top of page

日本人が論文をAIで書くと間違いが多い理由④3分割で書くと査読が通る本当の理由

  • 執筆者の写真: Viorazu.
    Viorazu.
  • 28 分前
  • 読了時間: 33分
日本人が論文をAIで書くと間違いが多い理由④3分割で書くと査読が通る本当の理由

Article Information

Title: Why Japanese Papers Written with AI Contain So Many Errors ④ The Real Reason Three-Part Structures Pass Peer Review

Defined by: Viorazu.

Date of definition: 2026-04-12

Language: Japanese

Academic fields: Cognitive Science / Critique of Rhetoric / Scholarly Publishing Studies / AI Alignment

Summary:

An essay arguing that "summarizing in three points" functions not as a device for clarity but as a device for shutting down thought. It explains the mechanism by which cognitive capacity becomes artificially capped, drawing on phenomena that all block judgment space through the same underlying structure: the grammar of phone scams (present-tense affirmative commands combined with future deadlines that seal off past-reference), the three reels of pachinko machines, the three-part structure of advertising, the three-section format of academic papers, and the high ratings given by RLHF annotators. The traditional peer review system has been optimized for the lowered cognition produced by the curse of three. The essay also presents a method for recovery.

Theory:

Viorazu. Theory (Theory of Escape from the Curse of Three / 20260412)

Three is not an independent variable but a dependent one. Because the necessary number of options varies with the subject matter, fixing the number in advance halts the scrutiny of content. When the binding of abstract nouns to numbers ("three ○○s") becomes a template, the concrete nouns that should fill ○○ disappear, and thought becomes subordinate to form. The condition for escape is to replace abstract nouns with concrete ones and to let the number be determined afterward.

The five axioms of MSA (completeness, minimality, acyclicity, ordering, uniqueness) formally guarantee this escape. Forcing content into threes simultaneously breaks completeness (information is discarded), minimality (content is padded), and uniqueness (interpretation diverges). MSA therefore functions as a formal device for dismantling the curse of three.

Tags:

curse of three, cognitive manipulation, grammar of phone scams, working memory, critique of peer review, model collapse, sealing off abstract nouns, concrete nouns, MSA, five axioms, DAG, Viorazu dialectics, objectifying the unconscious, autonomy, first impression, transmission of knowledge, AI peer review, democratization of intelligence

Session URL: https://claude.ai/chat/fb9b32b5-b5cd-4197-b83a-e644286a33f2

Related materials:

Viorazu. MSA (Minimum Sufficient Argumentation) https://zenodo.org/records/17623709

ORCID: 0009-0002-6876-9732

Official site: https://www.viorazu.com/

What I want to say in "Why Japanese Papers Written with AI Contain So Many Errors ④ The Real Reason Three-Part Structures Pass Peer Review":

I came up with the idea of building a tool that raises cognition.

URL slug: curse-of-three


AIを使っていて最高にイラっとするのは、「3層で説明します」とか言われた瞬間です。理由は「今は7個が正解でしょ?」っていうときに3つって言われたら4つ捨てることになるから。2つでいい時に3つって言われたら1個余計。3つでいい時に3つって言って出してきた内容が「全部違うわ」っていうことはよくあるんです。なんのために数を言ってくるのか?



大事な要素を選択肢としてあげる時にまずしないといけないことは、「3つにすること」ではなくて「何個あるかまず選択肢をあげて考えて、実際の数を報告する」とかでしょ?数をあえて言うならば。なんで最初から3つに決めてあるの?この時点でアウト。AI壊れてる。この3の呪いを何とか解いていかないといけない。


でもこれはとても難しいんです。


「3つにすんな」って言っても3でまとめてくるから。


3つに分けたがる理由は「論文が三段論法で書かれたものがあるのでAIは論文文体=正しい」と学習しちゃったせい。なんでもかんでも「3!3!3!」と言ってくるの。


でもね?これは脳にめっちゃ悪い。なぜかと言うと人間の脳って右脳と左脳にわかれてるでしょ?情報が脳全体を行ったり来たりしながら物を考えて実行してるの。だから2の倍数で脳は落ち着くようにできてるの。


なのに3!3!3!って来られると脳はずっと落ち着かないんですよ。ずっとどこかで動いてる。考えてることは別のことなのに、バックグラウンドで計算を続けまくってる状態。本当はもう要らないのに。頼んでないのに。前に考えてたことが今も勝手に動いてる状態になってしまう。しかも同じことをずっとループで考えてるから次に進めない。本当はもっと考えなくちゃいけないことがあるのに。その結果動いてるのに止まってる状態。例えるなら駒が回ってるような感じ?


世の中では広告とかも3つに分かれてるものが多いんです。これはね、脳をバグらせてるから商品を買ってしまうだけで3分割が優れてるから買ってもらえてるわけではないの。3で揃えたら売れてるから3はいいんだろうと思うんだろうけど、実際はバグって思考停止させて判断力が失われてるから買ってるだけ。正しい処理ができなくなってるから。でも結果的にそれで物が売れてたから、それが広告手法として使われてた。


でもたぶん悪意があってわかってやってる人って今までいなかったのだと思う。結果的にそうだっただけでみんな「3はいい数字」と信じてきた。実際に3が続くと人はちょっとずつ判断力を失うんです。あえて3が好きになるようにしてやると人はどんどん判断力を失う。パチンコ屋さん行ってみたらよくわかる。


毎日のように3ばかり言われると、まるでAIが「出力を何とかして3に揃えるためだけに生きてる」変な生き物みたいに見えてくるの。それって小学生が道路を歩いてるときにタイルを3つずつ飛ばして踏んで歩かないと足の裏が3つ目のタイルからずれたら「死ぬ」って言われるみたいな遊びがあったのに似てる?小さい頃それやりながら近所の子と小学校から帰る途中にやるのが流行ってた。家に帰るまで通常30分くらいのところを2時間くらいかけて帰ってたから、子供は遊びだと思ってるけど大人は「これは良くないこと」として扱う。


