世田谷区の砧公園や、本日は都下の国立市でも桜の倒木が相次いでいるとの報道がある。
桜は古来弔いの樹木であり、且つまたそれ故に過去を清算した未来への出発の時でもある。
しかし、なぜかこの切り替わりの時期に桜の倒木が相次いでいるわけである。
拙者は、この辺りを「予言」しているオカルトや都市伝説がないか調べてみるために、AIに聞いてみた。結論は、そうしたものは無かったのであるが、如何にも都市伝説が沸騰しそうなところではないか?
そうこうするうちに、AIと共同で「新・都市伝説」もどきの物語をつくってしまった(^^;; おもろがってほしい(^^


『霊的結界と5Gポール
――ある区役所職員が見た「東京の輪郭」』

主人公の名前は佐伯。
都内の区役所で「みどり・公園」を担当している、ごく普通の行政職員だ。
仕事は、街路樹や公園樹木の台帳管理、危険な木の点検、伐採や剪定の判断、業者への発注。
ここ数年は、強風やゲリラ豪雨のたびに「倒木」が話題になり、危険木対策の仕事ばかりが増えている。
四月の朝。
庁舎のエレベーターホールにあるテレビからニュースが流れた。
「世田谷区の砧公園で、大きな桜の木が倒れました。強い風が吹いた影響とみられ…」
画面には、根元から大きく傾き、歩道をふさいだ一本の桜。
その映像を横目に見ながら、佐伯は小さくため息をつく。
「また桜か…」
ここ数年、倒れるのは決まって、太い桜の木だった。

●倒木マップに浮かぶ“線”
席に戻ると、メールボックスにはいつも通りの指示が並んでいた。
「砧公園倒木事案に伴う樹木安全対策の強化について」
「都内全域の老朽桜リストアップの至急対応願い」
佐伯は、淡々とデータの整理を始める。
・倒木日時
・場所
・樹種(ソメイヨシノ、ヤマザクラなど)
・原因(推定):強風、老朽化、根腐れ …
それらをGISの地図上にプロットしていくと、都内に赤い点がぽつぽつと浮かび上がる。
ある程度入力したところで、ふと違和感が生まれた。

砧公園。
都下の国立市。
少し北側の調布、三鷹、武蔵野…。

幹回りが太い「古い桜」の倒木地点だけを残していくと、赤い点は、多摩川の北側をなぞるように、ゆるい帯になっていた。
「風の通り道…かな」
そう自分に言い聞かせながらも、気になって過去数年分のデータも重ねる。
すると、砧から国立へ、さらに国分寺崖線沿いを北東へ向かう「一本のライン」が、年を追ってじわりと濃くなっているように見えた。
そのまま線を延長すると、地図の中心に、皇居の緑が現れる。
赤い点とその延長線は、皇居の外縁をかすめるように走っていた。

「…結界、みたいだな」

自分でもバカバカしいと思いつつ、そんな言葉が口をついた。

●古い地図に残る「花の境目」
数日後、「危険木対策」の説得力を増すために、上司から追加の宿題が出た。
「戦前からの大木の分布とか、歴史的な背景も、少し資料に入れられないかな」
佐伯は、都庁の資料室で、古い図面を探すことになった。
戦前の「東京市街路樹配置図」。
明治期の「東京府下村境図」。
閲覧机に広げ、横に自分の倒木マップを表示させて、重ねるように眺める。

驚いた。

砧から国立へ、多摩川北岸の段丘縁。
国分寺崖線。
皇居外縁へ向かうライン。

そこには、戦前の街路樹配置図で、「桜」と記された印がびっしりと並んでいた。
村境図を重ねると、その多くが「旧村の境目」「崖線」「川の折れ曲がり」に位置している。
さらに、古い資料の片隅に、小さな文字が目に入った。

