補論2 通俗道徳批判と高負担・高福祉の社会構想
本記事は、2025年6月29日に公開した「個人の自律と新宗教」の補論である。したがって内容を十分に理解していただくためには、まず本編に目を通していただくのが一番なのだが、noteの記事にしては長文であるため、ご一読をお願いするのに気が引けるところもある。
もっとも、こちらの記事を読むうえで必要となる前提知識は、本編全体からすればごく一部にすぎない。要点を簡潔にまとめれば、次のとおりである。
日本史学者の安丸良夫(1934年–2016年)によれば、江戸時代後期から明治時代にかけて、勤勉・倹約・謙譲・孝行といった、私たちがごく普通に「良いこと」と考えるような徳目が、庶民の日常的な生活規範として日本全国に広まった。安丸はこのような規範を通俗道徳と呼び、民衆がそれを行動の指針とすることによって自ら考えて行動する自律的な主体となり、そのことが日本の近代化を支える原動力となったと論じた。安丸の学説は、歴史学の方法論に基づいた学術的成果であると同時に、日本の民衆が自立した主体であるかどうかをめぐる、丸山眞男(1914年–1996年)や大塚久雄(1907年–1996年)といった「戦後啓蒙」の担い手たちとの思想的対立の産物という一面もあった。
以上を踏まえたうえで、本補論ではこれから、「通俗道徳」が近年インターネット上で激しく糾弾されるようになったのはなぜかという問題について考えたい。
ここで、「通俗道徳」が近年ネット上で厳しい批判の的となっていると聞いても、いまひとつピンとこない読者もいるかもしれない。というのも、現在広く利用されているSNSの多くは、ユーザーの関心や反応を引きやすい投稿が優先的に表示されるように設計されており、自分とは政治的な価値観の異なる人びとの意見や議論が、非常に見えにくくなるようになっているからだ。
しかしながら、主に日本社会の現状に批判的な視点を持つ人びとのあいだで、この社会に深く根づいた「通俗道徳」をどう乗り越えるかという課題が、ここ数年で強く意識されるようになってきたのは間違いない。
本記事では、現在SNSなどで広まっている「通俗道徳」批判がいかなる経緯で台頭したのかを概観し、その批判の射程や有効性を検討するための、手がかりとなる材料もいくつか提示したい。
なお、この記事に目を通していただいたうえで、本論である「個人の自律と新宗教」にもご関心をお寄せいただけるならば、筆者として望外の喜びである。
■ すこぶる評判の悪い「通俗道徳」
まず、本稿が取り組む課題の前提として、「通俗道徳」が近年インターネット上で厳しく批判されるようになっているという事実を確認することからはじめなければならないだろう。
とはいえ、X(旧Twitter)で“通俗道徳”と完全一致検索をかけて、表示される投稿をざっと眺めてみれば、その大多数が「通俗道徳」を批判する内容なのは一目瞭然だ。筆者がネット上での「通俗道徳」批判の存在に気づいたのも、「個人の自律と新宗教」の執筆過程で、そうした否定的な言説にたびたび遭遇したことがきっかけだった。
そこで、もし余裕があれば、ぜひ読者の皆さん自身でも確かめてみてほしい。しかも便利なことに、いまは生成AIを活用すれば、こうしたリサーチの手間をかなり省くこともできる。
AIへの質問の仕方(いわゆるプロンプト)によってはピントの外れた回答が返ってくることもあるが、筆者が何度か試してみたところ、たとえば“ネット上で「通俗道徳」に対してどのような非難の声があるか、傾向をまとめてください“といったプロンプトをGrokに入力すれば、実際の投稿例やその要旨をかなり的確に拾ってくれるようである。
とはいったものの、検索でヒットする「通俗道徳」批判の声には、断片的で意図がはっきりしないものも少なくない。そこで、なぜ「通俗道徳」を問題視しているのかという理由が明らかな投稿に絞って、それらの要旨を大まかに整理すると、以下のようにまとめることができる。
「ある人が不幸で貧乏なのは、努力していないからだ」と教える「通俗道徳」は、自己責任を過剰に強調することによって、社会に存在する構造的な不平等や不公正を覆い隠し、近代以降ずっと、支配層にとって都合のよい思想として機能してきた。それに加えて、弱い立場にある人びとの苦境に共感を示さない態度を正当化し、弱者に対する冷淡な雰囲気を醸成することで、現代人の「生きづらさ」を生む要因となり、さらには近年の保守化の背景のひとつにもなっている。
論者によって強調するポイントは少しずつ異なるものの、おおむね今まとめたような見解が、ネット上で展開されている「通俗道徳」批判の共通認識といってよいだろう。そして、こうした意見をSNSで発信しているアカウントの多くが、異口同音に自らの主張の根拠として挙げている本がある。
結論からいえば、現在ネット上で広がっている「通俗道徳」批判のほとんどすべては、ある歴史家が著した一冊の新書に端を発している。その新書とは、松沢裕作(1976年–)著、『生きづらい明治社会——不安と競争の時代』である。
■ 『生きづらい明治社会』のインパクト
『生きづらい明治社会』は、岩波書店が刊行する青少年向け新書レーベル、岩波ジュニア新書の一冊として2018年9月に出版された。今年で第十五刷に到達しており、発刊から七年を経た現在も、安定して売れ続けるロングセラーであることがうかがえる。
