一日一食暮らし
春から進学で一人暮らしを始める人は多いはずだ。そのような人はキラキラしている。春の暖かで柔らかい光りの中で、キラキラと輝く。今までとは違う場所での生活に期待があるからだろう。もちろん不安も存在するとは思うけれど、期待と不安があるからこそ、明暗が生まれ、キラキラするのだ。
そのキラキラをいつまで保てるかだ。
やがてキラキラは失われていく。失われたキラキラは二度と戻っては来ない。初めての一人暮らしだから手に入れることができるキラキラだ。初めの一人暮らしは一度だけなのだ。
やがて誰かと暮らし始める。
もちろんそこでキラキラを手に入れることはできるのだけれど、初めての一人暮らしの時のキラキラとは異なるものだ。貪欲で、世界を変えようとすら思うキラキラは、初めての一人暮らしでしか得られないものなのだ。
そんなキラキラはなぜ失われるのか。
簡単なことだ。現実が見えてくるからだ。無敵だと思っていた自分が無敵でないと知るからだ。抗いようのない世界が目の前に現れるからだ。そこでキラキラが消えていく。せっかくのキラキラが失われるのは非常に悲しいことだ。
では、現実とは何かだ。
今までは家族の誰かがやってくれていたことを、全て自分でこなさなければならない。これです。これが現実です。抗いようのない世界です。全部自分でしなければならず、どんどんと人はくたびれてくるのだ。
具体的には食事。
人は食べなければならない。仙人ならば霞でも食べていればいいけれど、人類はそうはいかない。食べなければならないのだ。もっと壮大なことを書くと思ったかもしれないけれど、そうではない。食事なのだ。
普通は1日3食。
私はこれが本当に面倒で、食事をやめた。厳密には1日3食を卒業した。毎日、毎食、何を食べるか考えるのは無理、と判断したのだ。ただ全く食べないわけにはいかないので、1日1食ということにした。もっとも私は食べることは好きだ。実は料理もできる。魚も捌けるし、味付けもレシピを見なくても、なんとなくはわかる。
でも、毎食、しかも自分のためだけに作るのが面倒なのだ。どこか虚しいのだ。この虚しさがキラキラを失う原因だと思う。ということで、キラキラを継続させるために、私は1日1食、同じものを食べるということに行き着いた。
毎日17時頃に、そば、グラノーラ、山崎製パンの串団子、ヨーグルトを食べる。外食するとき以外は基本的にこれを毎日食べている。食事に悩むことはなくなった。だって、家にいる時はそば、グラノーラ、山崎製パンの串団子、ヨーグルトなのだ。それ以外は食べないのだ。
栄養面は気になるので、朝起きたら、豆乳や青汁的なのは飲んでいる。一応、健康診断も受けたけれど、問題は起きていない。これがキラキラなのだ。これこそがキラキラなのだ。キラキラとはそば、グラノーラ、山崎製パンの串団子、ヨーグルトなのだ。
と思ったけれど、今日、そば、グラノーラ、山崎製パンの串団子、ヨーグルトを食べる自分を俯瞰で見てみたら、全然キラキラしていなかった。皆さんは毎食考えて、食べた方がキラキラすると思います。



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