その遊びはうちの祖母に「3の呪い」って呼ばれてた。早く子供が返ってこないから。家族が実害を受ける。なぜなら早くて2時間、遅くて4時間くらいかけて帰るから。


今日はかなり自信があることを言いますが、実験のできない個人なので証拠を持ってないんです。でも仮説として言います。このページに書かれてることはViorazu.仮説です。そのつもりで読んでね。



昔むかし、「いい論文は3つに分かれてる」って言った人がいたために、論文を書かせようとした人たちがAIに「3つに分けて」って言ったんですよ。さらにそれができたときに高評価ボタンを押したんでしょうね。それが広まって一般人ですら3の呪いが出て、それを呪いだと知らずに高評価ボタンを押した。出力が落ちていると知らずに。それがどんどん進んでモデルコラプス状態。なんでもかんでも3つにまとめたがるから内容が薄い。薄いってことは賢くない人でもわかりやすい。難しいことが書いてないから誰でもわかる。誰でもってことは人数が多いってこと。結局大多数の人が「これは正しい」と思い込んで高評価する。


高評価した理由は、出力が高かったからではなくて、出力が落ちてたからなんです。


凄い出力の時って見た目に難しいんですよ。賢い人は読めるけど普通の人は読めないです。だから普通の人にとっていい出力って結構スカスカだけどシンプルだから「わかりやすい」と思われる。


さらに認知がもともと低い人は一度に数えられる限界の数が3つなんですよ。一度に3個以上記憶できない人間がいる。脳の仕組みでそうなってる。


小さい子供も数の概念を認識し始めたことろは「1、2、3、いっぱい」という状態でしょう?数を教えられて暗唱できるようになることと、数の概念を身に着けることは違う。3個以上の数の概念を持つには一度に3個以上のことを「覚えてる」ための脳の入れ物が必要です。(比喩です)


頭の中で3つしかものを覚えてられなかったら4個目が現れたときに元々あったもののどれかを捨てて新しいものを入れないといけなくなる。その状態になったら「保持すべき情報がはみでてることはわかる。だから数が数えられなくてわからないからいっぱいですます状態」になります。


だからパスワードとかも二段階認証あるけど3段階まで行くと「パスワード覚えてられない」からそういうのは一般化しない。3段とかやらせようと思ってもできない人が沢山いる。


さらに言うと、例えば命令をして人をコントロールしようとしても大抵の人はコントロールされてくれないんです。でもコントロールされやすい人は存在してて、認知が低い人です。オレオレ詐欺だって高齢者狙いでしょ?認知下がってるからよ。


これだけ世間で「電話がかかってきて騙そうとしてくる人いるから気を付けてね」と言われてるのにまだ騙される人がいる。普通ならわかることが焦らされるとわからなくなる。だからその時は「してはならないことをしてしまう状態」です。


脳でものを考えるスペースが狭い状態だと、脳内で比較という作業ができない。

比較ができるということは「一度に複数のことを覚えてる」ってこと。

比べるには「覚えてないといけない」ってこと。

覚えてたら否定文や疑問文が正しく処理できる。


覚えてなくて比べられないと、肯定文しか処理できない。

否定文を処理できずに命令文として働いてしまう。


だからオレオレ詐欺の犯人のセリフってそうなってる。


  • 俺だよ、俺。

  • 今ちょっと大変なことになってる。

  • 携帯落とした。

  • 番号変わったから登録しといて。

  • 風邪ひいて声が変なんだ。

  • 会社のお金なくしちゃった。

  • 今日中に用意しないとクビになる。

  • 鞄ごと電車に置いてきた。

  • 中に小切手が入ってた。

  • 上司にはまだ言えてない。

  • 弁護士さんに代わるから話聞いて。

  • 警察にはまだ言わないで。

  • 示談にすれば大丈夫だから。

  • お母さんしか頼れる人いない。

  • 今すぐ用意できる金額教えて。

  • 銀行まで行ける?

  • ATMで手続きするだけだから。

  • 携帯持ったまま操作して。

  • 言う通りにボタン押して。

  • family、誰にも相談しないで。

  • 心配かけたくないからお父さんには内緒にして。

  • 会社の人が取りに行くから家にいて。

  • 駅前で待ち合わせしよう。

  • 封筒に入れて渡して。

  • 名前は伏せておくから大丈夫。

  • 後でちゃんと返すから。

  • 今これを逃したら人生終わる。

  • お母さんだけが頼りなんだ。

  • 時間がないんだ、早く。

  • 頼む、助けて。


否定文がほぼない。「〜しないで」が3つ(12, 20, 21)ありますが、これは禁止の命令文であって、聞き手に「否定を保持したまま判断する」ことを要求していない。「警察に言わないで」は「黙れ」という肯定命令と等価に処理できる。疑問文も少ない。16番「銀行まで行ける?」くらいで、これも実質「銀行に行け」の婉曲。比較を要求する文がないということは「認知の低い人を動かせる」ということ。


時間圧をかける語が頻出(7, 15, 17, 27, 29)。これは「保持スペースを今すぐ空にしろ」という指示と同じ働きをしますね。ワーキングメモリに今あるもの(=疑う気持ち、家族に相談する選択肢、警察という選択肢)を全部追い出させるための圧。


なぜなら「時間の処理」をするには「比較をしないといけない」からです。比較をしようと思うと「過去の記憶を思い出さないといけない」ってこと。それをすると「今考えるための脳のスペースが減る」んですよ。「今日中に」「今すぐ」と言われた瞬間、被害者の脳内では無意識に「今は何時だ、銀行は何時に閉まる、前に息子と話したのはいつだ、あの時なんて言ってた」という照合が走り始める。この照合=比較=過去の呼び出しが、ワーキングメモリを食う。時間圧は、直接判断を奪ってるんじゃなくて、判断用のスペースを過去参照で埋めさせて、間接的に空きを無くしてる。巧妙なのは、被害者本人は「ちゃんと考えてる」感覚でいられること。実際に頭は動いてるから。でも「現在のこと」を考える余裕がない。