本書の特色は、もっぱら活力にあふれた変革の時代だったと思われている明治時代を、不安と競争に満ちた「生きづらい」時代として描き出した点にある。
江戸幕府の崩壊とともに、それまでの身分制的秩序が崩れ去った明治時代は、誰もが能力によって立身出世することが可能になった時代だったと評されることもある。たしかに動乱の世の中でチャンスを掴んだ者もいた。だが、一握りの人びとが成功を収めるいっぽうで、それまで守ってくれていた共同体の保護を失い、過酷な競争にさらされて貧困に陥る人も多かった。
軍事的クーデターによって成立し、権力の正統性に乏しかった明治新政府は徴税能力が低く、慢性的な歳入不足に悩んでいたため、困窮する人びとを救済する政策を実施する余裕がなかった。だが、明治政府が富の再分配をおこなわない「小さな政府」になった理由は、ただ財政基盤の脆弱さだけにあったのではない。
松沢氏によれば、そもそも明治社会は経済的弱者に冷たく、その背景には「人が貧困に陥るのは、その人の努力が足りないからだ」という考えかたが広く行き渡っていたことがあったのだという。そのような発想こそ、本書第四章で次のように説明される通俗道徳である。
ここで「通俗道徳」という歴史学の用語を紹介しておきたいと思います。人が貧困に陥るのは、その人の努力が足りないからだ、という考え方のことを、日本の歴史学界では「通俗道徳」と呼んでいます。この「通俗道徳」が、近代日本の人びとにとって重大な意味をもっていた、という指摘をおこなったのは、二〇一六年に亡くなった安丸良夫さんという歴史学者です。
[中略]
安丸さんは、こうした通俗道徳の考え方がひろまったのは、江戸時代の後半であると言っています。江戸時代の後半に市場経済がひろがり、人びとの生活が不安定になったときに、自分で自分を律するための基準として、こうした思想がひろまったというのです。
[中略]
これは支配者にとっては都合のよい思想です。人びとが、自分たちから、自分が直面している困難を他人のせい、支配者のせいにしないで、自分の責任としてかぶってくれる思想だからです。こうした通俗道徳の「わな」に、人びとがはまってしまっていたことを、安丸さんは鋭く指摘したのでした。
「努力は必ず報われる」と説く通俗道徳の教えが、「ある人が貧乏なのは努力しなかったからだ」という発想へと転じ、さらに社会の大多数がその思考にとらわれてしまった状態を松沢氏は「通俗道徳のわな」と呼び、明治社会が競争の敗者に冷たく「生きづらい」社会であった理由を、この「わな」に迷い込んでいたことに見いだす。
そして、明治時代の暗い側面を描き出した本書は、「おわりに」で明治と現代を比較する試みをおこなっている。松沢氏は、両時代の「生きづらさ」がどこか似かよっている理由として、どちらも資本主義の社会であること、将来への不安が高まっているにもかかわらず政府が積極的な財政支出をおこなっていないことの二点を共通項として挙げ、人びとの不安を受け止める仕組みが存在しなかった明治と同様に、現代社会もまた「通俗道徳のわな」に陥っているのではないかと問いかけている。
松沢氏がすでに歴史家として高い評価を得ていたこともあり、『生きづらい明治社会』は市井の読書人に広く受け入れられ、刊行後にはネット上にいくつもの書評や感想が寄せられた。それらの反応はいずれも本の内容を好意的に紹介するものだったが、本稿ではそうした直接的な反響とはやや異なる角度からこの本に言及した、出版翌年に書かれた記事二本を取り上げて紹介しよう。
まず一つ目はライターの高島鈴(1995年–)による「上野千鶴子さんの祝辞を読み解く——『女性』の魂を折らない社会と、『通俗道徳』へのカウンター」という記事だ。これは2019年4月15日に「ねとらぼ」に掲載されたコラム記事で、同年の東京大学入学式におけるフェミニスト社会学者・上野千鶴子(1948年–)の祝辞を対象にその意義を論じている。
高島氏は、上野氏が新入生に向けて、頑張れば報われると信じられること自体が恵まれた環境のおかげだと語りかけたことに共感を寄せ、それを通俗道徳にあらがうための言葉として高く評価する。記事では「通俗道徳a.k.a.頑張り至上主義」という表現を用いて読者に通俗道徳とは何かをわかりやすく示すとともに、『生きづらい明治社会』を引用し、通俗道徳の思考にとらわれることの危うさを強調している。
もう一つは、経済学者の岩本武和(1957年–)が一般財団法人国際貿易投資研究所の運営する「世界経済評論IMPACT」に寄せた「新自由主義と通俗道徳」と題するコラムである。2019年1月14日に公開されたこの記事で、岩本氏は安丸良夫の『日本の近代化と民衆思想』や松沢氏の『生きづらい明治社会』を参照して通俗道徳を紹介しつつ、それを「反知性主義」や「新自由主義」といった異なる概念へとゆるやかに結びつけながら、自在に時評を展開している。
この二つの記事はどちらも『生きづらい明治社会』を参照しつつ独自の議論を展開している点で注目に値する。刊行からまだ一年も経っていなかった当時、本書への反応の大半を占めていたのは、書評や感想といったブックレビュー的な内容だった。
けれども、ここで取り上げた二つの記事のように、本書の主張を踏まえ、その視点からさらに議論を広げるような論考が、この時期にはすでに現れていた。これは、現代社会の「生きづらさ」の背後に通俗道徳という考えかたが伏流しているという本書の指摘が、かなり早い段階から説得力をもって受け止められていたことを物語っている。
