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不死身の少年と殺意を引き寄せる少女
水戸 理玖哉
不死身の少年。
探偵事務所兼研究所の山川 名津陽の助手ということになっている。
実際は居場所を提供してもらい、その代わりに千咲都を守るという約束を名津陽としている。
痛覚はないが気持ち悪いという感覚が残る。
自ら刺さりに行くので服がなくていつも困っている。
山川 千咲都
幼い頃誘拐され殺意を寄せ集めてしまう体質となった。
現在は記憶喪失になり殺意を寄せ付ける事も不死身に関する事も全て忘れてしまった。
それ以外は料理が好きな至って普通の女の子。
清谷 美紅
千咲都の友人。先端恐怖症。
あらゆる事情を知っている為理玖哉に対してあたりが強い。
過去に理玖哉と千咲都に間接的に助けられており、恩返しの為協力していた。
名津陽に面倒事(染谷)を押し付けられ何故か染谷のお世話係になっていることが解せない。
品須川 染谷
理玖哉の従兄弟。少し過激なナルシスト気質。
実際血が繋がっているかもよくわからない顔が同じ兄弟姉妹が何人もおり、幼い頃は弄っていない顔を自慢に思っていたが、名津陽の言葉により同じ顔や品須川家について嫌悪するようになった。
天ヶ瀬 冬香
ぱっつん頭にくまの髪飾りをつけた元気な問題児。
暴力沙汰が多いらしいが、そこには必ず理由がある。
秋良に関することになると過激になる。
天ヶ瀬 秋良
ぱっつんにメガネの優等生。
重度のシスコン。問題行動を起こす冬香に頭を悩ませている。
実は目が良すぎるが故のメガネ。
天ヶ瀬 春音
ぱっつん頭の会長。
目が見えないがとても頭がよく嗅覚や聴力を使って普通に過ごすことができる。
中学の時の同級生の大神 錦に思いを馳せているが、彼が亡くなっているという話を知らないでいる。
月東 月夜
染谷と同じ顔を持つ金髪の副会長。
過去に火傷を負い、いつも顔と指以外の全身を黒い服で覆っている。
理玖哉の不死身の事を知っていたりと謎が多い。
春音に嫌われるよう努力しているが行動が斜め上すぎて周りから怪しまれている。
大神 錦
天ヶ瀬きょうだいと仲が良かった春音の同級生。
親友の田原によると火事で亡くなっている。
※この物語はフィクションであり、実在の人物及び団体とは一切関係ありません。
外は雨。鍵の空いた玄関、掃除のされた綺麗な廊下。
シンと静まり返ったその家に少年がただ一人、玄関入ってすぐ1つ目の部屋のドアの前に立っていた。
彼の胸の心臓あたりに刺さっているモノを抜かず触ることもなく、
ただただ呆然としながら立っていた。
少年はただ一人、その部屋のドアの前で立っていた。
「なんで」
小学生くらいの少年。
毎日公園で笑って元気に駆け回っていそうなその姿、その表情に笑顔はない。
「そうだ、これは夢だ」
そう思うようにしても、何故だかわかってしまう。これが現実だと。
「僕だけ?」
周りを見渡しても息をしているのはただ一人、少年だけだった。
刺さるモノから違和感があっても痛みはない。
ただ1人、少年は立っていた。
息を吸う頻度が上がる。
「どうして」
心臓を 貫かれているというのに。
「なんで僕だけ生きてるの?」
赤い雫が落ちる音だけで、その問いに誰も答えるはずがなかった。
♢♢♢
『山川』
そう書いてある表札の前に、一人。
短く切った茶髪と茶色の瞳。
中高校生くらいの少年が立っていた。
少年はその家の2階の部屋をみて呟いた。
「今度は失敗しないようにしないと」
心臓のあたりをぎゅっと掴みながら深い深い深呼吸をしてインターホンを押そうとしたが、その少年はそれを止めた。
「どけy、オレhあiつw殺すnだあいtをこr」
訳のわからない言葉を発する男が近づいて来る。
ヒゲは伸ばしっぱなしで少し小汚く、灰色のスウェットを着て右手には包丁を持っていた。
よくよく耳を澄まして聞いてみると、
『どけよ、オレはあいつを殺すんだ』
そう言っている。
「今日は多いな」
包丁を持っている人間が目の前にいるというのにその少年は作り笑顔なのか、それが通常なのか笑ってさえいる。
「あんたの憎んでる相手はここにはいないよ」
男は虚ろな目で、少年に近づいてくる。
「dおkえ」
その男は「どけ」と言った。
だが少年は動かない。
「もう、目先の事しか考えれないんだな」
青年は躊躇なくその男の包丁を持った手首をギリキリと掴んだ。
「いtあi」
『いたい』
少年は首を傾げて男を抑える。
「痛い?ごめん手加減できないんだ」
「itあiyめrお」
『痛い、やめろ』
「オレ、痛いとかわかんないから」
一気にその男を押し倒し、動けないようにして言った。
その際刃物が当たって、幾つかの切り傷ができた。
だが少年は一切気にしていない。
「あんたが憎んでるやつはここにはいないよ。それに刺しても何もいい事なんてない」
「iyあdあさsうkおrおす」
「やっぱり無理なのかなぁ」
しょうがない、とため息をついて掴んでいた両手を離した。
「オレのことなら、刺してもいいよ」
さあ、と少年が両腕をあげると。
ぶすりと、心臓を貫く音がした。
もうすぐ春休みが終わる。
のんびり過ごしていた日々からさよならしなくてはいけない。
「別に学校に行くのが苦ってわけじゃないんだけど」
黒髪に青いくるみボタンのような髪留めをつけた女の子。
山川《やまかわ》 千咲都《ちさと》は食器を拭きながらため息をつく。
「んーなんかモヤっとする、何か忘れてるような」
家のことはもうこれだけで春休み課題はすべて終わらせてあるはず。
「んー課題とかじゃなくて」
ピンポーン
インターホンが鳴り響く。
ピンポンピンポーン
焦っているのか何度も鳴っている。
兄の仕事先の人だろうか。
時々ドアを叩いてまで兄を呼ぶ人がいる。
ちなみに兄、山川 名津陽(なつひ)は部屋にこもったまま、一度も部屋からでてきていない。
今日、朝ごはんを食べてから一度も。
「出たほうがいいのかな…」
ちょうど拭いていた兄の趣味の幼児向け魔法少女アニメに出てくるクマのイラストが描かれたマグカップをそっと置いて、急いで玄関へと向かった。
ピンポンピンポーン
玄関の前まで来たのはいいが、誰なのかを確認するのを忘れてしまっていた。
戻って確認する暇を与えないとばかりに、インターホンの音は鳴り響き続ける。
微かに、少年が誰かを呼ぶ声も合わせて聞こえる。
「はいはーい!今でまーす!!」
ちらっと玄関の覗き穴からみえたのは、同い年くらいの男子だった。
あからさまに変な人ではなさそうだったので、ドアを開けたが
「名津陽さ、あ、やばい」
千咲都が呆然と立ち尽くす様子をみて、 玄関の前に立っていた人物が思わず声を漏らした。
その人物は誤魔化すように笑顔をつくって千咲都に話しかける。
「あの〜名津陽さんいますか?」
彼は、名津陽さん、つまり千咲都の兄を呼んで欲しいのだろう。
本当は名津陽が出てくると思ったのだろうが時すでに遅し。
「きゃあああああああああああああ!!!!」
いきなり叫んだ彼女が見てしまったもの。
「ああ、また警察行きか……」
上から茶髪、少し引きつった笑顔、そこまではいい。
問題はその下だった。
そう、彼は今心臓を貫くナイフでシャツが血だらけというとんでもない姿だった。
彼女はリビングに向かって走りだす。
千咲都は固定電話の下やら引き出しやらをガサガサと探って、完全にパニックを起こしていた。
「救急車救急車救急車救急車救急車救急車…」
「救急車」を呪文のように繰り返しつぶやく。
「千咲都、」
後ろから兄、名津陽の声が聞こえた。
「何!?お兄ちゃん、今忙し……」
少しイラつきながら千咲都は振り返り、兄の姿をみようとしてかたまった。
「千咲都、救急車呼んじゃダーメッ!!」
クマのヌイグルミだった。
兄の声がきこえると思ったら、先ほどもあったマグカップのイラストの魔法少女絶望ガールという物騒な昔のアニメにでてくるわけのわからないキャラクター、青いクマのヌイグルミだった。
ちなみに青いクマは友情をテーマとした2期の魔法少女のサポート役としてでてくるらしい。
1期はピンクのウサギで恋愛がテーマで、今やっている3期はイエローのキツネでテーマがお金。
ぶっちゃけどうでもいい話なのだが、千咲都は余計な知識で冷静さを取り戻そうとした。
「えっと」
「…はじめまして、水戸 理玖哉(みと りくや)です」
くま(山川 名津陽)は理玖哉のズボンの裾を掴んで言った。
「りっくんは僕の研究所兼探偵事務所の助手なんだ」
なんだろうその長い肩書きは。
♢♢♢
水戸 理玖哉と名乗った彼は血だらけのシャツから名津陽の服に着替えた。
だがその服にはクマのマークがさりげなくプリントしてあり、かなり着心地が悪そうだった。
「お兄ちゃん、なんで部屋から出てこないの?そのまま話す気?」
もう四月ですよ?と理玖哉が付け足す。
「だってそっちの部屋寒い」
クマのぬいぐるみから兄の声がする。
「分厚い長袖とかもうしまいたいんだけど」
「えー……ガガピッ!!」
いきなり嫌な機械音がして、クマのヌイグルミは静かになった。
そしてちょっとだけ間があった後、ガチャリと隣の部屋のドアが開いた。
「電池切れちゃった」
ドアの間から顔を覗かせたのは、目が隠れるくらい長い前髪でボサボサ頭の若い男性。
そう彼が、山川 名津陽(なつひ)本人だった。
「で、そこからは出ないつもりなのね」
布団をかぶったまま部屋からは出ようとしない名津陽。
少し開いているドアから生暖かい空気がでてきている。
「今ちょっと実験してるから外気を取り入れたくないんだ」
ただ単に部屋から出たくないんだろうな……。
「ところでりっくん」
あれほどふざけていたというのに、ふざけてるようにみえるのに一瞬で真面目な顔になり空気がピリッとする。
「ここに来るまで何回ぐらい刺された?隠しても無駄だよ」
「それを今……言うんですか?」
理玖哉は苦い顔をして
「千咲都もみちゃったわけだしさ、」
名津陽はいつの間にやらペンとメモを持っていた。
「…5回くらいです」
理玖哉は無意識に刺されたと思われる部位を触りながら、指を折って数えながら言った。
「かすり傷も含めたら10いってると思います」
「ふーん、わかった」
名津陽は手馴れた手つきでメモに書いていく。
理玖哉が指した部位の事まで事細やかに。
千咲都は混乱していた。
彼らは一体何を話しているのか。
刺された、というのは何の事なのか。
とても嫌な予感がしていた。
ざわざわと、頭のどこかで何かを拒否していた。
それでも聞かずにはいられなかった。
「ちょっと待って!どういう事?」
思わず強い口調で問いかける千咲都に、名津陽はこう答えた。
「りっくんは不死身なんだ」
「不死身?」
「そうそう、不死身」
どうもピンとこない。不死身なんているわけが無いのだから。
「さっき千咲都もみただろう?」
人は必ずいつかは息を引き取って 骨になる。
不死身なんてそんな現実離れした事、ありえない。
それでも彼女はみてしまったのだ。
水戸 理玖哉の心臓に刺さる ナイフ。
そこから流れ出る大量の血液。
「みた、けど」
わからない。
さっきのはただの手品だったかもしれない。
手品のナイフみたいに刺さってるふりで、 血糊をつけて本物そっくりに仕立て上げていただけかもしれないのに。
そんな簡単に『ああそうですか』なんて言えるわけが無い。
そもそもどうして兄がそんな事を知っているのか、関わっているのか、ありとあらゆる疑問がふつふつと頭の中に浮かんでくる。
「あ、そうだ忘れてた」
戸惑う千咲都をよそに、名津陽はまたとんでもない事を言いだした。
「りっくん、今日からウチに住む事になったから。探偵事務所兼研究所が放火に遭っちゃってさ、りっくん住むとこなくなっちゃったんだー」
千咲都はまず 兄が探偵事務所兼研究所に勤めている事が初耳。
そこが放火にあってしまった事も衝撃的で、もはや完全についていけない状態だった。
しばらくずっと黙っていた理玖哉がその様子をみて言った。
「……名津陽さんもしかしてまた言い忘れてたんですか?」
「うん、ごめん」
前にもそんな事があったのだろうか。
千咲都はお兄ちゃんはそこまで忘れっぽい性格だったっけ?と少し思ったりしたが、正直外での兄を知らないのでそこまで気にならなかった。
それよりも、理玖哉がここに住むなら部屋を空けないととか、今日の夕飯増やさないと、とかそういった事を考えていた。
「あと、りっくんは…」
名津陽がそう言いかけたのを理玖哉が遮る。
「そこからはオレが説明するんで、仕事、して下さい名津陽さん」
名津陽はしばらく理玖哉のことをじっとみて、
「ふーん、わかった。んじゃあとはよろしく、理玖哉くん」
部屋に引っ込んでいった。
「千咲都、さん」
「千咲都でいいよ?」
正直さん付けされるのはなんだか嫌だった。
兄は理玖哉のことをりっくんと呼んでいたが初対面なのにさすがに馴れ馴れしい感じがする。
なんと呼ぼうかなと少し考えたが、普通に理玖哉くんでいいかと頭の中でひっそりと決めていた。
「さっきの話の続きなんだけど…」
目を伏せ、とても言いづらそうに話す。
「オレは不死身、だけじゃないんだ」
ぽつりとつぶやいた。
「殺意の対象を自分に集めてしまうんだ」
殺意の対象が理玖哉くんに?