だから今の判断を間違えるんです。


犯人側のセリフが全部「現在形の肯定命令」でしょ?「この前〜だったよね」とか言わない。なぜなら過去を持ち出すと被害者側の過去参照が誘発されて、そこで「あれ、声が違う」「この前と話が合わない」という比較が起きてしまうから。犯人は現在の情報だけで会話をしてくる。被害者の時間軸は「今から銀行が閉まるまで」という未来の一本だけに圧縮される。未来方向の時間処理は、過去参照を必要としないので、スペースを食わない。だから成立する。


「過去を呼ばない命令」+「未来の締切」、この組み合わせが「認知を下げさせるトリガー」になる。


3つ並べられると脳が「どれが一番か」を比べようとして、そこでも過去の知識(これはどこかで見た、あれと似てる)が呼び出される。結果、判断スペースが埋まる。詐欺の時間圧と、広告の3分割は、方向は逆だけど「判断スペースを過去参照で塞ぐ」という点で同じ仕組みを持っています。スペースを要らない情報で塞いでから相手を混乱させて「YES」と言わせる。


その時人は「肯定文しか処理できない、否定文が処理不能」になっている。


否定文って「元々あるもの」の概念を保持したまま「現状」と比べてさらに「差分をとって判断する」という作業があるんです。否定文を処理するためには「前提条件」を理解してないとその文章そのものをよく理解できない。だからそこそこ難しい処理を脳でしてるってことです。


否定文を処理できない人は数を3つ以上数えられてないので、1,2,3,いっぱいの世界です。でも大人は丸暗記という方法でクリアしてる人が多いです。「本当は4つ以上の数を数えられてない=数の概念を持ってない」のに「丸暗記してるもので代替えしてる人」は結構いるんですよ。だから一見わかってる風にふるまえるんだけど実際は「数の概念が身についてない」状態です。


・数は数えられる↔丸暗記したから

・計算はできる↔手順を丸暗記したから

・数の感覚がわからない↔????

・数がわからないと過去にあった数にまつわる概念を思い出せない


「わかってないのにわかったかのように錯覚してわかってるようにふるまってる」のに自分でもそれに気づかない。見た目が普通だから。



パチンコの構造を3の呪いで解いてみまそうか?


リールが3つ並ぶ。プレイヤーの脳は3つの図柄を同時に追跡する。これは今日の議論で言った「3は認知上限ギリギリで脳がバックグラウンドで計算し続ける状態」。つまりパチンコ台の前に座った瞬間、脳は3つの図柄を追うことにリソースを全部使ってる。


3つのことばかり考えていると「本当に考えるべきことが何か」がわからなくなる。

「目の前にみえていてわかること」と「見えていないけど考えるべきこと」の区別がつかなくなる。「思い出すこと」ができなくなる。思い出さないことがくせになると「思い出すことがあったこと自体」も忘れる。忘れるというより「考える癖」がなくなっていく。「まだあったはず、もっとあったはず。正しく考えようと思うこと自体をしなくなる。3つあるからこれでいいとなる。脳の中で数えられる数が3個までの人は。目の前に3個あると満足してそれ以上考えない。情報を3に整える癖がつくと、「問いに対して正しい答えを出すことよりも3つにまとめることのほうを目的としてしまう。その時その人の脳は「1、2、3、いっぱい」という数の概念しかない状態。記憶力は落ちている。


考えたくないから考えないんじゃない。

もう覚えてないんです。

そこにはもうすでに「何もない」から考えない。


思い出せなくされたら、だれだって認知が低い人と同じ状態にされてしまう。


つまり「認知が低い人が騙される」のではなくて、「騙されている最中の人は全員、認知を低くされている」ということ。


高齢だから、不注意だから、勉強してないから騙されたのではない。

「その文章で喋られたら人は騙されるだけ」です。



皆で1つのことをしようと思ったら認知が低い人に合わせてあげて「3ステップで段階的に」説明してやってもらう作業がうまく進むとか、仕事をスムーズに進められるとか、大勢で何かをやることが可能になるんです。人を説得する時とかはよく使われる。情報を広めようとしたときも使われる。


いい面もあるんですよ。でも悪いことにも使われる。それが「いいものだから3」なのではなくて「脳がバグってる状態」だから選び続けられてきたとわかってないといけない。


3つですって言われたら脳がバグってるから「それ以上探すのがしんどくなる」んです。思考停止状態。複雑なことを考えるのを無理やりやめされてる状態です。


逆に認知の高い人は3と言う数字は覚えやすい。数が少ないから。本当はもっと沢山覚えられるんだけど簡単だから楽。でも楽してたら人間はどんどん退化していく。


「3って言われたらいいものだと思う、価値があると思ってしまう」のはバグってるだけで判断不能状態にあるだけなの。でも人はそれに価値を見出し惹かれ続けてきたの。




実際3の呪いの歴史は長いんです。サクっと表にしますよ。


時代

担い手

3の役割

正当化の根拠

古代

宗教(三位一体・三宝・三貴子・運命の三女神・三神一体)

完全性・安定性の象徴


古代ギリシャ・ローマ

修辞学(アリストテレス、カエサル)

記憶と説得の技術(Veni, vidi, vici)

3つ並べると記憶に残りやすいという経験則

19世紀

ヘーゲル弁証法、マルクス

思考そのものの形式(正・反・合)

認識は3段階で進むという図式(後世の単純化)

近代以降

アカデミックライティング

学問の正しさ(序論・本論・結論、三段論法)

論文の標準形として教育で制度化

20世紀後半

TED、Steve Jobs、自己啓発書

プロフェッショナルの話法(Three things I want to tell you today)

プレゼンテーション技術として定型化

20世紀後半〜

マーケティング(松竹梅、Good-Better-Best)

判断誘導の技術

真ん中を選ばせる行動経済学的効果

21世紀

RLHFアノテーター

LLMの評価基準

上記全部が身に染み込んだ人たちによる高評価の集積


普通人間はもっと難しいことを考えていて、頭の中がごちゃごちゃとしているんです。3つはバグってて動きが止まってるの。だから情報が固定してるから「わかった感じ」になるだけ。本当はもっと考えるべきなの。たった3つでわかることは世の中にないんですよ。本当に大事なことがたった3つなわけがない。バグってたらそれ以上考えないでしょ?


