復元生態学
復元生態学(ふくげんせいたいがく、Restoration ecology / Ecological restoration)は、生態学の一分野であり、人間活動などによって破壊、あるいは損傷を受けた自然環境、生物個体群を復元するための研究分野である。また、遺伝的な変異の保全、復元まで視野に入れた復元生物学(Restoration biology)という名称も提唱されている[1]。 生態系修復学Restoration ecology レスタレイション・エコロジー、または、生態系修復 Ecosystem restoration イーコシステム・レスタレイションとも呼ばれる。
定義
[編集]復元生態学会[2] (Society for Ecological Restoration) は、「生態学的な復元」の定義を「生態系の健全さ、完全性、および持続可能性の回復を開始、促進するための意図的な活動」としている[3]。この「生態学的な復元」に関連する学問分野が復元生態学である[4]。
なお生態系の回復のための活動としては、森林再生、治山、植生回復、移入種の駆除、侵食の制御、在来種の再導入などが挙げられる。
修復の目標
[編集]生態学的修復の核心は、植物・動物・微生物が自ら回復を進められる条件を整えることにある[5]。具体的な介入行為には、外来種の除去、地形や水文の修復、在来植生の植栽、野生動物の再導入などが含まれる。
修復の目標は、適切な参照生態系(reference ecosystem)に照らして設定される。参照生態系とは、同地域に存在する現代の類似生態系、または歴史的記録に基づいて構築された目標像であり、計画や評価の基準として用いられる。
完全回復(full recovery)とは、種組成・群集構造・物理的条件・生態系機能・外部との相互作用を含むすべての主要属性が参照モデルに近い状態に達し、かつ生態系が外部介入なしに自己組織化できる段階として定義される[6]。完全回復に達したのちの継続的な管理行為(例:計画的野焼き、外来種管理)は「生態系管理(ecosystem maintenance)」として区別される。
「修復(restoration)」と近接概念の「リハビリテーション(rehabilitation)」は、しばしば混同されるが、SERの国際標準では明確に区分されている。修復は在来生物相を含む参照生態系への実質的な回復を目指すのに対し、リハビリテーションは何らかの機能的改善を図るものの在来生態系への完全な回復を目指さない場合を指す[7]。
歴史
[編集]人間の歴史の中で、数千年とは言わないまでも、数百年にわたって、土地の管理者や素人などが環境の復元や生態的な管理を行ってきた[8]。しかし、そのような復元活動に科学的な裏づけを与える復元生態学が注目されはじめたのは、1980年代後半になってからであった。1990年代頃になると、復元生態学への関心が高まり、基礎的な研究への取り組みや学術雑誌への掲載が盛んになった[4]。1992年には「Restoration ecology」(年4回発行)という学術雑誌も創刊され、復元生態学という学問分野が急速に台頭している[1]。
経緯・背景
[編集]生態学的修復の実践の起源は1930年代のアメリカに遡る。ウィスコンシン大学マディソン校のアルド・レオポルド(Aldo Leopold)と同僚たちは、1934年に同大学樹木園(UW Arboretum)を開設し、かつてのウィスコンシンの自然景観——背丈の高い草原(トールグラス・プレーリー)やオーク・サバンナなど——の復元を試みた[9]。その中心的な事例が、世界初の生態学的修復プロジェクトとされるカーティス・プレーリー(Curtis Prairie)である。1936年から1940年にかけて、セオドア・スペリーがレオポルドの指導のもと、大恐慌時代の職業支援プログラム「民間保全部隊(Civilian Conservation Corps、CCC)」から派遣された約200名の作業員とともに、42種の在来植物を植栽した[10]。
学術分野としての修復生態学(restoration ecology)は、1980年代に組織化が進んだ。カリフォルニア州交通局の生物学者ジョン・リーガー(John Rieger)は1984年に第1回植生回復シンポジウムを主催し、実践者間の情報交換を促した。1988年には、リーガーらとウィリアム・ジョーダン3世(William R. Jordan III)を中心に復元生態学会(SER)が設立された[11]。SERは1993年に査読誌『Restoration Ecology』を創刊し、2004年には理論・実践双方の礎となる国際プライマーを公刊した[12]。
その後、修復の定義と目的をめぐる議論は継続してきた。2016年にSERが発行した国際標準文書(McDonald et al.)、2019年の改訂版国際標準(Gann et al.)は、修復の原則・指標・評価方法を体系化し、修復プロジェクトの科学的妥当性を高めた。21世紀に入ると、生態系サービス、社会的側面、先住民の知識を統合した「社会生態学的修復」という視座が台頭し、定義の見直し議論が活発化した[13]。
目的
