東ちづるさん、マイノリティーと歩む“まぜこぜ”社会「排除は怖い」
マルチな才能を発揮し、俳優や情報番組の司会など幅広く活躍している東ちづるさん。障害や国籍など、様々な違いのある人が一緒に暮らす心地よさを、エンターテインメントを通じて知ってもらう活動もしています。その原動力や、今の自分を形作った「みっつ」を聞きました。
東ちづるさんの「みっつ」
①ドラマ「温泉若おかみの殺人推理」 ②東日本大震災 ③シルク・ドゥ・ソレイユ
《テレビドラマ「温泉若おかみの殺人推理」シリーズは、東さんの代表作の一つ。27作にわたって主演した》
今年で芸能生活40年です。4年間の会社員生活を経て、25歳で芸能界に入りました。リポーター、情報報道番組の司会、バラエティー、ドラマ……。最初の頃は何でもやって、走り続けました。
ただ、自分の居場所が見つけられていない気がしていました。劇団にも所属していないし、アナウンサーでもない。「一体私は何者なんだろう」と悩んだ。だから、主演作といっても、自分が周囲のキャストやスタッフをまとめる座長だなんて場違いだと思いました。
現場には、夫役の中村梅雀さんをはじめ大先輩ばかり。監督は撮影をてきぱきこなす方で、プロデューサーからは「芝居ができる人しかキャスティングしない」と聞かされ、身がすくみました。
そんな中、梅雀さんたちが「君が座長なんだから、引っぱっていかないと始まらない」と背中を押してくださった。その言葉でようやく、自分の意見を言うことへの遠慮がなくなりました。
シリーズを重ねるうちに、提案することも増えました。着物で走るシーンなら裾をからげて全力で走ってみる。温泉地が舞台なんだから、夫婦で湯船につかりながら推理してみる。ミステリーでありながら、コミカルさも入れる提案をしたんです。「温泉若おかみ」は座長としての自覚を芽生えさせてくれました。
「蜘蛛の糸」は独り占めしていい?
《32歳で骨髄バンクの啓発活動を始めて以来、戦禍の子どもを支援する「ドイツ国際平和村」や障害者アートに関わるボランティア活動などに長年取り組んできた。2011年の東日本大震災が活動の幅を広げる契機になった》
情報報道番組の司会を務めたとき、番組ディレクターに「報道も政治も困っている人のためにある」と教えられました。その言葉でスイッチが入った。私は私をもっと社会のために活用できる、と。
ただ、私は組織で動くのが苦手。その都度、仲間を募っていましたが、講演やシンポジウムは意識の高い人だけが集まる場になってしまい、それでは社会は変わらないとも感じていました。
そして2011年3月11日。社会が不安に陥った時、普段から生きづらさを抱えている人たちが、さらに追い詰められてしまう現実をボランティアの仲間を通じて聞きました。
避難所では、障害者が「別の…