また、これだけで断定することは難しいものの、本書の登場を皮切りに「通俗道徳」を問題視する意識が社会的に共有されはじめたことを裏付ける証拠と見ることもできるかもしれない。
もっとも、この後「通俗道徳」批判がより広く浸透していった背景には、本書の内容が共感を呼ぶものであっただけでなく、社会情勢が激変したタイミングと重なっていたことも見逃せない。偶然にも、この時期に発生した非常事態がもたらした社会の混乱は、現代の「生きづらさ」の原因について、多くの人に改めて考えさせる契機となった。その出来事とは、ほかならぬ新型コロナウイルスによる世界的なパンデミックである。
■ コロナ禍に広がる「通俗道徳」批判
2019年12月、中国・武漢で発見された新型コロナウイルス感染症は瞬く間に他の地域へ広がり、やがて世界的な大流行となった。日本でも年が明けた1月に初の感染者が確認されると、水際対策もむなしく感染は国内で急速に拡大し、医療崩壊が危惧されるなか、2020年4月に安倍晋三内閣が緊急事態宣言を発出する事態へと至った。
緊急事態宣言下では人と人との接触を七割から八割削減する目標が掲げられ、社会生活の維持に不要不急とされた施設には休業要請が出されるとともに、国民には外出の「自粛」が「要請」された。ところが、その補償となるはずの給付金については金額や支給時期をめぐって政府の方針が二転三転し、国民の間にはこれまでにない種類の不安が広がっていった。
先の見えないこうした状況のなか、まだ緊急事態宣言が続いていた2020年5月10日、読売新聞に松沢氏のインタビュー記事が掲載された。
「生きづらさの正体」と題されたこの記事の端書きでは、通俗道徳が「貧困など社会の課題や矛盾を当人の努力の問題とし、支配者に都合のよい思想だった」と紹介されている。
インタビュー前半は『生きづらい明治社会』の要約のような内容になっているが、後半では当時のコロナ禍にも言及し、感染症の流行がもたらす社会の変化によって、生きづらさに苦しむ人が新たに生まれないよう注意する必要があると松沢氏は語っている。
さらに、この記事から一年半後の2021年11月3日、松沢氏は朝日新聞のオピニオン欄に有識者として招かれた。この記事で松沢氏は、「通俗道徳のわな」から抜け出す方法として、共感をベースにした社会構想を築くことを提案している。(記事リンク)
2020年の記事と2021年の記事のあいだに起きた事柄の流れを簡単に振り返れば、次のようになる。
2020年9月、安倍晋三首相が持病の悪化を理由に辞任し、その後を官房長官だった菅義偉が引き継いだ。菅首相は「自助・共助・公助、そして絆」という政策理念を掲げたが、このスローガンは事実上の自助の重視として受け止められ、野党からは「自己責任論」だと厳しい批判を浴びることとなった。
それからも新型コロナの感染は波のように拡大と収束を繰り返し、それと呼応するかのように政府のコロナ対応を評価しない声も強まっていった。こうした不満が重くのしかかり、内閣支持率は下降の一途をたどっていき、ついに菅政権は一年余りで幕を閉じることとなる。
しかし、2021年10月に自民党総裁選を経て岸田文雄が首相に就任すると、その就任直後に実施された衆議院選挙では与党が安定多数を確保した。朝日新聞のオピニオン欄に松沢氏の意見が掲載されたのは、投開票日だった10月31日のすぐ後、2021年11月3日のことである。
コロナ禍にまつわる出来事はまだ記憶に生々しく、当時の政策の評価も人によって分かれるところが大きい。とはいえ、この時期に現実で起きたさまざまな出来事が、貧しさや不幸を個人の責任に帰する「通俗道徳のわな」が人びとの生きづらさを生み出すという話に、この上ない説得力を与えたことは容易に想像できる。
新型ウイルスの流行という未曾有の事態に対処するために、世界各国で多種多様な試みがなされたが、日本では一部の国がやったような強力な都市封鎖(ロックダウン)は実施されなかった。その代わりに、密閉・密集・密接の「三つの密」を避けることや、「新しい日常」と呼ばれる生活様式を取り入れることなど、個人の行動変容によって感染拡大を抑えようとする方針が基本とされた。
一面では、これは行動制限を強制する法的根拠を欠いた中での苦肉の策だったという見方もできるだろう。しかし同時に、外出の「自粛」を「要請」するという矛盾をはらんだ表現に象徴されるように、そうした方針は一見すると個人の自主的な判断に委ねているかのように見せながら、実際には政府や自治体が作り出した強い社会的同調圧力によって、事実上の行動制限を課すような状況を生み出していた。
責任の所在が曖昧にされたまま、負担や損害を個人が負わなければならない社会構造の背後に、「通俗道徳」という心理が潜んでいるのではないか――この時期、そうした見方が多くの人びとに受け入れられていったのは、ごく自然な成り行きだったと思われる。
Googleトレンドというサービスでは、特定の言葉がどの時期にどれくらい検索されたかをもとに人気度を指数化し、グラフで示してくれる。下の図は、そのGoogleトレンドを使って2004年から現在(2025年7月)までのあいだに「通俗道徳」という言葉が人びとの関心を集めた時期を表したものだ。