今理玖哉に言われたことを整理すると
「理玖哉くんは不死身で、そんでもって人の殺意を集めやすい…」
「そういうこと」
理玖哉は愛想笑いを浮かべる。
だから頻繁に刺されやすいのだと。
殺意を集めて刺されて、不死身だから刺されても平気。
そんなサンドバッグ状態でどうして平然としていられるのか。
千咲都は少し考えた。
何か、何かが引っかかる。
「できるだけ迷惑にならないようにするから。それでももし、千咲都に何かあれば、」
だがこの瞬間だけ、彼の表情は変わった。
「ちゃんとオレが千咲都を護るから」
彼女にとってどこかできいたことのある言葉だった。
彼にとってこの言葉は本心からでたものだった。
彼女は大切なことを忘れている。
彼は嘘をついている。
彼女を護る為に、あの約束の為に、自分の為に。
※この物語はフィクションであり、実在の人物及び団体とは一切関係ありません。
「オレが千咲都を護るから」
千咲都はいきなり初対面にそんなことを言われても、なんて返答すればいいのかわからなかった。
彼は言うことは言ったとでもいうかのように愛想笑いのまま、黙ったままだった。
「あ、そうだ。夕飯何がいい?」
無理矢理話をしようとしてみたものの不自然だなと思いつつ話を続けてみる。
「好きな食べ物とかある?」
「なんでも食べれるよ」
また、愛想笑いだ。
「なんでもは困るんだけど……」
理玖哉は少し考えてから、小さい声で言った。
「辛いもの」
「じゃあカレーライス!!」
少しだけ更に口角が上がったような気がした。
「カレーライスでいい?」
「うん」
(刺激の強いものは痛みに近い感覚があるからなんて、言っちゃいけないよな)
やっと普通の会話ができたような気がして安堵する千咲都をよそに、理玖哉は彼女から目をそらす。
彼は千咲都が思っているよりもずっと千咲都のことを知っている。
「オレも手伝うよ」
「ありがとう」
その事を伝えないのは千咲都が、ほとんど忘れてしまっているからだった。
♢♢♢
名津陽は自分の部屋に戻ったあと、ある人物とパソコンのテレビ電話で会話をしていた。
あまりにも向こうからの通知がしつこくて出たのだ。
「やぁ名津陽、久しぶり。あの子は元気にしているかい?」
赤い髪の少年が画面を介して元気に話しかけてくる。
「あの子って誰」
「あの子はあの子だよ、千咲都だよ」
「染谷の大好きな千咲都だよ」
染谷という少年にとっては大事なことなので2回言ったらしい。
「染谷、千咲都のこと写真でしかみたことないだろ」
「あるよ」
染谷の返答に少し驚く名津陽。
染谷と千咲都が会っていたなんて記憶に全くなかったからだ。
「何回か」
「そうだっけ」
「うん」
ただしどこで会ったか彼は一言も述べていない。
名津陽は追求しなかったが、彼のいうみたというのは夢の中でのことである。
「染谷がどれだけ千咲都を愛してるか知りたいかもしれないけれど」
「別にそんなどうでもいいこと知りたくもない」
名津陽の言葉を無視してにっこりと上機嫌な顔で染谷は話す。
「こっちの仕事がもうすぐ終わるんだ。だから、名津陽をころ……デリートして千咲都を自分の手で護るんだ」
物騒なセリフが彼の口からでたが、名津陽は椅子の背もたれの上に頭を預けてダラダラしている。
「ちゃんときいてるのか?名津陽」
「きいてない」
「」
名津陽のパソコンのイヤホンからキンと染谷の声が漏れでる。
イヤホンを耳から少し浮かせる。
「きゃんきゃんうるさいな。だっていつも同じこと言うじゃん」
染谷はコホンと咳払いをしてから、睨みながらこう言った。
「染谷は近々そっちに戻る!!そんでもって名津陽をデリートして、千咲都を「やだね」
遮るように名津陽が反論し、先ほどまで崩していた姿勢を正した。
「僕がいなくなったら千咲都が悲しむ」
「それは困る」
名津陽デリート案が一瞬で消失した。
「そうだ、それは困る。染谷は千咲都を泣かせたくはない。精神的にも守らないとな」
染谷は勝手に自分で言って勝手に実行しようとする。
誰かがストップをかけなければそのまま実行しようとする。
染谷自信と千咲都のためならなんでも。
強いから千咲都を守る為には丁度いい奴だけど、思考回路がなぁ……。
まだ悩んでいる染谷に名津陽はこう質問した。
「そんなに僕を殺したい?」
画面越しだというのに、冷たい空気が染谷のほうから流れ出てくるような気がした。
「千咲都をあんな体質にしたのは誰だ?」
名津陽は沈黙する。
「染谷は昔は名津陽のことを信用していた。でもそれは間違いだった」
「咲夜ねぇが死んだのも」
「死んでねぇよ…」
デスクトップから視界を外し、横目で名津陽は机の上にいつもある写真を見た。
赤いもので少し隠れているが、咲夜という少女が満面の笑みで写っている。
彼が問いかける。
彼女が生きていたとしても、今ここにいないのは、
「誰のせいだ?」
料理を作り始めて、些細な事かもしれないが気付いた事がある。
失礼かもしれないが、理玖哉は見た目に反して料理ができる。
あと手先が器用で、包丁は人並み以上に使える。
「はい、鍋の蓋コレだよね?」
「あ、ありがとう」
なんだろう、すっごいスムーズに事が進む。
今まで一緒に住んでいたみたい。
何考えてるの私、理玖哉くんは初対面……。
お兄ちゃんは理玖哉くんといつもどういうことを話してるのかな。
ああ、理玖哉くんはお兄ちゃんの助手をやってるんだっけ。
突然湧き上がってきた好奇心。
「ねぇ理玖哉くん」
「お兄ちゃんって何の仕事してるの?」
「名津陽さん?」
「うん、お兄ちゃんいつも何してるのかきいてもすぐ話逸らすから……ほら、理玖哉くんお兄ちゃんの助手やってるって言ってたでしょ?」
「助手……」
理玖哉は作業する手を止め、じっと千咲都のことをみた。
「ごめん、助手だけどそんないつも一緒に仕事してるわけじゃないから」
「そっか」
わからないのかぁと残念そうにする千咲都に理玖哉がきいた。
「名津陽さんの事心配?」
「うん」
山川兄妹の両親は千咲都が幼い頃から海外で働いていてなかなか会えず、兄と二人で暮らしているようなものだった。
「大丈夫だよ。危ない事は全部オレがやるから」
また愛想笑いだった。
「あ、危ない事って?」
嫌な予感がした。
ざわざわと、どこか身に覚えのあるようなやり取りのような気がして。
嫌だった。
「危ない事って何?」
理玖哉はその千咲都の問いに答えることなく、
「名津陽さんに言い忘れてた事があるからちょっと行ってくるね」
その場から離れていった。
♢♢♢
ああ、また逃げてしまった。
さっきまで、上手くやるんだって自分の中でずっと考えてたのに。
このままじゃ、また同じことの繰り返しだ。
「どうしたらいいんだ」
つい、口から出てしまった。
本当は名津陽さんに言うことなんてない。
あんなのただの言い訳で、逃げる為の口実。
廊下をうろうろしていたら洗濯機の上に置かれたビニール袋。
昼にこの家の前に着いて刺された時のTシャツが目にはいった。
「片付けないとな」
袋から真っ赤に染まったTシャツを取り出す。
そしてそれを理玖哉は指を噛んでぷくりと血が出た箇所からTシャツに着いた血を吸収しはじめた。
「いつやっても慣れないな」
痛みだけがないこの身体。
痛み以外は残るのだ。
刺される感覚。
異物を抜く感覚。
血が出る感覚。
血が戻る感覚。
千咲都に嘘をつく自分。
全てが
「気持ち悪い」
AM.5:10 山川家の前に理玖哉は立っていた。
「まだかな佐藤さん」
理玖哉が待っていたのは佐藤さんという警察の人。
理玖哉が毎日のように捕まえるため、他の人に怪しまれないよう基本佐藤さんにお願いしている。
待ち合わせは5時だったはず。
「やっぱり忙しいんだろうな」
でも来てもらわないと困る。
何しろ___
「理玖哉くんごめん!!」
「待たせたね」
「いや、忙しいのにすみません」
佐藤さんが理玖哉に青いボストンバックを差し出した。
「はい、これ制服一式とその他諸々全部入ってるから」
「その服はちょっとアレだから、普段着も入れといたよ」
理玖哉の今の服装は青のパーカーにジャージのズボン。
パーカーには魔法少女絶望ガールのマスコットキャラクターの青いくま。
ファスナーをしめると顔になる。
名津陽の服である。
「ありがとうございます、助かります。ただでさえ警察でお世話になってるのにこんな事まで」
かなり嬉しそうだった。
「いやいや、こちらこそお礼が言いたいよ。いつも犯人捕まえてくれてありがとう」
少し嬉しいものだが現実問題、殺意を持った人間が集まりすぎてこの地域の警察は悲鳴をあげながら任務を遂行している。
正直、警察全員が感謝をしているとは言えない。
それでもこうして佐藤さんが協力してくれるのは……またいずれ話そう。
「他に必要なものとかある?」
「服ですかね」
毎日刺されているようなものなので、服が大量に必要になる。
多少のことなら縫ったりしてなおしているが。
「まぁ必要だと思うけど。なんかさ、ほら服以外で」
「ないです」
理玖哉はきっぱりと言い切った。
「学校にも行かせてもらってるし、ここで 普通に暮らせるだけで充分です」
「そっか」
少し寂しそうな佐藤さんに満面の作り笑顔をみせる理玖哉。 明らかに理玖哉は壁をつくっていた。
「千咲都ちゃんの様子はどう?」
「いつも通り、というか前みたいに忘れてますね」
「今回も言ってないの?」
佐藤さんが横目で千咲都の部屋の窓をみる。 そして言葉を選ぶように、ゆっくりと話す。
「千咲都ちゃんが人に対する殺意を持った人間を集めてしまう事」
理玖哉は目をそらす。
「それと、理玖哉くんがずっと千咲都ちゃんの事を護ってきたことも」
彼は不死身の人生を知る、数少ない人間の内の一人だった。
♢♢♢
「なっちゃん、ねぇなっちゃん」
「オタクで」
「根暗で」
「女の子みたいな」
「なっ 「うるさいよ咲夜」
少しだけ腕から顔を出して、にまにまと笑っている声の主を確認する。
そしてゆっくりと起き上がった。
「何?」
夕暮れの教室。
まぶしい光が咲夜を照らす。
思わず目を細めた。
「へへ〜みてみてこれ!!」
「写真?」
茶髪の少女が笑顔で写っている。
「…咲夜、お前ナルシストだったのか?」
「違う!!!!よくみてよぉ!!」
そう言いながら指をさす。
「咲夜しかうつってないじゃんか」
「そういやお前の親戚に染谷ってナルシストっぽいやついたな」
黒髪の自分の顔を自慢していたやつ。
他の連中も怖すぎて正直あそこにはもう行きたくないと思ったし、身の危険も感じた。
「それはそうだけど私は違うもん!!そっちの遺伝子は受け継いでないはず!!」
「それより写真!半分、切れてるでしょう?」
「これはね、私の大切な人が」
赤く染まっていく記憶。
これが、彼の記憶。
ゆっくりと目を開けると彼女はいない。
「どこにいったんだよ……咲夜」
誰のものでもない彼の、大切な記憶。
♢♢♢
「お兄ちゃんおはよう」
「んーおはよ」
名津陽は朝が弱い。 それでも早めに起きるのは千咲都の作ったご飯が冷めないようにというちょっとした妹を思う気持ちからだった。
「理玖哉くんは…」
理玖哉には玄関から一番近い空き部屋を使って貰っている。
しかし彼が出てきたのは
「ガチャリ」
「あれ、おはよう」
危ない、鉢合わせするところだった。
「…おはよう…ってなんで玄関から?」
佐藤さんに会って話してたから
「荷物取りに行ってたんだ」
佐藤さんから
「制服とか」
「あ、そうか荷物…え、制服?」
「何の?」
また説明してなかったか。
「千咲都と同じ学校なんだよ」
「ああー忘れてたりっくんと千咲都は同い年だぞー」
「ええええそんな気はしてたけど……」
というか、朝知るとか遅すぎないか?
「そっかぁ」
ちなみにクラス違ったけど一年間同じ学校に通ってたんだけど。
「着替えてくる」
「あ、うん」
忘れてるから仕方がないよな。
そう、仕方がないんだ。
「オレの事だけ忘れてるなんて」
千咲都は一人、いつもの通学路を歩いていた。
桜が綺麗に咲いているが昨日からの出来事が大きすぎてあまり心が動かない。
「一緒に登校ってわけにはいかないのか」
理玖哉を誘ってみたものの巻き込んでしまうと危ないからと断られてしまった。
「一緒に住むんだから少しぐらいなんかこう」
「うーん」
「なんか、うまくいかないなぁ」
千咲都はぶつぶつと独り言を呟く。
一緒に住むんだから普通にコミュニケーションをとりたいのだが、どうも理玖哉に避けられているような気がしてしまう。
「難しいなぁ」
いろいろと考えていたら、いつのまにか学校に着いていた。
早めに来たつもりだったけど、クラス表の前には人だかりができていた。
「理玖哉くんはもう着いてるのかな」
そんなことを考えながら人が捌けてくるのを待っていると、 背後から千咲都を呼ぶ声がした。
「ちっさと〜!!!」
ふわふわの茶髪のショートヘアに垂れ目、背が高めの少女が背後からいきなり千咲都に抱きついてきた。
「美紅!!」
「クラス同じだよ、一組!ずっと一緒だね!!」
はたからみると美紅の背景は百合の花がブワッと広がっているようにみえる。
「そっかー」
反応が薄い千咲都は遠目でクラス表を眺めていた。
「教室、行かないの?」
「あ、うん、ちょっと」
「他に誰がいるかとかみておきたくて…」
「ああ、芽衣と茜音も同じクラスだよ」
千咲都の知りたい人間の名前がでてこない。
「あとはー」
それもそうだ、彼女は女の子にしか興味がないのだから。
「あのね美紅、女の子じゃないの」
「男?」
美紅が少し怪訝な顔をした。
「うん、水戸理玖哉って人知らない?」
千咲都が美紅に問いかける。
「水戸 理玖哉?」
「うん」
「えーどうだったかなー覚えてないや。男子の名前なんてみないし」
苦笑いで返す美紅。
「そっかー」
残念そうな顔をする千咲都に美紅は嫌そうな顔をしたが、ほんの一瞬のことで、千咲都はそれに気づかなかった。
そして美紅は思い出すように、声をあげる。
「ごめん、用事あるの忘れてた。ちょっと行ってくるね」
美紅は離れたところでスマートフォンを取り出し、チャットアプリを起動させた
「今どこ」
「今裏門から入ったところ」
「すぐいつものとこ来て」
「まだクラス表みてないんだけど」
「一組」
「残念な事に千咲都も私もあんたも一組よ」
今すぐ来い。
理由を話せ、水戸 理玖哉。
美紅は内心の怒りを抑えながら、いつもの場所へと向かった。
彼にといたださなければ、と。
この学校には千咲都達よりも朝早くから来ている生徒がいた。
「冬香!!!」
パッツンの前髪にメガネでいかにも優等生な感じがする男子生徒は 息を切らしながら、冬香という女子生徒を追いかけている。
「待て!!!」
「秋良〜廊下は走っちゃだめだよ〜」
冬香と呼ばれる女子生徒の前髪もまっすぐに切り揃えていた。
秋良という男子生徒よりも色素の薄い髪色で、
ロングヘアーに左右に魔法少女絶望ガールのくまのキャラクターのヘアゴム。
秋良という男子生徒とは正反対な、不真面目なイメージを漂わせていた。
…そして何故か会長候補 天ヶ瀬冬香 と、書かれたタスキをしている。
天ヶ瀬 冬香、それが彼女のフルネームなのだろう。
「いや、冬香が走るからだろ!!」
「私のはジャンプだよ〜」
二人ともあきらかに走っていた。
「というかスカート短い!!!」
「だって足長いんだもーん」
背が低いぶんスカートを短くしているのが本当のところである。
「だいたい高校生にもなってそんなヘアゴム」
「これは大切な人からもらったものだもん!!!」
冬香はむくれた。
「秋良、私のことばっかり注意するけど、もっと周りみたほうがいいよ?」
「まずお前からなんとかするべきだろ」
「学校一の問題児なんだから」
彼女は学校一の問題児だった。
と、言ってるうちに、また冬香は走りだした。
「あ、コラ!!!!」
「待て!!!」
冬香は走る、もとい、ジャンプしながらある場所に向かっていた。
「確かめないと」
赤いネクタイに赤いラインの入った下履き。
ちょうど3年の男子生徒とすれ違ったその時だった。
「ねぇ、」
冬香がその3年を呼び止める。
「屋上で何してたの?」
冬香の顔は先ほどまでの笑顔とは対照的だった。
「タバコ、今すぐやめたほうがいいよ」
3年の男子生徒がさっと顔色を変えたその時だった、
「冬香!!!」
「ぜぇ…やっと追いついた…」
息を整えてバッと顔を上げる。
「何してるんだ全く…ここは3年の廊下だし、今日は用なんてないだろ?」
3年の男子生徒はそそくさと教室へと入って行ってしまった。
「あーあ、秋良やっちゃったー」
「何が?」
「秋良のあんぽんたん」
「馬鹿に言われたくない。さすがにもうそろそろ大人しく教室に帰ってくれ」
冬香は軽やかに、まわり、秋良の顔を下から覗き込むようにみる。
「ねー秋良、頭良くなりすぎて危険人物にだけはならないでね?」
秋良の眉毛がピクリと動く。
「は?それはオレが馬鹿ということか?」
「馬鹿と危険人物だったら馬鹿のほうが平和的じゃん」
そして二人は全速力で走りはじめた。
「どういうこと?」
「ねぇ」
「だから名津陽さんが、また一緒に住もうって」
美紅は机を指でトントンと叩く。
理玖哉は破れたシャツから新しいシャツに着替えていた。
「ほら、事務所燃えちゃったし」
美紅が理玖哉の頬を指差した。
「ついてる」
とてもとても嫌そうに。
しばらくたって固まってカサブタになりかけた血を擦ると簡単にとれた。
「やましいことは無いのね?」
「あるわけ無いだろ」
「千咲都からしたらオレは初対面なんだから」
理玖哉の口調は冷めたものとなっていく。
理玖哉は制服のネクタイを締め、カーディガンを着た。
その時だった。
ダンッ
と、すごい物音を立てて、美紅は理玖哉を地面に平伏せさせた。
「どうして」
「どうしてそんな平気でいられるの」
彼女は彼の手を押さえつけ、片手に持っているカッターをカチカチと鳴らしながら刃先を彼に向けながら出した。
カチカチと。
金属とプラスチックの擦れる微妙な音をたてながら。
「千咲都はアンタのことはすぐに忘れる」
「忘れてる」
「なのになんで平気でいられるの?」
「千咲都のこと護る気あるの?」
理玖哉は美紅のどの言葉にも動じることなく、ただ真っ直ぐ美紅をみていた。
反応しない理玖哉になにを言っても無駄だとわかった美紅はカシャンと刃先をしまったカッターをポイっと落とし、ゆっくりと立ち上がった。
「どんなに脅しても意味無いものね」
そうだ。 大切なのは千咲都を護ること。 彼の事は嫌いだけれど、協力しあわなければならない。
「羨ましい」
「私が千咲都を護りたかった」
友達としてだけじゃなく、ずっと近くで。
「アンタは不死身って理由があるから千咲都を護ることができるなんて」
「ずるい」
さっきまで黙っていた理玖哉が立ち上がりながら言った。