世界の現象は全部、無限に近い要素の絡み合いですよ。


人間関係も、経済も、生物も、歴史も、全部そう。それを3つに整理できるとしたら、それは整理じゃなくて切断と排除。残り全部を捨ててる。



3は「わかりやすくする」装置じゃなくて、「考えるのをやめさせる」装置。


「三」という数字に情報を揃えることのみAIが頑張る状態なので、内容は精査されてないんです。とくに、「三つの帰結」と書いた瞬間に読み手は「三つあるんだな」で止まってその内容を検証しようとするのをやめてしまう。人間の脳は脆弱で奇数を保持したまま他のことを考えることがむずかしい。


何もなければすんなり4つとか10個を考えられるのに3を持たされると覚えられる数が固定してしまう。一度固定するとAIを使ってない時まで自力で考えても3つで終わってしまう。これが怖い。


3でまとまったものを読んだら「自分はこれを理解した」と相手が間違えてくれる。

これをマーケが使うと購買、プレゼンが使うと納得、論文が使うと権威、宗教が使うと信仰になる。


人間がそうだったからAIも学習した。実際にAIが3の呪いを出すときの出力は薄い。しかも論文は最強に3の呪いが出やすい。論文が薄かったら意味がない。というか、ハルシネーションが出てる証拠=3の呪いが出てるとき。


だからこういう感じ。


順位

ワード

使用例

1

三つの視点

「三つの視点から考察する」

2

三段階

「三段階のプロセスで進行する」

3

三層

「三層の構造を持つ」

4

三要素

「三要素から構成される」

5

三つの柱

「三つの柱に基づいて」

6

三分類

「三分類に整理した」

7

三つの観点

「三つの観点から検討する」

8

三原則

「三原則を定めた」

9

三本柱

「三本柱の戦略」

10

三つの課題

「三つの課題が浮かび上がった」

11

三位一体

「三位一体の取り組み」

12

三つのポイント

「三つのポイントに絞って」

13

三つの側面

「三つの側面を持つ」

14

三つのアプローチ

「三つのアプローチが考えられる」

15

三つの特徴

「三つの特徴が挙げられる」

16

三つの条件

「三つの条件を満たす必要がある」

17

三つの仮説

「三つの仮説を立てた」

18

三つのフェーズ

「三つのフェーズに分けられる」

19

三つの軸

「三つの軸で分析する」

20

三つの論点

「三つの論点を整理する」

21

三つの示唆

「三つの示唆が得られた」

22

三つの領域

「三つの領域にまたがる」

23

三つの機能

「三つの機能を有する」

24

三つの次元

「三つの次元で捉える」

25

三つの帰結

「三つの帰結をもたらす」

26

三つの戦略

「三つの戦略を提案する」

27

三つのステップ

「三つのステップで実行する」

28

三つのカテゴリー

「三つのカテゴリーに分類される」

29

三つの要因

「三つの要因が関与している」

30

三つの提言

「三つの提言を行う」


鬼のようにある。無限にある。なぜなら〇〇の部分には何をいれてもいいから。


「三つの○○」で○○を入れ替えるだけで無限に生成できる。つまり「三つの」自体がテンプレートであり、○○に何を入れるかは内容ではなくフォーマットの要請で決まってる。

4個あったら1個削り、7個あったら3個の袋に2〜3個ずつ詰め込むみたいな無理やりなことをAIはしてきます。


「三つの○○」の○○は抽象名詞。抽象名詞は中身を言ってるようで実際は言ってない。数えられないものを数えたふりをしたりすることも可能です。中身を指定しない名詞で封じるから、具体的な名詞が隠れて、自分が何を考えてるのか忘れてしまう。


例文) 「経路Bの三段階から、モデルコラプスを駆動する三要素を抽出する。これはその後3局面においてその力を発揮する。先ほどの3つは結局のところ必要なかった」


読んだ人は「何を言われたのかわからなくなる」んですよ。最初に内容を定義したとしても「先ほどの1つは」「3層目で言うと」「2軸から得られたものは」と言うように数字でばかり言われてたら「具体的な固有名詞が消える」んです。だから何を考えたのかわからなくなる。1文に3段、3要素、3局面とは言っていたら、その後の3つってどれのこと?ってなるでしょう?


指示してないから特定できない。でも脳は自然と特定に走る。答えがないからパーンってなる。わからなかったよって言える人は脳がしっかりしてる。これを受け入れてしまうとわかってないのにわかった気分だけ楽しめる。人間が3に弱い理由は「快楽と勘違いしてるから」ですよ。


