尾道に生きる100頭の猫—人と猫の共生への第一歩—
広島・尾道は、瀬戸内海の穏やかな風を感じる自然豊かな町。坂道が多いことでも知られ、古い町並みやレトロな商店街などといったのどかな風景は、映画や小説の舞台になることも多い。
そんな町のあちこちで、のんびりとくつろぐ姿を見せるのが猫たちだ。港町として人や物が行き交い、食べ物に恵まれてきた尾道は、猫にとって暮らしやすい環境が整っていた。坂道や階段の多い地形は車による事故も少なく、いわば猫にとっての“楽園”。訪れる人々の心を和ませ、尾道はいつしか「猫のいる町」として親しまれるようになった。
千光寺を少し下ったところにある、東土堂ポケットパーク付近で出会った猫。地域ボランティアに見守られながら、ゆったりとした時間を過ごす。
まだ暑さが残る9月上旬。木陰と岩肌で涼をとっている猫も。
地域猫の爪とぎスポットになっているこちらの木。とぎやすい木肌で大人気なのだそう。
野良猫を地域猫として見守る取り組み
観光エリアでのびのびと育つ猫たちを見られる一方で、次第に頭数が増えていく様子に、地域住民の中には「このままではいけない」と課題を感じ始めた人もいたという。
「猫は1組のオスとメスがいれば、たった1年で数十匹に増えるほど非常に繁殖力が高く、地区ごとにとったアンケートでは野良猫による糞尿被害に悩まされる人が少なくなかったんです」と語るのは、尾道で野良猫の不妊去勢手術を行っているNPO法人「西日本アニマルアシスト」代表の箱﨑千鶴さんだ。
「尾道に暮らす人、訪れる人にとってよりよい町にするには、爆発的に増え続ける野良猫をこれ以上増やさないよう医療の面からサポートすることが、動物医療従事者の私たちにできることだと思っています。昨年から今年の頭にかけて尾道エリアにいる野良猫を約64頭、併設するストレイキャットクリニックで不妊去勢手術しました。
手術をしたらそれで終わりではなく、その後もその地に住む人がボランティアとして餌やトイレなどをできる限り管理し、見守ることも大切。町内会でも積極的に説明会を開いて、人にも猫にも優しい町にするにはどう行動するのがいいか、さまざまな課題の解決に向けて話し合っている最中です」
お話をお伺いしたのは、尾道・因島にある「西日本アニマルアシスト」の箱﨑千鶴さん。抱っこしているのは、黒猫の「ヤマト」。
尾道の人は気配り上手。居心地のよい距離感の方が多い
地域猫が多く暮らす坂道エリア(通称:山手エリア)には、古い住居を生かして新たに商売をする人も多い。その中の一人が「HIBI COFFEE」の神尾江美さんだ。
「元々地元は静岡県なのですが、前職で転勤になったのがきっかけで、尾道に移住しました。私自身は保護猫を4匹、自宅で家猫として飼っているのですが、尾道に惹かれたのは猫が理由というより、この町の住民性。港町で昔から小さな商店を自分たちで手がけている家が多く、ほどほどに働いて自分たちの生活をきちんと大切にする。そんな働き方をしている人が多いと肌で感じます」
実際、尾道に来ると分かるが、週3日、4日間のみ営業というお店が多く、すべてのお店が開店しているという状況はまれだ。
「せかせかしすぎない町の雰囲気が自分に合い、今ではこの地に永住を決めました。尾道の人はお祭り好きで、楽しいことが大好き。困っていたらさりげなく気遣ってくれるし、人を尊重しながら適度な距離感で接してくれる人が多い印象です。猫に対しても同じような姿勢で、近所の方と『しばらく見かけなかったあの猫、元気にしていたよ』と安否を互いに話すなど、それぞれが見守っているような感じです」
人気の「文子さんクッキー」は、愛猫がモチーフ。鼻ぺちゃ顔がなんともかわいい。
「HIBI COFFEE」神尾さんの“知り合い猫”が多くいる、近所の寺の庭を歩く茶トラ猫。
猫の幸せをめぐる価値観の変化
昭和20年代から商店街として発展し、今もノスタルジックな雰囲気を醸す尾道本通り商店街。その一角にあるのが、保護猫活動を20年以上行っている高橋弘美さんと向井純子さんが立ち上げたNPO法人「ペットマナーおのみち」だ。
「ペットマナーおのみち」は保護猫の譲渡会のほかにTNRM活動(捕獲→不妊去勢手術→もとの場所にもどす→見守り・お世話する)や、動物愛護や動物福祉の観点で啓発活動を行なっている団体だ。その中でも高橋さんが活動を続けてきて特にうれしかったというのが「猫は大嫌いだけど、あいつらにも命があるから」とかけられた言葉だったという。
「猫を好まない方も多く暮らしていますし、そもそも『猫は外で飼うもの』『自由に外に出さないとかわいそう』という価値観が、根強く残っています。しかし一般的に、外の世界はあまりにも過酷で、野良猫は成猫になる前に命を落とすケースも多いです。
私たちは一頭でも多く『家猫』として安心して過ごせるよう、保護猫譲渡会を開いて里親探しを行なっています。また、保護猫について多くの方に理解してもらえるよう、獣医師に健康相談ができるようなイベントや、猫や犬の飼い主さんが楽しめるマルシェの開催、海岸通りの犬猫のうんちやゴミの清掃活動、オリジナルグッズの販売など、さまざまな活動に力を入れています。
ゆくゆくはすべての保護猫たちに里親が見つかり、猫が幸せに過ごせることが私たちの願い。もっとも大切なことはこれらの活動を継続していくことだと考えています」
住民の高齢化による多頭飼育崩壊など、さまざまな理由で保護している猫たち。元気な子猫もいれば、施設の別室には病気や怪我で治療が必要な猫もいる。
イベントなどで販売しているオリジナルグッズ。写真はスタッフが描き下ろしたイラストをプリントしたTシャツ。収益は猫の手術費や医療費、食費に充てられる。
これからは「猫のいる町」から「猫と生きる町」へ
2025年、広島県における「地域猫活動に係る不妊去勢手術実施制度」は開始して数ヶ月で上限の600頭に達した。尾道市は不妊去勢手術費の補助金としてふるさと納税を新たに設け、さらに2025年夏からは野良猫手術補助金の受け付けもスタートした。
「これからは、『猫のいる町』ではなく、『猫と生きる町』として、人と猫が共生できる未来を模索していきたい」と語るのは、冒頭で話を伺った「西日本アニマルアシスト」代表の箱﨑さん。制度の拡充をきっかけに、尾道のこれからに期待が集まる。
photo:Natsuki Hamamura(LOVABLE) edit&text:Miho Sato
Produced by MCS(Magazine House Creative Studio)



コメント