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世界で最も有名な古代遺跡のひとつ、ギザのピラミッド。一番大きなクフ王のピラミッドは約138mの高さ。写真提供/歩りえこ
世界で最も有名な古代遺跡のひとつ、ギザのピラミッド。一番大きなクフ王のピラミッドは約138mの高さ。写真提供/歩りえこ

発達障害の私が陥った困難…助けてくれたエジプト人青年のとんでもない行動

世界94カ国で出会った男たち(37)苦手との闘い

世界一周旅行の様子を綴ったベストセラーエッセイ『ブラを捨て旅に出よう』の著者で、旅作家の歩りえこさんによるFRaU web連載「世界94カ国で出会った男たち」(毎月2回更新)。

今回は、エジプトを訪れたときのエピソードを披露。小学生時代から苦手だったことに、世界一周旅行中も直面することになり、苦戦したという歩さん。エジプトでは一人の青年が助けてくれたのですが、まさかの出来事が……一体なにがあったのでしょうか?

歩さんの今までの連載はこちら▶︎

「1+1=2」が理解できなかった

世界94カ国を旅して、一番苦労したことは数字との闘いだった。小学1年生で初めて算数の授業を受けると、既にクラス全員が1+1=2であることを理解していたが、私だけがどうしても理解することができず、たし算ができないばかりか、そもそも数字という概念を理解することすら難しかった。

担任の先生から「どうしてこんな当たり前のことが理解できないの? 1+1=2が理解できないとこの先に進めないよ」と言われ、1カ月間毎日居残りをした。が、1カ月経っても一向に1+1を理解することはできなかった。

先生はついに諦めて、「もう理解しようとするのは辞めて、形で認識して暗記しなさい。1+1は2になるの。そういうものだから。分からなかったら暗記すれば大丈夫だから」私は仕方なくこう考えることにした。1は木の棒で2は白鳥の形。そういった覚え方で数字を形として捉えることにした。

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大人になっても数字という概念を理解するのは難しく、特にお金の計算や時間の感覚が上手く捉えられないことで失敗は多かった。約束の時間に間に合うには予めどれくらい前に起きて準備をし始めなければならないかがイマイチよくイメージできない。

だから絶対に遅れてはいけない用事がある時はその前に一つ自分の予定を入れるようにしたり、提出物や締め切りは3日前に予備日を設定して最終的に帳尻を合わせられるようにするなど、そんな工夫をしながら何とか生きてきた。

日本国内であればまだ数字や時間をイメージするための工夫はなんとかなったが、ディスカリキュリア(算数障害)がありながらいざ海外に出てみると、常に数字との闘いだった

時間の正確さなんてあったものではなく、電車やバスなどの交通機関や人との待ち合わせも全てが基本的に遅れがちなため、その度にまた時間という概念を脳内で再設定し直さなければならないため頭の中がぐちゃぐちゃになる。

そんな数字や時間との格闘だけでなく、不注意も多く、クレジットカードの紛失を短期間に繰り返したり、裁縫道具で取れたボタンを繕っていると、作業を開始して1分で針がどこにあるか分からなくなり、その捜索を1時間してやっと見つけた直後にまた針を紛失して、また1時間かけて針を捜索するという感じ……。

また、他人と適度な距離感を取るのが上手くできず、苦手な人とは必要以上に距離を取ろうとして遠ざけてしまったり、逆に初対面の人でも打ち解けたら周囲が驚くスピード感で猛烈に仲良くなりすぎてしまう。場の空気感を読むことも苦手なので、学校でも塾でも目立つ人に隠れて静かに目立たないように振る舞うのが通常モードとなっていた。

そして、付いたあだ名は『不思議ちゃん』。バイトを始めてもコピー機はすぐ壊すし、お茶を運んでる途中につまずいて偉い人にぶっ掛けるし、スプリンクラーで水撒きをしたらなぜか全身水浸し。そんな感じだから最短1日〜最長2カ月ですぐにクビになる。誰もが当たり前のようにできる簡単なことができず、生きづらい毎日だった

「ナイル川沿いのパリ」と呼ばれるカイロの名所「タハリール広場」。写真提供/歩りえこ

短期間の付き合いが心地よかった

そんな発達障害であることを認識し、病院でも診断された私がたった一人で世界一周するなんて本当に大丈夫なのか? 最初は不安でいっぱいだった。

異国では誰もが初対面だ。日本では上手くいかなかった対人コミュニケーションだが、海外では違う。旅の道中は誰もが短期間の付き合いでOKだ。スナフキンのように自由気ままに放浪し、明日は今日とまた違う土地に移動できる気楽さが何より心地よく、息苦しかった日本での生活から解放されて伸び伸びと過ごすことができた。

