イベント化する宗教行事 釈迦の誕生日は関心薄れ

書く書く鹿じか

釈迦像に甘茶を灌ぐ参拝者ら

「4月8日は花祭」と言ったら、「どこのお花見?」と問い直されるかもしれない。仏教の始祖である釈迦(しゃか)の誕生日で、仏生会(ぶっしょうえ)、灌仏会(かんぶつえ)とも呼ばれる。

生まれてすぐに立ち上がり、右手は天を、左手は大地を指さして「天上天下唯我独尊」と発したとされる。その姿をかたどった誕生仏を、草花で屋根を飾った小さなお堂(花御堂)に安置し、甘茶を灌(そそ)ぎかける。お釈迦さまの誕生を天が祝福して、甘露の雨を降らせたという言い伝えに由来する。

仏教行事としての歴史は古いが、「花祭」の俗称が広まったのは明治以降という。俳人で歌人でもあった正岡子規が詠んだ歌がある。「げんげんも つつじも時と 咲きいでて 佛(ほとけ)生るる 日に逢はんとや」。げんげん(げんげ)はレンゲソウの別称で、この時期、花々が一斉に咲きそろう。なるほど花祭の名がふさわしい。

以前、大阪南部の町を訪ねた時に、お寺で「こども花まつり」をやっていたので、のぞいてみた。本堂に地元の子供たち50人ほどが集まり、住職の法話を神妙に聴いていた。ボランティアによる手品や腹話術などが披露され、お菓子をもらった子供たちは、ゲームや景品が当たる抽選会を楽しんでいた。

住職や檀家の人たちが通学路などでチラシを配って参加を呼びかけたそうだ。かつては子供の健やかな成長を願って、各地で花祭が催され、稚児行列も行われた。

釈迦の誕生日は、タイやミャンマー、スリランカなどアジアの仏教国では今でも盛大に祝うが、日本はそうでもなくなった。司馬遼太郎さんは産経新聞に連載したコラム「風塵抄」の「花祭」の項でこう書いている。

<日本はふしぎな国で、キリスト誕生(クリスマス)については世間がにぎわうが、釈迦がうまれた日についての関心はうすい。花祭ということばさえ知らないこどもが多いのではないか。>

6世紀半ばに仏教が伝来して以来、さまざまな宗派に分かれ、独自の発展を遂げてきた。日本人の精神史に果たした役割は大きく、8割が仏教徒とされるが、現代では信仰を意識する機会は少ない。僕も葬式や親の法事で「わが家は〇〇宗だったか」と思い出す。

お正月は神社に初詣に行って願い事をし、節分には厄除けに豆をまく。春・秋の彼岸、お盆はお墓参りをするが、結婚式は教会でというカップルが多い。多神教、いや無宗教と言っていい。

本来は宗教行事なのに、コマーシャリズム(商業主義)によってイベント化して盛り上がる。バレンタインデーは女性から男性にチョコレートを渡す日になり、最近の若者はハロウィーンに仮装して大騒ぎする。節分は恵方巻を食べる習慣が定着した。花祭も復活の仕掛けはないだろうか。(元特別記者 鹿間孝一)

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