「......しょうがないんじゃないの?」
理玖哉は自身の手の中にあるものを弄りながら、それを美紅にみせた。
「だって怖いんだろう?」
「しまって」
カチッ カチッカチッ っとカッターの音が教室に鳴り響く 。
「はやく」
理玖哉がカッターを自分の喉元に近づける
「他人が凶器持ってるのが怖いなんて」
「どうしようもできねえだろ」
「はやくしまって!!」
理玖哉はゆっくりとカッターの刃先をしまい、近くにあった机の上に置いた。
美紅は落ちついたものの、まだ震えが止まらないでいた。
「…用心の為でもこういうものは隠し持ち歩くな」
「今みたいに奪い取られてさらに刺されたりでもしたら、被害が増えるだけだ」
美紅は無言で俯く。
「他に用がないならもう教室に行くよ」
そう言って、黙ったままの美紅を置いて教室から出て行った。
理玖哉の足音が遠ざかっていくのをきいた美紅は独り言を言い始めた。
「忘れたとはいえ、もしかしたら千咲都はまだ水戸のこと」
そう言いかけて、飲み込む。
「やめ......はやく千咲都のとこに戻ろう......」
カッターの類をペンケースにしまい、美紅もまた静かに教室を出て行った。
千咲都は美紅と理玖哉が自分のことでもめているなんて露知らず、美紅を探すため校舎内をウロウロしていた。
「本当どこいったんだろう…」
「もう移動の放送かかってるのに」
スマホは基本、先生の前で出していると没収されるのであまり使わないようにしていた。
そのため、スマホは教室のカバンの奥底にしまってある。
「すぐ見つかると思ったのになぁ」
曲がり角に差し掛かろうとした時だった。
「あれ?」
「あっあのっ!!」
赤いネクタイ、3年生の女子生徒だった。
その女子生徒はふわっとした二つ結びに前髪はまっすぐ切り揃えられている。
この学校の生徒では珍しいことに学校指定の灰色のカーディガンに、長めのスカートの裾だった。
「ヤギ ミサトさんですか?」
知らない先輩に、知らない人の名前で呼び止められてしまった。
「ああもう、冬香のせいで時間くった」
秋良は冬香に対する不満をぶつぶつ言いながら階段を降りていく。
そして階段を降りて左手に向かうと、ちょうど生徒会室があり、その前には二人の生徒がいた。
「あーやっときた」
「おせーぞ秋良」
「また冬香ちゃんのこと追いかけてたの?」
書記の上岡大和(かみおか やまと)、会計の立花奈美(たちばな なみ)。
彼らは秋良と同じ2年で、秋良は庶務として一緒に生徒会活動をしていた。
「腕章教室に取りに行ってたら遅くなったんだよ」
「ふぅ〜ん」
「上岡くん、記録つけといてね。天ヶ瀬くんはまた冬香ちゃんを追いかけていたって」
「了解!!」
「なんでだよ!?」
立花 奈美が秋良のことを天ヶ瀬と言ったということは、 もう既に察しているかもしれないが天ヶ瀬 冬香と天ヶ瀬 秋良は双子である。
「ところで会長は?」
「ねえさ…会長は今日も休みだよ」
実は秋良と冬香には会長の姉がいる。 その会長の名前は天ヶ瀬 春音。
「…ぷっはははははっ!!また「ねえさん」っていいかけてんの」
「普通に会長、じゃなくてねえさんで良いのにまじでウケる」
「…学校では会長って呼んでって言われてるんだよ!!」
上岡はツボにはまると笑いが止まらない。
そのツボはどういうところではまるのかわからない。
冬に副会長が凍った道を歩いていたら滑ってしまったのをみて大爆笑していた、なんてこともあった。
ちなみに副会長は3年生で、彼の 先輩である。
「おーい!!可愛い後輩たち!!」
噂をすればその副会長である。
「待ったー?」
彼は月東 月夜(がっとう つきや)。
何故か自分の名字を嫌い、先生にまで下の名前、月夜で呼ばせている。
キンキラキンの金髪に後ろはワックスで固め、手には黒の穴あきグローブ。
どこからどう見ても校則違反で少なくとも生徒会の一員には見えない。
だが、成績は優秀で、下手したら会長よりも頭がいい。
先生たちには、せめて髪色を戻せと毎回言われているが、
黒髪は嫌い、の一点張り。
あまりに言うとレインボーや緑に染めてくるので諦めている、といったところだ。
ちなみに他の生徒からクレームが来た場合、
月東より良い成績が取れたらOKというおかしなルールがある。
が、彼を超えた生徒は残念ながらいなかった。
「みんな待たせたね☆」
月夜副会長フレミングの法則みたいな三本指を顔に近づけ、ウィンクと笑顔で言ったが、完全にすべっていた。
あとフレミングの法則は左手でやるものである。
「じゃあ行きましょうか」 誰も月夜副会長につっこもうとせずに体育館に向かおうとする。
「いやいやみんな待ってよ!!!」
「春ちゃんは!?」
「休みです」
春ちゃんというのは天ヶ瀬 春音、会長のことだ。月夜と春音は去年同じクラスで割と仲が良い。
それと冬香とも仲が良く、妹のように可愛がっている。
秋良は正直この人が苦手なのだが。
「うぇ?なんで!?だってオレ、さっき春ちゃんに会ったよ!?」
さっき喋ったしと慌てて言う。
「え、なに幻影!?幽霊!?」
「会長を勝手に殺さないで下さい!!」
「それよりもやばいんじゃね?」
一斉に3人が秋良をみた。
「ねえさんを探してくる!!」
全力ダッシュで探しに行こうとする秋良。
だがこのあと始業式の準備のためにいろいろしなくてはならない。
「立花ちゃん全力でアッキーを止めて!!」
言われなくても立花は走り出していた。
そして秋良の前に前に回り込み、ゴッと強そうな音がした。
なにが起きたのかは皆さんの想像にお任せしよう。
ともかく秋良はその場にとどまった。
「ぷっははははh」
のびてる秋良、そののびてる秋良をつつく立花、二人をみて大爆笑している上岡。
それぞれがみてない隙に月夜はスマホを取り出した。
「春音見つけた?」
「さっきみつけた」
「けど、やばい」
「頑張れ」
「月東( ^ω^ )」
「月東はやめてってば」
「しょうがないじゃんこっちはなんとかするからさ」
「とりあえず終わったら保健室行かせる」
「はいはい、大好きなお兄ちゃんに伝えておきますよ」
「秋良ー春ちゃんみつかったってさ」
「!?」
のびていた秋良が起き上がった。
「保健室にいるって」
「良かったな」
月夜はにっこり笑った。
「ヤギミサトさんですか?」
「え?あ、あの」
いきなり「ヤギ ミサトさんですか」なん
ていわれてもヤギ ミサトさんなんて知らないし、この先輩にも見覚えがない。どうしようかと困っていたら先輩が気づいたのか、いきなり頭を下げてきた。
「ごめんなさい!人違いでした!!」
品があるのにカーディガンのボタンを外してたり、髪ゴムの色が違っていたりとあわあわとしていてなんだか可愛らしい先輩だなと思ってしまった。
「そんな気にしてないので、頭…あげてください……」
「ごめんなさい。香りがとても似ていたので……足音も声も違うのに」
香りが似てる?どういうことなのだろうか。
臭うのか思わず自分の袖を嗅ぐ。
「あっ臭いとかそういうのじゃないです!こんなことを言うのは失礼かもしれませんが、似てるんです……」
先輩はぶんぶんと顔を振って頬を赤らめた。
「私の尊敬している人に」
千咲都と先輩が話している間、ちょうど千咲都側の奥の曲がり角から彼女は様子を伺っていた。
「どうしよう。出会っちゃいけない人みつけちゃったよ」
2年1組 山川 千咲都
スマホの隠し撮りと見比べながら半眼で気がつかれないように見つめる。
「しかも春ねぇいるとか最悪だよ」
天ヶ瀬冬香は頭を抱えた。
そう、千咲都と話している3年の先輩は彼女の姉である。
なんとかチャットで月夜に助けを求めていたが、返事がいい加減すぎて話にならなかった。
「何話してるんだろう……話の内容によるけど」
はたからみれば先輩と後輩の世間話。
でもそれを止めさせたい理由が彼女にはあった。
「乱入する?いやでも、私が接触してバレたら」
あの子があぶない 静かに深呼吸をして、コツンと頭を壁につけ、考える。
「先輩、どうしたらいいと思う?」
なんとかして引き離さないと。
でないと
どちらも不幸になる。
♢♢♢
「あーもうっすれ違いになっちゃった!!」
教室に戻ったら千咲都はいなくて、自分を探しに行ったとクラスの子にきいた。
メールは送ったが、おそらく教室のカバンにしまったままなので意味がない。
「真面目だもんなぁ」
美紅のなかで千咲都は一番信頼出来る親友。
千咲都が殺意を引き寄せてしまう体質だと知ったときは信じられなかった。
ただでさえ他人がもつ刃物が怖いのに、千咲都に近づくのが怖くなってしまい、一時期出来るだけ離れようとしたこともあった。
それでも今、寧ろ千咲都を護りたいと思えるのは、とある事件で千咲都が助けてくれたことがあったからだった。
でもそれは千咲都からしたらとても間接的で、しかも忘れているであろう事。
だとしてもやはり千咲都には感謝しきれないし、これからも一緒にいたいと思える友人だった。
「…早く見つけないと。学校だからって安全ってわけじゃないし」
外は殺意を持つ人間がどこから来るのかもわからない。
それに比べて学校はそんなにいないだろうし、何よりこんな人がいる目立つ場所で刃物をもって殴りかかってくる事はないだろうとふんでいた。
でもそれでも例外はあり得るかもしれない。
ふと、脳内であるイメージが浮かんだ。
女の人が笑いながら、泣きながら、包丁を持って自身の首に突きつけているイメージ。
その包丁の先は血は出ていないものの、首の皮に少し食い込んでいる。
「違う」
美紅は首を振った。
「あの人はこんなところにはいない」
「大丈夫」
大丈夫、と言い聞かせながらそのイメージをかき消したが、苦手な刃物を想像してしまったからか少し気持ち悪くなってしまった。
「でもまだいつもよりマシ」
そうだ、まだいい。
あの人はここにはいないし、音もしないし、刃物もない。
「ああ、今日は始業式だから終わるの早いんだっけ」
嫌だな、と思いながらまた歩き出す。
そう、今は千咲都を探すのが先だ。
そして美紅は階段を駆け下りていった。
その後美紅は千咲都をみつけたが、話しかけられないでいた。
「あれ誰?」
千咲都と話し込んでいるのは上履きの赤からしておそらく3年の先輩。
それはいい。
千咲都の後方、曲がり角から二人の様子を見ている女の子がいた。
まっすぐ切りそろえられた前髪に色素の薄い髪色。
青いクマの髪飾りにロングヘア。
向こうもこちらに気がついたのか少し気まずそうな顔をした。
そして何かを決心した様子で、こちらをじっとみて止めてと口パクをしてきた。
止めてって二人の会話をって事?
なぜ二人の会話を止める必要があるのか、よくわからないがどちらにせよ千咲都を探しに来たので、呼びかけようとした。
その時だった。
千咲都と話し込んでいた3年の先輩が急に、異常なほど何かを警戒するかのように振り返った。
「!?」
思わずその勢いに驚いてしまい、固まった。
「美紅!!」
「よかった〜どこいってたの?」
「あ、うん、ちょっとね…」
千咲都の声で一瞬で我に返ったが、何だか千咲都の前にいる先輩が怖くて曖昧な返事になってしまった。
「千咲都、そろそろ体育館に行かないと」
二人に怪しまれないようにそういいながら、そろりと先輩の顔をみた。
真っ直ぐに切り揃えられた前髪にふわふわの髪の毛を二つに結び、にっこりと笑っている穏やかそうな先輩だった。
ぱっつん……?
先ほどの千咲都の後方にいた女の子と見比べようとしたが、隠れているのかもうそこにはいなかった。
「ああ、始業式!!」
忘れてたと、先輩が声をあげた。
「ごめんなさい、長く引き止めてしまって」
「いえ、先輩の話とても面白かったです」
そろそろ行きますねと、そう言って美紅と千咲都はその場をあとにした。
♢♢♢
千咲都達が居なくなった後、天ヶ瀬 春音が振り向いて言った。
「冬香」
「どうしたの?」
気づいていたのだ。 自分の妹が隠れていたことに。
「春ねぇ、誰かと喋ってたから。邪魔しちゃ悪いかなって思って」
「別に話かけてきても良かったのに」
「さっきの子、冬香と同じ学年でしょう?」
春音は首に手をやり、首を傾げた。
「クラス違うし喋ったことないから。それより春ねぇ、ボタンできてないよ」
冬香は手慣れたてつきで春音のカーディガンのボタンをかけていく。
「うん。ありがとう、冬香」
嬉しそうに春音が冬香に微笑みかけた。
だが、春音はずっと気づいていないことがある。
そう、さっきからずっとだ。
「一人で勝手に来たの?」
「やっぱり会長なのに行事に参加しないのっておかしいかなって思って抜け出してきちゃった」
「月夜先輩が、秋良すごい心配してたって言ってたよ。大人しく保健室で待っていようよ」
「そうだね。後で秋良に謝らなくちゃ」
「月夜先輩は?」
「私ね、月夜くん嫌いなの」
それ、本人に言ったら相当ショック受けるよ?と冬香は返した。
「冬香、いろいろありがとうね」
「いいよぅ別に。勉強してるよりもずっといい」
「あ、こら、勉強はしなくちゃだめよ。赤点とらないぐらいにね。
「はぁーい」
春音は優しくて、頭も良くて、全部といって良いほど完璧な女の子だ。
それでも彼女にできないこと、気づけないことがある。
今だってそうだ。
会話が始まってから、 いや、ずっと春音と会ってから冬香は笑っていない。
そう、天ヶ瀬 春音は 今の周りの風景、 妹の顔も、 全て、 何もみえていない。
千咲都と美紅は学校の渡り廊下を歩いていた。
この渡り廊下の先に、体育館の入り口があるのだ。
「さっきの先輩と何を話してたの?」
やはりさっきのが気になってきいてみた。
「んーなんかね、ヤギ ミサトさんって人と間違われたの」
「ヤギさん?」
あの白い、メーッと鳴く動物を想像してしまう。
「うん、すごい人らしいの。研究者なんだってさ」
「へぇ〜」
なんでその人と千咲都を間違えたんだろう。
「あとね、双子の弟と妹がいるっていってたよ。弟が庶務やってるんだってさ」
その弟ももしかしてパッツンなのかなと思うと少し笑えてきた。
「なんかすごい優しいお姉さんって感じだったよ」
「そういえば美紅ってお姉さんいたよね?」
「うん」
「どんな感じ?」
「んーどんな感じっていっても」
頭おかしい人。
「普通かな」
年が離れすぎてそこまで仲良いってわけでもないから、といって誤魔化した。
そうしているうちに体育館に着いた。
ああ、そういえばアイツもお姉さんがいたって名津陽さん言ってたな。
その頃、水戸理玖哉は屋上に向かっていた。
全力と言っていいほどものすごいスピードで階段を何段も飛ばしながら駆け上がり、勢い良く屋上の扉を開いた。 その顔は強張っていた。
屋上にいた男子生徒が驚いたのか、何も言わなかったが、大きく目を見開いた。
その男子生徒のネクタイの色は青。
理玖哉と同じ2年生だ。
背は低く、やつれた暗い表情で、いかにも大人しそうだった。
息を切らしながら、理玖哉はゆっくりとその男子生徒に近づいていく。
「……………っ!!」
「やめなよそんなこと。意味ないよ」
男子生徒が唇を噛んで、理玖哉を睨みつけた。
「なんだよ、お前は何も知らないだろ」
「うん。わからないし知らない、でも」
その時だった、強い風が吹いたのは。
屋上には柵がある。
でもそれは転落防止の為にあるもので、越えようとすれば簡単に越えることができる。
男子生徒はその柵を越えた場所にいた。
「うわっ!?」
柵に手をかけてはいたものの、男子生徒は右足を滑らせ、
「あっ」
柵をつかんでいた手も、滲み出る汗によって滑らし、空をつかむ。
そして
雲一つみえない青空をみながら
「ああオレ、今から死ぬんだ」
呟いた。
※今回は少々、人によっては苦手かと思われる表現がございます。お気をつけください。
いつも夢をみる。
その夢はおそらくオレがまだ人間だった時の夢。
小学生くらいの時。
両親と手をつないでいて、急に後ろから誰かに持ち上げられて、危なっかしい肩車をされる。
その人は何故か真っ黒のマーカーで塗りつぶされていて、誰なのかはわからない。
ただ分かっているのは、
華奢な肩にサラサラの髪の毛。
懐かしい匂い。
そう、懐かしい……
「理玖哉くん!!!!!」
目の前に千咲都の顔があった。
「!?」
心配そうな顔で覗き込んでくる、近い。
しかもなんで膝枕されてんのオレ。
「………なんで千咲都が…?」
ゆっくり体を起こして、とにかく千咲都から離れると、近くに美紅がジト目でこっちを見ながら立っているのに気がついた。
「すごい音がしたような気がして来てみたら」
「そこにいる人が助けを求めに来たの」
「あー……」
そうだ、この人。
さっき屋上で飛び降りようとしてたから、止めてたらガチで落ちたから慌てオレも降りてクッション代わりになったんだっけ。 そんで頭打って痛くはなかったけど気絶したのか。
「………………」
男子生徒は理玖哉を見て震えていた。
「なんで…」
ああ、またあの目。 何度も見てきたあの目。
「なんで落ちたのにピンピンしてんだよ!!」
「またこれか」
「オレ一人で死のうと思ってたのに!なんで止めたんだよ!」
「お前みたいな奴に助けられても気持ち悪りぃんだよ!!」
パンッ
という、とても大きな音が鳴り響いた。
美紅もオレも男子生徒も、驚いた。
千咲都が同級生を、男子生徒の頬をぶっ叩いたのだから。
「______っっ!!!!」
涙目で、男子生徒を睨みつける千咲都。
「千咲都が怒ってる……」
美紅がその様子をみて、ぽそっと口に出した。
「あなたみたいに、自分勝手に独り善がりで死のうとする方がよっぽど気持ち悪いのよ!!」
普段はあまり大きい声は出さない千咲都。 それが今、学校の中庭中に響いている。
「 死んだ後の事、考えた事ある?」
「死んだ後ぐちゃぐちゃになったあなたをみつけるのは誰?」
「そんなあなたを運ぶのは誰?」
「あなたを処理するのは誰?」
「そして焼くのも、」
「ボロボロになった骨をみるのも、」
「ハシで崩して壺におさめるのも」
「悲しむのもみんな」
「全部あなた以外の人間がやるのよ?」
「千咲都、」
さすがに人が集まりそうな勢いだったので、美紅がそれ以上はと千咲都を止めた。
「悪いけどここから別の場所に行ってくれる?保健室とかで休むとか」
美紅が男子生徒に言った。
「この人(理玖哉)は保健室行かなくても大丈夫だから」
そして何を思ったのか、話すのを続けた。
「千咲都が全部言ってくれたけど、目の前でそういうことされる方がよっぽど気持ち悪い」
「辛いことがあって飛び降りるようなことをしたんだと思うけれど。覚えていて。そういうのみる人、みてしまう人も辛いって。少しは、他人のこと考えて」
男子生徒は黙って保健室の方へ歩いて行った。
それを見届けると、美紅は理玖哉の方を向いて言った。
「このど阿呆」