理由ははっきりしないが、「通俗道徳」の人気度をGoogleトレンドで調べると、試すたびに結果が微妙に変わるため、ここで示す数値はあくまで参考程度に見てもらいたい。ただ全体としては、「通俗道徳」が話題になる出来事のあった月だけ、大きく数値が反応している傾向が見て取れる。このグラフでも、コロナ禍のさなかに松沢氏が新聞に取り上げられた月に限って、この言葉への関心が高まったことが示されている。
実際、このグラフでいちばん大きな山ができているのは、松沢氏が登場した朝日新聞の記事を多くの人がX(旧Twitter)でシェアしていた2021年11月のことだ。なお、朝日新聞デジタル版では記事のタイトルが「その人が貧しいのは努力不足だから? 通俗道徳のわなから抜け出す」と改められ、通俗道徳批判のトーンが一段と強調されたものになっている。
ここまで見てきたように、現在ネットを中心に広まっている「通俗道徳」批判の源流は、2018年に出版された松沢裕作の著作『生きづらい明治社会』にある。そして、現代社会の「生きづらさ」の背後に「通俗道徳のわな」を透かして見る発想が広く受け入れられた背景には、コロナ禍のさなかに松沢氏がおこなった言論活動の影響が大きかったこともある程度確認できた。
しかし近年ネット上で展開される「通俗道徳」批判には、松沢氏の議論からは少しずれたものも目立つようになっている。たとえば、「通俗道徳」という言葉の字面から「程度の低い道徳」と解釈して、それ自体を低俗なものだと断じるような意見。また、松沢氏自身はそうした見方を退けているにもかかわらず(『生きづらい明治社会』147頁)、通俗道徳的な思考を日本人の国民性として宿命論的に語る言説も散見される。
こうした状況を見ると、「通俗道徳」という言葉は早くもバズワード化し、その言葉を用いて批判する対象もしだいにあいまいになりつつあるように思われる。だとすると、通俗道徳批判の有効性や可能性を適切に評価するためには、もはや意味が拡散してしまって空洞化したネットの言説を追うのではなく、その批判の元々の目的がどこにあったのかを改めて確認することが欠かせないだろう。
この関心事を問いの形式にするなら、そもそも通俗道徳はどのような理想の実現を妨げるものとして批判されるようになったのか、と言い換えられるだろう。その手がかりは、『生きづらい明治社会』成立の前史に見いだすことができる。
■ 『生きづらい明治社会』に至るまでの道
松沢氏は日本近代史を専門とする歴史学者であり、その研究の出発点は近世末期から明治期にかけての村落や地方自治制度にあった。
近代日本地方制度形成史というテーマは、戦前から研究の蓄積が重ねられてきた由緒正しい領域だが、松沢氏がこの分野での成果をまとめた単著『明治地方自治体制の起源』を2009年に刊行すると、斯界の高い評価を博し、これにより日本近代史を代表する研究者の一人として広く知られるようになった。
2014年4月、松沢氏が現在の所属先である慶應義塾大学経済学部に着任すると、先んじて同学部で教えていた財政学者・井手英策(1972年–)と同僚になった。そのころの井手氏は、反知性主義が蔓延する日本の知的風土に強い危機感を抱き、未来を語りあうための共通の基盤となる、社会科学のプラットフォームを築く必要があると考えていた。
そこで井手氏は、専門の垣根を越えて各分野で活躍する一線級の研究者を結集し、「教科書」を執筆するという企画を立ち上げ、松沢氏にも協力を呼びかけた。この企画には政治学者の宇野重規(1967年–)や経済学者の坂井豊貴(1975年–)も参加し、四名の協働は2017年に有斐閣から刊行された『大人のための社会科——未来を語るために』として実を結ぶことになる。
さて、いま私たちが知るような通俗道徳批判の原型は、この本の執筆をきっかけに始まった井手氏と松沢氏の交流の中から生まれたものだと筆者は考えている。
企画が始動した2014年から本が出版された2017年にかけて、『大人のための社会科』の執筆に向けて開催された研究会はのべ九回におよび、その場では熱のこもった議論が交わされたと井手氏は「あとがき」で記している。
この時期に、井手氏と松沢氏は日本社会の現状について、かつてあった連帯が失われ、いたるところで分断が進んでいるという認識を共有するようになった。そうした危機意識を両名は共著論文「分断社会の原風景——『獣の世』としての日本」としてまとめ、岩波書店の雑誌『世界』2016年4月号で発表し、問題提起をおこなった。
この論文の題名に使われている「獣の世」とは、明治時代に創始された大本教の開祖・出口なおの言葉だ。
通俗道徳論を提唱した安丸良夫は、「民衆宗教」の研究においても大きな足跡を残した歴史家であり、とりわけ出口なおの評伝は傑作として名高い。
安丸によれば、出口なおは通俗道徳の徳目を誠実に実践しようと努めた人物だった。しかし、彼女が生きたのは「努力すれば必ず報われる」という保証がどこにもない、抑圧と不条理に満ちた時代だった。
どれほど真摯に通俗道徳を実践しても報われない苦難と窮乏の中で、五十代になって神がかりとなった出口なおは、そうした現実を「獣の世」と呼んで批判したのだと安丸は言う。井手氏と松沢氏の共著論文は、この安丸の解釈を踏襲し、「獣の世」について次のように説明している。
それでは、なぜ出口なおの眼に、明治社会は、「獣の世」、つまり、弱肉強食の世界としてうつったのであろうか。
通俗道徳が支配する社会とは、「努力は必ず報われる」という建て前のもとで、勝者と敗者が存在するような社会である。しかし、個別の人生一つひとつをとりあげてみれば、そこには多くの偶然が介在するから、実際には努力が必ず報われるという保証はない。