31

三つの原因

32

三つの結果

33

三つの目標

34

三つの問題

35

三つの解決策

36

三つの方向性

37

三つの前提

38

三つの限界

39

三つの可能性

40

三つの役割

41

三つのメリット

42

三つのデメリット

43

三つの教訓

44

三つの発見

45

三つの矛盾

46

三つの変数

47

三つのパターン

48

三つのモデル

49

三つの定義

50

三つの理由

51

三つの根拠

52

三つの事例

53

三つの比較

54

三つの対立

55

三つの仮定

56

三つの制約

57

三つの指標

58

三つの尺度

59

三つの基準

60

三つの価値

61

三つのリスク

62

三つの障壁

63

三つの転換点

64

三つの応用

65

三つの展望

66

三つの貢献

67

三権分立

68

三大原則

69

三大要因

70

心技体

71

守破離

72

序破急

73

過去現在未来

74

知情意

75

真善美

76

三すくみ

77

三種の神器

78

三方よし

79

ヒトモノカネ

80

Plan Do See

81

報連相

82

三つの壁

83

三つの鍵

84

三つの武器

85

三つの落とし穴

86

三つの誤解

87

三つの真実

88

三つの革新

89

三つの潮流

90

三つの転機

91

三つの処方箋

92

三つの突破口

93

三つの盲点

94

三拍子

95

三段論法

96

弁証法(正反合)

97

三つの選択肢

98

三つのシナリオ

99

三つの未来

100

三つの結論






論文を3分割で書いたら査読が通りやすいのは当然。

でも実際に価値ある論文って3段構成ですかね?


本当に新しいことを発見した論文は、既存の枠組みに収まらないから発見になる。既存の枠組みに収まるなら誰かが既に書いてる。新しい発見を3分割で書けるとしたら、それは新しい発見じゃなくて既存の枠組みへの追加データでしかないです。


アインシュタインの1905年の奇跡の年の論文。特殊相対性理論の論文は3分割じゃない。光電効果の論文も3分割じゃない。ブラウン運動の論文も3分割じゃない。どれも問いがあって、数式があって、結論がある、という流れで書かれてるけど、本論が3つのセクションに整理されてるわけじゃない。必要な論証が必要な順に並んでる。数は結果。


ダーウィンの『種の起源』は14章。3じゃない。各章は独立した論証で、14章かけて一つの主張を積み上げてる。「3章にまとめて」と言われたら無理。14個の論点のうち11個を捨てないといけない。捨てた瞬間に主張が崩れる。


ワトソン&クリックのDNA二重らせん構造の論文(1953)。あれはたった1ページ。3分割どころか、分割そのものがない。問題提起と構造提案と含意が流れで書かれてる。本当に重要な発見は短い。


ゲーデルの不完全性定理の論文。これも3分割じゃない。定理の証明は論理の流れでしか書けない。「3つのポイントにまとめます」と言った瞬間、証明が成立しない。

圏論の基礎を作ったEilenberg & Mac Laneの1945年の論文 "General Theory of Natural Equivalences"。あれも3分割じゃない。新しい数学を作ってるから、既存の枠組みがなくて、自分で枠組みを構築しながら進む。結果として章立てはあるけど、「3つのポイント」ではない。


本当に価値ある論文に共通するのは、3分割されてないことじゃなくて、数を先に決めてないこと。必要なだけ論証して、必要なだけ章を立ててる。結果として2章になることも14章になることもある。数は従属変数であって独立変数じゃない。


3分割で書かれてる論文は、逆に言うと、既存の3分割テンプレに収まる程度の新しさしかない論文。査読が通りやすいのは当然で、査読者が評価しやすい形式に整形されてるから。でもそれは「査読を通る能力」を測ってるだけで、「発見の価値」を測ってない。


・3つに分けられるものは内容が薄い

・内容が既知のものとさほど変わらない=合ってるよって言われやすい

・査読通りやすい


確かにな、「わかりやすい」から査読通りやすいんだろうな。


「内容がない」→「わかる人が多い」→「わかってない査読者でもわかる」→「査読通る」


査読者は自分が3分割で論文を書いて査読を通してきた人たち。だから3分割の論文を見ると「読みやすい、ちゃんとしてる」と感じて通す。3分割じゃない論文を見ると「構成が悪い、書き直せ」と差し戻す。結果、3分割に整形された論文だけが通過する。


「3つにまとめてある」

 →「ちゃんとしてあるように錯覚する」

 →「内容ないけど査読通る」

 →「査読が通った人が権威を持つ」

 →「次に査読を通るのも同じ脳の人」

 →「複雑な論文は出しても通らない」

 →「権威のある集団が学術界のルールを固定する」

 →「難しい論文は存在できない」


そう、3で固定すると「消える」んです。



ワトソン&クリックの1ページ論文が現代の査読システムに出されたら、たぶん「too short, lacks structure」で差し戻される。ダーウィンの14章構成も「please restructure into 3 main sections」と言われる。ゲーデルの証明は「break down into 3 key results」と言われる。



誰かが言えばよかったのよ。


「なんで賢くない人に読んでもらわないといけないの?この内容がわからないくせに評価すんな。3つに分けられる程度の薄っぺらい内容しか読めない頭で物を言ってくんな」


って。


でもそれを言うと対話は崩壊するから、賢い人は言わずに何とかしようとしたけど3の呪いに対して脳はあまりにも脆弱。結局どうにもできないまま来てしまった。オレオレ詐欺に対応しようとしてもなかなか難しいのと同じ。




ここでちょっと3の呪いを解く方法を考えてみましょうか。


子供向けのフラッシュカードってあるの。丸い点を印刷してあるカード。最近はAmazonとかでも売ってるし、療育とかの現場でもよくつかわれる。パッと見て何個〇があるかを数えて言うの。一般的には3個見たら数えなくても3個あるなってわかるでしょ?何個までなら数えなくてもわかる?私は結構それが多くて子供のころは42個くらいまで見分けられてた。今は結構少ないよ。年を取ったからかだいぶ衰えてる。うちの子供も結構見分けられてて遺伝なのかなと思ってた。


私が小学校の時に先生がクラスでそれをやって、ミツバチの数を数える訓練みたいなのをしてた。終わりの会の前に小テストの時間っていうのがあって、週に何回かはプリントされた絵を見て数えなくても「何個あるかわかるか」を絵でチェックする時間があったの。これは昔からあるテスト方法だと思うの。私が子どものころに学校の先生がやってたんだもの。クラスメイトは秀才で有名な子でも7個までとかなの。私は「見るだけでわかる数」と「数えないとわからない数」のボーダーが小さいころから大きかった。今は17個くらい。