この言葉には色々な意味が詰まっているのであろう。
「ごめん」
美紅のありがたいお言葉をいただいた後、理玖哉は千咲都を見た。
千咲都はまだ怒っていた。
「理玖哉くん、いつもああいうことしてるの?」
「今日はたまたまです」
何故か敬語になる。
「たまたまでもだめだよ。死なないからってワザと自分を犠牲にしちゃ」
「はい」
目を逸らしながら返事をしたが、千咲都はそれを許してはくれなかった。
「わかった?」
「わかりました」
ずいっと理玖哉に詰め寄ってくる。 近い。 近い。
「はい。もうしません」
美紅は悔しいことに二人のやり取りが懐かしくて、少しホッとしてしまう。
でもどこか悲しくて、澄み切った青い空のようにスッキリとしている。
「本当にわかった?」
「わかったよ!!!」
(……やっぱりアンタむかつくわ)
始業式のことをすっかり忘れている3人だったが、少しだけ距離が縮まったような気がしていた。
千咲都と美紅が理玖哉の元に駆けつけた時の話。
「ねぇ、なんか今すごい音しなかった?」
ちょうど体育館のスリッパに履き替えようとしていた時だった。
「音?私は何も聞こえなかったけど」
あっちのほうと、美紅が校舎の中庭のあまり人目に付きにくいところを指差した。
そしてその方角の方から真っ青になりながら、2年の男子生徒がふらふらとしながら駆け寄ってきた。
「だっ誰か!!人が!!」
「人が落ちた!!」
嫌な予感がして、さっき美紅が指した方角へ走って行くと、 案の定、理玖哉くんが倒れていた。
「理玖哉くん!!」
ただ落ちたわけじゃないらしく、カーディガンや制服は所々擦って破れた跡が残っていた。
わざと壁に打ち付けて速度を落としたようだ。
気絶しているだけのようだったが、頭からの出血が激しくコンクリートに血が溜まりかけていた。
「どうしよう……」
先生を呼ぶにしてもどこにいるかわからない。
職員室や保健室もここからは遠いし、とにかく止血しないといけないが方法がわからない。
「さ…え…ちゃ…」
「え?」
理玖哉が呟いた。 それは千咲都にとっても何か、聞き覚えのある言葉だった。
そういえば、こんなこと前にもあった……。
幼い頃、お兄ちゃん達とスケートに行った時、お兄ちゃんがすっ転んで頭を打った。
本人は平気だと言ったが、誰かが無理やり寝かせていた。
「こういう時はねーちょっとだけ頭を高くして、静かーにしてるといいんだよ?」
ザッ
「ちーちゃん、大丈夫だよーなっちゃんひ弱そうにみえて頑丈だから」
ザザッ
「なっちゃんは私がみてるから、
ザザッ
と遊んでおいで」
時々入るノイズと真っ黒に塗りつぶされた誰か。
お兄ちゃん以外に誰がいたのかわからないその記憶を千咲都は頼ることにした。
「よいしょっと」
硬いコンクリートよりはマシだろうと、膝の上に乗せる。
「あれ…血止まってる?」
というよりも流れかけていた血が少し戻っていた。
ここでやっと千咲都は彼が不死身だと言っていたことを思い出した。
そして彼らがこのことに驚いてしまうかもしれないと二人をみてみると、驚いていたのは男子生徒だけだった。
「なんで、血が……」
美紅は驚いているというよりも怒っているようだった。
「千咲都、そんなことしなくてもすぐ起きるわよ」
さっき、美紅は千咲都に水戸理玖哉なんて知らないと言っていたが、完全に理玖哉のことを知っている口ぶりだった。
そして理玖哉に対してとても冷たい態度。
「でも」
そして理玖哉は目を覚ましたのだった。
誰も来ない空き教室。
今朝、美紅に千咲都と住むことになったと話した場所だ。
一階だから、窓から誰も見つからないで入ることができるし、ここには沢山制服のストックがある。
「あれ?え?」
はずだったが、段ボールが2箱ほどない。
焦って教室を見回していると、後ろから
「どうしたの」
囁くように、耳元でぞっとする声で話しかけてきた。
「!?」
ゾワゾワした。
血を戻す時よりも何倍、鳥肌が立った。
理玖哉は慌ててその人から離れた。
なんだこの人?この顔どこかで見た気がする。
その人は自らの顔を指差して言った。
「誰かに似てると思ったか?」
「オレは月東 月夜(がっとう つきや)で、ただの間抜けな副会長だよ」
「君と同じ化け物だ」
月東 月夜は悲しそうに笑った。
「まぁそれは置いといて」
突然同じ化け物ですといわれて置いておかれる。
ゼッケンをしているから本当に副会長だとしても不真面目そうな金髪だし、明らかに変な人だ。
「この教室は文化祭の時に使うから、君の私物はオレが別のとこに運んじゃったんだ。ごめんね」
「ちなみに移動したのは2階の空き教室。木を伝っていけば窓からでも入れるはずだから」
何も言う隙を与えてくれない。
「ああ、制服がいるんだよね。ズボンは段ボールににあるやつを使うけれどカーディガンがないとあれか。じゃあこれをあげよう。返さないで君のものにしていいから。ボロボロにしても構わない。中学の時のだから小さかったらごめんね」
そういって、理玖哉に紺色のカーディガンを渡してきた。
「着替えは悪いけど男子トイレでやってきてくれないかな。始業式が終わったら他の生徒会の子達が来るんだ。きゃー変態!!なんてことになったら困るだろう?そんでもって文化祭が終わってここの片付けが終わるまでこの部屋は使わないで欲しいんだ。急な頼みでごめんね?」
「あの」
なんとか月東 月夜が話すのを止めようとした。
だが、
「お願いだから早くここから出て行ってくれないかな。これは君の為でもあるんだよ。君が守っている子がいるようにオレ達にも守らなくちゃいけない子がいるんだ。わかってくれよ 」
まるで演技が終わった別人のように暗く低い声で話した。
月東 月夜はカーディガンと服の袖をまくる。
下から出てきたのは腕ではなく指あき手袋の延長の黒い布。
「残りの段ボール箱はオレが運んでおくから心配しないで」
コロコロ変わるその話し方はまるで二重人格だった。
千咲都と理玖哉が学校に行っている間、名津陽は自宅警……いや、家の仕事をしていた。
「違う、こいつも違う」
部屋の片付けをしていたのだ。
様々なジャンルの本。
宗教や都市伝説、ライトノベルに小説、図鑑、政治、絵本、漫画、児童書、雑誌、実用書、グルメ本。
一種の図書館ができそうだった。
ちなみに本は地下にも存在し、ひどい有り様でいつになったら片付けるのといつも千咲都に怒られている。
それでも本を捨てたりしないのには理由があった。
「本気でどこにやった?」
一冊一冊、本をめくって、挟んであるメモや写真を見る。
そう、これが理由の一つだ。
あまりみられたくないもの、読まれたくないものを分割してそれぞれ別の本に挟んでおく。
名津陽の妙な癖だった。
探していたものではないが、昔よく千咲都に読み聞かせていた本に挟んであった絵本に挟まれた新聞記事に目を奪われた。
「なんでここに挟んだんだよ……」
その新聞記事にはある事件のことが書いてあった。
「二名、死亡、悲惨な姿で発見」
「少年重軽傷。命に別状はないが、事件前後の記憶なし」
「少年の姉、行方不明。但し大量の血液が家に残されており」
死亡の可能性あり。
プルルルルッッ
現実に引き戻すかのように、電話が鳴った。
非通知だ。
「はい、もしもし」
「やあ名津陽」
ガチャン
若い少年の声がしたが名津陽はすぐに切った。
プルルルルッッ
「なんで切るんだよ!!!!」
「染谷、お前はなんでそんなにタイミング悪くかけてくるんだ」
染谷は名津陽に嫌がらせを仕掛けているが、大体は不発で自覚がない時にヒットする。
「なんのことだかさっぱりなんだけど」
「とりあえず言ってもいい?」
「やだ」
「制服貸して」
「は?」
「お前………女装でもするつもりなのか?」
「名津陽こそ何を言ってるんだ」
「さすがに千咲都にやれと言われたとしてもそんなことはしないぞ。ちょっとやってみたいけど」
おい、今ちょっとやってみたいけどって言ったぞ 。
今度仕返しにメイド服でも送りつけるか。千咲都の筆記で着てくださいってメッセージをつけて。
「名津陽の着てた制服だよ」
「オレの制服?」
「言わなかったっけ、制服途中で変わったって」
「それがいいんだ」
「名津陽の青春時代の制服をズタボロになるまで使いまくる」
「どうして貸したくなくなることを言う。つか冬服しかねーし貸さねーぞ」
しばらく間があってから、染谷が言った。
「古い制服を着て、先生達にみせつけて、あの時の事件のこと、先生達に思い出させる」
どうだ、と染谷が自信満々に言ってきた。
「わかった、お前が帰国してきた時に制服を渡す」
即決だった。
千咲都と美紅は理玖哉が着替えに行っている間に、始業式が終わるまで暇を潰そうと、教室で話していた。
「ねえ、美紅」
「どうして理玖哉くんのこと驚かなかったの?」
美紅水戸のことをきかれたとき、知らないと言っていた。
「前から知ってたの?」
美紅は少し考えてから、話し始めた。
「たまたま、水戸がその、刃物を持ってる人とやり合ってるのをみちゃって」
「彼が不死身だってことも知ってたけど、名津陽さんに口止めされてたから千咲都には言わなかったの」
ごめんと美紅が千咲都に言った。
「そっか」
ふと窓の外をみる。
向かい側の校舎の屋上、おそらく理玖哉たちが飛び降りた場所。
知らなかったの、私だけなんだ。
水戸 理玖哉という存在も、水戸 理玖哉が兄の助手をやっていることも、水戸 理玖哉が不死身だということも
何も知らなかった……?
本当に私は何も知らなかったのだろうか。
なんでだろう、もっと前に会ってたような気がする。
他にも何かぽっかりと空いているような気がする。
誰かがいた、ような。
「美紅、変なこと聞くけどさ」
「なんて言えばいいのかな……その、理玖哉くんに関係してる人って他に誰かいる?」
「え、友達とか?」
「うん」
美紅は今までの理玖哉の行動を振り返ってみる。
一人で見回りをする理玖哉。
一人で警察を呼んで、一人で対処する理玖哉。
今日みたいに一人で人助けをする理玖哉。
血だらけになってコソコソ着替えにいく理玖哉。
(あれ?一人でいるところしかみたことないというか)
(あいつ友達いない?)
理玖哉のことは正直言って嫌いだが、少しかわいそうな気がしてきた。
「まさか友達いないんじゃ……」
思わず声に出してしまった。
千咲都は青ざめる。
「ああっっあのたぶん、ほら、不死身だってこと知られたくないから一人で行動してるんじゃないかな?」
「あ、そっか……そうだよね」
慌ててフォローしちゃったけど、千咲都は納得したみたいでよかったと胸をなでおろす。
千咲都の話が後に大切な事だったとは気づかずに。
保健室。
一番奥のカーテンがしまっているベッドに天ヶ瀬 春音と冬香はいた。
「冬香、お願い」
「…でも向こうはまだ授業かもしれないよ?」
「そうだとしたらマナーモードにしてるか電源切ってるはずだから大丈夫よ。そういうとこ真面目だもの」
ベッドに腰掛けていた春音は冬香がいるであろう方向を向いて微笑みかけた。
冬香が春音のスマホを使ってある人物の電話番号を打って、春音にスマホを握らせる。
「はい」
「ありがとう」
春音は右耳にスマホを当てて、つながってることを確認した。
「もしもし」
「…春音?」
「そうだよ、よくわかったね」「大神くん」
春音は気づいていない、いや、みえていない。
冬香はその名前を聞いて顔を歪ませた。
「元気か?今日は始業式じゃないのか?」
「ふふ、すごい。大神くんなんでもわかっちゃうね。相変わらず行事に出させてもらえないで保健室にこもってますよー」
「大神くんは今日始業式?それとも学校はないの?」
「オレも始業式だよ」
「つまんないから抜け出してきた」
「あーサボりだ。田原くんも一緒?田原くんは元気?」
冬香の顔がさらに歪む。
「ああ、元気だ。田原は真面目に始業式でてるみたいだ。あ、そういやあいつ春休みに彼女できたって喜んでたぞ?」
「糸田さんとうまくいったんだ?」
「そう、みたいだ」
「春音は、気になる奴とかいるのか? 」
「あ、ひどい。大神くんの天然」
クスクスと笑い声がスマホから聴こえてくる。
「大神くん、また今度どっかでお茶しよう?」
「オレ、秋良に殺されちゃうよ」
「大丈夫だよ。二人で会えば」
「……じゃあ来週の日曜日とか?」
「来週の日曜日……」
「春ねぇの予定は空いてるよ」
冬香が自分のスマホをみて確認した。
「じゃあ、決まりだな。待ち合わせ場所は後で連絡するよ」
「うん」
春音は名残惜しそうに返事をした。
「じゃあそろそろ教室戻るから。また今度」
大神くんはそう言って電話を切った。
また今度。
その言葉を聞いた彼女らの表情は対照的だった。
理玖哉は月東 月夜という先輩に言われて、とりあえず男子トイレで着替えを済ませた。
あの場から大人しく去ったのは正直面倒事に関わりたくないという事と、あの顔にどこか嫌な感じかしたからだった。
「どっかでみたことがある…」
なんとか思い出そうとしても黒いもやが邪魔をして思い出せない。
「そういやあの人変なことを言ってたな」
『君が守っている子がいるようにオレ達にも守らなくちゃいけない子がいるんだ』
オレがなにをしてるのか知っている?
オレが不死身だってことも?
月東 月夜は理玖哉達に関わりたくないようだった。
千咲都が殺意を集める事を知っている?
まさか。
殺人を計画していた人やカッとなって殺意を持ってしまった人を止めたりしていたから、不死身のことは少しくらいバレていても仕方がない。
ちなみにバレたり目撃されたりしたら申し訳ないが、脅して口止めをしたりしている。
だが、千咲都の人間の殺意を集めてしまうのは、ストーカーでもなければバレないはずだ。
本人すら気づいていないのだから。
「そういや千咲都がいつから、どうして殺意を集めてしまうようになったのか知らない」
そう、ずっと必死だった。
自分の事で精一杯だった。
起き上がると、胸のあたりに違和感を感じて、
触ってみると冷たい金属と、ヌルッと気持ち悪い赤黒い液体があって、
目の前には血の池と原型をとどめていない思い当たる何かが、
2体、横たわっていた。
後から考えてみれば、あれは両親だった。
あまり覚えていないが、その時自分は何かを叫んだような気がする。
誰かの名前を。
そしてしばらくして誰かが呼んだ救急車やパトカーが来て、救急車で病院に行くと聞かされていたのに
気づけば知らない場所に連れて行かれた。
「ここはどこ?」
病院、のような、そうでないような。
窓のない、ベッドと冷蔵庫、テレビ、壁には時計とカレンダー、雑誌に漫画、本、紙やペン、色鉛筆、大量のおもちゃなどが無造作に置いてある。
それ以外は一面真っ白な部屋。
そこは痛みのない真っ白な部屋。
オレはその部屋を、白の牢獄とよんでいた。
壁も、床も、天井も真っ白で、窓はついていないし、ドアは取っ手すら付いていない機械式。
どうやら中からは開けれないらしい。
「閉じ込められた」
どうして閉じ込められたのか、さすがにこの年でもすぐにわかった。
さっきの光景、自分を貫いていた金属。
「僕は化け物になったのか?」
確認する為に、近くにあったペンを持つ。
そのペンをぎゅっと握りしめ、
息を呑み、
もう片方の手に、
思いっきり、
ビーーーーーーーーーッ
ドアが開いて中に人が入ってきた。
真っ黒な髪の、若い女の人が一人。
白衣を着ている。
こわい。
その女の人は美しかった。
それなのに、どこか怖ろしく、近づいてはいけないと、心臓の鼓動が警鐘のように鳴り響いていた。
「こんにちは」
水戸 理玖哉くんだよね、と微笑む。
理玖哉は黙って頷いた。
「おねえさんは誰?」
女の人は目を細め、理玖哉の頭を撫でた。背筋が凍る、とてもとても冷たい手だった。
「その堂々とした姿、そっくりね」
誰と比べているのかはわからなかった。
「正義の味方よ」
「正義の味方だったら僕を閉じ込めたりはしない」
「本当にそっくり。 でも笑顔はないのね」
ふむ、と理玖哉を誰かと比べる。
さっきから彼女は一体誰と比べているのだろうか。
「おねえさんは、何者?」
「おねえさんは君の血を取りに来たの」
そう言うと、注射器を取り出してきた。
「注射は痛いから嫌だ」
「もう痛くないんでしょう?」
そう言うと、問答無用で採血を始めた。
「明日からは別の人が来るわ。大人しくしてた方が、気持ち悪い思いをしなくて済むと思うわよ」
「おなかすいた」
「ご飯は3食おやつ付きで運ばれる予定だし、トイレとお風呂はそこの端っこのボタンを押せばドアが開くようになっているから」
「つまらない」
「ご飯の時に言ってくれればなんでも持ってきてあげる」
「帰りたい」
女の人は笑ってそうね、と言って更にこう続ける。
「君にはもう帰るところなんてないでしょう?」
♢♢♢
ここに来てからどれくらい時間がたったのだろうか。
寝て、起きて、気づいたらご飯が置いてあって、血をとられて、なんとなくその辺にあるものをいじるだけの繰り返し。
「誰かに会いたい」
誰でもいいわけじゃない。
ご飯を置きにくる人でも、血をとりにくる人でもなく、
自分の知っている人間。
両親はいなくなってしまったから、
「友達…?」
何かをとばしてしまったような気がするが、わからない。
とりあえず誰でもいい。
できるならば
「千咲都と名津にいちゃんに会いたい」
そういえばニュースはどうなっているのだろう。
話題になってたりするのかな。
僕が、化け物になったっていうことがもう知れ渡ってるのかな。
今までつけていなかったテレビの電源をおそるおそるつける。
「ついた」
一番最初についたのが8時くらいからやるバラエティ番組だった。
ここに来る前はご飯を食べた後によく見ていた番組だ。
「今、夜なんだ」
窓のない部屋だから、朝なのか夜なのかいまいちわからない。
時計はアナログ、天井の蛍光灯は自分で消すといった感じで、時間感覚がわからなくなってきていた。
今は明るいバラエティ番組を見る気にはなれない。
すぐにチャンネルを変えた。
「あ、ニュース」
今やっているのは4人家族の家で起こった殺人事件。
夫婦が死亡、高校生の長女が行方不明、小学生の長男が意識不明の重体、その後失踪。
「似てるけど違う……?」
何故かそう思って、確認する前にチャンネルを変えてしまった。
その事件に遭った家族全員が水戸、だということを確認せずに。
他に特にみたいと思うものがなく、テレビを消した。
うっすらと、テレビの液晶に自分の姿が映る。
「どうして」
どうして僕は刺さっても死ななくなったんだろう、痛くないんだろう。
ここに来てからいつも呟いている言葉を言ってベッドに戻る気にもなれず、その場で眠りについた。
毎回毎回、違う人がきて、注射器を取り出して僕の血を採っていく。
何に使うのだろうか。
実験するの?どんなことを調べるの?