それにもかかわらず、ひとびとは、自らが通俗道徳を実践したことを証明し、社会的な承認を勝ち取るために、経済的に成功しなければならない。結果として発生するのが、成功をもとめるための、あらゆる手段を尽くした競争である。勤勉、倹約、自己規律をもとめる通俗道徳は、逆説的に、生き馬の目を抜くような、「万人の万人に対する戦争状態」としてのホッブズ的世界を招きよせてしまう。これこそが、出口なおが「獣の世」とよんだ明治の「分断社会」である。
論文はこの後、明治の「通俗道徳」が戦後社会の「勤労」観念へと受け継がれていく歴史的経緯を俯瞰し、その視点から現代日本の状況を次のように分析する。
すなわち、いまの日本は通俗道徳を真面目に実践しても報われなかった多くの失敗者であふれており、それが生活保護受給者へのバッシングといった弱者叩きや、経済的成功者に向けられる嫉妬やルサンチマンへとつながっている。さらに、過酷な競争社会に疲弊し、努力の末に没落してしまった人びとの不満が社会的価値の共有を難しくして連帯を妨げ、いたるところで分断を深めている。
論文は、こうした現代日本の姿は「獣の世」の再来にほかならないとし、出口なおがその本質を喝破した明治社会こそ、今日の「分断社会の原風景」だったと結論づけている。
二人の共著論文は、この誌上企画を書籍化した岩波ブックレットの巻頭論文として収められ、この本自体も大きな反響を呼んだ。出版にあわせて、井手氏はインターネットニュースサイトのインタビューで共著論文の要点をわかりやすく語っているので(「『獣の世』から『人間たちの社会』へ回帰!〔2〕」2016年8月23日公開)、こちらにリンクを貼っておこう。
また、二年後の2018年11月に刊行された井手氏の著書『幸福の増税論——財政はだれのために』にも、この共著論文の内容が一部反映されている。同じ年の9月に松沢氏の『生きづらい明治社会』が出版されていることを考え合わせると、これら二冊の新書はどちらも、共著論文の流れを汲んだ成果とみなすこともできるだろう。
ところで、先だって述べたとおり松沢・井手両名の共著論文「分断社会の原風景——『獣の世』としての日本」が掲載されたのは、岩波書店の雑誌『世界』2016年4月号だった。このときの「分断社会・日本」と題する誌上シンポジウムは、「日本社会がこわれようとしている」という刺激的な一文ではじまっている。そこには、社会の分断が深まりつつあることへの切迫した問題意識を見て取ることができる。
では、こうした強い危機感の背後には、どのような時代背景があったのだろうか。次の節で、当時の世相を必要な範囲で振り返ってみたい。
■ 2015年安保から2016年選挙へ
実は『世界』2016年4月号には別冊が存在し、その書名は『2015年安保から2016年選挙へ——政治を市民の手に』と題していた。
2015年は、いわゆる「リベラル」勢力にとって試練の年だった。
この年に安倍政権が成立を目指した安全保障関連法に対しては、SEALDsに象徴される新しい市民団体が担い手となった激しい反対運動が巻き起こり、国会前で複数回にわたり大規模なデモが行われた。こうした動きにもかかわらず、同法は9月19日に参議院本会議で可決・成立し、結果として政権の安定を印象付けることとなった。
「安倍一強」とも形容された当時の情勢下で、時の政権に不満や不安を抱いていた人びとは、次の一手を探ろうとしていた。『世界』2016年4月号別冊もそうした模索のひとつであり、この雑誌は2015年の安保反対運動を総括しつつ、2016年の参議院選挙に向けた野党共闘を後押しするべく、志位和夫と小沢一郎の対談などを掲載していた。
その一方で、定期号の『世界』2016年4月号は「アベノミクス破綻」と題し、安倍政権の経済政策を批判する特集記事を組んでいた。
特集では、アベノミクスの柱とされた金融緩和への批判や、大企業偏重の政治への批判、社会保障や福祉の手薄さを指摘する声が取り上げられていた。
松沢・井手両氏の共著論文「分断社会の原風景——『獣の世』としての日本」が最初に発表されたのは、安倍政権の経済政策=アベノミクスを批判する論考が並んだ特集号だった。この初出の場を意識しておくことは、論文の性格を理解するうえで参考になる。
『幸福の増税論』のあとがきによれば、井手氏は2016年から政治の世界に足を踏み入れ、民進党に党名を変更したばかりの野党第一党でブレーンとして政策づくりに携わっていた。誌上シンポジウム「分断社会・日本」では具体的な政策の細部までは語られなかったが、井手氏の提案の軸にあったのは「ベーシック・サービス」という考え方である。
ごく簡単に言えば、教育や医療、介護や障害者福祉といった基礎的なサービスを、それを必要とするすべての人に無償で提供し、どんな経済状況の人でも安心して暮らせる社会を目指そうという発想だ。井手氏の試算によれば、消費税率を19%に引き上げれば(『幸福の増税論』122頁)、誰もが税を負担し、誰もが受益者となる”All for All(みんながみんなのために)”の理念を体現した社会が実現できると見込まれていた。
こうした井手氏の政治的立場を踏まえると、この論文は、当時の安倍政権が社会的分断の解消に無策であると批判するかたわら、公共サービスを基盤とした連帯の実現を呼びかける政策的マニフェストの予告としての性格を帯びていたといえる。
