渡辺明の復帰「対局という場所さえあれば」 再び正座で勝負に臨む日
将棋の第84期名人戦七番勝負が8日、開幕した。藤井聡太名人と挑戦者・糸谷哲郎八段の戦いを見つめながら考えたのは、前名人のことだった。平成後期の棋界第一人者である渡辺明九段(41)は2024年から左膝(ひざ)の前十字靱帯(じんたい)損傷の影響による3度の休場を経て、今月1日に復帰を果たした。どのように身体の不調と闘ったのか、どのような決意を胸に戦いの場へと戻ってきたのか。復帰当日にインタビューをした。
――どんな心境で復帰当日を迎えたのでしょうか。
「すぐに対局がないので特別変わった思いはないですけど、以前いた場所に戻ってきた、という気持ちはあります。もう棋士と練習将棋を指したりするところまでは戻ってきていますけど、実際に対局をしたらもっと実感が出てくるかもしれません」
――今、足はどのような状態なのでしょうか。
「結局、足の感覚としては全然元には戻っていなくて、こんな動きは前はしなかったよな……と思ったり、色々まだおかしいんですけど、通院も必要ないところまでくることはできたので。長時間の正座をしてどうなるのか、などは正直まだ分かりません」
――当初、順調に回復できず、明確な原因も分からずに苦しんでいた。
「詳しいことはよく分かってなくて、なぜこんなに長引いちゃったのかもよく分かってないんです。きっかけは前十字靭帯の断裂ではあったのですが、切れ方がおかしかったのか、正座を長年してきた影響なのか、ということは自分の推測でしかなかった。でも、医師の方も分からない。正直なぜこんなことになったのか、今でも分からないんです。入院は5回、トータルで2カ月間しましたし、手術は全身麻酔で受けたものだけで4、5回。局所麻酔で受けたものを含めると7、8回にはなります」
――戦いながら全快を目指していく、ということなのでしょうか。
「いや、もう多分無理です。治らないと思います。治るならとっくに治っているはずだから。どこかでおかしくなったんです。2024年12月のA級順位戦で対局中に痛みが来て、指し続けられなかったことがあったんですけど、前十字靱帯の手術を控えた人が『もう痛くて無理です』ということには普通ならないようなんです。あれから全身でいろんな検査を受けましたけど、結局分からなかった。足以外にも神経や脳がおかしいんじゃないかと真剣に疑って脳神経内科にも行きました。医師と相談しながら、いろんな病気の可能性を疑いましたが、結局分からなかったんです」
――そんな中でも2025年7月から9月まで復帰して椅子での対局に臨んだ。
「相手の方に失礼な言い方になってしまいますけど、あの間の将棋は気持ちが全然入っておらず、自分にとって意味のあるものではなかったです。研究もせず、ただ将棋会館まで体を運んで将棋を指すことは。勝敗どころじゃない、と思いながら指していました。勝ってもうれしくないし、負けても悔しくなかった。気持ちが入っていなかったから」
――永世称号を持つような棋士が3度も休場を強いられることは将棋の歴史に一度もなかったことでした。
「ただ恥ずかしかったです。もう何回目だよ、という見られ方もしていたと思うし。発表したらまたニュースになってしまうな、と考えたり。そっと休場したかったです」
――どのような思いで苦境と向き合ったのでしょうか。
「自分の場合、最初は足のケガではありましたけど、長引く原因が分からないから体のどこが本当に悪いのかも分からないんです。だから、いつまで生きられるか分からない、というような気持ちで日々を過ごしていました。ようやく他の病気ではなさそうだ、足がおかしいんだ、くらいのことは分かったけれど、正直、将棋どうこうという状況ではなかった。生きていけるのかな、から、足がダメになっても生きていくくらいは出来るかな、という変化でした。3度目の休場になった9月からは毎日そのようなことを考えていました」
――棋士は理由や意味を深く掘り下げ、解決することで次に向かいます。渡辺九段は特に明快な合理で考える人だと思います。何が起きているのか分からない、という状況がずっと続くのは恐怖でしかないはずです。
「いろんなことが一発で暗転しちゃうことってあるんだな……ということを考えていました。原因がどこにあるのか分からないと自分の何が悪かったんだろう……としか考えなくなります。棋士として正座を続けたことなのか、姿勢が悪かったのか、というような。変な運命を呪うしかないかな、と引きこもりのような気持ちになっちゃって……。働けなかったり動けないと人の心身って段々と衰えて、全身の筋力は落ちるし、何もする気が起きなくて(環境の変化によって活発な日常生活ができなくなり、全身の機能が低下する)『廃用症候群』のようになっていました。ただ、いろいろ調べていく中で、いろんな病気があることも知ったし、自分みたいに何の病気か分からないままに苦しんでいる人がたくさんいることも知ることが出来た、ということはあります」
――そんな中でも勝負の世界に戻っていくんだ、という気持ちは残っていた。
「いや、戻るという感覚はもう全然なかったです。そんなの考えられる状態じゃなくて、変な話、とりあえず周りに迷惑がかからない範囲で生きていこうかなって思えるようになったのもずいぶん後になってからです。言い方は悪いですけど、最初は正直もう生きてても死んでもどっちでもいいや、というくらいに思ってしまっていました。生きていれば楽しいことだってあるかなって思えるようになったのは、去年から今年にかけての時期くらいになってからです。あと何年間かは足の状態を放置しても変わらないかな、と思えるようになってからは、あと何年間かは将棋に戻れるのかなと思うようになっていきました」