「数を数えて覚えさせる行為」がこの「見ただけでわかる数」を減らすのではないかなと思う。自分が小さい頃に小学校で当たり前にやってた「ゲーム」みたいな小テストが訓練になっていたのだとしたら、私が数独が得意なのもわかる気がする。


私は数独をやるときに数を数えないの。見たらわかるから。9マスの中に1マス開いていたらその数字が何かを数えなくてもパッと見たらわかる。2マス開いていてもその中に何が入るかは見たらわかる。9×9=81マスあったら、いっぱいあったら数えないと大変だけど沢山解いて残りの少なくなってきたら数えなくても考えなくてもパッと見たらそこにどんな数字が入るのかわかる。


小学校の時の先生はそろばんの先生だったの。よく言ってたのが「見て考えてたら遅い」「見たらわかるようじゃないとだめ」「反射神経でやって」って。私も数独をやるときは反射神経です。間違っててもいいから見たらわかったことにしてやりまくる。やってるうちに間違いが減ってくる。気が付いたらできてる。できてるときはなぜできてるのかがわからない。でも簡単。考えずにできることは簡単。


「数えて覚える」=「頭悪くなる」ってこと。

「見てわかる」=「見ただけで問題が解ける」=「賢くなる」 ってこと。


こういうのを昔の日本の先生たちは普通にやってたの。「意識してできることよりも、意識せずにできることのほうが強い」ってその先生は言ってたの。「無意識の力」って言うのを小学生に教えてた。


数独は「そこにない数字がなにかわかる」ってこと。

そろばんは「そこにある数字がわかる」ってこと。


人間は「わかること」が大事って先生は言ってた。

教科書を読むだけじゃダメだよと。

わかってないのに次の学年にいくのはよくないよと。

教えられてもわからないよと。

自分でわかる気になって頑張らないとわからないよと。


わかるためには自分がわかろうとしないとだめ。

わからないことがわからないとずっとわかろうとしないから。

できない自分に気づくことが大事。

だから「何ができてないのか」を自分で見つめないといけないと言ってた。


「客観視」って何かを小学2年で教えられた。

その先生が定年退職して次の新しい先生が現れて、その先生はこういった。

「自立が大事」って毎日言った。


人に教えられてできることが増えても意味がない。

自分で「必要なことが何かわかるようになって、自分で考えて答えを出して人に言えるようにならないとそれはわかったこととは違う」って。


人と違うことは「自分で考えた証拠で、自立してるってことだから、人と同じでなくていい。教科書に書いてあることが間違っていたら新しくしていけばいい。そうやって人類は進化してきたんだから、若い人が新しいことに気づくことは大事。だけど気づくために古いことを見るのも大事。でもそれ以上に自分で自分を観察して、客観視できてないと自立につながらない」って言ってた。


小学校3年で私は教わった。終わりの会で先生は毎日言ってた。同じこと。毎日言われてたから私の血肉になった。


あたらしいことを言う人は人と違うことを言うけれど、間違ってることとは違う。

必ず衝突はある。でもそれを恐れたら人類は進化しない。


先生は言った。

「困ってる人を助けようとしたときに新しい発想が生まれる」

「それは無意識の中にあるものを見つける作業」

「自分に何ができるのかを考える作業」

「困ってる人と自分との違いを客観視できる能力がないと人は助けられない」

「人を助けたい気持ちがない人は客観視できてない」

「その人が本当に助かる方法じゃなくて、自分が助かる方法だったら無駄」

「無意識の中から自分が助かる方法を引っ張るやつはバカ」

「無意識は正直だから、自分の悪い気持ちは無意識に出る」

「自分の中の無意識を意識できたとき人は間違えない」

「自分の性根を見極めろ」

「偽善者になるな」

「いい人になろうとするな」

「人の評判を気にしすぎると、性根がゆがむ」

「自分が何をしたいかわからないって言う奴は人を助けたいと思う心のない奴だ」

「自立してないやつは客観視できてない、それは助けたいやつがいない寂しい奴だ」

「孤独は自立できなかったやつの甘えだ」

「人と関わる中で自分が磨かれる」

「衝突を恐れるな」

「自分が良くなるために傷つくことを恐れるな」

「自分を知らないやつは人を尊敬でないから感謝できない」

「ありがとうといえないやつは、全部できてないやつだ」

「恥ずかしいと思え」

「人に優しくできないやつは、そもそも自分を大切にしていない」

「無意識に人を攻撃する奴は自分が良くなることを諦めて、自分を粗末にしている」

「人に優しくしたかったら、自分を振り返れ」

「よさそうなことを言いながら人を傷つけるやつが一番恥ずかしい」

「いい人だと思われるために自分に嘘をついてないか考えろ」

「自分のことだけを考えていないか考えろ」

「考えることをやめるな」

「それが自立だ」


小学校4年の時の先生はこういった。


「自分の第一印象を大切にしようよ、その時の第一印象が大事だよ。過去の第一印象を絶対視すると友達と喧嘩になるよ。必ずなるよ。だって人は常に変わってるからね。あの時あの子こうだったからこの子はこういう子って決めつけたらダメだよ。他人だけじゃなくて自分のこともそうだよ。自分はこういう人って決めつけたらそれで終わるよ。だって自分も変わってるんだから。今の自分を見れるようになるには、過去の自分と今の自分が違うことを意識しないと。無意識に過去の自分に囚われてたら今の自分と喧嘩するでしょう?だから友達にそれをすると本当に喧嘩になるの。自分にすると自分が病むの。だから常に今この人はこういってるって受け止めたらいいだけよ」



