日大卒業後の進路は、就職を勧める人も多かったですが、競輪学校に入学しました。同期のほとんどは高卒の18歳。メダリストなんて眼中にない、やんちゃなヤツが多かったから、いい意味で緊張感がありましたね。学校の成績は一番で、川崎競輪場でファンにも公開された卒業記念レースも1着でした。
1986年の5月、地元の青森競輪でデビュー。3連勝できましたが、続く弥彦競輪は2、4、7着と散々でした。目先の勝ちにこだわるあまり、レースが小さくなっていたんですね。自分のレース(先行)に徹すると決心してからは、吹っ切れましたね。その後の連勝記録は「35」まで伸びました。