何を聞いても、誰も何も答えなかった。
その時間は、人がいるのに、いないみたいで、
「僕一人だけなんだ」
そう、孤独を認識させられた。
「こんなもの調べて何になるんだろう」
もしかしてこのままずっと閉じ込められたまま、中学生くらいになっても、高校生、大学生、大人になっても、こうして一人生かされたままなのだろうか。
「嫌だ」
誰もいない、来ても誰もいないのに等しいこの空間でずっと耐えられるわけがない。
いや、耐えられない。
「ここから出たい」
言っても聞いてはくれない、自分でここからなんとかして出ないといけない。
窓もない、ここがどこなのかもわからないこの白の牢獄から。
まずは自分の、この体で使えることはないだろうか。
そう思って自分の手をじっと見る。
毎回血を採られるたび、痛みはなく、すぐにその跡はなくなる。
「戻ったんだよね、血が」
あの時、自分が刺された時、心臓を貫く気持ち悪さがあった。
そして心臓に刺さっていたものを抜くと、心臓がうごめき、更に気持ち悪い感覚がして、その感覚がなくなると傷も跡形もなくなくなっていた。
血は下に流れ落ちるが、意識すれば自分に引き寄せることができる。
血を途中で止まらせることはできないが、どうやら生命の危機に遭いそうなくらいの出血量は確保するのか、寝ていても自然に自分の体内に戻ってくる。
「どのくらいの距離までなら、血を戻せるんだろう…」
例えば採られた血。
今はどこにあるのだろうか。
それが体内に戻るのだろうか。
「やろう」
ここから、出る。
どうなってもいい。
ただただ、ここから出たい。
まずは部屋と部屋の隅の距離で届くのか、始めてみよう。
その次は風呂とトイレの距離から。
そしてその次はドア越しに。
そしてその次は
「………っ!!!」
高く高く振りかざしたペンが、 自分の手に冷たく突き刺さった。
♢♢♢
「おねえさん、お願いがあるんだけど」
僕はたまたまご飯を持ってきた女の人に、ペットボトルのお茶を頼んだ。
「僕、喉かわきやすいから、寝る前とか枕元にお茶置いてるんだ」
そう言うと、毎日ご飯と一緒に予備に貰えることになった。
これで今何日経ったんだろう。
ご飯も採血も終わった後、そんなことを考えながら、ペットボトルのお茶を全部飲み干した。
そしてそのペットボトルには自分の血を入れて閉め、ベッドのシーツで作ったロープとガムテープをがっちり外れないようにつける。
ここに来る人はみんなロボットみたいに「はい」とか「わかりました」とかしか言わないし。
「……生きてるのかな」
正直生きてない方が、脱出しやすい。
その方が手加減しなくていいのだ。
だって今の理玖哉は不死身で、しかも痛覚がない。
「ただの物語だったら良かったのに。スーパーヒーローとかになれちゃう」
毎日変わるのはテレビの内容とご飯だけ。
現状、こんな閉鎖空間でスーパーヒーローになんてなれるわけがない。
「本当はテレビでやってた炭酸水が吹き出すやつとかやってみたかったけど」
床が水浸しになって自分が滑って転んだら大変だから。
その辺にあったもので出口の前に足場を作り、天井に仕掛けをつける。
「もしも、脱出できたら千咲都と」
「名津にいちゃんと」
会いたい。
そう願いながら、仕掛けの先の紐を思いっきり引っ張った。
ビーーーッと、あの出口が開く音がした。
アレを仕掛けてから、はじめて鳴る音。
上手くいくのかと内心どきどきしながら、
人が入ってくるのを待った。
「こんにちは」
女の人だった。
あの時の、初めて会った女の人ではない、別の人。
茶髪のロングで、少し疲れた顔をしていて、でもどこか嬉しそうな顔だった。
「ご飯、持ってきたよ」
その時、初めて気がついた。
この人は、僕に話しかけている。
他の人とは何かが違う。
「おねえさんは」
僕が言おうとしたことを止めるように、人差し指を口に当て
「作ったやつ、おねえちゃんに見せてくれる?」
バレバレだったようだ。
僕は黙って頷いた。
「………」
あらかじめ切っておいた自分の手を仕掛けに向けて、頭の中で血が自分の中に戻るイメージをする。
するとロープのおもしはゴトンと音を立てて浮き、ロープはスルスルと上へ上がっていき、一気に血の入ったペットボトルがこちらへ向かって来る。
本当はこれを使って後頭部を狙う、はずだった。
途中で血を引き寄せるのを止めると、ペットボトルは音を立てて床に転がった。
「うん、すごい」
女の人は何故か満足げにそう言うと、血の入ったペットボトルについていたロープを外し、それを僕に渡した。
「ああ、そうだこれ」
二つの丸いボタンのようなものがついたものを渡してきた。
一つはピンになっていて、もう一つはブレスレットのようになっている。
「こっちのピンは、ちーちゃんに。ブレスレットはりっくんが、肌身離さず持っていて 」
「なんで」
その女の人が言う、ちーちゃん、りっくん。 聞き覚えのあるあだ名、呼び方。
「ここから出るよ」
そう言って僕の手を引いて、走り出した。
真っ暗なまっすぐにのびる廊下。
こんなに暗いところに来たのは久しぶりだった。
「おねえさんどこ行くの?」
自分の手を優しく掴んで離さない彼女にきいた。
すると彼女は静かに、とだけ言った。
「おねえさんは誰?」
ここに来た時に、あの人にきいた質問。
彼女はこう答えた。
「悪いことをして、失っちゃったものを頑張って取り戻そうとしている悪の組織、かな?」
全くの正反対の答えだった。
「おねえさん悪いこと、したの?」
「うん」
おねえさんは少し笑って頷いた。
「遊び半分で作っちゃいけないものを、作っちゃったんだ」
「作っちゃいけないもの?」
「そのせいで、お父さんも、お母さんも死んじゃった」
「おねえさんのせいなの?」
「きっかけをつくったのは私だから」
「おねえさんは、どうしてここにいるの?」
ぴたりと、歩く足を止めた。
「……大切な人がね、まだいるから」
「人質?」
女の人はふっと笑って、
「どこでそんな言葉覚えたの?」
「密着!深夜の警察!!」
「こら、小学生は9時には寝ないとダメでしょーがっ!!」
わしゃわしゃと僕の頭を撫で回す。
二人とも、笑顔だった。
まるで、姉弟のように。
「…そろそろ」
「着くよ」
「…僕は、ここを出たら、何をすればいい?」
扉を開ける。
「真っすぐ、走って」
「後ろを振り返らないで、もう誰にも捕まらないで」
「逃げて」
そう言うと走る合図のように、僕の肩をトンッと押した。
目の前には空き地。フェンス。森。
「おねえさんは」
おねえさんも逃げないの?と、もう一度確認しようと振り返ろうとした。
「理玖哉逃げて!!」
パァンと、
銃声が鳴り響き、
彼女は、
理玖哉を突き飛ばして、その場に倒れ込んだ。
パァンッ
「おねえさん!!!!」
理玖哉は盛大に転んだというのに痛みなんて全然感じない。
すぐさま起き上がっておねえさんの元に駆け寄ろうとした。
「お願いだから言う事をきいて!!」
キッと理玖哉の事を睨み、苦しそうに血が出ている腕を押さえながらよろよろと立ち上がる。
「無駄にしないでよ、ここまでしたんだから」
「どうせあんたが戻ってきても、私は死ぬんだから」
「もし戻ってきたら、一生呪うわよ」
パンパンッと銃声が響く。
誰がどこから撃っているのかわからない。
僕も撃たれたが、弾の気持ち悪い感触だけで、なんともない。
おねえさんは耐えられなくなったのか、地面に膝をついた。
銃の弾がかすったところから血が滲みでて、もう服は真っ赤に染まり始めている。
「痛っ……」
痛みに耐えながら、 息を絞り出すように、
「さっさと逃げて!!!」
本当にこれでよかったのかわからない。
ただ、おねえさんの必死な顔が、僕の足を動かした。
もう、振り返らずに。
おねえさんがくれたものを握りしめ、
自分の血の入ったペットボトルを抱えて、
走り出した。
パァンッ
という音を背中で聞きながら、ただひたすら走り出した。
こうして僕は、悲しい事に脱出に成功してしまったのだった。
息が苦しい。
血が止まらない。
そろそろ限界だった。
でもそれでいい。
あの子をここから出してあげられた。
「結局、本当のこと、教えてあげれなかったなぁみんなの人生台無しにしたの、私なのに。ごめんね」
コツコツと、後ろから足音がした。
ああ、彼女だ。
「せっかく用意した部屋が無駄になっちゃった」
「なんで逃したの追いかけないの?」
動く気力はもうない。
顔を動かさずに聞いた。
微かに風の音が、ヒューヒューと冷たく吹いているのが聞こえる。
もう近くには彼女しかいない。
「逃したほうが面白そうだっていってたから」
逃したほうが面白そう?苦しんだ姿を見たいって事?
「あなたのせいでもう一人の子も逃しちゃったし」
「ざまぁ」
ああ、そっちも成功したんだ。
あの子は無事に帰れたのだろうか。
そんな不安もあったけれど、
私はにやりと、力尽きながらも口角をあげた。
「うわーあなたの今の顔、そっくり。気持ち悪いほど」
「いちおう親戚なのね」
「残念なことにね」
「本当に残念だったわね。あなたも逃げるチャンスだったのに」
「私のことは絶対逃す気なんてなかったでしょう?」
「もちろん」
チャキンッと銃口を頭に突きつけられるのが、見なくてもわかった。
きっともう誰も探しに来ないしここにも来ない。大丈夫。
だってさっき、
薄れる意識の中、彼女の声が聞こえた。
「そろそろおやすみ」
にっこりと、美しい笑みを浮かべて、彼女は名前を呼んだ。
「咲夜」
また銃声が1つ、鳴り響いた。
♢♢♢
あれから三日三晩走り歩き続け、やっと知っている街並みが見えてきた。
今は高架下で一旦休憩をしている。
とはいえ、体はあまり疲れはないが、
それがまた自分が人間とは掛け離れた体になってしまったのだと、自覚させられてしまう。
「おねえさん、どうなったのかな……」
もらった2つのモノを取り出す。
ブレスレットを自分の腕につけて、それをまじまじと見てみた。
「ボタンみたいなの、開くようになってる…?」
くるみボタンの台座の部分がどうやらロケットのように開くようだった。
「何が入ってるんだろ」
カチ
「………………あれ……」
「なんだっけ」
今、何が起きたのか。
何か起きたのにわからない。
ふるふると両手が震えて、ブレスレットの金具を開けることができない。
金具を開けるところを押すことはできたがそれ以上は何故かできない。
「あけちゃダメってこと?」
とりあえずブレスレットはつけるだけにすることにした。
「雨、降ってきた」
久しぶりの雨。
ここ数日天気は不安定で実際は何度も雨は降っていたが、理玖哉は長期間あそこにいた為、何ヶ月ぶりかの雨だった。
「寒くなるのやだな」
今の理玖哉は薄手の検査着のみ。
外にいるには少し肌寒い格好だった。
理玖哉の寒くならないでほしいという願いに反して雨はどんどん強くなり、川の流れが速くなる。
「ここから移動したほうがいいかなぁ…」
これ以上体温を下げないように、壁に寄って体操座りで足を抱え込んだ。
「少し寝ようかな…」
理玖哉は最近ちゃんと寝ていなかった。
寝て起きたら、またあの場所に連れ戻されてるんじゃないかと、不安で仕方がなかった。
でも不死身になったところで睡眠が必要ないわけでもないらしく、寝ないと頭は働かないし、目だってしぱしぱする。
うとうとと、固いコンクリの壁に頭を預けて目を瞑ろうとした。
その時、パシャパシャと水たまりに構うことなく走る足音と、荒い息遣いが聞こえてきた。
誰?
少し身構えたが、それは見知った人間だった。
「理玖哉」
「名津にいちゃん!!!」
思わず嬉しくて、その名を叫んだ。
でも名津にいは嬉しそうじゃなくて、少しがっかりしているようにみえた。
「名津にい?」
名津陽が何かを抱えたまま、その場に崩れ落ちた。
「ごめんな、りくや……ごめん……」
唇を強く噛み締めながら震えた声を出す名津陽が抱えていたのは千咲都だった。
千咲都の格好は普段の服ではなく、理玖哉と同じ、検査着だった。
理玖哉と違うところといえば、脇腹が赤く染まっているところだった。
「名津にい……千咲都、どうしたの?」
思わず声が震える。
「理玖哉。この場から、千咲都から離れろ……」
なんで、と顔を上げて名津陽の後ろのほうを見ると、その意味はすぐわかった。
名津陽達が来た方向。
包丁、ナイフ、金属バットにカッター、スタンガン、あらゆる物騒なモノを持った人間達が
虚ろな目でこちらに向かってきていた。
「バカ逃げろつってんだろ!!理玖哉!!!」
気づいたら走って名津にいと千咲都の前に立ちはだかって、盾になろうとしていた。
「ねえ名津にいさっきさ、僕じゃなくて、別の誰かを期待してたんだよね?」
「ああそうだよお前まで巻き込みたくなかったから!!役に立たないし、おとなしくどっか保護されてろよ!!!」
名津にいは普段は冷めてるというか、クールだけど、本当は優しい。
名津にいが、僕の が好きだってことも知ってる。
本当は だったら良かったのにって思ってたんだと思う。 でも僕しかいなかった。
「名津にい、僕でごめん」
「バカ言ってないでさっさと逃げろ!!!」
「お前だけでも…」
僕は動かなかった。
僕がやらないとだめだって思った。
の代わりに、名津にいと千咲都のことを、守ってあげないといけない。
「名津にい、お願いがあるんだ」
「僕がこれをなんとかできたら、僕がずっと千咲都を守るから」
『僕に生きる居場所を頂戴。』
その後のことはあまりよく覚えていない。
ただただ、がむしゃらに、
邪魔、だと
どけ、と言われても
刺されても
殴られても
蹴飛ばされても
何かが折れる音がしても
起き上がって
凶器を奪って
やり返して
ふと気づくと
そこらじゅうに
倒れた人と
自分のものが転がっていて。
ふと名津にいを見てみると、名津にいは千咲都に自分の着ていた服をかぶせて、こちらに向かって何かを叫んだ。
辛そうな、悲鳴にも聞こえた。
名津にい、さっき言ったこと覚えてるかな。
もう一回、言ったほうがいいかな。
僕のこと気持ち悪いって思ったかな。
ダメ元で、もう一度言ってみようかな?
「ねぇ名津にい、僕に、居場所、くれる?」
そして僕は、パトカーのサイレンと雨の音が重なったところで、気を失った。
あの白い部屋とは違う、少し古い天井。
何度も来たことのある、名津陽さんと千咲都の家。
「ああそうだ、千咲都に、あげなくちゃ」
そう言いながらオレは起き上がった。
「理玖哉、起きたか…」
「名津陽さん、千咲都は大丈夫ですか? 」
「ど、どうした?理玖哉」
オレが言った言葉に名津陽さんはうろたえた。
「千咲都は?」
「なんとか……怪我はまだ浅い方だったみたいだから」
2階で寝ているよ、と上を見た。
名津陽さんの話だと高いところにいた方が千咲都は安全らしい。
説明が難しくてよくわからなかった。
「ねえ名津陽さん、あの時言ったお願いきいてくれる? 」
「…ああ。でも無理はするなよ昨日の夜みたいに」
ペチリとオレの額にデコピンをして、
「して欲しいこと、何でも言えよ。オレができることならな」
「じゃあ早速。これ、千咲都にあげたいんだけど」
そういって、あのピンをポケットから取り出した。
「これ……あいつに、もらったのか?」
取り出したピンを食い入るように見つめて、名津陽さんはオレに迫った。
「あいつって誰?」
そう言うと名津陽さんはオレの両肩を掴んで、
「お前の、 だろ?」
ガクガクと揺らす。
名津陽さんのいった言葉がよく聞き取れない。
「これは」
そう言いかけて、やめた。
言えなかった。
さっきまでは覚えていたはずの顔が、
まるで魔法のように、
真っ白に消されていたから。
まさか始業式で自殺未遂現場に遭遇するとは思っていなかった。
正直、人が死ぬとか死のうとするとか、刃物と同じくらい苦手で、あの時水戸が倒れて血を流していた時なんて彼が不死身だということを忘れてしばらくかたまってしまったし、何もできなかった。
私が水戸のことを嫌っているのは外見とか、不死身だから、とかではない。
自ら進んで自己犠牲にはしるから。
千咲都のことを守るのはいいことだと思う。
でももし千咲都が、水戸が水戸自身を盾にして戦っているなんて知ったら、なんて思うだろうか。
一度だけ、水戸が殺意を持った人間を止めているのをみてしまったことがある。
「酷い」
そう思った。
思い出すだけでも吐き気がする。
十分避けれるのに、自ら刺さりに行くのだ。
不死身というものを利用して。
「あ、名津陽さんからだ…」
「明日の帰り、お願いがあるんだけどいい?」少し慌てた。
まさか自分が頼られるとは思っていなかったから。
メールだとスムーズに行かないだろうと、電話をかけた。
「名津陽さん。千咲都がらみですか?」
「そうそう。ちょっとクセのある子でさ、迎えに行って欲しいんだよね」
「クセのある子?それってどういう意味ですか?」
正直なところ名津陽さんもかなりのクセがある。
その名津陽さんが言うのだから相当なのだろう。
「まあ、会ってみればわかるから。理玖哉くんも行くから」
「その間千咲都はどうするんですか?」
「理玖哉くんがいないからがっちりガードするしかないね。家から出さないつもりだよ」
「一人で行きますよ。番犬は千咲都のそばに置くべきだと思いますし」
さりげなく水戸を番犬扱いした。
「いいの?その子、武器とかめっちゃ隠し持ってるけど」
「連れて行きます」
気づいたらそう返事していた。
空港のロビー
「………ナニソレ」
美紅が理玖哉に差し出された紙袋を指差す。
「名津陽さんが、どっちかがこれ着て会って欲しいってさ」
「私はやだよなんでわざわざ制服なの?ウィッグまでつけるなんて」
ちらっと覗いた紙袋の中には、黒い髪の毛の塊が見える。
「…名津陽さんから伝言」
「何…」
理玖哉は小さなメモを美紅に渡した。
数分後、ある人物が大きいスーツケースをガラガラと引きずりなからロビーにやって来た。
「ああ、やっと着いた!!」
人目を気にせず、彼は叫んだ。
周りの人たちはドン引きで、丸く彼から離れるように円ができていた。
「やっと彼女に」
むふふと笑っていると電話がかかってきた。
「もしもし。名津陽?なんの用だい?」
「制服、迎えに持たせたから」
「そっそれは!!迎えってのは!!!?」
「メール、写メ送ったから」
慌てて電話を切り、メールを立ち上げる。
後ろ姿ではあるが、黒髪に制服。
「千咲都!!」
慌てて周りを見渡し、黒髪に制服の人物を探す。
「いた!!!!!!」
素早い動きで人ごみをかき分けてその人物の元へ駆け寄る。
重い荷物を担いで。
「千咲都!ずっと会いたかった!!」
荷物を降ろして彼はその人物に抱きついた。
思いっきり。
人の多い空港のロビー、待ち合わせのベンチの横に
染谷が横たわっていて、
そんな染谷を片足で踏んでいる美紅がいた。
「えげつねえ…」
パシャり。
少し離れた場所で理玖哉はスマホで写真を撮りながら呟いた。
〜数分前〜
「名津陽さんから」
清谷 美紅さんへ
その紙袋に入っているのは千咲都の制服、迎えに行って欲しい人をおびき寄せるためのものです。
ほら、大勢の中から探すの大変だから。
それに千咲都の制服着てた方が安全だと思うよー。
だって千咲都のことが好きな人間だから、千咲都の制服なんてあっちからしたら プレミアだから。
古くなったやつだからもう千咲都は着ないけど千咲都の着用済み制服です。
あと紙袋の底に対策グッズも入れておきました。
使ってね。もう一度言います。
制服は千咲都の着用済みです。
名津陽
しばらく重い空気が流れたが、美紅は立ち上がって紙袋の中身を再度確認した。
紙袋の底には護身用のスタンガンが入っていた。
そして今に至る。
「…えげつねえ」
本日2回目ののえげつねえ。
「しょうがないでしょ!!正当防衛!!!」
正当防衛、セイトウボウエイ、セイトウボウエイ。
理玖哉は先程の美紅の行動を思い返した。
黒髪の男子が「千咲都!ずっと会いたかった!!」
と叫び、変装している美紅に抱きついた。
それに対して美紅は急所にスタンガンを当て、
急所に蹴りを入れ、
スカートの中身が短パンなのをいいことに踵落とし、
一本背負いを繰り広げ、
彼の重心を足で踏んだ。
「正当防衛……なの?」
ヒュンッてした。
周りの人にはすみません知り合いなので大丈夫です、と言うと何もなかったかのように去って行った。
知り合いだとしてもなにも大丈夫じゃないが。
「ところで名津陽さんが迎えに行ってくれって言った人なのに、ボロボロにして大丈夫なのか?」
美紅は小さく「あ」と呟いた。
「…ど…かせ… 重い」
美紅がそっと足をどかしてしゃがみ、彼に謝った。
「ごめん、ちょっとやりすぎた」
ただ、美紅の顔は全く反省しているような表情ではなかった。
学校の職員室
「せんせーこれ生徒会の日誌〜」
「おお月夜、ありがとうな」
先生が月夜の顔をじっとみる。
「どうしたんですか先生。オレの顔に何か付いてますか?」
「あっそれともオレの顔に惚れちゃいましたか?やめといた方がいいですよ〜?」
人生終わりますから。
ケラケラと笑っているが目は笑っていない月夜。
正直彼が何を言っているのか先生にはわからない。
とりあえず先生は考えていたことを口にした。
「お前、黒髪だった時あっただろ?入学式の時」
「ああ、ありましたね。すぐにレインボーに染めましたけど 」
入学式。
彼は新入生代表として挨拶をした。
そのときまでは黒髪で、次の日にはケロリとした顔で頭をレインボー色に染めてきた。
めちゃくちゃ先生に怒られたが、先生は何もできなかった。
(親もいない、保護者もいない。でも頭だけはいい)
不思議だった。
彼のプロフィールは名前、性別、生年月日、血液型、身長体重、現在の住所のみ。
それなのに学校側は平気で彼をここに入れた。
そして先程また一つ、疑問が生まれた。
「月東、お前親戚はいないんだよな?」
「その呼び方、次やったらテメェの個人情報バラまくぞなんつって、いませんよ。現在は」
月東 月夜は自分の名字で呼ばれることを嫌がる。
たとえそれが先生だとしても。
「この子、転校してくるらしいんだがお前知ってるか? 」
一応個人情報だけは伏せて、顔写真だけみせる。
「あっはははは、うっわそっくり。まじかよきっもちワルッ!!」
うげーっと大袈裟に振る舞う月夜。
その写真は染谷の顔写真だった。
「お前の親戚とかじゃあないんだな?」
「その子、違いますよ。似てるけどオレの血縁者じゃないです」
月夜はずっと持っていた日誌をぽいっと机に置き、後ろ姿で手を振りながらこう言った。
「本当に、違いますよ」
だってそんな顔の血縁者、いないですもん。
「いきなりなんなんだ。名津陽の下僕か?」
パンパンと払いながら染谷がスクッと立ち上がる。
あんなに蹴りを受けたのにピンピンしていて、平気なようだった。
美紅は取り忘れてたウィッグを外して、にっこり笑いながら、毒を吐いた。
「あんたこそなんなの。気持ち悪い」
どうして名津陽さんは美紅を選んだのだろうか。
どう見ても相性が悪い。
帰りたい。
そんなことを考えていると、染谷が話しかけていた。
「水戸?」
目を細めて、じろじろと顔をみられた。
なんか気持ち悪い。
彼に近づかれると吐き気がしてくる。頭がグラグラする。
「水戸、理玖哉だよな?」
「お前、生きてたのか?てっきり mgぇだcざkんflんゔぁhんだと思ってたよ」
「ごめん、何言ってんのか…わかんない…」
途中の言葉が聞き取れない。
どうして彼はオレの名前を知ってるのかわからない。
清谷は彼の言葉に非常に驚いていたが、何に驚いているのかわからない。
彼が何を喋っているのかわからない。
「まぁいいや。こんなことどうでもいいし」
「あなた…名前、聞いてないんだけど」
「染谷だよ。あんたは?」
「清谷 美紅」
「じゃあ早速千咲都に会わせてくれ。オレはその為に来たんだから」
理玖哉のスマホが鳴った。
「名津陽さん?」
「染谷には会えた?」
「わりとすぐに」
あまり染谷という人に近づきたくない、なんておかしいと思われるだろうか。
「何かあった?」
黙っているオレに名津陽さんがきいてきた。時々勘が鋭い。
「もしかして名津陽?」
「そうだけど」
「貸して」
ぱっとスマホをとられてしまった。
「名津陽、お前染谷のこと騙したな!?」
「騙してないよ」
「オレは誰が染谷を迎えに行くかなんて言ってないし」
「写真が千咲都だなんて言ってないし」
「紛らわしい!!……んで、染谷はどこに住めばいいの」
「家に帰ればいいじゃん」
「やだしあんなとこ気持ち悪いし!!」
「と、言うと思いまして、君の為に部屋をとりました。わざわざ」
微かに名津陽の声とともにカタカタとキーボードを叩く音が聞こえる。
「清谷さんのとこの、隣の部屋が空いてたから」
「はぁああああああ!?」
染谷が名津陽と話している傍らで美紅が自分のスマホをみて叫んだ。
「彼を君の家の隣に住まわせることにしたから、案内よろしくね」どうやら先程のキーボード音は名津陽が彼女に向けて打っていたものらしい。
地図が添付されている。
「貸して!!」
スマホを染谷から奪い取り声を押さえながら名津陽と話す。
「わかってやってるんですか!?」
「私の……いや、やめとこ。 なんで私の家の隣なんですか!!」
「わかっててやってるんだよ」
「ほら、君も彼のこと監視っていうか千咲都に変なことしないか見ていられるし、いざとなったら彼を盾に使えばいい」
「それに仲良くなったら君の家族のことも、なんとかしてくれるかもしれないでしょ?」
「誰があの変態野郎に助けてもらう!?冗談じゃない!!!」
勢い余ってスマホが手から滑り落ちる。
「あ」
バキッ!!