これに対して、共著者の松沢氏が井手氏の社会構想とどれくらい立場を同じくしていたのかは、必ずしも明らかではない。松沢氏は別の機会に、自分は歴史学者なので現在おきていることを厳密に分析する専門的な知識は持っていないと述べており(『生きづらい明治社会』150頁)、そのため積極的な態度表明は控えていたようにも見える。
ただし松沢氏もまた、現代社会の「生きづらさ」の要因として、政府が積極的な財政支出を行っていないことを指摘しており(『生きづらい明治社会』149頁)、少なくとも当時の安倍政権の経済政策を、再分配への配慮に乏しいものとして批判的に見ていたのは確かだろう。
ひとまず、ここまで見てきたことをまとめよう。
近年SNSで広まっている通俗道徳批判の系譜は、井手氏と松沢氏の共著論文「分断社会の原風景——『獣の世』としての日本」まで遡ることができる。
2016年に発表されたこの論文は、2015年の安保関連法案反対運動の敗北を受け、立て直しを図る「リベラル」陣営が、安倍政権への対抗軸としてアベノミクス批判に力を注ごうとした政治的局面で登場した。ここで展開された通俗道徳批判は、井手氏がのちに公に問うことになる高負担・高福祉の社会構想の正しさを、歴史的な脈絡の中に位置付けて理論的に補強する役割を果たしていた。この共著論文で示された問題意識は、2018年に出版された『幸福の増税論』と『生きづらい明治社会』にそれぞれ引き継がれ、さらに2020年から猛威を振るったコロナ禍のなかで多くの人の共感を集めることとなった。
以上の整理を踏まえると、「人が貧困に陥るのは本人の努力不足のせいだ」と説く通俗道徳は、ベーシック・サービスの無償提供を基盤とする手厚い福祉社会の実現を妨げるものとみなされ、批判の対象となったのだといえる。つまり、現在私たちが目にするタイプの通俗道徳批判が誕生したきっかけは、安倍政権時代の経済政策が、富の再分配を通じて社会的公平を実現しようとする姿勢に欠けていたことへの批判にあったのである。
ことほどさように、「アベノミクス」と呼ばれる経済政策の評価は、コロナ禍における感染症対策をめぐる議論と同じくらい、場合によってはそれ以上に激しく意見の分かれる話題である。安倍政権が憲政史上最長の長期政権だったこともあって、「アベノミクス」の全体像を把握するのも容易ではなく、筆者にはそれを的確に論じる力量はない。とはいえ、安倍政権の経済政策が、富の再分配による格差是正を優先的な課題にしていなかったのは確かだと筆者は考えている。
しかしながら、安倍政権下において再分配政策が弱かったことを認めた上でなお、その背後に「経済的弱者が貧困に陥っているのは努力が足りていないからだ」と発想する「通俗道徳のわな」があったと想定するのは、どれほど妥当性のある見方だといえるのだろうか。
この見方の妥当性について考えることは、現在も広まりつつある通俗道徳批判の射程や有効性を検討するうえで重要な試金石になると思われる。そこで次節では、ひとつの有力な手がかりとして、安倍晋三元首相その人による国会での答弁を取り上げたい。
■ 「通俗道徳のわな」再考:安倍晋三の場合
以下に引用するのは、2015年2月19日、第189回国会の予算委員会で交わされた、民主党代表の岡田克也議員と安倍晋三首相とのやりとりである。
●岡田委員
[…]
次に、総理のこの格差問題についての発言の中で、総理は過去に、頑張った人が多くの利益を得ていることをただ批判することはやはり間違っていると思う、こういうふうに言われていますね。ここは私もそうだと思いますよ。むしろ、頑張って利益を得た人は称賛されるべきかもしれませんね。
問題は、[…]誰にでもチャンスがある、そして頑張れば報われるという社会の実現に向け、尽力してまいりますと。これ自身はもちろん正しい。私も全く同感です。ただ、問題は、アメリカンドリームという言葉もありますけれども、全員がそういうことが、頑張ればそうなるのかということだと思うんですね。
こういう議論というのは、悪くすると、所得が少ない、あるいは貧困に陥っているのは頑張らなかった結果であるという議論に結びつきかねない、そういう問題がある。そういうふうに思うわけです。
総理にちょっとお聞きしたいんですが、総理は今内閣総理大臣。今の立場は頑張った結果のみだというふうにお考えですか。
●安倍内閣総理大臣
[…]
同時に、総理大臣に私の努力だけでなったかと。私はそれほど傲慢な人間ではなくて、これはやはり、政治というのはかなり運によって左右されるものがありますし、そもそも、いろいろな方にめぐり会えるかどうかということなんだろうと思います。同時に、私の場合は、私の父親も祖父も政治家でありました。当然、多くの方々に最初からめぐり会えるチャンスをいただいていたという大きなアドバンテージがあったのは事実であります。
それと、先ほど岡田代表が言ったように、頑張れば報われるというのは、うまくいっていない人は全部頑張らなかったというわけではもちろんなくて、頑張ったら報われる可能性がなければ、社会は活力ある社会にならないという意味で申し上げたわけでありまして、世の中というのはそんな単純なものではそもそもないわけでありまして、それを前提にお話をしているところでございます。
●岡田委員
私も随分運がよかったというふうに思うんですね、自分も。野党の代表ではありますけれども。先祖、両親、家族、そして何より、私を支持していただいた支持者の皆さん、本当にいい方々に恵まれて今日まで来れた、総理も同じ思いだろうと思います。