[編集]科学コミュニティでは、自然環境の悪化や破壊による生物相の大幅な衰退は「悲劇的に短いタイムスケール」で進行している、という見解で一致している[14]。実際に、現代における種の絶滅率は、通常の約1000-10000倍であると見積もられている[15]。そのため、環境の復元や自然再生事業といった、失われた生物相の復元に対する関心は高まっているが、そのような事業を行う上での明確な指針や、事業の成功や失敗の基準などを設ける必要がある[1]。そのため、復元生態学の研究成果を、自然の復元事業やその復元活動の指針、基準の作成などに活用することが求められている[1]。
特徴
[編集]種や個体群、生態系全体を保全する目的で行われる保全生態学の研究が動物で多く行われているのに対して、復元生態学の研究は植物を対象に行われることが多い傾向にあるとされる[16][17]。また保全生態学の研究では理論的なものが多くある一方で、復元生態学では、実験的な取り扱いが容易である植物を対象とすることが多いため、より実験的な研究が多いとされる[16]。
また、復元生態学で行われる実験では、復元事業に関わる関係者と合意を形成する必要があるという点で通常の野外実験とは異なり、他の自然科学とも大きく異なる点である[18]。
水域生態系における復元生物学
[編集]水域生態系における復元生物学は、劣化した生態系を科学的に回復することを目的とする分野であり、栄養カスケード理論と力学系理論に基づくバイオマニピュレーションなどの手法を通じて、富栄養化した水域の水質および生態系の回復を図る、流域管理の生態学的基盤をなしている。
リワイルディングとバイオマニピュレーション
[編集]リワイルディング(Rewilding)とバイオマニピュレーション(Biomanipulation)は、いずれも生物の働きを通じて生態系の健全性を回復させること(Ecological Restoration)を目的とする環境再生の手法である。 両者は、化学的・物理的な操作に頼らず、生物間の相互作用や食物連鎖の構造を利用して生態系を調整する点で共通している。 また、上位捕食者の影響を通じて下位の生物群や環境に変化をもたらす「トップダウン効果(栄養カスケード)」の概念に基づいている点も特徴的である。 さらに、どちらの手法も一定の人為的介入を必要とし、リワイルディングでは種の再導入や外来種の除去、バイオマニピュレーションでは魚類群集の操作などが行われる。 このように、両者は「生物の力を活用して自然の自己回復力を高める」という共通の理念のもとに位置づけられる。
リワイルディング(Rewilding/再野生化)
[編集]リワイルディングは、人間活動によって失われた自然のプロセスや生物多様性を回復させ、生態系の自己維持能力を取り戻すことを目的とする生態系再生の手法である。 具体的には、絶滅または地域的に消失した大型動物や頂点捕食者の再導入、外来種の除去、および人為的管理の縮小などを通じて、自然の遷移や食物連鎖を再び機能させることを目指す。
リワイルディングは、従来の自然保護が「現状維持」を重視していたのに対し、自然のダイナミズムを回復させることに重点を置く点で特徴的である。たとえば、北米のイエローストーン国立公園におけるオオカミの再導入は、シカの行動変化を通じて植生や河川環境まで回復させた典型例として知られる。
この概念は、規模や介入の程度により「トロフィック・リワイルディング(栄養段階を重視する再野生化)」や「パッシブ・リワイルディング(放置による自然回復)」などに分類される。いずれも、生物間の相互作用を通じて自然の再生力を引き出すことを基本理念としている。
リワイルディング(再野生化)では、日本で絶滅した頂点捕食者を生態系に再び取り戻す試みとして、かつて生息していたニホンカワウソ(Lutra nippon)の代替種としてユーラシアカワウソ(Lutra lutra)を、またニホンオオカミ(Canis lupus hodophilax)の代替種としてユーラシアオオカミ(Canis lupus lupus)を導入する可能性が検討されている。 これらの再導入は、捕食者による生態系バランスの回復(トップダウン効果)を目的としたリワイルディングの一例である。
主な概念・内容
[編集]生態系のダメージと劣化
[編集]生態系が修復の対象となる状態は、ダメージと劣化の二種類に大別される。
- 劣化(degradation)
- 長期的な放牧圧、乱獲、外来種の持続的侵入などによる慢性的な人為的影響であり、生物多様性の喪失と生態系の構造・組成・機能の崩壊をもたらす。
- 破壊(destruction)
- 採掘・大規模開発などによって生態系が完全に消滅した状態。
参照生態系
[編集]参照生態系(reference ecosystem)は、修復目標の設定と進捗評価の基準として用いられる概念モデルである。現地の類似生態系(複数の現代類似地)からの実証的なデータ、歴史的記録、先住民の知識など複数の情報源に基づいて構築される[19]。修復の目標は「歴史的条件への復帰」ではなく「歴史的軌道への復帰」とされる。気候変動など現代の生態学的現実が参照生態系のあり方にも影響するため、修復に際しては歴史的文脈とともに現代の条件も考慮する必要がある[20]。
修復の5段階プロセス
[編集]SERが示した実践の枠組みでは、修復プロジェクトは概ね次の段階を経る。
- 脅威の特定と除去:劣化要因を明らかにし、可能な範囲で取り除く。
- 参照モデルの構築:目標とすべき生態系の属性を定義する。