「……オレの」
理玖哉のスマホが、床に落ちて画面にヒビがはいった。
「ごめん。名津陽さんに買ってもらって。私が壊したって言っとくから」
美紅は画面の割れたスマホを拾い、通話を切って理玖哉に渡した。
「……おう」
かろうじてスマホは使えるようだった。
「じゃあ私帰るから。水戸は………」
「オレも帰る」
けど、とあまり顔は見ないようにして染谷をみる。
「早く帰りなさいよ」
その様子を無視して美紅は出口に向かおうとする。
「この人はどうするんだ?」
「さっき名津陽さんが言ってたじゃない」
「私の家の隣に住むんでしょう?」
横目で睨みつけるようにさっさとついてこいと染谷に言って、2人は空港から出て行った。
「どうみても相性悪いと思うんだけど」
画面の割れたスマホを片手に理玖哉は、騒がしい空港のロビーでつぶやいた。
美紅と染谷。二人は人気のない住宅街を歩いていた。
染谷はきょろきょろと周りを見渡しながら、落ち着きのない子供のように美紅の後をついていく。
「美紅は彼みたいに不死身になったクチかい?」
「私は真人間よ」
「へーぇ。じゃあ千咲都の役には立たないね」
美紅は彼の言葉に眉間にしわを寄せた。
「私の方が千咲都と一緒にいられるけどね」
友達だし同性だし席も近いし。
「ほう」
「別にいいよ染谷はこれから千咲都と仲良くなるから」
歩きながら、相手の顔をみないで会話する二人の顔は笑顔だったが、とても皮肉な声だった。
「着いたわよ」
5階建てのマンション。
美紅が住んでいるのは最上階の一番端。
つまり、染谷の部屋はその隣だ。
染谷の部屋の鍵は清谷のポストの中に入っていた。
「一人で住むなんて贅沢ね」
美紅は家族4人で住んでいる。
なかなか仕事で帰ってこない父、専業主婦の母。そして姉がいる。
「まぁでも荷物が後でくるからそれで埋まるかも」
染谷が全部入れれたらいいけどなぁと呟く。
「一体何を部屋で埋めるか知らないけど、床が抜けないようにね。下の人の迷惑になるから」
「ははは、確かに床が抜けて色々見られたらヤバいしな。日本じゃ捕まるしヤバいもの、見つからないように気をつけるよ」
その染谷の言葉に目を細める美紅。
「そういえばあなた武器を持ち歩いてるって名津陽さんに聞いたのだけれど」
「千咲都はそういう輩に狙われてるんだ。それくらい持つだろう?」
「そういうの、本当に危険な時以外出したりしないでね?」
内心、美紅はとんでもない奴を押し付けられたなと思った。
「ああ悪いけど私のとこ、時々うるさくなるかもしれないけど気にしないで」
「うるさい?」
「合鍵は私が持っといてってメモに書いてあったから、一応預かっとくわよ。安心して。あなたのところになんて絶対入らないから。というか入りたくないから」
美紅は染谷に鍵を渡し、さっさと自分の家に入って行ってしまった。
「千咲都はあんなのと友達なのか?」
会った時から微妙な距離を感じる。
とても気が強く、当たってくる割には怖がられているような気がするのだ。
それもそのはず、染谷は美紅が刃物などそういうものが大の苦手だということを知らない。
美紅はそのことを悟られないようにしていた。
美紅はまだ見定めようとしているのだ。
害のある人間かそうでないのか。
「なんか意味わからん奴だな…」
「うるさくなるかも」という言葉の意味がわからない。
マンションでよくある騒音のことを言っているのだろうか。
染谷はそう思ったが、美紅の言った意味を理解したのはその日の夜のことだった。
部屋に入るともう既に家具や大量のダンボールが部屋いっぱいに入っていて、少し憂鬱になったがとりあえずカーテンをつけた。
そしてダンボールを放置。
持ってきたパソコンをひらき、検索エンジンで色々と周辺のことをざっと調べる。
近くのコンビニで生クリームとフルーツのサンド、プリン、エクレア、緑茶を買ってきて今日中に終わるはずのないダンボールを横目に食べた。
落ち着いてから気づいたが、このマンションはわりと音が響く。
階段の足音はよほど大きくない限り聞こえてはこないが、誰かが帰ってくるたび集合玄関の音やそれぞれの部屋の音がガチャン、バタンと響きわたる。
「美紅って奴が言ってたのこういうことか」
そう解釈して、もう一度大量のダンボールをみる。
「せめて寝る周りは片付けないとな」
まだダンボールに手をつけていない。
正直染谷は片付けが苦手で、こちらに来る時も荷物がなかなかまとまらなくて苦戦した。
ちなみに現在の状況
寝る場所がダンボールで見えない。
美紅は一人、部屋の隅で明日締め切りの課題をやっていた。
「もうすぐ帰ってくる……」
先ほどからチラチラと時計を見てはため息をついての繰り返し。
課題は一向に進まない。
「今日も、またうるさくなるのかな」
プルルルルルルルッ
集合玄関のドアのインターホンが鳴り、あの人が家のインターホンの小さな画面に映る。
美紅は慌てて集合玄関のドアの解錠のボタンを押して、玄関の鍵を開けに行った。
「帰って、来る」
どう振る舞えばいいだろうか。
今日は機嫌が悪いか、良いか、どちらだろう。
良い方であってほしいと願いながら、廊下であの人が入ってくるのを待つ。
「…ただいま」
疲れた顔、機嫌の悪そうな顔、
「おかえり、お姉ちゃん」
今日はハズレのようだ。
「とりあえず寝る場所確保〜」
なんとかベッドの周りは空けることに成功したが もう21時。
他のは明日やろう。
ポフッと意味もなくベッドに飛び込む。
「明日から学校か……」
やっと、やっと千咲都に会える。 だんだん気持ちよくなってきて、うとうとしていると何かが落ちるようなすごい音がした。
「ダンボールが崩れたか?」
そう思って慌てて見渡してみたりしたが、どこも崩れたダンボールはない。
そしてまた、なにやら大きな声や音がした。
「この厄病神!!」
隣の部屋からだった。
つまり、あの清谷 美紅という奴の家からそれは聞こえてくる。
そして叫んでいるのは美紅ではなく、別の女の人だった。
「ケンカ?」
染谷には兄弟が沢山いる。
それ故、ケンカも日常茶飯事で、しかも激しい。
染谷にとってはケンカをよそから聞いたりするのは初めてだった。
だが、今聞こえてしまっているソレはケンカだと思っていたが、そうではなさそうだ。
美紅の声が聞こえない。
聞こえるのは別の女の人の声だけ。
一方的で、ただただ、愚痴をこぼしているように聞こえた。
きょうだいの関係なんてきっとどこも同じようなものだと思っていた。
染谷はきょうだいのなかでちょうど真ん中らへん。
きょうだいはたくさんいて少し面倒臭い。
父が違ったり血が繋がってるのかさえあやふやで。
ただわかるのは、
「みんな同じ顔できもちわるい」
そりゃきょうだいだったら少しくらい顔は似てくるだろうし、双子とか三つ子だったら尚更。
でもこの家は違う。
だからおかしい。
そう気づいてしまったのは、いとこの姉弟の存在を知ってからだった。
その姉弟に会ったのは小学校に上がる前。
染谷は似てるのに全く同じではないその姉弟に違和感を感じた。
髪色はこげ茶にクリクリの目。
姉はミディアムロングで弟は少し癖っ毛のある短髪。
「全然似てないね。あの人達」
襖の隙間から覗きながら染谷がそう言うと卓也という、年が4つ上の兄が言った。
「何もしてないから、そのうちあいつらひどい目にあうかもな」
「お前は運が良いな。今の母さん好みの顔で生まれたから」
幼かった染谷にはその言葉の意味がよくわからなかった。
でも今になってよくわかる。
あの時喋った卓也の顔は本来の顔じゃない。
母さんにかえられた、卓也の顔。
本当の卓也の顔、きょうだいの顔を染谷は知らない。
「オリジナルのままなのは染谷だけ」
優越感に浸ると同時に、恐怖が生まれた。
何もせずに済んだ染谷に矛先が向くのではないかと。
今思えば全員おかしかったのだ。
だからといって染谷はおかしくないというわけではないが、異常、異様と言えるほど性格に問題がある者ばかりでどう見ても母の影響だった。
母は美人で頭が良かった。
だがどこでそうなってしまったのか。
娘息子の顔を自分の好きな顔にかえるようになってしまった。
それも全員幼い頃から。
ほくろ、髪型、目の色なんでもかえる。
体型まではいかなかったが、まるで自分のコレクションかのように。
会えば変わったところはないかまじまじと顔を隅々までみる。
自分の子供としてではなく、一種の人形コレクションのように、母は染谷達をみた。
そんな母は染谷が中学の時に亡くなった。
悲しいとかそういった感情はなかったが、改めて一つの部屋にに集まるきょうだいの姿を見ていたら、吐き気がした。
「染谷の顔は、染谷だけでいい」
そして染谷は気持ち悪いと感じるきょうだいから離れようと家を出た。
母の影響が、外部へと漏れ出ているとは知らずに。
「染谷は世間一般のきょうだいに興味があるだけであって、別に助けたいわけじゃないし、挨拶に来ただけだ」
かすかに何かを投げる音や怒鳴る声が、清谷家の玄関のドアの奥から聞こえる。
「………それに彼女に何かあったら千咲都が悲しむだろうし……」
染谷は染谷自身にそう言い聞かせて、インターホンを鳴らした。
「この疫病神!!」
何故、こんなことを言われたのか。
経緯は簡単。
嫌いな仕事と嫌いな人間に囲まれて疲れて腹を空かしたまま帰ってきた姉。
途中で何か買ってこれば良いものを、金がないと嘆き何も食べず何も買ってこなかった。
夕食はいつも母が作るか何かしているが今日は母は出かけていて帰って来るのが遅い。
そして私は普通に、お腹が空いたからカップ麺を一つ食べた。
そのカップ麺は姉が帰ったら食べようとしていたものらしく、
私にキレた。
本当にしょうもない話だ。
だがそのしょうもない話から、ヒートアップしていく。
「食い意地はりやがって。デブ!!豚!!」
「今日はせっかく誰もいないから、一人で録画したやつみながら食べようと思ってたのに、なんであんたがいんのよ!!」
「今日も変な客、変な人間いっぱい相手してきたのにさぁ!?あんたはまだ学生だから気楽でいいよね、外で沢山遊べてさぁ?まだ働かなくてもいいし。だいたい、私の時は学費安く、上の高校大学目指せって言われてたのになんであんたは頭悪いからその辺でってなってるのよ。ほんっと不公平なんだけど 」
姉は喋り終わると最後に私にティッシュの箱を投げつけた。
確かに、姉からみたら不公平なのかもしれない。
でも言わないし言えないけど、どうしても突っ込みたいところがかなりある。
そんなに食べたかったのなら名前くらい書いとけばいいのに。
食い意地張ってるのはお姉ちゃんでしょう?
この前ケーキ買ってきたら、まだ食べないのって大事な書類書いてたのにしつこく話しかけてきて。
だいたい同じ家に住んでるんだから誰もいないなんて一人暮らしでもしないと滅多にないでしょ。
むしろなんでまだあなたがここにいるのよ。
それに仕事のこと大変なのはわかるけど、カップ麺とは関係ないしなんでいつも同じ話混ぜ込んで来るの。
確かに私お姉ちゃんより頭悪いけどお姉ちゃんみたいな頭が良いのに中身がおかしい人間にはなりたくない。
心の中で言いたいだけ言って私は部屋にこもった。
いつものことだ。
ここで何かを言ってしまえばまた収集がつかなくなる。
きっと母が帰ってきたらまた喋り続けるのだろう。
そう、いつものこと。
いつものことだから。
そのいつものことが、苦痛であるのだが。
今日はまだマシな方だ。
ひどいとカッターの音を脅すように鳴らし、死にたいと呻きながら父のベルトを首に巻きつけ、今日もホームに飛び込みそうになったと話し、更に酷い時は包丁を取り出す。
よくあるドラマのシーンで主人公かまたその登場人物が刃物を人に突き付けたり、自分の喉元に突き付けて、
「死んでやる!!」何て言って脅したりする。
でもそんなのじゃ私は怯えない。
演技なのだから。
物語の世界なら、安心してみていられる。
画面の中なら、怖くない。
実際に刃物を持った人間が飛び出してきたりなんてことはないのだから。
目の前で起こるのとは段違いだ。
姉が自分自身の喉元に包丁を突き付ける様は
ドラマなんかより吐き気のする緊迫感と恐怖で溢れている。
今日もぶつぶつと姉が喋り続ける声がきこえる。
「今日も、寝れそうにないな…」
しまったな、食べ物は盲点だった。 そんなことを考えていたら、 インターホンがなった。
「美紅〜この人なんだろ〜?」
急に大人しくなった姉。
私にでさせるつもりだ。
私はインターホンの画面をみた。
「……………」
知っている顔。というか、
「…今日隣に引っ越してきた人」
ピンポンピンポンしつこく鳴らす。
誰か出るまで鳴らすつもりか。
厄介ごとが増えた。
「隣の人…?」
とりあえず訝しげに私をみる姉を放置して玄関のドアを開けた。
「や」
二人とも、玄関でかたまった。
染谷はなんで来てしまったのだろうと心の中で嘆き、美紅は姉の手前とりあえずこんばんはと言った。
「隣に引っ越してきた染谷と申します。美紅さんとは夕方頃にお会いしたんですけど一応他のご家族の方にご挨拶をと思いまして」
染谷は少し首を傾けて、美紅の後ろのほうにいる美紅の姉をみた。
「先程凄く大きな音と怒鳴り声が聞こえたんですけど大丈夫でしたか?」
染谷はにっこりと笑った。
美紅は後ろの姉を見ずに染谷の顔をみた。
正直、今の姉の顔を見るのが怖い。
「大丈夫。変な虫が入ってきちゃって、びっくりしちゃっただけだから」
「退治しようか?」
「もう片付けたから」
お願いだから余計なことをしないでと、染谷を睨みながらドアを閉めようとした。
「まだ片付けきれていないみたいだけれどいいのかい?」
染谷はドアを足で止め、美紅にしか聞こえない声で囁く。
後ろの姉がイライラした様子でトントンと腕組みをしながら指を動かしている。
「何するつもりよ」
「終わったら明日片付け手伝って」
「はぁ?」
「嫌よ。あんたの部屋入れっていうの?」
「水戸も連れてきて良いから。なんなら千咲都も連れてきて良いよ!!」
「それが狙いなのね」
「千咲都は絶対連れてかない」
「なんでだよ染谷がここに来た意味ないじゃんか!!」
「嫌よわざわざ千咲都を変態のところに行かせるなんて!!」
「誰が変態だこら。染谷は千咲都のためにわざわざ地球の裏側から飛んできたんだぞ!?」
「千咲都の見分けもつかなかったくせに!」
「うるさいな暴力女!!まだ千咲都に直接会ったことないんだよ!!!つーかあの時のやつ普通の人にやったら骨折れてたぞ!?」
「普通の人にはあんなことしないわよこの変態野郎。気に入ったのならもう一度やってあげようか!?」
ぎゃいぎゃいと気づけば姉を放置し、二人の千咲都を巡る争いへと発展していった。
「………あなた達、これ以上喋るならよそでやりなさい。うるさいから 」
(それ、お姉ちゃんが言う?)