――今年に入ってからは徐々に練習将棋を指したりされています。
「最初、一人で外に食事に行くようになって楽しかったんですよ。誰か誘おうかなという気になってきて、ずっと戸辺さん(戸辺誠七段、10代からの親友)が声を掛けてくれていたから、人にも会うようになって。人に会うということだけで自分にとっては大きな進歩でした。僕が塞ぎ込んでいた時期も戸辺さんは声を掛けてくれた。仮に自分なら、同じような状況にいる人に対して踏み込んでいくことはできないと思うし、本当に親しい間柄じゃないとできないことだと思うんです。でも、そんなふうにしてくれたおかげで、自分もちょっとずつ元気になっていきました」
――そして復帰へと向かっていく。
「1月までは超暇人でしたけど、2月くらいから後輩たちが練習将棋を指してくれるようになって、自分でも研究を始めました。生活に将棋が戻ってきた途端、時間が全然なくなってしまいました。後輩たちと将棋界のいろんな話をするようになったりして、あっという間に気持ちだけは元に戻れたような思いはあります」
――若手との練習将棋でいきなり勝利を重ねた、とも聞きました。練習とはいえ、久しぶりに棋士と対局した感覚はどうだったのでしょう。
「2月は結構良かったんですけど、3月は全然ダメでした。勝ったり負けたりしながら少しずつ戻っていけばいいかな、と思います。公式戦をやらないと本当の緊張感はないですし。ずいぶん離れたので、日常的に公式戦に向かっていけるような状態に早くしたいなと思います」
――久しぶりに指すと定跡の変化などを感じたりするものでしょうか。
「めちゃくちゃ変わっているわけじゃないです。あとは、新しい形をどれだけ網羅していけるか、どれだけ空白を埋めていけるかの勝負になります。全部真っ赤っ赤になるまで知識で埋め尽くしているような人とどう戦うか、という場所になりますね」
――2月からそのような環境になって、少しずつでも埋められた領域は広くなっている感覚はあるのでしょうか。
「どうなんでしょうかね。でも、序盤の知識が課題なのはケガをする前からですし、中終盤の力も単純に加齢によって弱くなるものなので常に課題です。それらの課題と向き合わないといけない。将棋の公式戦って、熱量を傾けて責任を持って指すには本当に時間が必要なんです。だから今は、時間がないなと思っています。あと、自分の場合は対局以外の仕事も全て休んでいたので、必要としていただくところには伺いたいなと思います。まだ指していないから何とも言えないですけど、一時期は絶対に戻れないと思っていたので、戻れそうになった今の状況は当時からはちょっと考えられないことではあるなと思います」
――単純な問いとして、復帰後の目標は何なのでしょうか。
「将棋に関して具体的なものはもうあまりないです。将棋に取り組み、取り組んだものを発揮する対局という場所さえあれば。あとは……人の役に立ちたいという気持ちがあります。前よりもずっと。自分が生きてきた世界(将棋界)への責任感もありますし」
――休場による不戦敗で順位戦A級から陥落しました。戦えずに落ちてしまうことをどんな思いで受け止めたのでしょう。
「A級を指し始めた後で休めば降級することは分かっていましたけど、そんな次元じゃないですからね。生きていけるかどうか分からない状態の人がA級から落ちて、ああ悔しいなとは思わないんです。目指しているのは生きていくことで、順位戦のクラスがどうとか気にするのはもう何段階も上の話なんです。だから、正直何も思いませんでした。ただ、自分が不戦敗になったことでA級全体の趨勢(すうせい)に影響を与えたのは申し訳なかったなとは思います。僕が指していれば違う結果だったかもしれないし、誰が得したとか損したということはあったのだろうと思うので、申し訳なかったと思います」
――おそらく5月に復帰戦があり、6月からは順位戦B級1組での戦いも始まります。
「正直どれぐらい指せるかは分からないです。ただでさえ力の落ちてくる40代に入って、1年間指してないわけだから。休む前はレーティング(対局結果から算出される棋力の数値指標)で言えば10番前後くらいだっと思いますけど、今の自分の棋力がプロの中でどのくらいかは本当に分からないです。練習将棋ではまあまあ指せているけど、どのくらい落ちているかは」
――最後にあえて伺います。引退、という言葉が脳裏をよぎったことはあったのでしょうか。
「ほぼ引退しているような状態でしたから。将棋も指さないし、研究もしないわけですからね。でも、引退ということは考えないようにして先送りしていました」
◇
もう取り壊されてしまった旧将棋会館が戦いの場だった2024年11月、朝日杯で本戦入りを決めた直後に渡辺は、ふと言った。
「今日が正座をして指す最後の対局かもしれないから」
すぐに返答の言葉は出てこなかった。
普段と変わらない様子で正座をして、普段と変わらない様子で勝利した直後だったからだ。
翌12月に渡辺は最初の休場期間に入り、復帰した合間の期間に椅子での対局に臨んだ。椅子に長時間座ることもできないような状態で戦い、信じ難いくらい見事な一手で制した勝局もあった。
どう考えても、渡辺には特別な力があった。
インタビューの終わりに撮影を願った。
おそるおそる「正座をして盤上に駒を並べることはできますか?」と尋ねると、渡辺は「あ、全然大丈夫ですよ」と軽やかに言った。
ファインダー越しに見たのは、ケガを負う前と何も変わることのない棋士の姿だった。彼は静かに笑っていた。
棋士・渡辺明は、ついに勝負の現場へと帰ってきた。
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