- 介入計画の策定:植栽、水文修復、種の再導入などの手法を選定する。
- 修復活動の実施:実践者は回復の条件整備を担い、回復の実際の担い手は生物自身である。
- モニタリングと評価:SERの「回復ホイール(Recovery Wheel)」などの指標を用いて回復の軌道を追跡し、必要に応じて修正介入を行う[21]。
修復の対象生態系
[編集]生態学的修復は陸域・淡水域・海洋にわたる多様な生態系に適用される。主要な対象として以下が挙げられる。
国際的な政策枠組み
[編集]国連生態系修復の10年(2021–2030)
[編集]2019年3月、国連総会は決議第73/284号を採択し、2021年から2030年を「国連生態系修復の10年(UN Decade on Ecosystem Restoration)」と宣言した。国連環境計画(UNEP)と国連食糧農業機関(FAO)が共同で主導し、「生態系の劣化を防止・停止・逆転させる」ことが中心目標として掲げられた[24]。この10年は、持続可能な開発目標(SDGs)の達成期限(2030年)および科学者が気候変動の壊滅的影響を回避できる「最後の機会」とされる時限と一致する[25]。
主要な数値目標として、2030年までに世界で少なくとも3億5,000万ヘクタールを修復に置き、気候変動の適応策を必要とする気候脆弱コミュニティの1億人以上を直接支援することが掲げられた[26]。
昆明・モントリオール生物多様性枠組
[編集]2022年12月、生物多様性条約第15回締約国会議(COP15)において採択された昆明・モントリオール生物多様性枠組(Kunming-Montreal Global Biodiversity Framework)は、2030年目標として「自然を回復軌道に乗せるために生物多様性の損失を止め反転させる」(いわゆる「ネイチャーポジティブ」)ことを掲げた。同枠組みの「30by30目標」(2030年までに陸域・海域の30%以上を保全・管理)は、生態学的修復の実践を直接促進する政策目標となっている[27]。
日本では、2008年に制定された生物多様性基本法が、生物多様性の保全と持続可能な利用の両立を基本原則として掲げており、生態学的修復に関する施策の法的基盤となっている[28]。
昆明・モントリオール生物多様性枠組を受け、日本政府は2023年3月に生物多様性国家戦略2023–2030を閣議決定し、ネイチャーポジティブ実現に向けたロードマップを策定した。さらに2024年4月には地域における生物の多様性の増進のための活動の促進等に関する法律(地域生物多様性増進活動促進法)が成立し、民間企業・団体が行う生物多様性の維持・回復・創出活動を認定・支援する制度が整備された[29]。
自然共生サイト制度(OECM)も2023年より開始されており、企業等が民有地や管理地の生態的価値を認定申請することで、生物多様性保全の取り組みとして国際的に登録されるしくみが構築されている[30]。
実践例としては、干潟・浅場の再生(三河湾の覆砂事業)、河川水質改善によるアユなど魚類の回帰、都市緑地の創出(旧立川基地跡地の国営昭和記念公園)、エコロード整備による生態系連続性の確保など多岐にわたる取り組みが行われている[31]。
主要事例
[編集]カーティス・プレーリー(アメリカ合衆国)
[編集]ウィスコンシン大学マディソン校樹木園内に位置するカーティス・プレーリーは、世界最古の生態学的修復プロジェクトとされる。1936年に開始された草原修復事業は、在来植生の種子・株の植栽手法、計画的野焼きの管理方法、外来種の除去技術など、その後の修復生態学研究の礎となる実証的知見を蓄積してきた[32]。
イエローストーン国立公園のオオカミ再導入(アメリカ合衆国)
[編集]20世紀初頭に公園内から根絶されたオオカミは、1995年に再導入された。その後、植食性のエルクの行動・個体数が変化し、河畔植生が回復して河川形態が改善されるという連鎖的な生態系応答(トロフィック・カスケード)が観察され、頂点捕食者が生態系修復に果たす役割を示す代表例となっている。
オーストラリア大堡礁(グレート・バリア・リーフ)
[編集]海水温上昇による大規模白化が深刻化するグレート・バリア・リーフでは、礁修復・適応プログラム(RRAP)が推進されている。耐熱性を持つサンゴの育成・移植(コーラルシーディング)、選択育種による気候適応株の開発、先住民コミュニティとの協働モニタリングが組み合わされた先進的なアプローチとして注目される[33]。
課題と批判
[編集]生態学的修復は有力な保全手段として広く認められる一方、いくつかの限界と批判も指摘されている。
第一に、修復はあくまでも「保全の代替」ではないという原則論がある。修復の成功が前提とされることで、むしろ新規の開発・破壊が正当化されるリスクが生じる。SERはこの点を明示し、修復は保全の代替でなく補完であると強調している[34]。
第二に、技術的・財政的制約の問題がある。特に海洋生態系(サンゴ礁など)では、修復の成果が生態学的に意味ある時間軸(数年〜数十年)で現れるまでに長期のモニタリングと投資が必要であり、スケールアップの障壁となっている[35]。