(それあんたが言うのか?)
二人とも同じようなことを思ったが、口には出さず外に出た。
「お姉ちゃん、少しだけこの人と話があるから」
「あっそ。私疲れたからご飯適当に作って食べてもう寝るわ」
パタンと玄関のドアが閉まった。
意外とあっさり。
「で?さっき何しようとしてたのよ」
「何って?」
「片付けるだの何だの言ってたじゃない」
ああそれね。
といいながら染谷はがさがさとコンビニの袋から牛乳プリンと何か小さな袋を取り出した。
「睡眠薬を振りかけた牛乳プリンをプレゼントしようかと「馬鹿かあんたは!!」
その後、染谷は牛乳プリンと睡眠薬とともに美紅に吹っ飛ばされた。
「おーはるるーん。元気にしてたー?デートしよデーーーーート!!!!」
「嫌です」
生徒会室に入って来た天ヶ瀬春音を月夜は口説きまくる。
「えーいいじゃーんだってもう仕事終わらしちゃったし暇だもーん」
「私は暇つぶしですか」
「違うよ、春ちゃんの為に仕事終わらせたんだよ」
月夜は少し悲しそうな顔をしたが、春音は見えていない。
いや、みえていないから悲しい顔をしたとも言える。
「月東くん」
春音はこれじゃ私生徒会にいる意味無いじゃない、とわざと月夜の嫌がる呼び方をする。
「私、月東くんのことは嫌いです」
「なーんで?」
「月東くんの声は気味が悪い。いつも偽ってる声。何を隠してるの?今日だって、この生徒会室に入る前止まったでしょう?すぐに入ってこればいいものを、何を躊躇しているの?」
「はははー春ちゃんはいつも感が鋭いよねー」
月夜は袖の中に突っ込み、アームカバーに近い黒いグローブに隠された手ををさする。
彼の顔以外の肌は誰も見たことがない。
水泳の授業は休み、夏はずっと制服の下に長袖のTシャツを着ている。
しかも黒だ。 身体測定の時なんて彼は休んでしまう。
「春ちゃんは、そんなにオレのこと気になる?」
「オレのことそんなに好き?」
「嫌い」
月夜はそれを聞いて、笑顔を浮かべる。
「それでいいんだよ春ちゃん」
「オレのことは嫌いでいてもらわないと」
一歩春音に近づき、春音は後ろに後ずさる。
「そのまま嫌いでいてくれよ、春音」
その微かな声は月東月夜のものではなかった。
「ただいま、名津陽さん」
理玖哉が空港から帰ると、名津陽の他に見覚えのある人がリビングにいた。
「おつかれ様、理玖哉くん」
「佐藤さん、なんでここにいるんですか」 理玖哉の顔が少し険しくなった。
「りっくん、大丈夫だよ。千咲都には2階から出るなって言ってあるから。佐藤さんは警察の中でまだ信用出来る人だろ?」
「………だからって佐藤さんって……」
警察で、いつも手続きやらをしてくれている佐藤さんをこの家に入れるのを嫌がるのには訳がある。
「殺意は、もうないよ」
彼は殺意を持ち、千咲都を襲ったことのある人間。
「そんな簡単に消えるものじゃあないでしょう、」
理玖哉は彼に刺されたこともある。
それが千咲都の体質と、殺意の所為だとしても。 もし彼がまた殺意を持ってしまったら、 そう思うと千咲都には近づけさせたくなかった。
「まぁ確かに犯人のことはまだ許せないけれどね」
彼はとある事件で同僚を失った。
その時の犯人に対する殺意で、たまたま通りすがりの千咲都へと向かってしまった。
たまたまとはいえ、その時千咲都のことを守っていた理玖哉を刺してしまったのだ。
当時理玖哉達が中学3年生の時だった。
「あの時は本当にすまなかった」
「こうはいっても、償えるようなことじゃないけれど」
警察官なのに、誰かを傷つけてしまうなんて、と佐藤さんは呟いた。
それでもこの仕事を続けているのは、彼らに何らかの形で少しでも償いたいという気持ちからだった。
殺意を持った人間なんてそこら中にいる。
日本は比較的平和な国なのだろうけれど、それでも内側に殺意を持った人間は何千、何万といるだろう。
かつての自分のように、殺意を持った人間から彼らを少しでも守りたいという気持ちが、佐藤さんにはあった。
「じゃあ理玖哉くんが戻ってきたし、そろそろ帰るよ」
「なんかすみません。ありがとうございました」
「また何かあったら言ってよ。私にできることならやるからさ、」
佐藤さんは理玖哉に目を向けたが理玖哉は目を逸らした。
「できればあなたにはお願いしたくないです」
「りっくん」
「あなたの所為で、千咲都は、」
千咲都はオレのことを忘れたんだから。
いつも通り、と言ったら良いのだろうか。
私は何事もなく、あの始業式の時のような精神が乱されるようなこともなく、ただただ、勝手に時が流れていく。
そんな日を過ごした。
ただ、今日はどこかいつもと違うような気がした。
美紅は用事があると言って早めに帰っていったし、帰ったらお兄ちゃんにお客さんが来るから絶対に2階から降りてくるなと言われた。
ただ、理玖哉くんは相変わらずだった。
教室では授業の時しか見かけないし、家では家事を手伝ってくれたりはするけれどいつも愛想笑いばかりで接し方がわからないまま。
「嫌われてるのかな」
始業式の時、少しはまともに向き合えたような気がするのに、また一番最初のふりだしに戻ってしまったような気がする。
とはいえあの始業式の時のアレ は、ない。
ちょっぴり後悔とともに恥ずかしさがこみ上げてきた。
「でも理玖哉くんがここに来てそんなにたってないん……だよね?」
こんなに彼の事が気になるのは何故だろう。
彼の事をみていると、モヤモヤするのだ。
離れていても同じ。
姿がみえないのが、不安でたまらない。
「私、理玖哉くんのこと」
ガンッ
「なんの音?」
突然下のリビングの方から大きな音が聞こえた。
千咲都は音を立てないように階段を降りてリビングを覗こうとした。
「近づくな!!!!!」
千咲都は思わず壁の後ろに隠れた。
自分に向けて言われたかのように、心臓の鼓動が大きくなっていく。
「もう嫌なんだよ。確かにいつも助けてもらってるし、感謝もしてる」
でも、と理玖哉は続けた。
「殺意が湧いてきそうで、怖いんだよ」
「オレの居場所をまた奪ったクセに、って」
千咲都は理玖哉があんなに震えた声を出している事に、驚きを隠せずに声にだしてしまいそうだったが、口を手で押さえた。
(居場所?殺意?理玖哉くん、誰と何を話してるの?)
「やっぱり、無理してたんだ」
聞きなれた兄の声。
兄はいつもの調子で続けた。
「オレは別に理玖哉に無理に続けてもらおうだなんて思ってないよ。そこまで無理して過ごしてるってなら、やめてもらっても構わないし約束の事は気にしなくてもいい」
探偵の助手の事についてなのだろうか。
本当の事を何も知らない千咲都はそう考えた。
「だから……」
「名津陽さんは、元からオレと関わりたくないんでしたよね」
「オレ、やっぱり必要な時以外ここにいるのはやめときます」
そう言って、理玖哉はリビングを勢い良くとびだした。
「ひゃっ」
ちょうどその時千咲都と軽くぶつかったが、理玖哉は千咲都を見るとすぐに顔を背けて、靴を履き替え始めた。
その際一瞬だけ見えた理玖哉の顔は、とても辛く、悲しそうだった。
「り……理玖哉くん、どこ行くの?」
「……ごめん、出てく」
「なんで?」
「なんでって」
千咲都に、そう言いかけて彼は止めた。
「オレみたいな化け物、いて欲しくないだろ?」
千咲都は何も言い返せなかった。
そんな事ない、思った事もないと、伝えたかったのに。
理玖哉の笑った顔がそうはさせてくれず、呆然と立ち尽くしたまま、
がちゃん。
玄関のドアはゆっくりと、小さな音を立てて閉じた。
「お兄ちゃん。さっき、理玖哉くんと何を話していたの?」
「千咲都、上から降りてくるなって言っただろ、戻れ」
なんで、私だけここにいちゃいけないのか。
お兄ちゃんの側にいた男の人をみたが、その人はすぐに私から目を背けた。
(この人、どこかでみたことある…?)
お兄ちゃんはすぐに私の両肩を掴んで、ぐいぐいと部屋から追い出そうとした。
「いいから、早く戻れよ」
私はその手を振り払って、
「私、理玖哉くん、探してくる」
「バカ!!!!!!お前が行ったら刺されるだろ!!」
兄は慌てて口を塞いで、悪い、と小さく呟いた。
兄が怒鳴っているところをみるのは久しぶりだった。
幼い頃、記憶は曖昧だが兄に何かを問いかけたところ、ものすごい形相で怒鳴られ、部屋から追い出された事がある。
その時ほどではなかったが、少しだけあの頃の面影がみえた。
「…殺意を持った人間は時々、対象を変えるときがあるんだ」
「だから」
「じゃあ、なんで理玖哉くんは出て行ったの!?なんで、あんなに辛そうな顔をしてたの?」
名津陽は目を泳がせて俯いた。
リビングのほうから微かに名津陽くん、と男の人の声が聞こえた。
だが名津陽は聞こえていないのか、微動だにしない。
「もういい、お兄ちゃんはいつも私に何も教えてくれないから。だから、自分で確かめるよ」
その頃、地図アプリを起動して歩き回る少女が山川家の近くに来ていた。
とはいえ彼女達に用があるのではなく、その近くの公園である人物と待ち合わせをしていた。
「この辺道が入り組んでてよくわかんないんだよなー」
天ヶ瀬冬香が学校のスカートの裾が短い着崩した制服姿とは裏腹に、上品なお嬢様をイメージさせるワンピース姿で、スマホとにらめっこをしていた。
「この前も3時間かかったのに今日もか」
そう、彼女は意外にも機械&方向オンチだった。
「秋良にはきけないし、先輩に聞くのもなぁーウザいし、」
「なにもあんな気持ち悪いキャラ作りしなくても」
ブツブツと独り言を言っていると、前方から見覚えのある少女が制服姿で走って来た。
「ちょっ!?ちょっと待って!!」
冬香は驚くと同時に慌てて彼女を追いかけて引き留めた。
天ヶ瀬冬香が引き留めたのは、山川千咲都。
無意識に殺意を集めてしまう少女だった。
(なんでこんな所にいるの!?)
彼女は不安げに首を傾げ、冬香は思わず掴んでしまった手を離した。
千咲都の目は心なしか赤く、袖口も少し濡れていた。
「ごめん、うちの学校の子だよね?しかも同学年」
「え、あ、そう、なの?」
「あのさ、ちょっと道に迷っちゃって。今暇?」
「あ…今人を探していて…えっ?ちょっと!?」
急に冬香は千咲都を引っ張り、冬香の来た道を走り出した。
「この辺に公園、ある?」
放り投げるようにスマホを千咲都に渡し、アプリの地図を見せた。
「………このまま真っ直ぐ突き当たりで右に曲がるとある」
幼い頃よく遊びに行っていた記憶があるけれど、最近ではあまり寄ることのない公園だった。
千咲都は何故私は彼女とその公園に向かっているのだろうと疑問に思ったが、闇雲に理玖哉を探すよりはいいだろうと、ついて行くことにした。
だが、その一方で冬香は内心とても焦っていた。
やばい。
やばいやばいやばいやばいやばい!!!!!!!!
千咲都の後ろの遠くのほう。 かなり距離はあったが、人影があった。
(手に、持ってた)
目の当たりにしたのは初めてだったが、すぐに分かった。
虚ろな目。
絶望的な顔。
手には凶器。
(あれが、人間に対する殺意を持った者)
そして彼女はそれに気づいていない。
彼女自身は知らない。
彼らを引きつけていること。
おそらく彼女が探している彼が、彼女を守り続けてきたこと。
彼もまた知らない。
彼自身も狙われていること。
(もしも、私が彼女を人質にとって、彼を捕まえたら)
ふと、黒い感情が湧き上がったが、冬香は首を振ってその考えを振り払った。
(今は、そんなことをしている場合じゃない)
ちょうど突き当たりに差し掛かり、右に曲がると公園を見つけた。 その隣には小さな交番もある。
公園を通りすぎると千咲都はあれ?公園……と小さな声で言ったが冬香はそれを無視して交番に駆け込んだ。
そして大きく息を吸うと、
「助けてください!!さっき近くに下半身露出してる不審者が刃物持ってウロウロしてました!!!!」 かなり脚色をして、盛大に叫んだのだった。
「どうしてあんな嘘ついたの?」
警察官が天ヶ瀬 冬香に問いかける。
「どうしてでしょう」
あの後無事刃物を持った人は捕まったらしいが、私と彼女、山川 千咲都は交番で少しの時間、事情聴取を受けていた。
「虚構の犯罪事実の申告は犯罪になっちゃうんだよ?今回は本当に刃物持った人だったけど、盛りすぎだよ」
「ふふっ」
天ヶ瀬 冬香は思わず笑った。
「虚構じゃない申告でも信じてもらえない時があったから、つい。ごめんなさい」
あの時、その人を彼女と会わせてしまっていたらきっとその人の殺意は一直線に向かって、彼女は刺されていた。
だからあんなに脚色したのだ。
山川 千咲都と殺意を持った人間を合わせてはいけない、と。
「ああ、そうそう。この子は山川千咲都ちゃん。人を探してるんだってさ」
冬香は偉そうに脚を組んで、隣を指差した。
「あっあの茶髪の、私と同い年くらいの男の子みかけてませんか?」
急に振った所為か、千咲都は慌てて質問した。
「山川?」
警察は少し顔をしかめたと思ったら笑顔で返答した。
「あ、ああ。その子が。その子が刃物持った人を捕まえてくれたんだよ。いつも危ないからダメだよって言ってるのにねぇ……」
「その子どこにいる?」
「公園の方に行ったよ」
「よし、行こ。警察の人ありがとー」
私は彼女を手を引っ張って交番を出た。
去り際に警察の人が私に向かってごめんと両手を会わせているのが見えた。
「やっと気づいたか」
冬香は警官を冷たい目で一瞥し、二人は公園へと急いだ。
水戸 理玖哉は公園のブランコに座って、私達が公園に入ってくるのを見ていた。
どうやら彼女が近くにいる事を知り、待機していたようだった。
「あの人?」
「うん、でもどうしよう何話せばいいのか全く!!!」
山川 千咲都はプチパニック状態で頭を抱えていた。
「……何があったのか知らないけど、仲直りはしといたほうがいーと思うよ?」
じゃないと君、死んじゃうよ?と心の中で呟き、私は彼女の背中を軽く押した。
「ほら。道案内あっりがとーね!!」
にっこりと作り笑いを浮かべ、彼女が水戸理玖哉の元へ行くのを見送った。
「チャンス……なんかじゃない。だめだ。これでいいんだ」
そう呟いて、待ち合わせ場所の時計塔の横の鉄棒に腰かけてぼうっとしていると、後ろから声がした。
「冬香ちゃん」
ちょっとチャラめの、でも少し疲れた顔をした男子高校生が立っていた。
「ああ田原先輩、元気でしたか?」
「うん。なんとか、ね」
イマイチな反応に、私は鉄棒から降りて、彼の背中を思いっきり叩いた。
「いでっ」
「だめだろーシャンとしてなくちゃ!!バスケ部のエースなんだろ!!」
「って、きっと大神先輩だったら言いますよ。田原せーんぱい」
「はは、そんな元気に言うかな?」
あいつは結構冷静沈着タイプだったから……と田原先輩は一瞬笑って、目を伏せた。
「さっきさ、大神のカーディガンと似たのを着てる子がいてさ」
「間違えて呼び止めそうになったよ」
「あいつのカーディガン、胸のとこにワッペンついてんだ。狼のシルエットの」
おおがみなだけにおおかみってウケるだろ?と一瞬顔を上げて笑ったが、すぐに下を向いた。
「ブランド物じゃなくて、自分で縫いつけてたんだ。女子力たけーよな」
「田原先輩、大神先輩は一応男子です。……女子力高いけど」
「はは、そう…だよなー。女子は春音ちゃんと、冬香ちゃんと」
「彼女さんがいるじゃないですか」
「うん、まぁ…。そうだけど」
「時々、ふっと斜め後ろをみちまうんだ」
「すげーよ冬香ちゃんは。今でも続いてんだろ?あれ。春音ちゃんはまだ気づいてないんだろ?」
「田原先輩」
「なんだろうな。なんでだろうな」
わかっているのに、つい、探してしまう。
誰といたって、探してしまう。
彼は、もう。
本当は彼女にも気づいて欲しい。一人の友人として。
けれどそれでは彼女を傷つけてしまう。
親友の大切な人を。
ああ、どうして気づいてくれないんだ。
「もう、大神 錦はこの世にいないのに」
「り、理玖哉くん」
理玖哉は千咲都をみるとすぐに目を逸らし、俯いた。
何を言えばいいのかわからない。
二人とも必死に話題を探し悩んだが、先に口を開いたのは千咲都だった。
「そういえばカーディガン、朝のと違うね」
「着てたやつ、学校で捨てられたみたいで代わりにもらった」
そっけない言い方しかできずに理玖哉は内心しまった、と思ったが、千咲都は
「そっか」
と笑って隣のブランコに座った。
「なんで、こんなところに?」
「なんで追いかけてきたの」
と言うのも、勝手に意味のわからないことをいって出てきたというのに、少し恥ずかしいような気がしてそんな言い方をした。
それなのに、千咲都はストレートに返してきた。
「だって、急に、出ていっちゃうから」
「なにかあったのかなって」
「いつも理玖哉くん、笑ってるけどつらそうだもん」
千咲都はそうぽそりといったが、理玖哉はそれを聞き逃さなかった。
「オレ、そんなに笑ってない?」
「全然、笑ってない。というか、愛想笑いすぎて不気味だよ」
そんなにストレートに言わなくても、と理玖哉は内心思ったが、どこかホッとしている自分がいた。
「私は理玖哉くんの事情は何も知らないから、何も口出しできない」
「でも、やっぱりそんな顔してる理玖哉くんが嫌だから」
「だから」
その先の言葉がみつからない。
私は何を言っているのだろうと、何故だか少し顔が熱くなる。
理玖哉はまっすぐ、千咲都をみた。
