(学校をひらく)野口晃菜さん:1 「ふつう」「特別」分けない教室へ

 ■ちがい可視化、多様性の時代 一般社団法人UNIVA理事・野口晃菜さん

 朝日新聞の年初からの連載「『共生』を考える」は、「共生」を掲げた朝日新聞のイベントに対する、小説家の市川沙央さんの「障害に関するテーマがなく、障害のある人の登壇もない」との批判を機に始まったとのことです。確かに、「共生」「誰一人取り残さない」などと掲げながら、実際に多様な人を想定しきれていないことは、多くの場で見られます。

 私は、学校現場と共にインクルーシブ教育の実践を試みつつ、様々なマイノリティー当事者やその家族と対話を重ねました。そこでよく言われることは「その『多様性』の中に、私は含まれていますか?」「うちの子は含まれていますか?」。

 さらに、企業の管理職と話すと、「障害のある人や外国にルーツのある人など様々な背景の人と共に働くためにどうしたら良いのか」とよく質問をされます。

 なぜ、私たちは限定的な「多様性」しか想定できないのか。それは、幼いころから私たちが出会ってきた人たちがあまりにも限定的であり、私たちの日常が、「マジョリティー」を中心としたつくりになっているからではないでしょうか。

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 現在、一つの教室には、障害のある子ども、日本語以外の言語が第一言語の子ども、特定分野に特異な才能のある子ども、経済的に困窮している家庭の子ども、不登校状態にある子どもなど、多様な子どもがいます。

 以前からこのような多様な子どもがいたにもかかわらず、今、「多様性の時代」と言われる理由は、さまざまな「ちがい」が可視化されるようになり、さらには、その数が無視できないくらいの数になっているからではないでしょうか。

 これまでは、いわゆる「ふつう」の学校教育のシステム(例えば一日5―6時間授業、一授業あたり45分~50分など)に適応してきた人の方が圧倒的に多数派で、「ふつうの教室」で学ぶことが困難とされてきた子どもは「特別なケアの対象」として別の場を用意する形で「対応」してきました。特別支援学級や特別支援学校、教育支援センターなどです。

 そんな中、子どもの数は年々減少し続けているにもかかわらず、特別支援学級や特別支援学校に在籍する子どもの数は年々増加しています。

 さらに、不登校状態にある子どもは35万人超。日本語が第一言語でない子どもなども含めると、「特別なケアが必要」とされてきた子どもはかなりの数になります。

 このように多様な子どもの実態が明らかになればなるほど、「特別なケア」が必要な対象者かどうか、の線引きは難しくなります。例えば不登校の定義は年間30日以上欠席者ですが、30日には満たないがよく休んでいたり、特別室登校していたりする子どももいます。

 「ふつうの教室」に適応することが難しい子どもに別の場を用意してきた結果、「共生」する術を学ぶ機会が失われてきたのではないでしょうか。その結果、「共生」と言いつつ、限定的な多様性しか想定できない、多様な人と働く具体的な術を知らない、といったことが起きているのではないでしょうか。

 今こそ、子どもを「ふつう」「特別」と分ける教育システムから脱却し、「ふつうの教室」自体を多様性を前提にアップデートしていくべきだと思います。インクルーシブ教育は、「共生社会」のためには必須なのです。(2回連載します)

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 のぐち・あきな 米国での中高生時代にインクルーシブ教育に関心を持つ。博士(障害科学)。中教審部会委員、埼玉県戸田市インクルーシブ教育戦略官。共著に「差別のない社会をつくるインクルーシブ教育」など。

 ◆学校と社会をつなぐキーパーソンの寄稿「学校をひらく」は毎月第2、第3水曜に掲載します。朝日新聞社の教員向けサイト「先生コネクト」で、より詳しい記事を配信しています。会員登録してご覧いただけます。

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