4.沖縄修学旅行 ―― 経験を最大化する準備
K先生が手がけた「沖縄への修学旅行」に向けた事前学習の仕組みづくりは、まさに圧巻の一言だった。
当時、神戸市の公立中学校では、修学旅行での飛行機の使用が解禁されたばかりだった。K先生は学年主任として、真っ先に「沖縄」という行き先を打ち出したのだと思う。それは単に「遠くへ行く」ためではなく、生徒たちの魂に深く刻まれる「経験」をデザインするためだった。
先生が示した方針は明快だった。
「修学旅行を、三日間の旅行だけで終わらせてはいけない。そこに至るまでの『準備』こそが、学びの本体だ」
先生は、学年に所属する五クラス・八人の教員全員に、一人一つの「教案」作成を依頼した。それも、それぞれの教科の特性を最大限に生かした、沖縄を深く知るための特別授業である。
数学の教員は、沖縄の経済や人口、基地面積などの統計資料を読み解く授業を行い、美術の教員は沖縄独特の色使いや伝統工芸のアート性を紹介した。音楽の教員は、現地で全員で歌うために、合唱曲『HEIWAの鐘』の歌唱指導を受け持った。私はといえば、英語担当として、沖縄の美しい海と珊瑚礁、そしてそれを取り巻く環境問題について英語で考える授業を組み立てた。
この事前学習はローテーション制で行われ、すべての生徒がすべての教員の授業を網羅するように設計された。生徒たちは、歴史、芸術、科学、そして言葉という多角的な視点から、まだ見ぬ「沖縄」を自分たちの中に形づくっていった。
そして、旅立ちを目前に控えた締めくくり。体育館に学年全員が集まり、ドラマ『さとうきび畑の唄』を鑑賞した。明石家さんまさんが主演を務めた、沖縄戦の悲劇の中で家族を守り抜こうとする人々の物語だ。
スクリーンに映し出される、あまりにも過酷な地上戦の現実。体育館の暗闇の中で、あちこちから鼻をすする音が聞こえ始めた。生徒たちは、教科書の中の知識としてではなく、自分と同じように笑い、泣き、家族を愛した「人」の物語として、沖縄の痛みを受け止めていた。
そうして迎えた、修学旅行当日。
沖縄の平和祈念公園を訪れた私たちは、抜けるような青空の下にいた。目の前には、どこまでも深く、美しい青をたたえた海が広がっている。かつてその崖から、多くの人々が命を落としたという事実をにわかには信じがたいほどの静かな海だった。
そこで、生徒たち全員による合唱が始まった。
「僕らの生まれたこの地球(ほし)に 奇跡を起こしてみないか」
音楽の時間に練習し、歌詞の一語一語に込められた祈りを理解した彼らの歌声が、海風に乗って響き渡る。断崖絶壁の下で眠る人々へ届けとばかりに、全身全霊で歌う中学生たちの姿があった。
圧倒的な「準備」によって耕された彼らの感性は、その場所で「経験」と重なり、爆発的な意味を持ち始めたのだ。それはもはや学校行事の枠を超え、彼ら一人ひとりの人生に刻まれる「志」の種になった瞬間だった。
私は、なるべく誰にも気づかれぬように泣いた。教育とは、これほどまでに豊かな「場」を作ることができるのか。あの海の色と、空に吸い込まれていった歌声を、私は生涯忘れることはないだろう。


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