その気持ちに立ったときに、所得の格差がついている現状に対して、やはり何とかしなければいけない、そういうことだと私は思うんですね。今のこの日本、これは日本だけではなくて先進国共通の現象だと私は思いますが、経済のグローバル化もあって格差がだんだん拡大してきている。そのことに対して、是正していく、そこにやはり政治の大きな役割がある。
もちろん、経済成長が大事だということを私は本会議でも申し上げました。成長は大事です。しかし、その成長の果実をいかに再分配していくかという視点が政治には欠かせない、そういうふうに思うんですが、総理、そこは同意いただけますか。
●安倍内閣総理大臣
その点については、基本的に同意をさせていただきたいと思います。まさに、再配分機能を行うのは国としての責任であろう、このように思います。
(太字による強調は引用者)
このときの質疑は、衆議院本会議での岡田議員の代表質問に対する安倍総理の答弁を受けた、いわば第二ラウンドにあたるものだった。そこでまず、その経緯を簡単に補っておきたい。
2015年2月16日の代表質問で岡田議員は、日本社会の格差が近年拡大しているという事実を認めるかどうかを安倍総理に問いただした。これに対し安倍総理は、格差に関する指標にはさまざまなものがあり、拡大しているかどうかを一概に断定することはできないと述べたうえで、いずれにしても安倍内閣は経済再生に取り組み、「誰にでもチャンスがある、そして頑張れば報われる社会の実現に向けて尽力してまいります」と答弁した。岡田氏の委員会での質問は、この政治目標の正しさをある程度認めつつも、その先を問うものだった。
また、この時期に国会で取り上げられるほど格差問題に注目が集まっていた背景を理解するには、ピケティ・ブームの存在を無視することはできない。
フランスの経済学者トマ・ピケティ(1971年–)は経済格差の研究で知られ、とりわけ彼の「富の多くが上位1%の富裕層に集中している」という分析は、「We are the 99%」を掲げたウォール街占拠運動にも大きな影響を与えた。2013年にフランスで出版された代表作『21世紀の資本』は世界的に話題となり、日本でも2014年12月にみすず書房から邦訳が刊行されると、関係者の予想を大きく超えるベストセラーになった。さらに2015年1月にピケティ本人が来日してシンポジウムや講演が催されたことにより、格差問題への関心はブームと呼べるほどの高まりを見せていた。
けれども、経済格差を政治の問題として再注目させるきっかけとなった『21世紀の資本』が、日本についてほとんど言及していなかったせいもあってか、委員会での質疑は統計の基礎知識をめぐる応酬に時間を費やすなど、あまり議論の方向性が固まっていたようには見えない。「総理大臣になれたのは自分の努力だけの結果だと思うか」というような質問が飛び出したのも、そうした手探りの雰囲気を反映していたのかもしれない。
ともあれ、このように質問をされた安倍総理は、自分は政治家になるのに有利な環境に生まれ、幸運なことに良い出会いにも恵まれたという認識を示し、頑張れば報われるというのは、うまくいっていない人が頑張らなかったということを全く意味しない、という趣旨の答弁をしている。さらに、再分配をおこなうのは国の責任だとも明言した。
この委員会での質疑応答からは、安倍元首相が「誰にでもチャンスがあり、頑張れば報われる社会」の実現を目指していた一方で、努力が報われず貧困に陥った人びとの境遇を、単に「頑張らなかった結果」だとは見ていなかったことが分かる。つまり、安倍元首相は「通俗道徳のわな」という思考からは自由であったと結論づけることができそうだ。
とはいえ、この結論に断固として納得できない人も少なくないだろう。「実際の政策はこうした発言とは裏腹なものだったではないか」という反論が出てくるのは十分に予想できる。もちろん、そうした意見が出るのは自然なことだ。
しかし、安倍元首相個人の場合に限らず、本人がそういう風な考えは持っていないと公言しているのを棄却してまで、「この人物は内心では経済的弱者を自己責任だと考えている」と断定できるとしたら、一体それはどんな場合だろうか。少し考えてみると、これはなかなか難しい問題だ。
そもそも、もし意見を求められたなら、世の中の大多数の人は安倍元首相の答弁と似たような考えを話すのではないだろうか。すなわち、「誰にでもチャンスがあって頑張れば報われる社会」を理想としつつも、経済的に困窮した人びとを自己責任として切り捨てるのではなく、格差是正における政治の役割も認めるという立場である。
「努力が正当に評価されること」や「頑張ったらその分だけ報われること」というのは、ほとんどの人にとってその正しさを否定しがたい。
この点は、『生きづらい明治社会』に早くから注目し、上野千鶴子の祝辞を通俗道徳へのカウンターとして評価する記事を書いた高島鈴にさえ当てはまる。高島氏は、初の単著『布団の中から蜂起せよ』のなかで、通俗道徳の「頑張れば報われる」という思考が自分にも染みついていることを、セルフインタビューという形式で率直に吐露している。
——「通俗道徳」という考え方がありますよね。安丸良夫という近代史研究者が提唱した概念で、簡単に言えば「頑張れば報われる」という思想です。[中略]
私が通俗道徳に囚われていると言いたいわけですか?
