>> 声明では「確定した有罪判決を下級審の再審開始決定で覆すことを認めると、司法への信頼が損なわれかねないという意見があるが、検察官は再審公判で是正を求めることが可能だ。罪のない人の迅速で確実な救済こそが司法への信頼を高める」としています。
この声明は、刑事法学者18人が呼びかけ、124人が賛同しているということです。
貴子はこう考える
権力の暴走を許すな
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刑事法学者の皆様が示された見解に、強く賛同いたします。
法制審議会にも、こうした再審や冤罪のエキスパートを参加させて欲しかったとつくづく思うものです。
再審制度の本質は何か。
それは、言うまでもなく無辜の救済です。
三審制を経て確定した有罪判決であっても、誤りは起こり得る。だからこそ、再審という「最後の救済の扉」が設けられているのです。
この前提を忘れ、法務省も「確定判決の安定性」を理由に抗告の維持する構えです。
この、“確定判決の安定性”を過度に重視する議論は制度の本旨を取り違えているのではないでしょうか?
「司法の信頼」を損なうのは何か
「再審開始決定で確定判決が覆されると司法への信頼が損なわれる」という指摘があります。
しかし、これは本末転倒です。
真に司法への信頼を損なうのは
▶︎誤判が是正されないこと
▶︎無実の人が救われないこと
▶︎反省の色が全く見られないこと
です。
むしろ、誤りを正す仕組みが機能してこそ、司法は信頼されるはずです。
再審は「司法の失敗の証」ではなく、司法が自らを正す力の証明です。
正義はまだ生きていた。
そう示すことができるはずです。
検察の関与は再審公判で足りる
声明が指摘する通り、仮に再審開始決定がなされたとしても、検察官は再審公判において立証活動を行う機会を持っています。
にもかかわらず、
▶︎再審開始決定に対する不服申立て(抗告)を認めることは救済の入口で足止めをする構造であること
▶︎これまでの数多くのえん罪事件において、救済を長期化させてきた主な原因の一つであること
です。
法務省案の欠陥
検察官抗告を残すことは、
▶︎誤判是正よりも「有罪判決の維持」を優先する発想であること
▶︎すなわち、非常救済制度という再審の目的と明確に矛盾するということ
再審において最も重要なのは、新証拠の発見と検証です。
しかし、法務省案は証拠開示の在り方についてなお不十分です。
▶︎えん罪の原因となった“証拠の偏在”構造がそのまま放置される可能性が残るということ
何よりも
▶︎制度全体に検察の過ちに対する反省が見えないこと
が問題ではないでしょうか?
本来は「議論するのも馬鹿馬鹿しい」と言いたいところです。
再審制度の見直しとは、本来、過去の冤罪事件を踏まえ、
なぜ誤判が起きたのか
なぜ救済にこれほど時間がかかったのか
を検証し、その教訓を制度に反映させるべきです。そこがスタート地点ではないでしょうか。
しかし現行案では組織としての検証・反省が制度設計に反映されていません。
無実の人を罰すること。
それは、国家の罪です。
ましてや無実を立証するための証拠などを隠したり、改ざんしたりするなんて言語道断です!
死刑制度が残る日本だからこそ、再審制度の扉を狭めることはあってはならないはずです。
#罪のない人を迅速かつ確実に救済することこそが司法への信頼につながる
#原点に立ち返った制度見直しを強く求めます