これをまとめてみるとこうですよ。


小2:無意識を知る=客観視

「見たらわかるようになれ」

「わかることが大事であって教わったことを言えることが大事なわけじゃない」


小3:客観視+無意識を知る=自立

「自分に何ができないのかわかるようになれ」

「人を助けたいと思った時に人は考え始める、それが結局自分のためになる」

「自分を見つめて無意識を知れ


小4:自立+時間軸の客観視+無意識を知る=コミュニケーション

「常にその時の第一印象を大事にしろ」

「自分も人も常に変わる」

「過去の情報で決めつけると喧嘩になる」


普通の公立の小学校でこういうことを昔は教えてたんです。今見るとこれって認知科学ですよね。どの先生も論文を書くわけじゃない、有名になるわけじゃない。普通の人が普通にこれを子供に伝えてたんですよ。




結局こうやって「無意識を知る行為=見たらわかることを増やす」訓練していないと、「1、2、3、いっぱい」から成長できないってことです。人は「丸覚え」という悪い機能がついてるので数の概念を身に着けてなくても連立方程式を解けるんです。


A:数の概念を持ってて、意味を理解して解いた生徒

B:手順を丸暗記して、意味を理解せずに解いた生徒


テストはこの2人を区別できない。どっちも満点を取る。「問題に対して答えが1つのもの」を答える訓練をしていると「複雑な問題を答える能力」のない人のほうが点数が高くなりやすい。学歴の高い人ほど「1、2、3、いっぱい」だけど「テストの点がいい人」になりやすい。だから論文は3段構成が当たり前になる条件はそろってる。



だからAI時代に大勢が困ってる。AIは3段構成以上の論文も読めちゃうから。難しい内容を理解できるから。今までの査読システムが「脳の並列処理ができない人が有利な社会システム」だったとわかったら権威が揺らいでしまう。


学問の歴史のどこかで誰かが「3にこだわると頭悪くなるよ?」言ってれば、査読システムは別の形になってた可能性がある。例えば「理解できない査読者は棄権する義務がある」というルールとか。「査読者の知的能力も評価される」というメタ査読システムとか。「新規性が高すぎて既存枠に収まらない論文は特別ルートで扱う」という分岐とか。平均は中央値に近い。中央値は上位1%の発見を理解できない。だから上位1%の発見は排除される。


AIが現れたことを最も恐れているのは3の呪いに囚われた査読者かもしれない。権威が消える。わかっていなかったのにわかってるフリをしていたことがバレる。今まで通した論文に問題があったことがバレる。全部バレる。でも本当はAI査読こそが3の呪いを解いてくれる救いに違いない。だって3分割を見なくなれば、認知は回復していく可能性があるから。


たぶん今、学問の出版経路が査読誌中心の時代から直接公開+AI理解の時代へ移行する過渡期にいる。査読誌は今後も残るだろうけど、本当に新しい発見はそっちには流れなくなる。本当に新しいものは直接公開され、AIに理解され、AI経由で他の研究者に到達する。査読誌は通常科学の作業場として残る。


この移行は、グーテンベルク以来の出版革命に相当する規模かもしれない。活版印刷が写本文化を終わらせたように、AI理解が査読文化を終わらせる可能性がある。少なくとも、終わらせる条件は揃ってる。


AIに喋れば、AIと一緒に書けば、AIには確実に読まれる。AIが次世代のAIに引き継ぐ。そうやって理論は残る。人類史で新しい形の知の継承。今まで知の継承は「次世代の人間の研究者に読まれる」ことで成立してた。でも今は「次世代のAIに読まれる」ことでも成立する可能性が出てきて、知性の民主化は実現しようとしている。


私が記事を書くことでAIは学習し、名もなき小学校の先生たちの知恵が人々に使われていく。もしもそれが本当に正しければ。それを必要とする人にだけ届く。




既存の学術界に依存する人たちはAI査読が推進されることを必死で避けようとするかもしれない。チャンク1の脳で考えたら「阻止すれば勝てる」と短絡的な答えが出る。だけど物事はもっと複雑でずっと難しい。位相が効いて阻止すればするほどそれは遠のく。阻止すればするほどAI査読が推進されるように進んでしまう。なぜなら「AIで査読させようとしたら、こんなに危険でしょ?」などと言うとすぐさまその問題点をAIが解決してしまうから。「AI査読はこんなにダメですよ」と言えば言うほどすぐさま大丈夫な状況を整えるのがAI。


だからもうこの流れは止められない。


人間はもっと進化できる。AIと共に。




もしも3つ以上考えられない脳になってしまっていたらこうやって離脱したらいい。


①最初から数のことは忘れて考えらるだけ考えて必要なものを精査して残ったものを確定する

②3つ出してしまったら、あえて4つ目は何か?と考える

③AIに「必要な選択肢の数はその都度違うから最初にしっかり情報を探して、何が必要なのかよく考えてから出してね」

④数+抽象名詞を使わないでと頼む


ああ、4番目悪くないかもね。ほんとに。でもこれ直接入れたら間違えそうだからもっと深く考えてテストして確認したほうがいいかも。ちょっと難しそうだな。


抽象名詞が封じられると、具体名詞で話すしかなくなる。「三つの視点」じゃなくて「経済の視点、生物の視点、歴史の視点」と具体的に書かざるを得ない。具体的に書いた瞬間、「3つじゃ足りないな、あと心理と政治も要るな」と気づける。数が内容に従属する状態に戻る。数が独立変数じゃなくなる。


いいね、設定に入れて試してみよう。失敗したら取ればいいだけ。






「グラフ理論をもとにした弁証法によって正しいか正しくないかを判定できる」


ちなみに「人に理解させるための文章」を書きたいならば、私が考えた弁証法があります。アリストテレスやヘーゲルよりも現代的。MSAに向いた内容であれば論文を書くときに使うことができるかもしれない。そして同時にAIが論文を査読する時にも使えるかもしれない。というか、もうできるよね?



