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D&D新和版の終わり

終わりの始まり

「とーちゃん、新和でD&Dの仕事やってみない?」

そんな話をD&D仲間だった竹ちゃん――新和の元社員――からもらったのは、たしか1991年の春ごろだったと思う。

当時の私は、大学時代に角川メディア・オフィスでアルバイトをし、その後はORGで葉書整理のバイトをしていたものの、どちらも長続きせず、なんとなくふらふらしていた。何事も中途半端な時期だったので、その誘いには迷わず飛びついた。

社長との面接のあと、採用はあっさり決まった。
ただ、入ってみると状況は思っていたよりずっと小ぢんまりしていた。実質的なスタッフは社長と私を入れてもごく少人数。以前のスタッフはすでに辞めており、私の仕事も新しい展開というよりは、どちらかといえば残務整理に近いものだった。

つまり、私が入った時点で、もう会社の空気は「これから」ではなく、「終わりに向かう途中」だったのである。

在庫

最初の仕事は在庫の確認だった。

D&Dの会社なのだから、倉庫にはさぞいろいろ積んであるのだろう――くらいに思っていたのだが、実際に数えてみると、総計しても400冊はなかった。
そのときにまず感じたのは、「ああ、これはもう後片づけの段階なんだな」ということだった。

記憶している範囲では、最終ロットは赤箱200,000、青箱140,000、緑箱80,000、黒箱40,000くらい。AD&D第2版はPHBが40,000、DMGが20,000、MMバインダーが10,000前後だったと思う。細部は違っているかもしれないが、かつて大きな数で動いていた商品が、私の目の前ではもうほとんど残っていなかった。その落差だけは強く覚えている。

とはいえ、D&D製品の輸入販売そのものは細々と続いていた。四半期ごとにFAXで送られてくる新製品情報をリストにし、販売店へ流し、注文を受けてからTSRへ出荷依頼を出す。そんな流れだった。月に4、50冊くらいのモジュールを問屋に流していた感じで、Shippingの手配も二度ほどやった記憶がある。

ただ、その時点ですでに「日本語版の翻訳は行っていない」という話は販売店側に伝わっていた。
問い合わせが来ても、返す言葉はだいたい決まっていた。

「日本語版については現在、再版等はしていません」
「新製品は日本語ではありません」

そんなやりとりを繰り返すうちに、翻訳まわりでいろいろこじれていることや、DFC(ドラゴン・ファン・クラブ)まわりのサポートもほとんどできていないことなどが少しずつ見えてきた。
とはいえ、こちらは事情を知らない新入りである。結局、「申し訳ありません、前任者が辞めてしまったので」と頭を下げるしかなかった。

いま思えば、私が引き継いだのは、もう十分にほころびの出はじめていた現場だった。

東京おもちゃショー

1991年の夏、東京おもちゃショーに出展する機会があった。

ただ、TRPGを展示会で紹介するのはかなり難しい。
世界観を説明し、ルールを説明し、遊んでみて初めて面白さが伝わるゲームを、限られた時間の中でどう見せるか。ぺら紙を渡して「これがゲームです」と言ったところで、まず伝わらない。

そこで考えたのが、キャラクターを作って持ち帰ってもらうというやり方だった。

簡単な質問に答えてもらい、なんちゃって性格判断のような形でキャラクターを決める。さらに少し問答をして、その人用のキャラクターシートをその場でプリントアウトして渡す。ゲームそのものを遊ばせるのは無理でも、「自分のキャラクターができた」という体験なら持ち帰ってもらえるのではないか、と考えたのである。

結局、D&D仲間3人に手伝ってもらい、各自コスプレをした状態で、TRPGをまったく知らない人たちにD&Dを紹介することになった。会社のMacとレーザープリンタを持ち込んで、会場でキャラクターシートを出力する。いま思えばかなり力技だが、当時としては本気だった。

あれは「D&Dを遊んでもらう」イベントというより、「D&Dに入る入口だけでも作る」試みだったのだと思う。

翻訳権移籍

その年の秋ごろだったか、あるいはもう少し後だったか、角川側から翻訳権を動かしたいという話が来ていた、と私は記憶している。

当時、角川メディア・オフィスの社長が直接来て打ち合わせをしたことがあり、そのときに
「とーちゃん、前にうちで働いてたんだっけ?」
「ええ、実は……」
といった会話をしたことだけはよく覚えている。

ただ、このあたりは今となっては記憶も曖昧で、当時の現場感覚と後年に整理された経緯とでは、細部がずれている可能性もある。
それでも、少なくとも私の実感としては、そのころにはもう「D&Dの仕事はここで終わるのだな」という流れははっきり見えていた。

その後、D&Dまわりの仕事は完全に終わる方向になった。
もともと私は、D&Dの仕事があるからそこに入った人間である。D&Dがなくなるなら、その先までそこで働き続ける理由もあまりなかった。だから、また無職に戻ることにためらいはなかった。

いま振り返ると、私は転職したというより、ひとつの時代の終わりに立ち会って、そこから静かに外へ出たのだと思う。

おまけ。MtGとの関わり

そういえば、こんなこともあった。

Wizards of the Coastの海外セールス担当がやってきて、
「Magic: The Gatheringを取り扱いませんか?」
という話を持ち込んできたのである。

名前はもう覚えていない。たぶんアメリカ人だったと思う。
ただ、こちらには翻訳まわりの体制も人脈もなかったので、「うちでは無理です」ということで、その話は流れた。

その後、ホビージャパンが代理店として入り、日本で爆発的なヒットになるのはまた別の話である。

ちなみに、そのときにもらったサンプルセットの中にMox Sapphireがあった。
ただ、当時のMagicにはAnteというルールがまだあったので、後で遊んだときにしっかり持っていかれた。いまとなっては、なかなか時代を感じる話である。

おわりに

いま思い返すと、私が新和で見たのは「D&D日本語版の始まり」ではなく、どう考えても「終わりの局面」だった。

もちろん、私が関わった期間は短いし、それもかなり終盤の話である。だから新和版D&Dの全体を知っている、などと言うつもりはない。
ただ、在庫の減った棚や、問い合わせの電話口の空気や、おもちゃショーでどうにか入口を作ろうとしていたあの慌ただしさの中に、「ひとつの時代が終わっていく手触り」は確かにあった。

新和版D&Dは、ただ終わったのではない。
誰かにとっては青春であり、誰かにとっては仕事であり、誰かにとっては人生の入口だった。
その最後のほうに、たまたま私は少しだけ立ち会っていた。
これは、そういう話である。

お断り

本記事は筆者個人の体験と記憶に基づく回想であり、特に部数・時期・社内体制・権利移動の細部については、当時の記憶に依拠する部分があります。公開情報で確認できた事項は可能な限り反映していますが、誤記や記憶違いが含まれる可能性があります。

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本記事は、筆者による非公式の回想・考察記事であり、公式コンテンツおよび関係各社とは一切関係ありません。権利を侵害する意図はありません。

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D&D新和版の終わり|川本幸作
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