ヘリ基地反対協議会とは? 独自入手資料から探る オール沖縄会議とも関係

ヘリ基地反対協が平成11年に発行した市民投票報告集『名護市民燃ゆ』 (大竹直樹撮影)

沖縄県名護市辺野古沖で平和学習中の船2隻が転覆し、同志社国際高(京都府)の生徒らが死亡した事故で、2隻を運航する「ヘリ基地反対協議会」(反対協)は、正式名称が「海上ヘリ基地建設反対・平和と名護市政民主化を求める協議会」で平成9年10月に結成された。米軍普天間飛行場の移設に伴い米軍キャンプ・シュワブ沖(辺野古沖)で計画されたヘリパット建設反対を訴える政党や労働組合、「市民団体」などが結集。名護市長(当時)の基地建設受け入れ表明を〝糾弾〟する反対闘争を繰り広げてきた。

《海上基地建設反対の歴史的勝利をかちとりました。これは、名護市民の良識の勝利です》。反対協が11年に発行した市民投票報告集『名護市民燃ゆ』には、こんな勝利宣言が掲載されている。建設の是非を問う9年12月に実施された住民投票で条件付きを合わせた反対票が条件付き賛成票を上回ったためだ。

報告集には連合や自治労の地方組織のほか、共産党や社民党、沖縄社会大衆党の地方組織もメッセージを寄せていた。共産党沖縄県委員会は産経新聞の取材に、反対協の構成団体であると認めたが、社民党沖縄県連や沖縄社会大衆党は構成団体ではないとしている。

反対協はその後、辺野古「新基地」反対を掲げ27年12月に発足した「オール沖縄会議」とも密に連携し、転覆した2隻などを使って海上で抗議活動を展開してきた。

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