——まあ、そこから逃れられてはいないんじゃないですか。あなたは現に、「頑張り」の成果が見えないがゆえに、自分を頑張っているとは思えていないわけだから。
そうかもしれませんね。実際抜け出すのは難しいのです。そもそも今という時代が通俗道徳から連続する自己責任論に規定されてしまっていて、私が今を生きていることは動かせない。そして実際、「頑張り」が何かを解決してしまうことはある程度リアルだからです。
幅広い政治的立場の人びとが大枠では同じ方向を向いているにもかかわらず、格差是正をめぐる議論が紛糾しやすいのは、それが典型的に「総論賛成、各論反対」になりやすい性質をもっているからだ。
その理由の一つとして、各論の部分がそれぞれの利害と密接に関わっているという点が挙げられるだろう。たとえば、税率をどうするかとか、社会保障の予算をどこにどれだけ回すかといった議題は、人びとの生活に直結するため、妥協の難しい対立にエスカレートしやすい。
このような論争の場で、格差是正に前向きでないように映る相手を「困っている人を自己責任として切り捨てている」と批判したくなる気持ちも分かる。だが実際には、多くの人が「努力は報われるべきだ」という考えと「困っている人を支える仕組みは必要だ」という考えを同時に持っていて、そのバランスをどう取るかが意見の違いとして表れていると見るほうが妥当だろう。
詳しくは本論の「個人の自律と新宗教」も参照していただきたいが、安丸良夫の提唱した通俗道徳とは、端的に言えば「資本主義のエートス」のことだ。だから資本主義の仕組みに慣れ親しんできた私たちは、それを内面化していると言われればどこかしら思い当たるフシがある。
しかし、消費税率や所得税の累進税率をどの水準に設定するかといった具体的な政策の議論の場で、引き上げに同意しない態度は「通俗道徳のわな」に陥っていることの表れだと他人から指摘されても、それを素直に受け入れるのは難しいのではないか。
さらに言えば、「総論賛成、各論反対」というグラデーションの外側から、体系的な政治思想や一貫した国家観に基づき、国家による再分配のあり方そのものを根底から問い直す議論を展開する人びともいる。筆者の見立てでは、こうした論者の数は決して多くはないが、そのような価値観の違いを「通俗道徳のわな」にはまっている証拠として片づけてしまえば、せっかくの貴重な議論の機会をみすみす失うことになりかねない。
■ 通俗道徳批判の使いみち
このように考えると、「通俗道徳のわな」という言葉は、自分以外の誰かの内心を批判するために用いる場合、その有効性には明確な限界があると言わざるをえない。これは単に「他人の心の中は分からない」という一般論にとどまらず、相手が「自分は通俗道徳のわなには陥っていない」と主張したときに、言っていることとやっていることが違うと判断するための基準自体がはっきりしない、という意味も含んでいる。
他方で、自分自身の思考パターンや価値観を振り返るきっかけを与えてくれるという点で、この言葉には依然として意義があるに違いない。いみじくも高島氏が自問自答のなかで述べているように、どのような境遇にあっても「頑張れば報われる」という思考の影響から抜け出すのは容易ではない。これは『生きづらい明治社会』第七章の主題でもあった。
こうした視点で『生きづらい明治社会』を改めて見直すと、この本では明治時代の「通俗道徳のわな」を原因であり結果でもあるものとして描いていることに気づく。
たとえば、政府が提出した「窮民救助法案」が否決された理由の一つには、議員たちが「貧困は自己責任だ」という考えを抱いていたことがあり、この場合には「通俗道徳のわな」は生きづらさの原因となっていたといえる。他方で、そうした貧困者を助ける制度が存在しない社会では、人びとは自分でなんとかする以外に道がなく、この場合「通俗道徳のわな」はむしろ社会の仕組みの結果として、個人の内面の思考に現れる。
これを現代社会に重ね合わせてみると、資本主義の枠組みのなかで、私たちがどんなことを「当たり前」と捉えてしまいがちなのかを見直すうえで、通俗道徳批判は確かに役に立つ。
ただ、最近インターネット上で目にする「通俗道徳」批判の多くは、自分はそうした思考から自由であることを前提に、日本社会全体の風潮を断罪するような語り方になっているように思う。けれども本来この言葉は、自分自身を含めて資本主義社会の特徴や弱点を振り返るために使われるときにこそ真価を発揮するのではないだろうか。
いまもSNSで盛んに発信されている「通俗道徳」批判の中には、「通俗道徳」を日本人の「精神的な後進性」の証拠だとする声も見られる。だが、この概念が本来どのような経緯で生まれてきたのかを考えると、そうした意見の出現には歴史の皮肉を感じずにはいられない。
2016年4月に共著論文「分断社会の原風景」が発表されてから十年近くのあいだに、世界情勢も日本の政治経済も大きく様変わりしてきた。とりわけ直近の参院選では、ワクチン接種など国の公衆衛生政策に批判的な立場を取りつつ、「日本人ファースト」を理念に掲げる政党が躍進した。これは、福祉国家と通俗道徳との関わりというテーマに、新たな角度から光を当てることを迫る出来事であったように思う。
こうした新たな局面を読み解くうえで、「通俗道徳」という分析の道具をこれからも用いるのであれば、その言葉がどのような由来を持ち、どのように論じられてきたかを折に触れて確認することが不可欠であろう。本稿の作業が、その一助となれば幸いである。



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