そう、世界は広い。色んな人がいて当たり前だし、誰も自分を変な子だな……と思ってヒソヒソ話したりしない。そんな解放的な旅の道中で、私は横断歩道がなかなか渡れないという壁にぶち当たった

発達障害の一つであるADHDには注意欠如という特性があり、複雑な動きを見せる物が周りに蠢いているとどう動けばいいのか分からずにパニックになってしまう。

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エジプトに入国し、最大の都市であるカイロに到着すると驚いたことに、基本的に大きな交差点でも信号がなかった。たまに信号がある場所もあったが、誰一人信号を守らないので道路はすっちゃかめっちゃかだ。

どの車も人が歩行しているところに爆速で突っ込んでくる。え? こんな危険な道路、どうやって渡るの? 渡り出したら1秒であの世行きな予感……巨大な交差点を呆然と眺めながら待つこと10分。爆速する車の合間をスイスイ縫うようにしてエジプト人たちが横断していく。

カイロで横断歩道を渡ろうとしているところ。この状態で毎回10分ほど渡れるチャンスを伺う。写真提供/歩りえこ

しかも、エジプト人は太っている人が多く、100kgはありそうな巨漢ばかりだ。私は彼らの体重の半分くらいだからもっと身軽に動けるはずだ。よし、勇気を出して渡ろう!

私は大縄跳びに入るような感覚でタイミングを見計らいながら、えいっ!と道路に飛び出したが、あちこちから爆走してくる車に頭がパニック状態

すると……何者かが私の手を引っ張ってスイスイと横断させてくれた。

カイロのバスターミナルは混沌としている。行き先などが複雑なので列車移動の方がおすすめ。写真提供/歩りえこ

助けてくれたのはありがたいが…

『危なかったね。カイロの交差点は慣れない旅行者には危険だ。目的地までついていってあげるよ。でないと君はすぐ死ぬ』

アブドラ(仮名)という20代後半くらいのエジプト人青年はそう言うと、また手を引っ張りながら爆走してくる車をひょいひょいと避けて歩いていく。

『横断歩道は全部助けてあげる代わりに、僕の店に寄って行ってくれないか?エジプト土産をプレゼントしたいんだ』

カイロの「ハン・ハリーリ」は、アラビアンナイトの世界にタイムスリップしたような雰囲気を味わえるバザールだ。人の波を掻き分けてアブドラについていくと、夢のように色とりどりの鮮やかな土産物に目が釘付けになった。

カイロのハン・ハリーリバザールには色鮮やかな土産物、香水瓶、アクセサリーや布などが売られている。相場を調べておき、ぼったくられないことが大事。写真提供/歩りえこ

『僕の店はここだよ。君にあげたい物があるからちょっと待ってて』アブドラはこじんまりとした店の奥から葉っぱのようなモノを持ってきた。『本に挟んで使って』よく見ると……いや、よく見なくてもそれは紛れもなく、単なる木の葉っぱだった。

エジプト土産は何か買うよね? 一つでいいから僕の店で買っていってくれないか?』確かにどうせ買うなら親切にしてくれた彼の店で買いたい。店を見渡すと、ダラブッカというエジプトの太鼓が目に留まった。

「うわー。本物だ! これがいい!幾らですか?」『すごく良い物見つけたね。5000エジプトポンドだよ』……さっき両替したばかりで、イマイチ幾らなのかよく分からない。

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当時はネットカフェに行かないとネットもなかなかできない時代だったので、最新のレートが幾らなのかもよく分からなかった。ガイドブックで、大体のレートを確認してみると、約3万5千円だった。

この楽器の相場価格もわからないうえに、数字がイマイチイメージしづらい私には高いのか安いのかよく分からないが、今日泊まる宿は一泊200円だ。そう考えると……たっか!

エジプト国有鉄道「ENR」。カイロから観光地アスワンまで約850kmの移動費用は約1400円だった。写真提供/歩りえこ

ディスカウントをお願いしてみると…

「ディスカウント?」『う〜ん、本当はまけられないけど君だけに特別価格だ。2500でどう?』いきなり半額になったな……それでも昼間たらふく食べたエジプトの国民食コシャリは30円ほどだ。やっぱり高い。

エジプトの国民食コシャリは安い店だと30円ほどで満腹に。炭水化物だらけで食べすぎると太るので気を付けよう。写真提供/歩りえこ

「ごめんね、そんなにお金ないから」と、立ち去ろうとすると……アブドラは慌てて手を掴んで言った。『わかった! じゃあ1500でどう?』どんどん下がるな……計算してみると1万円ちょい。

