小学生“あるある”が違法行為に?!新学期に子どもと読みたい『それ犯罪かもしれない図鑑』【THE TIME,】
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主なヤフコメは?
- 法律を通じて子どもに善悪を教えることは重要だが、モラルや思いやりを育む教育が先行すべきだと考えています
- 法律を知ることは子どもにとって犯罪の抑止力となり、学校で教えるべきだという意見もあります
関連ワードは?
- 法律
- 教育
- モラル
コメント382件
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昔はおおらかな時代だったのかもしれませんが、それでも近所の頑固なおじいさんが注意したり、周りの大人が社会でやっていくためのマナーやエチケットを教えてくれて育ってきたような気がします。 今じゃ無関心もあるけれど、声をかけるだけで不審者として通報されるまでになったので隔世の感があります。なのでこういう取り組みも必要なことなのでしょうね。
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法律や金融など社会にとって基盤になることがこれまであまり教育現場で扱われてきませんでした。自然科学と違って社会科学特に実用的功利的な事柄を子供に教えるのは教師にとって難しい作業です。ある意味人間臭い分野なので多くの大人にとっても理解し応用することが難しいのです。しかし、だからこそ幼少時から段階的にきちんと教育を受けることが大切で、社会の構造を理解し、人間同士の利害関係や心理的な葛藤などに直面した時に冷静な省察を経て判断し、行動できるようになり、社会を構成する一員としてより良い社会の形成に貢献できる人に育っていくと思います。つまり、個人の幸福や利益を追求することは当然の権利として積極的な行使に努めつつ、公益的、利他的な視点を常に忘れないことができるようになります。そのために、まずは教師の研修が不可欠ですが。
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子どもは狭い社会で生きているので、周りがそれを良しとする文化であれば個人の善悪判断以前に簡単に罪を犯してしまう可能性がある いじめや器物損壊などはたいした理由もなく「みんなやってる」から発生することも多い そのときに法律という明確なものを知っておくのは確かな抑止になる 文科省のページに「いじめ」に適応される可能性のある法律をまとめた項があるが、そういうものは学校で教えてもいいと思う
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例えば歩行者の多くは「青点滅で入るのは赤になるまでに渡り切ればセーフ」と思っているが、青点滅で入った時点で道交法違反です。 歩行者は急に止まれるので、自動車の黄信号のように「急ブレーキになる場合は進んで良い」のような条件はありません。 こういった形で「それ実は違法だぜ?」と教えるのは大事かと思います。
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これを元にして、いじめを行っている輩を少年院送りにすればいいのではないかと改めて感じる。 一部ではその行為が含まれているが、いじめそのものにも触れられているのだろうか。複数の犯罪行為が含まれていることを考えると、そのままで済ませる様子には許されないと改めて感じる。そう考えると、警察の介入を増やしてもいいのではないか。 こうした犯罪行為を見て見ぬする教師などの大人たちには、どのような罪が問われるのだろうか。ここまで犯罪行為が野放しにされる状況は、法律で縛られている大人よりも無法地帯であると改めて思う。
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たまにこの手のことを自分がガキだった昭和の頃に当てはめて考える時があるのだが、そのたびにアレって今じゃ犯罪として成立するよなと思わされるのが常だった。同時に今の学校ではどうしているのかということも気になっていた。多分、昭和と比べたらだいぶ仕切りができているのだろうが、どこか子供のやることだからと野放しにしている部分もあるのではないか?子供が日常でこれはリーガル or イリーガルを自分の頭で考えるための材料を提供するのはとても有益と思う。早く学校教育に取り入れるべきかと。
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こういう本は意外と今の時代に合っていると思う。昔は周りの大人がその場で叱って教えていたことも、今はそれが難しい場面が増えたわけで。だからこそ「ダメだからダメ」ではなく、なぜいけないのかを法律という形で示せるのは大きいと思う。これ、結局子どもを怖がらせるためではなく、軽いノリで人を傷つけてはいけない線引きを学ぶ本なんだと思いますね。
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私は昔の子供の遊びが良い影響を身につけてくれたと思っています。子供同士のかくれんぼや鬼ごっこ等の遊びの中で起きたトラブルは子供達の中で解決しなければなりませんでした。もちろん審判員などいないのでその時はお互いの信頼関係やその子の正直さとかが基準になります。 また時には理不尽な事も、後々の事を考えて受け入れられなければならない事も有りますが、それが大人になるための知恵になりました。人間関係を学び、それに依るストレスにも強く成長と思います。
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かなり昔は、子供は地域で育てる雰囲気があった。悪さをすると地域の大人たちが注意する。また、それとなく危険が無いか見守っていた。 かなり以前、銀座を歩いていて3~4歳?の子供が路上で座って泣いていた。付近に親らしき人はいない。近くに行って話を聞こうと思ったら陰から母親が出てきて注意された。あっけにとられたことを思い出した。 食堂内(座敷)で子供が走り回っていても親は注意しない。店員も注意しない。 最近、地域の通学路の見守り(交通安全週間の当番制)で立ったが、小学生に”おはよう”と言ってもほとんど無視された。以前の小学校のスローガンは”挨拶”だったが、時代は変わった。 ただ、ゴルフの打ちっ放し練習場でプロを目指している?小学生からは挨拶される。知らない子だが、環境だろうか。
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これはいいですね。8歳5歳2歳の子がいますが、まだ2年生には早いと思うので四年生くらいになったら読ませたいですね。ていうか自分の勉強のためにも読んでみたいですし、自分で読んで教えてあげたらいいのかな。 こういう本が自分が子供の頃にあったらあんなことやこんなことで叱られることもなかったのかなーなんてちょっと思いますね。
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