秦谷さんを爆笑させてみたい。藪から棒に何を言い出しているんだお前は、と思ったことだろう。俺だってそう思う。あれは昨日のこと──
「秦谷さんって大きく笑ったり叫んだりすることあるんですか?」
ふとした疑問だった。特に深い意味はなかったが、秦谷さんは京都の良いご家庭で生まれ育った方だ。同い年の普通の子達がするであろう、動画や歓談で和気藹々と騒いでいるような姿があまりイメージできない。静謐で、淑やかに、風が揺蕩うように儚くも優しく包み込む、そんな姿の方がゆうに想像つく。大方、その相手は月村さんだろうが。
「そうですね・・・プロデューサーが意図しているような姿をお見せすることはないと思います。」
「そうですよね。すみません変なことを聞いて。」
「・・・それが、どうかしたのですか?」
「いえ、なんとなくふと思っただけですよ。特段意味がある話ではありません。」
(・・・わたしからしてみれば、プロデューサーも大概だと思いますが・・・・・・感情を大きくされているところが想像つきません。)
──なんてやり取りをしてからというもの、ほんの悪戯心というか、変な好奇心が芽生えてしまった。いやなに、全く仕事と関係がないという話でもない。今後歌っていただく曲の方向性や、訪れるかもしれないバラエティの仕事の機会のことを考えると、より適切に仕事の選択をする必要があるし、そんな決して、邪な気持ちがあるわけじゃない。本当だ。
しかし、どれだけバズっているおもしろ動画を見せたところで、きっと──
“まあ・・・ふふ、おもしろいですね。”
みたいな反応が返ってくるに決まってる。え、本当に思ってますか?それ。・・・何かいい案はないものか──
「わたしがどうかしましたか?」
「いや、秦谷さんを笑わせ───!?」
い、いつからそこに?足音一つ聞こえなかった気がするのだが。実は忍びの家系だったりするのか?なんて。それよりも、どこから聞いて──
「おはようございます、プロデューサー。」
「・・・おはようございます、秦谷さん。今日は最高の・・・・・・お昼寝日和ですね。」
・・・そういえばめちゃくちゃ晴れている。ニュースで梅雨がどうとか言っていなかったか?
「まあ・・・そうですね。ふふ。」
「ところで──わたしを笑わせたいとかなんとか。聞き間違いでしょうか?」
──ちゃんと聞かれていた。
「ああ、すみません。今後の方針を練るために考えていただけです。忘れてくださ──」
「プロデューサー。わたしを笑わせてみてください。」
ニコッと、おどろおどろしいはりついたような笑顔で彼女はそう言う。それ、笑ってるにカウントしないんですか・・・?
「・・・お昼寝、しなくていいんですか?」
今更ながらプロデューサーとしてサボりを提案するのは如何なものかと思う。この調子ならそろそろまた“詰める会”が開催されてしまうだろうな・・・
「まあ・・・悪いプロデューサーですね。ふふ。でも、今はそれよりもこちらの方が優先です。」
・・・どの口が言うんだ。こんな俺の雑念よりレッスンを優先してください。
「そうですね・・・普段のわたしのイメージが瓦解してしまうような、まさに抱腹絶倒という言葉がふさわしいくらいのものをお願いしますね。もし、できなければ──」
「・・・・・・できなければ?」
「ふふ。この鍵、わかりますか?」
・・・俺の家の鍵だ。なるほど、返して欲しければ、といったところか・・・・・・。いや、難易度高過ぎないか?
「・・・はあ、わかりました。頑張ります。」
「はい。ご健闘をお祈りしています。」
それにしても──
いつも微笑みはよく見せてくれる。特に良いお昼寝をできただろう日には中々に機嫌が良さそうなことが伝わってくるくらいだ。だが・・・お腹を抱えて笑わせるようなことをできるのか?かの姫に無理難題を突きつけられた帝の気持ちが今は分からなくもない。
「・・・秦谷さん。」
「はい、なんでしょう。」
「・・・・・・笑わせる方法に手段は選ばなくて良いですか。」
「まあ・・・何をされてしまうのでしょうか、わたし。ええ、どんな方法でも構いませんよ。」
「・・・言質、とりましたからね。」
そう言っておもむろに立ち上がり、秦谷さんの腰かける方へ行く。秦谷さんは変わらず微睡むような瞳でこちらを見ている。よし──
「・・・?──ひゃあ!」
・・・秦谷さんからあまり聞くことの無い声が聞けた。そういえば、以前花海さんに不意に脚を触られて同じような反応を漏らしていたような・・・もしや秦谷さんは身体を触られることに弱い?──くすぐり作戦、これは行けそうだ。そうして再び秦谷さんの脇腹目掛けておもむろに手をかける──
「ちょ、ちょっと!プロデューサー?──ひゃぅ・・・ぅん・・・・・・」
今思い返せば、このときの俺は何故か仕事を取ってくるよりもやる気に満ち溢れていた気がする。そのためか、目の前のことに集中しすぎて絵面がヤバいことに気づけていない。事務所に甘い声が響き渡ってることにも──
「ま、まって、プロデューサー。ほんとに、ちょっ──はぅぅ・・・」
──そうして気づけば20分近く経っていた。
「はぁ・・・はぁ・・・・・・ぷろでゅーさぁ・・・・・・・・・」
「──!!」
しまった、やり過ぎた。しかも笑うというよりなんというか、婀娜っぽい恍惚な表情を浮かべている気が・・・・・・
「す、すみません!つい夢中になってしまいやり過ぎました。大丈夫ですか・・・?」
そうして秦谷さんから一歩後ずさりしたところで、震えるような手先で裾を掴まれた。
「・・・・・・秦谷さん?」
やばい、怒らせてしまったか?・・・身の危険を感じる。本能が逃げろと訴えてくる。
「プロデューサー・・・何ひとりで楽しんで終わろうとしているのですか・・・・・・?」
「ま、まってください秦谷さん。落ち着いて──」
「問答無用です。」
──ああ、もう。これは”詰める会”の比じゃなかった。逃げ場のない事務所で小一時間──徹底的に、指の一本一本、骨の髄まで復讐された。ほんともう、二度と変な興味を持たないようにしよう・・・