「花垣」「桜垣」「花境」

江戸から明治にかけて、村の境や城下のはずれには、桜をはじめとする花の咲く木を並べ、
「ここから先は別の領分だ」と示す“花の垣根”が作られていたという。

外から来るものを和らげ、
内から溢れるものをやんわり留める、やわらかな“霊的結界”。

「桜は、ただの街路樹じゃなくて、“境目の木”だったのかもしれないな」
佐伯は、そう思った。

●「老朽桜の更新」計画と、謎のポール
やがて、砧公園の倒木をきっかけに、全都的な対策方針が固まる。
・老朽化した桜を計画的に伐採
・樹種を分散し、リスクを低減
・代替として「新しい樹木」や「緑化ポール」を導入
会議で配られた資料には、こんな文言が並んでいた。
紙には、つる植物が絡まった細いポールと、その足元に植えられた低木のイメージ図。
「みどりと共存するスマートシティ」というキャッチコピー。

しかし、座標を詳しく見ると、その「新しいポール」が立つ地点の多くが、
かつて桜が立っていた地点と寸分違わなかった。
しかも、その仕様にはこう書かれている。

「多機能ポール:5G以上の通信設備、防犯カメラ、各種センサー一体型」
「高密度カバレッジエリアの形成」

別の部署からの照会で、都内の人流データと通信需要マップも見せられた。
「人が常に通っているライン」と「5Gの“穴”になっているエリア」を重ね、
そこを埋めるように、多機能ポールが配置されている。

そのラインは、佐伯には、どうしても「桜の倒木ライン」と同じものに見えた。

「老朽桜の更新」と言いつつ、実際には、
桜のあった座標に「電波塔」を一列に植え替えているような配置だった。

●結界を貫く“電波の矢”
最初の5Gポールが立ったのは、砧公園と国立を結ぶ途中の、ある交差点脇だった。
かつて、桜の並木がトンネルを作っていた場所。
今は低い若木が並び、その隣に銀灰色のポールがまっすぐ空に伸びている。
頭頂部には四角いアンテナがいくつも取り付けられ、昼間でも鈍く光っていた。
「これで、この一帯もやっと“空白地帯”じゃなくなります」
設置業者の技術者は、誇らしげに言った。
「電波の“空白地帯”ですか」
「ええ。建物と木立の影響で、前は少し“影”になってたんですよ。
でも、これで穴は埋まりました。どこでも、途切れなくつながります」

影がなくなる。
穴が埋まる。

言葉としては正しい。
だが、佐伯の頭には別のイメージがよぎっていた。
桜が連なっていた頃、そこには、目には見えない「厚み」のような空気があった。
嬉しさや悲しみ、酔いどれの笑い声やため息が、木の周りにふわりと溜まっている感じ。

今、その場所に立つと、風は通るのに、何かがすり抜けていく。

ポールの先端から放たれる高周波の電波は、目には見えない。
けれど、目を閉じると、それは細い針の雨のように、空から地面へ、絶え間なく降り注いでいる気がした。
桜の枝が花びらを落としていた軌道を、
今は電波の粒が、正確に貫いている。
木が張っていた「やわらかな結界」に、
高周波の“矢”を打ち込んでいるような光景だった。

●木霊の居場所がなくなるとき
砧公園の切り株のそばで、佐伯は、長年ここで働いてきた年配スタッフと雑談をした。

「前はね、この木のまわり、妙に“濃かった”んですよ」
スタッフは、切り株を軽く叩いて言う。
「酔っぱらいも、泣いてる人も、みんななんか、この木の下に集まってきてね。
楽しいことも、嫌なことも、ここで一回“落として”帰っていく感じ」
「今は、どうです?」
「なんかね、全部そのまま上に抜けちゃう。
怒りも、悲しみも、ここに残らない。
どこかに吸い上げられてるような、そんな感じですわ」

