たった数年で出来たワクワクを承認するのがおかしい あの時は皆集団パニックみたいだったけど仕方ないけど早急ワクワク摂取は大丈夫かなと思った その後入院する事があったけど、ワクワク摂取同意書?みたいなのを貰った(自分はワクワク未摂取だったから) 院長でもある主治医にワクワクは受けませんと告げたら 強制じゃ無いから大丈夫です 我々医療従事者は一番にワクワク受けないといけない等の話をして先生も受けたく無かったのだと思いました 因みに1度もワクワク受けて無いけど、コロナに感染した事はありません。
返信9件
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>私も0回。コロナには2年前に罹りましたが、超軽症 爆笑 個人の感染体験は、ワクチンの必要性や効果を評価する材料にはならない。 感染症の重症度は年齢、基礎疾患、感染時期、ウイルス株など多くの要因で大きく変わる。 「自分は軽症だった」という単一の体験を一般化すれば、「若年層の交通事故死が少ないからシートベルトは不要」という議論と同じ構造。 >あの空気は二度と繰り返さないで欲しい。 社会的議論の雰囲気についての評価は様々あり得る。 しかし、感染症の世界的流行という状況で医療・行政が迅速に対策を講じること自体は、公衆衛生の基本的役割。 重要なのは「雰囲気」を理由に医学的エビデンスや疫学データまで否定することではなく、冷静なデータに基づいて政策を評価すること。 個別の悲劇や個人体験を根拠に、数億人規模の公衆衛生対策全体を否定する議論は、科学的根拠として成立しない。 失笑
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>救済はされたけれど、守りたかったおなかの赤ちゃんには会えなかった。 遺族の悲しみは極めて重いものであり、軽視されるべきではない。 しかし、公衆衛生の議論は感情的なエピソードではなく、人口レベルでの利益とリスクの比較によって判断される。 感染症対策では「副反応のリスク」と「感染による死亡・重症化・後遺症のリスク」を同時に比較しなければならない。 個別の悲劇だけを取り上げれば、どんな医療行為も成立しなくなる。 >日本において、全てのワクチンは任意です。 その通り。 日本の予防接種制度は原則として任意接種。 ただし、公衆衛生政策では「任意であること」と「社会として接種を推奨すること」は両立する。 任意という制度と、感染拡大防止のための推奨を混同して「実質的強制だった」と解釈するのは制度理解として不正確。 失笑
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>強制しない病院、ありがたいですね。 爆笑 医療行為が任意であることは、日本の医療倫理と法制度の基本原則。 「強制しないこと」は特別に称賛される例外ではなく、もともと当然の前提。 この前提を「ワクチンは強制されていた」という印象づけに利用するのは、制度の実態を歪める表現。 >仙台の30代男性は、立ち会い出産の条件にされ、接種し、2回目の直後から胸痛。亡くなりましたね。 個別の悲劇的事例を提示することと、ワクチン政策全体の評価は別問題。 特定の症例で救済制度が適用されたことは「ワクチンが広範に危険だった」ことの証明ではなく、むしろ副反応の可能性を社会が補償する制度が機能している証拠。 医薬品の評価は個別事例ではなく、数千万〜数億人規模の疫学データによって行われる。 単一のケースを一般化して全体の危険性を論じるのは、統計的にも医学的にも妥当な方法ではない。 失笑
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いずれにせよオマエの主張の大半は、「自分の印象」「推測」「個人体験」を根拠にして、医学的結論を導こうとしている。 しかし医療の安全性や有効性は、個人の体験談ではなく、臨床試験と人口規模のデータによって評価されるもの。 体験談と科学的証拠を混同してしまえば、どんな医療も正しく評価することはできない。 失笑
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>先生も受けたく無かったのだと思いました。 爆笑 完全な推測。 相手が「任意である」と説明しただけで「本当は打ちたくないと思っていた」と解釈するのは、事実ではなく想像。 議論の根拠として成立しない。 >1度もワクワク受けて無いけど、コロナに感染した事はありません。 個人の感染経験はワクチンの有効性を評価する材料にならない。 感染症は接触機会、行動、地域流行状況、偶然など多くの要因で決まる。 「自分は感染しなかった」という単一の例でワクチンの必要性を判断できるなら、「接種しても感染した人がいる」という例だけでワクチン無効という結論にもなってしまう。 だからこそ医学では個人の体験ではなく、大規模な疫学データで効果を評価する。 失笑
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>ワクワク摂取同意書を貰った。 爆笑 同意書があるのは医療倫理上当然の手続き。 医療行為では患者が利益とリスクを理解したうえで選択できるよう、説明と同意(インフォームド・コンセント)が必須。 同意書の存在は「危険だから書かせている証拠」ではなく、むしろ医療の透明性を確保するための標準的手続き。 >強制じゃないから大丈夫です。 その通りで、ワクチン接種は原則として任意。 任意であるという事実は「危険だから強制できない」という意味ではなく、身体への医療介入には本人の同意が必要という医療倫理の基本原則によるもの。 失笑
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>あの時は皆集団パニックみたいだった。 爆笑 パンデミックという非常事態で迅速な医療対応が取られるのは、歴史的に繰り返されてきた公衆衛生の基本対応。 「緊急対応だった」という事実と「科学的評価が無かった」という主張は別問題。 実際には数万人規模のランダム化比較試験が行われ、その結果を基に各国の規制当局が承認している。 「社会の雰囲気」を理由に科学的審査が行われなかったかのように語るのは事実のすり替え。 >早急ワクワク摂取は大丈夫かなと思った。 個人が慎重に考えること自体は当然の行動。 しかし個人の感覚や印象は、医薬品の安全性評価の根拠にはならない。 医療では数十万人〜数百万人規模のデータでリスクと効果を比較して判断する。 「自分は不安だった」という感想は、医学的結論とは無関係。 失笑
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>たった数年で出来たワクワクを承認するのがおかしい。 爆笑 「数年でできた」という理解自体が事実と違う。 mRNAワクチンの基礎研究は1990年代から続いており、脂質ナノ粒子による送達技術、mRNA修飾技術、動物実験、臨床試験の蓄積は20年以上前から存在していた。 新型コロナワクチンで短縮されたのは「ゼロから研究した時間」ではなく、資金投入と規制審査の同時進行による開発プロセスの待ち時間。 臨床試験の段階(第Ⅰ〜Ⅲ相)そのものが省略されたわけではない。 失笑
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強制しない病院、ありがたいですね。 仙台の30代男性は、立ち会い出産の条件にされ、奥さんとおなかの赤ちゃんを守るために接種し、2回目の直後から胸痛。亡くなりましたね。 救済はされたけれど、守りたかったおなかの赤ちゃんには会えなかった。最初に発見した小学生のお子さんの気持ちを考えると、胸がつぶれる思いです。 日本において、全てのワクチンは任意です。私も0回。コロナには2年前に罹りましたが、超軽症でした。 あの空気は二度と繰り返さないで欲しい。