第三に、「ノベル生態系(novel ecosystems)」論との緊張関係がある。気候変動・外来種の定着などにより、修復前の在来状態への完全な復帰が不可能・非現実的な場合も増えており、「管理されたノベル生態系」をいかに評価・活用するかについて議論が続いている[36]。
関連機関・団体
[編集]- 復元生態学会(Society for Ecological Restoration、SER)
- 1988年に設立された国際的な非営利団体。修復の科学・実践・政策を推進し、世界110か国以上に4,500名超の会員を擁する。査読誌『Restoration Ecology』(1993年創刊)を発行するほか、認定資格制度(Certified Ecological Restoration Practitioner[注釈 1], 略:CERP)を運営している[37]。
脚注
[編集]注釈
[編集]- ↑ 直訳すると認定生態学的修復実践者
出典
[編集]- 以下の位置に戻る: 1 2 3 4 矢原・川窪(2002)p.225
- ↑ マイクロソフトの支援を受けて大阪能勢町でネイチャーポジティブに向けた新たな活動を始動 〜大阪みどりのトラスト協会や地域の皆さまと協働〜. 公益財団法人 日本自然保護協会. (2025-12-19) 2026年4月7日閲覧。.
- ↑ SER (2004). The SER Primer on Ecological Restoration, Version 2. Society for Ecological Restoration Science and Policy Working Group.
- 以下の位置に戻る: 1 2 Young, T.P., Petersen, D.A. & Clary, J.J. (2005). "The ecology of restoration: historical links, emerging issues and unexplored realms". Ecology Letters 8, 662-673.
- ↑ “What is Ecological Restoration?” (英語). Society for Ecological Restoration – Restoration Resource Center. 2026年3月31日閲覧。
- ↑ “What is Ecological Restoration?” (英語). Society for Ecological Restoration – Restoration Resource Center. 2026年3月31日閲覧。
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- ↑ “History – UW Arboretum” (英語). University of Wisconsin–Madison. 2026年3月31日閲覧。
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- ↑ “Nonprofit Spotlight: Society for Ecological Restoration” (英語). Biohabitats. 2026年3月31日閲覧。
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- ↑ Novacek, M.J. & Cleland, E.E. (2001). "The current biodiversity extinction event: Scenarios for mitigation and recovery". Proceeding of the National Academy of Science 98 (10), 5466-5470.
- ↑ Wilson, E. O. (1988). Biodiversity. Washington DC: National Academy. ISBN 0-309-03739-5
- 以下の位置に戻る: 1 2 矢原・川窪(2002)p.231
- ↑ Young, T.P. (2000). "Restoration ecology and conservation biology". Biological Conservation. 92, 73–83.
- ↑ 矢原・川窪(2002)p.232
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- ↑ “地域における生物の多様性の増進のための活動の促進等に関する法律案の閣議決定について”. 環境省. 2026年3月31日閲覧。
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- ↑ “Society for Ecological Restoration” (英語). Society for Ecological Restoration. 2026年3月31日閲覧。
参考文献
[編集]関連項目
[編集]外部リンク
[編集]- Society for Ecological Restoration(SER)公式サイト(英語)
- SER Restoration Resource Center(英語)
- 国連生態系修復の10年 公式サイト(英語)
- 生物多様性基本法(環境省)