などの区分をされているが、地区が変わっても街並みに大きな変化はない。
カロス地方はフランスがモデル、ミアレシティはパリがモチーフらしいが、現実の町の再現に注力した結果がこれだとしたら失敗もいいところだ。ファンタジーのワクワクを削ってリアルな退屈さを再現されてもゲームとして面白くないだろ。
例えばローズ地区は緑溢れる草・虫・フェアリーの地区、ブルー地区は水と氷に満ちた地区とか、エリアごとに特色があれば「次の地区はどんな場所なんだろう」とワクワクしながら探索できそうなものだが、本作にはそれがない。
さらに問題になるのが、本作では中盤になってロトムグライドが解放されないと侵入できない場所、取れないアイテムが存在することだ。
いざロトムグライドが解放された後、取り損なったアイテムを回収して回ろうとしてもどこも似たような街並みなので、どこでアイテムを取り逃したのか思い出せない事態が多発する。
一応、地図にピンを立てて場所を記録できる機能は存在するが、立てられるピンは1本だけなので取り逃したアイテムの記録用としては とても使えたものではない。
こうした不便さも相まって、本作における探索要素はすぐに「ワクワクする冒険」ではなく「要素を回収するための作業」と化してゆく。
そして、この退屈さはポケモン収集にも影響している。
先述したが本作では町の外に冒険に出たりしないので、野生ポケモンとの戦闘・捕獲は専ら町の中に用意されたワイルドゾーンで行う。
まず、このシステムがロールプレイとしての楽しさを削いでいる。
ポケモンとの旅がなぜ楽しいのか。
共に旅したポケモンに、なぜ愛着が湧くのか。それはやはり、冒険の中で出会い、自分の手で仲間にした物語があるからだと思う。
見知らぬ土地を冒険し、見知らぬポケモンと出会う。「こいつを仲間にしたい!」と感じ、そして捕まえたときの高揚感。それが楽しさを生んでいた。
だが本作のワイルドゾーンは設定からして「町に管理された区画」であり、言うなれば動物園のふれあいエリアみたいなものだ。そこでポケモンを捕まえても、冒険の中で出会ったポケモンを仲間にするような高揚感は無い。
たかがゲーム上の設定の差、気分の問題だと言われればそれまでだが、その設定による架空の冒険を楽しむのがゲームのはずだ。設定がそもそもワクワクしないと言うのは、なかなかに致命的な点だと思う。
本作はゲームシステムや舞台設定の面を見ても、子供心をくすぐるようなワクワクするものが何もなく、広がっているのは「管理された退屈」だ。
ついでにオマケとして書いておくが、本作はミアレの駅に行くと「ミアレを去るかどうか」の選択ができる。
何度も選択肢で引き止められるが、それでもミアレを去る選択を続けると主人公が何かを決意したような顔で電車に乗り……「いつの間にかベンチで うとうとしていた」と、夢オチで戻されて終わりだ。
俺はストーリーが完結した時こそ本当に この駅から故郷へ帰ることでエンディングを迎えるような演出になっているのだろうと思っていたのだが、別にそんなことはなかった。
結局、本編クリアどころかクリア後シナリオ、サイドミッションまで含めて全てを終わらせても この展開は変化することなく、ただ夢オチで戻されるだけで終わりだ。仲間に慌てて引き止められるコメディシーンがあるわけでも、「全て放り出して帰るのも一つの選択」として強制エンディングにできるわけでもない。一体何がしたくてこんな演出を入れたのか分からない。
まあ、ここに限った話じゃあないな。このゲームは最初から最後まで、何がしたいのか分からないことだらけだった。
一次創作は推し活の道具に成り下がるか?
現代では「推し活」という言葉が普及した。
作品以上にキャラクターを重要視し、作品の名を出せば真っ先に「推しは誰?」なんて聞かれることも珍しくない。
鬼滅の刃の映画が流行っていた頃には「煉獄さんを◯◯億の男にしよう」なんてハッシュタグが作られ、もはや作品を楽しむこと以上に「推し活で成果を出す」ことが目的化したような活動も見受けられた。
より作品を楽しむための推し活ではなく、推し活をすること自体が目的化して、そのために「使う」キャラを探すような逆転現象が起きるようになったわけだ。
本作が、そういった層をターゲットにしたのだと考えれば合点がいく。
とにかく立場や関係性のハッキリしたキャラクターを見せ、それ以上のことはしない。
キャラだけ推したい人にとって必要なのは、ゲームの戦略性でも、世界観の作り込みでも、重厚な物語でもない。
カラスバは、あなたにだけ優しいヤクザです。
この一行の情報だけだ。
それだけ手に入れたら、あとは勝手に夢小説でも書いて盛り上がる。そんな層を狙い撃ちにしたのが本作だとすれば、ある意味では成功だろう。実際、発売前からカラスバは大人気になったのだから。
ゲーム制作も、結局は商売だ。
ゲームとして、物語としての出来が悪くてもキャラクターに無尽蔵に金を落とす層が居るなら、そちらの方を向くのは一つの正解なのかもしれない。
タイパなんて言葉が囁かれてからも長くなり、かつて存在したファスト映画だとか、今ではショート動画とか、長々と文献や作品に触れることなく さっさと知識や話題をインプットできる手段が好まれるようになった。
原作にしっかり触れなくても、SNSでバズった一枚二枚の画像と数行のテキストだけで「なんとなく」キャラクターを把握すれば話題に参加できる。タイムラインに流れてくる二次創作を楽しめる。そんな作品が話題を呼び続け、人気になる様子も幾度となく見てきた。
ストーリーやゲームシステムが、SNSにおける「バズり」を生むことは滅多に無い。本当にその魅力を理解できるのは、実際にその作品の隅々まで触れた人のみだからだ。
対して、キャラクターは容易にバズる。
麻雀ファイトガールのミツモト・ダイアとか、最近だとリンカイ!の武雄楠月というキャラクターがバズり、プロジェクトの知名度そのものを大幅に上げるほどの大ヒットをした。
真剣に作品の中身を作り込むよりも、SNSでバズるキャラクターを一人生み出す方がマーケティングとして有効である。
そんな時代が続けば、もはや一次創作の品質そのものが軽視され、キャラクターの設定だけそれっぽく見せてやれば良いことになる。
そんな判断がされることを、商業としての理解はできる。納得はできない。
俺はドラクエに対しても似たような文句を2年くらい言い続け、とうとう「二度と関わらん」と縁を切ることに決めたのだが、ポケモンも似たような道を辿りつつあるのを感じる。これは単なる偶然ではなく、大手のゲーム業界全体の方針のように思えてならない。
売り込むターゲット層、注力して売り出す要素の変更が悪いとは言わない。だが、それはゲームシステムの部分で手を抜いたり、作中で掲げたテーマと実際の描写の乖離を起こしても許される理由ではないはずだ。
物語を描くからには、良い話を書くべき。
ゲームを作るからには、面白いゲームにするべき。
そんな、創作活動に携わる者としての最低限の誇りを失ってほしくはない。
本作は個人的な好き嫌い以上に、そんな危機感を強く覚える作品だった。