「ごめん、やっぱり無理」再び立ち去ろうとするとアブドラはまた手を掴んだ。『わかった!1000!これが最終価格だよ、こんな音のいい一級品なかなかこの価格では買えないよ』

確かに叩いてみると音はいいし、しっかりとした太鼓だ。日本で買うと確かに3万円以上しそう。計算すると約7000円。高いけど、立派な太鼓だからこの価格で妥当なのかしら……。ネットが使える環境なら相場価格が調べられるが、ネット環境がないのは痛い。

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もう一回立ち去るとまた価格が落ちるのかな? 試しに「やっぱりまだ高すぎる」
と言って立ち去ろうとすると、アブドラはまるでコントのように『ちょっと待った!』を繰り返して引き留める。

最終的には、5000が500(約3500円)と10分の1価格にまで爆下がりした。そう、後でわかったことだが、エジプトのバザールは完全に言い値価格で相場など存在しない。

エジプト民族舞踊であるスーフィーダンスは必見。ハンハリーリバザールにある会場で200円ほどのチケットを買えば見ることができる。写真提供/歩りえこ

巨大な交差点でまた何者かが誘導を

私は苦手な数字を脳内でぐしゃぐしゃにしながら、この1時間で大幅にディスカウントした達成感でいっぱいだった。アブドラにお礼を言って購入した太鼓を持って宿に帰ろうとすると、また巨大な交差点にぶち当たった

昼間と違って夜はますます爆走してくる車が見えづらく、5分経っても10分経っても交差点を渡ることができないまま立ち往生してしまった。するとサッと背後から何者かが手を掴んでスイスイ誘導していく

暗くてすぐ気付かなかったが、紛れもなくアブドラだった。『やっぱり君は危なっかしいね、もう大丈夫。重いから太鼓は持ってあげるよ』巨大な交差点を半分くらい渡り切ったところで、アブドラは突然手をパッと離すと猛ダッシュで走っていった

交差点のど真ん中にポツンと取り残された私に車が容赦なく向かってくる。『死にたくない!』とにかく全速力で走り抜けて何とか無事渡り切ることができた。

た、太鼓〜! 彼も太鼓も暗闇に消えてしまい、もう姿はどこにも見当たらなかった。1時間も粘りに粘って10分の1まで値下げしたのに……。あの時間と労力は何だったの?

私が欲しかったエジプシャンダラブッカ。日本でいう和太鼓のような伝統楽器だ。写真提供/歩りえこ

翌日、アブドラの店を訪ねると、私が購入したはずの太鼓が再び売られていた。アブドラは外に出てくると顔色ひとつ変えずにこう言った。『君だけに特別に安くするよ!』え、またあのディスカウントコントを繰り返すの? その後、結局何を言っても太鼓は戻らなかった。

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ブラを捨て旅に出よう 貧乏乙女の“世界一周”旅行記

費用はたったの150万円という、想像を絶する貧乏旅をしながら、2年間をかけてほぼ世界一周、5大陸90カ国を巡った著者。そのなかから特に思い出深い21カ国を振り返り、襲われたり、盗まれたり、ストーカーをされたり……危険だらけの旅のなかで出会った人情と笑いとロマンスのエピソードを収録。(講談社文庫)

Huluオリジナルドラマ『ブラを捨て旅に出よう〜水原希子の世界一周ひとり旅〜』

©︎Hulu Japan

人生に迷いを感じた水原希子が、突如、世界一周旅行を宣言。原案の実話エピソードをベースとしたストーリー展開を予定しているものの、現地へ赴けばハプニングだらけの珍道中(!?)という半分ドキュメンタリーのオリジナルドラマ。[全6話]

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AUTHOR

  • 歩 りえこ

    旅作家・女優

    歩 りえこ

    1981年9月22日生まれ。東京都出身。これまで一人旅した国は南極を除く、五大陸世界94ヵ国。豊富な旅の経験から、旅作家として、固定概念を捨ててもっと自由に生きよう!をテーマに何かをしたいけどなかなか一歩を踏み出せない人への「講演会」を主にメディアやイベントに出演。旅行記『ブラを捨て旅に出よう 貧乏乙女の世界一周旅行記』(講談社文庫)はベストセラーに。また、世界の笑顔を撮り集めた「笑顔の写真展」や、子供向けに自ら収集した民族服や楽器を体験できる「ワークションショップ」を全国で展開中。現在は2児を持つシングルマザーで、ママモデル・親子モデル・女優として活躍の幅を広げている。

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