英語やらなあかん

パンデミックのせいで当分オンラインになりましたが、台湾留学がとりあえず始まります。


 
がんばって毎日中国語を勉強していたのですが、留学生向けの連絡や留学生同士の交流が全部英語だということに最近気づき、愕然としました。


実は私、3年間中国語会話ばっかやってきた結果、英語を喋ろうとすると中国語が出てくる体になってしまったのです。「I want to〜」って言うぞーと思っても口をついてくるのは「我想〜」だし、「Because 」と言ってると思ったら「所以」って言ってることがしばしばありました。出どころがよく分からん人物になりさがりました。



「ちょっとくらいは英語復習しといたほうがええな」と思い、図書館で簡単な英語フレーズ集を借りに行ったら、




おもしろそうな本を見つけました。


ジョン万次郎が著した英会話の本を翻刻しCDをつけた現代版だそうです。



どっかの本で、「ジョン万次郎の書いた発音を示すカタカナは、ただのローマ字読みじゃなくてネイティブっぽい感じになってる」ってのを読んだことあったので気になって読んでみると、



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(乾隆『ジョン万次郎の英会話』2010年Jリサーチ出版 、71ページより)


色んな要素が交錯してて興奮しました。



まず英語の発音を表すカタカナに注目すると、やはり独特なカナ使いです。例えば1行目の「lady 」なんかは(この本で大文字・小文字はちょっとぐちゃぐちゃらしい)、今の感覚だと「レディ」と書きそうなところですが、「レーデ」としています。4行目の「pretty」も「プリティ」ではなく「プロテ」です。


そしてこの本の面白いところは、この現代版の著者の乾隆氏による、音声学的な万次郎カタカナの分析です。後世ではこの読み仮名が「変やん」と批判されることも多いそうですが、乾隆氏は「音声学に照らし合わせると工夫が見られる」と主張しています。


なんでも、このカタカナをベースに発音すると、ネイティブの自然な発音ぽくなるのだそうです。平たく言えば、「一見これでいける?」と思いきや、むしろそれっぽくなる「ほったいもいじるな」的なことです。日本語と英語じゃ発音の形態も全然ちがうし、国際的な発音記号もないなかすごいですよね。




「pretty 」の解説で乾隆氏は、

「pretty [príti]の[i]は力を入れずに発音するゆるみ母音で、日本語の「い」より口の開きが大きいので、「プリティ」よりも「プロテ」のほうがその特徴がよく現れる。また、後続のwellと発音が円滑につながる。」(乾隆『ジョン万次郎の英会話』2010年Jリサーチ出版、71、72ページ)


と書いておられ、「へー面白ーい」という感じです。



他にも「coming」を「カメン」、「old」を「ヲール」、「morning」を「モーネン」と書いていて、「確かにそう聞こえるよなあ」とウンウン思いました。「gentle man」を「ジャンツルメーン」と書いてるのはちょっと面白かったです。







次に気になるのは日本語訳です。英文の上にある黒字が万次郎の日訳ですね。


上の写真4行目の「I am pretty well」の対訳は「わたくし は ことのほかに こころよい」となっていて、どこか時代の風味を感じます。


他にも、

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(乾隆『ジョン万次郎の英会話』2010年Jリサーチ出版 、83ページ)

「あなたの ててごは かれの すぎし 今朝(このあさ) よりも いささか こころよく ありや」なんてすっごい時代かかってます。「父」を「てて」って言うの落語でしか聞いたことありません。過去形を「し」で言うのもいいですね、


たとえ英語の文章自体はおんなじでも、翻訳する時期や人によって訳文がむちゃくちゃ揺れてんの見るとテンションあがります。二か国語の間で予期せぬスキマが生まれてるの大好きです。





原本マグナム
この本には翻刻とともに、原本の写真である影印を載せた復刻版ページもあります。原本はものすごいマグナムを秘めていました。


先程あげた、挨拶を紹介した71ページに対応する5丁ウラを見てみると、

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(中浜万次郎『英米対話捷径』1859年、知彼堂版、HP「古典籍総合データベース」
https://archive.wul.waseda.ac.jp/kosho/bunko08/bunko08_c0734/bunko08_c0734.pdf
より引用。乾隆氏の書籍では高知県立図書館所蔵のものをベースにしてますが、上の写真は早稲田大学図書館所蔵のものです)


横書きの英文は本を横に倒して読み、縦書きの日本語は本をそのままにして読みます。さらにさらに日訳はくずし字で書いてます。この時代感に心くすぐられます。

1番の注目ポイントは日本語訳に「レ」や「一、ニ」という返り点がついていることです。



見えにくいですが、1行目の文の単語左下に「レ」や「一、ニ」がありますよね。


英語と日本語の語順は違うけれど、英単語のとなりに対応する日本語の単語をおきつつ、英語の語順は変えないということに成功しています。


漢文の印象が強い返り点を活用していることにドキドキしちゃいました。そんでもって、これ見て逆に「漢文は外国語」ということを改めて意識しました。漢文はあまりに浸透しすぎて外国語感ないですが、そもそも返り点は日本語と文法がかなりちゃう文章を読むとき用の記号だったんですよね。もちろん英語にも使えます。



「ヨーロッパ系言語の本で返り点を使った先行例あれへんかな」と思い探すと、

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『訓点和蘭文典』1857年、総摂舘蔵板、HP「江戸時代の日蘭交流」https://www.ndl.go.jp/nichiran/data/L/103/103-004l.htmlより引用)


2年前にオランダ語の教本が同じ方法を使ってました。この本は文法書に返り点と訓読を施したもののようです。江戸時代全体だとどっちかっていうと蘭学のほうが盛んだったんですよね。杉田玄白あたりとかもモロ蘭学です。

これまた見づらくて恐縮ですが、今度はオランダ語の下に返り点があるのがわかるでしょうか。万次郎の方は日本語に返り点がありました。よくよく考えたら基本返り点って外国語の方につくので、このオランダ語本のほうが王道っちゃあ王道です。


この違いは、『訓点和蘭文典』は「オランダ語を読む」ことに力点を置いてる一方で、万次郎の本は「英語を喋る」ことに力点を置いてるということから生まれてるんじゃないでしょうか。



翻訳がメインなら、外国語を日本語の語順にバラバラ並べ替える方がやりやすいですけど、英語を英語として喋るならそれではいけません。だから日本語の方に返り点置いてるんでしょう。

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そしてどっちの本も漢籍の影響がめちゃくちゃ強いことが伺えます。ちょいちょい漢字を横に添えて漢文みたいになってますよね。当時の知識人の知識は漢籍が絶対的な基礎やったんやなあと改めて思いました。





すてき
やや入り組んだ話になってしまいましたが、ジョン万次郎『英米対話捷径』には、音声と書き文字、そして英・日・中という色んな要素がふくまれてるすてきな本でした。



ただ、この本に夢中になるうち、当初の目的であった留学で使う英語の勉強がしっかりおろそかになりました。やばいです