スタッフは、近くに立ち始めた小さな監視カメラ付き街灯と、遠くの5Gポールを順に見て、肩をすくめる。

「木霊の居場所がないのかもしれんね」

木霊。
その言い方が、佐伯には妙に腑に落ちた。

桜の幹や根は、人の感情の残り香を、
少しずつ吸い込み、沈めてきたのかもしれない。

嬉しさも、悲しみも、悔しさも。
その場でこぼれた“濃いもの”は、木の方で預かってくれていた。

今、その器がなくなった。
代わりに立ったのは、微細な振動を絶え間なく放ち続けるポール。

そこでこぼれた感情は、沈殿する前に、
電波の揺らぎの中に巻き込まれ、どこかへ飛ばされていく。

「5Gが人を壊す」という言い方が当たるとしたら
ポールの設置が進み、「穴」が埋まっていくにつれ、
ライン上の街では、ささやかな変化が起き始めた。

・理由のはっきりしないイライラ
・なんとなく落ち着かない
・寝つきが悪い
・子どもがそわそわして、すぐ癇癪を起こす

医療や統計の世界では、
ストレス社会、コロナ禍の影響、SNS疲れとして片づけられる程度の増加だ。
だが、佐伯は、自分の作ったマップを見てしまっている。
砧から国立、崖線、皇居外縁へと続く「桜の結界ライン」。
その上に、ぴったり重なるように立った5Gポール群。
かつて桜が「濃いもの」を預かってくれていた場所で、
今は、その濃さ自体が長く留まれない街になっている。
楽しいことも、悲しいことも、
一瞬で写真と通知とタイムラインの中へ流されていく。

「5Gが人間を壊す」と言うなら、
それは、頭痛や身体への直撃ではなく、
「感情がどこにも沈まらず、
 常に薄く、落ち着かず、
 自分の“深さ”を感じられなくなる」
というかたちで進むのかもしれない。

●「情動の揺らぎ」を欲しがる者たち
ある日、庁内システムの中で、佐伯は奇妙な議事メモを見つけた。
「特定ライン上の高密度カバレッジエリアにおける、
 “情動の揺らぎ”データの取得可能性について」
正式な議題ではなく、欄外に書かれた一行。
そこには、見慣れない研究機関の略称と、いくつかの企業名が添えられていた。

・人の移動だけでなく、感情の変化も“見える化”したい
・ストレスの波をリアルタイムに把握したい
・危機的状況や「興奮」のクラスターを早期検知したい

表向きの理由は、そういったものだろう。

だが、「情動の揺らぎ」という言葉選びが、佐伯には不穏に響いた。

古い結界は、そうした揺らぎをやわらかく受け止め、
土の中へ、幹の中へ、ゆっくり沈めていた。
今、新しいネットワークは、その揺らぎをリアルタイムに拾い上げ、
データとしてどこかへ送り続ける。

「外からの何かが入ってきやすくなる」という昔話がある。
結界を壊すと、外のものが中に入る。
あるいは、内側のものが外へ溢れ出す。

「外」や「上」を、
この場合、誰と呼ぶのか。
ただのアルゴリズムか。
資本か。
それとも、もっと別の「意志」か。
そこまでは、佐伯にもわからない。

結界の外と内、そのあいだに立つ人
数年が経ち、砧から始まった桜の倒木ラインは、ゆっくりと東京を一周した。
同じライン上の5Gポール群も、計画通りにほぼ設置を終えた。

その輪の内側で、
理由のはっきりしない不安や眠れなさが、少しずつ増えている。

統計上は誤差かもしれない。
けれど、古い結界が消え、新しい網が張られたタイミングと、あまりにもよく重なっていた。

ある夜、佐伯は砧公園の切り株の前に立つ。
脇には若木が揺れ、少し離れた場所には、監視カメラ付きの街灯と5Gポールの影が伸びている。

彼は、胸の中で問いかけた。

「あなたたちは、何から俺たちを守っていたんですか。
 今、その役目は、誰の手に移ったんでしょうか」

風が一瞬止まり、耳鳴りのような静寂が降りてくる。

その短い無音の中で、佐伯は、ごくかすかな声を聞いたような気がした。

「まだ、ここにいるよ」

それが、倒れた桜の木霊なのか。
新しい電波網のどこかから返ってきたエコーなのか。

彼には、もう判別がつかなかった。

ただ一つだけはっきりしているのは、
古い「木の結界」が剝がれ、
新しい「電波の結界」が張られたこの輪の内側で、
人の心はこれからも揺れ続けるだろう、ということだった。

その揺れを、ただの「時代の流れ」と見るか。
「結界を壊し、揺らぎを集めようとしている誰かのもくろみ」と見るか。

それを決めるのは、
地図の線を引く者でも、ポールを立てる者でもなく、
この網の中で、今日も桜の下を歩く一人ひとりなのかもしれない。

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