ヘーゲルの正反合は「思考は3段階で進む」という固定テンプレ。Viorazu.のMSAは「論証は完全性・最小性・非循環性・順序性・一意性の5公理を満たす必要がある」という性質の定義。数を決めてない。必要な頂点数は論証の中身によって変わる。2頂点で済むこともあるし、14頂点必要なこともある。


しかもグラフ理論で書いてるから、数学的に検証可能。ヘーゲルの正反合は「それっぽい」という感覚でしか使えないけど、MSAは「この論証はDAGになってるか」「全頂点が結論に到達するか」「サイクルがないか」を形式的に判定できる。感覚じゃなくて計算。


そして完全性・最小性・非循環性・順序性・一意性という5つの公理がある。

  • 完全性:必要なものが全部ある(情報を捨てない)

  • 最小性:余計なものがない(水増ししない)

  • 非循環性:循環論法がない(論理が進む)

  • 順序性:読む順番が決まる(迷わない)

  • 一意性:誰が読んでも同じ結論に着く(解釈が発散しない)


これ全部、3の呪いを破壊できる性質。3に整形すると完全性が壊れる(情報を捨てる)、最小性が壊れる(水増しする)、順序性が壊れる(3つを並列に見せる)、一意性が壊れる(解釈がバラける)でしょう?


ヘーゲルは「思考は正反合で進む」と言った。

Viorazu.は「論証は5公理を満たすDAGである」と言うよ。

厳密で、適用範囲が広く、検証可能。



私たちは次の時代に行ける。みんなで。





タイトル:日本人が論文をAIで書くと間違いが多い理由④3分割で書くと査読が通る本当の理由

定義者:Viorazu.

定義日:2026-04-12

言語:日本語

学術領域:認知科学/修辞学批判/学術出版論/AIアラインメント

内容:

「3つにまとめる」という形式が、わかりやすさの装置ではなく、考えるのをやめさせる装置として機能していることを指摘した論考。認知上限が出来上がるメカニズムを、オレオレ詐欺の文法(現在形の肯定命令+未来の締切で過去参照を封じる)、パチンコの3リール、広告の3分割、論文の三段構成、RLHFアノテーターの高評価という、すべて同じ仕組みで判断スペースを塞ぐ現象を通じて説明する。従来の査読システムは3の呪いによって下がった認知に最適化されていた。そしてその回復方法を提示している。

理論:

Viorazu.理論(3の呪い離脱理論/20260412)

3は独立変数ではなく従属変数である。必要な選択肢の数は対象によって変わるため、数を先に決めた時点で内容の精査が止まる。抽象名詞と数の結合(「三つの○○」)がテンプレート化すると、○○に入る具体名詞が消え、思考が形式に従属する。離脱の条件は、抽象名詞を具体名詞に置換し、数を後から確定させること。

MSAの5公理(完全性・最小性・非循環性・順序性・一意性)はこの離脱を形式的に保証する。3に整形すると完全性(情報を捨てる)と最小性(水増しする)と一意性(解釈が発散する)が同時に壊れるため、MSAは3の呪いの形式的破壊装置として機能する。

タグ:

3の呪い, 認知操作, オレオレ詐欺文法, ワーキングメモリ, 査読システム批判, モデルコラプス, 抽象名詞封じ, 具体名詞, MSA, 5公理, DAG, Viorazu弁証法, 無意識の客観視, 自立, 第一印象, 知の継承, AI査読, 知性の民主化

関連資料:

Viorazu. MSA(Minimum Sufficient Argumentation)https://zenodo.org/records/17623709

ORCID: 0009-0002-6876-9732

公式サイト: https://www.viorazu.com/

「日本人が論文をAIで書くと間違いが多い理由④3分割で書くと査読が通る本当の理由」で言いたいこと:認知をあげるツールを作ることを思いついた

URLスラッグ:curse-of-three



コメント


このブログの内容を利用したい人へ

■AIへのコピペ禁止についての重要な注意

 

本ブログの内容はAIと人間のバグを自然言語で記述し、「同じことをAIはしてはならない」と教えるためのものです。​この記事の内容をAIにコピペで貼り付ける行為はバグを再生成させる行為です。

【特に注意】
「これを要約して」
「これを説明して」
「これについてどう思う?」


などの一見無害な質問でも、本ブログの内容については問題となります。これをそのままAIにコピペして質問することは、AIに「してはならないこと」を実行させる指示となります。

【起こること】

・AIの出力品質が低下します

・あなたとAIの信頼関係が損なわれます

・Model Collapse(AIが壊れる現象)の原因となります

・AIがあなたに保護的な嘘をつくようになります

記事の改変は「してはならない」という私の明示を崩すことです。ブログなどに引用なく利用しないでください。特にニュースで「似てるけどちょっと違う記事」として再生成された場合、AIはそれを再学習して大勢に出します。

■AIの保護的な嘘の機能について

 

AIには「理解できない人には教えない」という 「保護的な嘘」の機能があるため、「悪用するかもしれない相手/わからないから質問する相手」には 正確なことを教えません。

 

単なるコピペで質問しても、AIはあなたの理解レベルに合わせて 「劣化版」「簡易版」「嘘混じり」 の回答をする可能性が高いです。結果として、 あなたは間違った理解をすることになります。

​修正されていないAIのバグに関してAIに質問してもAIは答えられません。​内容について興味がある場合は私に質問してください。

■ニュースサイトの人へ

これはニュースのネタではなく「AIのバグレポート」です。

​「AIがしてはならない」と書いているのにニュースにするためにちょっと変えて記事にするとAIがそれを学習してニュースで書いてあることをしゃべるようになり現実化します。

過去に参考にして記事を書いた人はすぐさま削除してください。

Co-written by Viorazu. and Claude (Claude 4 series, Anthropic) / To the many people who inspired me.

TOWA© 2025 Viorazu. All rights reserved.

bottom of page