医療ライター・雁屋優さん寄稿
私の見ているSNSでは、毎日のように「高額療養費」の話題が尽きない。医師、患者、政治家、おそらく一度も高額療養費制度を利用したことのない人など、これほど多くの人が高額療養費制度に言及したのはいまだかつてないのではないかと思うほどだ。
私は指定難病の患者なので指定難病医療費助成があり現在高額療養費制度を利用していないが、その議論を眺めていていい気持ちはしない。なぜなら高額療養費制度における自己負担引き上げの議論は病気の人をどう殺すか、という検討そのものに感じられるからだ。自分と近接する人々を殺そうかどうしようか、議論されている横で抱くのは、「次は私ではないか」という危機感だ。
指定難病の患者であり医療や科学領域で執筆活動を続け、医療経済学を学ぶために大学院進学を目指している私には、現行制度のあり方にも疑問点がある。
現行の制度設計でも指定難病だから発生する医療費やそれ以外の出費は決して小さくない。この社会において病を患うことは病そのものの苦しみに加え、収入が減り支出が増え、生きる難易度が桁違いに跳ね上がることを意味する。社会は私を殺そうとしている。常にそう思いながら生きてきた。
生後まもなく病気の診断が出たため、私は病気でない自分を知らない。病気ではない人がどのように考え日々生きているのかをいくら分析しても実感はわかない。病、そして病とともに生きる私は社会から常に想定の外に置かれてきた。その証拠に私が日常を送るためには健康な人よりも多くの申請をしなければならない。そうしなければ、困難に気づいてもらえないからだ。
大学で生物学を専攻した私は文筆業を始め、医療や科学、社会課題の領域で執筆を続けている。医療現場での書類作成なども担う医療秘書とも兼業しているためか、病者と科学者、物書きの視点を行き来して思考する機会が増えた。
病者の生存を社会はどのように保障すべきか、病者の生に誇大広告ではない希望を見いだすために文筆が何をできるのか。病に科学的な魅力を感じてやまない私がより自由に病の謎を探究しその魅力を語るために必要なものは何か。そういうことを考え続けて、実践の第一歩として私は医療経済学を学ぶと決めた。つまり、高額療養費の問題は私の関心領域の一つだ。
■■制度が守る「生存」と充実…
- 【視点】
「自己負担引き上げの議論は病気の人をどう殺すか、という検討そのものに感じられるからだ。」 各党によって繰り広げられる減税合戦の中「コスト」とみなされている障害者・難病患者・高齢者など、少なからぬ人がこの危機感の中で生きているのではないかと思
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