「……千咲都は、不死身ってどう思う?」
「気持ち悪いとか、思ったり……「しないよ!!」
千咲都は食い入るように、そう答えた。
同時に、ブランコの鎖がカチャリと鳴った。
「じゃあ」
「殺意を集めてしまう……ことに関しては」
少し、声が震えた。
こんなことを彼女に聞いてどうする。
彼女はまだ思い出していないというのに。
「よく、わからない」
千咲都は少しうつむき気味に答えた。
「でも、さっき女の子がそういう人がいたって言ってて、すこし怖いなって思った」
「もしも近くでみたら、かなり怖いとは思うよ。たぶん、立ち尽くしちゃって、何もできないと思う」
「殺意を集めてしまう力があるって、この前話したよね」
どんなに仲が良くても、だから、怖い。
その仲良い奴が殺意を持ったとして、その相手が違う奴だったとしても、その殺意は。
みんな、いつ敵にまわるかもわからない。
「佐藤さんって人……さっき名津陽さんといたと思うんだけど、一度殺意を持ったことのある人なんだ」
幼い頃から良くしてもらってた人で、不死身になったあとも色々お世話になった。
でも、佐藤さんの同僚が事件で亡くなった時、殺意が芽生えたらしくて、
「そのまま……オレのとこに、来た」
「怖かったよ。別人みたいだったから」
「終わった後、何度も謝りに来てくれたけど、やっぱり、怖かった」
千咲都には言えないけれど、佐藤さんが千咲都を刺したらどうしよう、って考えがずっと頭から離れない。
でもそれは名津陽さんも、清谷(美紅)についても、自分自身も同じだ。
みんな殺意を持てば、千咲都を刺すかもしれない。
「佐藤さんって人のことは、嫌いなの?」
「嫌いなわけじゃない」
「良くしてもらってるし、嬉しいけど、怖いだけ……かな」
「じゃあ。それ、伝えに行こうよ」
「へ?」
「お兄ちゃんちょっと捻くれてるとこあるから、はっきりいわないといじめてくるよ?」
「佐藤さんにも」
ちゃんといわないと。
そう言って千咲都はブランコから降りて立ち上がった。
「だって、殺意を向けてきたっていったってその…力の所為?不可抗力?なんでしょ?」
「まだ理玖哉くんに会いにくるってことは、少なくとも理玖哉くんと仲直りしたいというか」
「ぷっははははっ」
思わず笑ってしまった。
本当は殺意を集めてしまうのは千咲都で、オレは千咲都を守る代わりに名津陽さんに居場所を貰う。
佐藤さんはオレを刺してしまったこと、千咲都が記憶を失うきっかけをつくってしまった後ろめたさから、こちらの様子を伺いに来ている。
いわゆる罪滅ぼし。
それなのに彼女は。
「理玖哉くん?」
「そうだね」
「そうか、はっきりいわないと、名津陽さんにいじめられるのか」
「うんそうだよ?まわりくどい言い方すると尚更」
「結構長い付き合いなのに気づかなかった」
「もしかしてずっといじめられてた!?たまには怒っていいんだよ!?」
「理玖哉くんひたすら愛想笑いしてたし、絶対、お兄ちゃんそういうのいじりたくなるタイプだよ!?」
「なにそれ。名津陽さん思ってたより捻くれ者なの?」
「そうだよ。だから、もしお兄ちゃんに何かいわれたら私に言って」
「私が、理玖哉くんのことまもるから」
「……なにそれ」
逆だろ。
「…えっ?ちょっ!?りくやくん!?」
千咲都がオレの顔をみてうろたえ、ポケットからハンカチを取り出した。
オレはその差し出されたハンカチを受け取らないで、首を振った。
そっか、そうだ。
千咲都は何も知らない。
オレは千咲都を守らなくてはいけない。
たとえ彼女が何回オレのことを忘れても。ただ、今だけは。
「…っ…ありがとう」
ずっと抑えてきた感情を、溢れる涙を抑えずにいても良いだろうか。
自分のことを人としてみていてくれる事を、嬉しく思っていても良いだろうか。
今日だけは自分の為に、生きていても良いだろうか。
※この物語はフィクションであり、実在の人物及び団体とは一切関係ありません。
「あーもうッ!!アンタの所為よ!!染谷!!」
現在、清谷 美紅と染谷の二人は全速力で走っていた。
「卵料理作るのに平然と電子レンジで生卵そのままチンするアホ初めてみたわ!!!!」
朝早く染谷が美紅に「キッチンが使えなくなった」とメールをしてきたため、なんのことかと染谷の部屋(キッチン)に入るとそこにはとんでもない惨状が広がっていたのだ。
とりあえず美紅は家から簡単に食べられるものをと、食パン、バナナ等自分のキッチンからもっていったが「甘いのじゃなきゃ無理」と言われ即席フレンチトーストを作って染谷の口に突っ込んだ。
昨日メールで『染谷はなにもできない子だからお世話よろしく。』
と名津陽からきていたが、まさかここまでとは思っていなかった。
(コイツ千咲都を守るとか言っておいて何もできないんじゃ…?)
「さっきからうるさいよ、美紅」
「今誰のせいで遅刻しそうになっていると思ってんの!?ていうか名前で呼ばないで!!!」
「君だって染谷のこと名前で呼んでるだろ」
「アンタの場合名字知らないもの。というか名字何?」
表札を染谷にしていたので、てっきり名字だと思っていた。
「言いたくない」
「はぁ?」
そんな二人の背後から声がした。
「おはよう……今日は遅いな」
眠たそうでもなく、焦ってる風でもなく、ただ服は少しよれている理玖哉。
先ほど1人片付けてきたところだった。
「そうなの。コイツの所為で、今遅刻しそうなの!!!」
「染谷、くんだっけ」
理玖哉は染谷の顔から少し視線を外して言った。
そのことに関しては染谷は特に気にする風でもなく、
「染谷でいいよ、水戸」
普通に笑いかけた。
「なんで水戸は水戸なのよ。ところで水戸、今日なんか目赤くない?」
「ちょっと夜更かししてただけだから。もうすぐテストあるし。オレ急ぐから、先行ってる」
本当は、昨日思いっきり泣いただなんて言えない。
水戸 理玖哉は誤魔化しつつ、全速力でその先にいるであろう千咲都を追いかけに行った。
「おお、水戸って足速いな」
染谷は走りながら目を細めて水戸 理玖哉の背中を見送った。
殺意の人間をいち早く察知し、尚且つその人間に刺されるか、気絶させるかをする。
とりあえず大騒ぎにならぬよう警察を呼び、そして気付かれぬよう千咲都の後をつける。
まるでその生活は忍者だった。
「さすがに何年も千咲都を守りながら生活してたらそうなるわよね」
美紅の言葉に染谷は急に足を止めた。
「ちょっと待て。どういう事だ。千咲都を守り?」
「…名津陽さんから聞いてなかったの?」
「きいてない、どういうことだ」
教えろ、と至近距離で迫られ、美紅は渋々知っていることを全て口早に説明した。
「はーいチャイム鳴ったから遅刻ねーはい、名簿にチェックうっていくから学年クラス番号言ってってねー」
「うーわっまじかよ」
校門で生徒会達は遅刻のチェックをしていた。
今日は職員会議があるため、生徒会がかわりにやっているのだ。
「珍しいっすね。副会長が遅刻チェック参加するなんて。いつもサボってばっかなのに」
「ははは。この姿でいるとブーイングがでそうだからね」
金髪に厨二感溢れるおかしな手袋。
どう考えても校則違反の塊だった。
「あ、やっと来た来た」
「ごめんやまっとちゃん、名簿やっておいてくれる?」
「え?あ、はい」
月東月夜は書記の上岡大和に名簿を渡して、ぎゃいぎゃいと傍目からみたら夫婦喧嘩をしているような男女の元に向かった。
「やっと来た来た、転校生。染谷くんだっけ、初めまして」
月東 月夜は黒の穴あき手袋をしたまま、右手を差し出した。
「オレは月東月夜。月に東、月の夜で、がっとうつきやと読みます」
美紅は目を見張り、彼らを見比べ、染谷は眉間にしわを寄せて一言。
「最悪だ」
「うん、オレも正直最悪の気分だよ」
『同じ顔に会うなんて。』
「ここなら、人来ないし人払いも頼んであるから」
清谷美紅、彼女には席をはずしてもらった。
今から話すことは、二人にとっても他人には聞かせたくない話だった。
「まずは先に聞いてもいいかな」
「何を聞きたいか知らないけど、内容によるけど」
「いいよ、それで。一応言っておくと、」
「君の、本当の名前。オレ知ってるよ」
先生がみせてくれた染谷の顔写真。
その顔写真以外の個人情報は隠しているつもりだったようだが、月夜は職員室に入った時点でもう見ていた。
「フルネームは、品須川 染谷くん」
だよね、と月東月夜はにこりと笑った。
「やめてくれないか。その名字はなんだか好きじゃないんだ」
シナスガワ。
語呂だけじゃない。
品須川家のやっている事を示しているようで、染谷は嫌っていた。
「…思い出した、センパイ、アンタの名前染谷も知ってる」
「姿形、全部嘘だろう?」
オリジナルなのは染谷だけ。
いつだったか、どの姉だったか忘れたけれど、姉が言っていた。
『新しい家族ができる』
誰かが結婚したわけでもなく、妊娠したわけでもなく、姉は言っていた。
その意味がようやく分かった。
そういえば何番目かの弟が
「お母さんとお姉ちゃんを止められるのは誰なんだろうね」
と言っていた。
その時オレは母も姉にも興味がなく、寧ろ関わりたくないと思っていたから何も聞き返さなかったけれど。
確か弟はついつい口が滑っちゃう性格だったから、その後独り言のように内容を漏らしていた。
詳細はよく覚えていないけれど、その関係者についてはよく覚えている。
じゃあこの人は誰だ。
「月東は母の旧姓」
「姉はロマンチストで母にとてもよく似ていた」
月東月夜と、ただ単純につけただけではないだろう。
月があって化けるのは何だ?
「染谷は悪くない。でも一応謝っておく」
「アンタの人生を終わらせてしまったことを」
※この物語はフィクションであり、実在の人物及び団体とは一切関係ありません。
(なんか…遅刻したけど転校生を連れて来てくれたから今日は見逃してあげるって言われたんだけど。
金髪の3年の先輩。
染谷にそっくりで、手には黒い日焼け対策の手袋みたいなものをつけていた。
(めちゃくちゃ気になる)
兄弟?親戚?でもあんなに顔だけ似ているなんて、一卵性の双子とかだったりして。
(それはないか)
このまま教室へ行ってもいいが、どうせ遅刻だしホームルームは終わっているだろう。
体調不良でトイレにでも言っていたと言えばいい。
一応、名津陽さんに報告でもしておこうか。
そう思ってスマホを取り出した時だった。
まって!!と言う大きめの声が、廊下に響いた。
「さっきの、見なかった事にして!!」
「!?」
色素の薄い髪色の、前髪ぱっつんの女の子。
前に千咲都が3年の先輩と話している時にいた子だ。
「お願い、誰にも言わないで。先輩とさっきの人がそっくりだとか、言わないであげて」
「先輩は、さっきの人と関係ないって事にして」
その女の子はかなりの至近距離で食い入るように、私に言ってきた。
「なんで?」
「そうじゃないと、 先輩が、」
私の素朴な疑問に、彼女は息を詰まらせて俯き、
「ひゃっ」
私のスマホを奪い取った。
「ちょっと!!何を!?」
「お願い、絶対言わないで!!じゃないと、私が、」
カチリ。
「………ゃ…」
銀色の先の鋭利な金属。
私の大の苦手な刃物。
それを彼女は平気で自分の首にあてた。
「やめて、お願い、しまって…」
「じゃあお願い。お願いだから、先輩とあの人のこと誰にも言わないで」
完全な脅し。
彼女は私が刃物が苦手だということを知っている。
何故?
「あなた達のことはだいたい知ってる。
だから、もしあなたが先輩とあの人のことを言いふらしたら、もしかしたら、私はあなたに殺意を向けるかもしれない」
「それがどういう事か、わかる?」
私に殺意を向けたとして、もしもそれが彼女の近くだったとしたら。
「わかった……わかったから……」
お願い、やめてと言おうとしたその時だった。
「冬香!!何してんだ!!」
メガネに前髪がまっすぐに切りそろえられた男子生徒が、彼女の手首を掴んだ。
「……………」
彼女はカッターの刃をしまい、私にスマホを返した。
「秋良、教室戻るね」
そして何事もなかったかのように、くるりと教室へと向かっていった。 男子生徒は私の方を向いて言った。
「アイツ、なにかしましたか?」
脅されたなんて言えない。 それにさっきのはこの人に先輩と染谷の事を言うなという意味かもしれない。
「いや…特に何も…」
美紅は少し視線を逸らして腕を片手でさすった。
「すみません、アイツちょっと。いやかなり変わってるんで、もし何かされたらすぐオレに言って下さい。生徒会室とかにいるので」
ちなみにオレは天ヶ瀬 秋良です。と言って腕の腕章をみせた。
生徒会庶務。
そういえばさっきの先輩も生徒会だったな。
しかも副会長ときいた。
「さっきの子は、生徒会なんですか?」
「いや、オレの妹です」
「と言っても、兄らしい事何もできてないんですけどね」
兄と言っているが、ネクタイの色が同じだという事はおそらく彼女とは双子なのだろう。
問題児だけど根はいい奴なんです。と、彼はポツリと呟いた。
「昔、オレたちの兄が行方不明になって。しかもその後、兄みたいな存在の人が亡くなってしまって」
彼は考えていた。
妹は、彼女に何をしようとしていたのか。
(カッターなんて、取り出すような奴じゃなかったのに)
じゃあ逆に、彼女がカッターを持っていた?
いや、さっき冬香は明らかに彼女にカッターを突きつけて、彼女はそれに怯えていた。
だとしたら何故……
「…ちょっと聞いてもいいですか?」
美紅は小さく手をあげて、秋良に聞いた。
ずっと頭の片隅で気になっていた事がある。
「パッツンでお揃いの…お姉さんとかいますか?」
「なんでそれを……あ、たまたまみかけただけ?」
彼は明らかな動揺をみせた。
(わかりやすい)
「友達がそのお姉さんと知り合いみたいで、喋ってたから……」
「そんなはずはない…」
知り合いなんて数少ない。
この学校には友達なんていない。
「たぶんそれは会長じゃない」
会長?
「え?」
「あ」
美紅は目を丸くし、秋良は手で口を覆った。
キーンコーンカーンコーン
という音が鳴り響いたが、二人はしばらくその場で沈黙を続けた。
誰かが来るまで。
「千咲都。清谷、まだ来てないのか?」
「わからない……チャットツールも既読ついてないしどうしたんだろ」
早めにホームルームが終わり、次は理科室の授業のはずなのに移動しないで教室で待機していなさいと言われて、生徒達はざわざわと休み中かのように自由にしていた。
(普段学校では話しかけてこないのに)
(美紅のことは聞いてくるんだ)
少し胸のあたりのもやもやを抑えていると、教室の扉が勢いよく開いた。
「ちっさとおおおおおおおおおお!!!!!!!!」
何が起きたのか。
それは本当に一瞬の出来事だった。
どこかで同じような光景をみたことがある。
まるでフラッシュバックのように、それは重なった。
理玖哉は教室に入ってきた彼に一瞬のうちに蹴りを入れ、それに対して染谷は腕で防御。
後ろにすかさず飛び退いたが、理玖哉は勢いよく壁(黒板)を走り、ドンッという大きな音をたてて着地と同時に、染谷の腹を殴った。
周りのみんなも、私も、呆気にとられて動かなかった。
「何するんだよ、水戸」
殴られたのに、染谷は平然としていた。
理玖哉は染谷の胸ぐらを掴んで言った。
「金属、仕込んでるのか」
手は少し赤みを帯びていた。
「痛くなかったかい?」
「ああ全然痛くない」
「ところでさっきから殺気がすっっげーくるんだけど、やめてくれないかな」
理玖哉は小声でちらっと後ろの千咲都をみながら言った。
「大丈夫だよ。染谷は殺したいと思う人間がいても、実際に殺さないタイプだから」
「だって死んですぐ楽になっちゃうくらいなら生きながら死にたくなるぐらい辛い思いしてもらったほうがいいじゃん?」
「それに、染谷は千咲都のことゾッコンラブだから、そんなことしないよ〜」
「てなわけでちっさと〜!!!!」
「信用できない」
ドゴッ(顔)ガッ(足)グシャッ(腕)チーン(気絶) 理玖哉は真顔で問答無用とばかりに殴り、蹴り、踏んだ。
「り、りくやくーん……そのくらいで……先生来ちゃうよ……」
なんとなく、私の名前を連呼するこの見知らぬ男子生徒から守ってくれたのはわかるけど、やり過ぎだよ……。
「千咲都」
「はいっ!!」
急に名前を呼ばれて、びっくりして大きめの声で返事をしてしまった。
「実は昨日、名津陽さんに頼まれてこの人を迎えに行ったんだ。清谷と」
(美紅と…?)
私はまたモヤモヤして、自分の制服のネクタイを握りしめた。
理玖哉は染谷を取り押さえながら、名津陽に借りたスマホの画面を千咲都に見せた。
空港での写真。長い黒髪のウィッグをつけた美紅が、そこにいる男子生徒を片足で踏んでいる様子が写っている。
理玖哉のスマホは美紅に壊されたが、実は写真はドライブ保存しておいたので無事だったのだ。
「これは……一体?」
聞きたいけど聞きたくないような。 私はおそるおそる、理玖哉くんに聞いた。
「この人、染谷って言うんだけど、昨日清谷の変装を千咲都と勘違いして抱きついたんだ」
「野放しにすると千咲都に抱きつくと思うんだけど、どうしたい?」
真顔で理玖哉は聞いた。
「どうしたいと言われても……知らない人に抱きつかれるのは……すごく嫌……かな?」
「!?」
実は染谷は気絶してすぐに復活していたのだが、千咲都の言葉にショックを受けて、再び気を失った。
「二人とも、授業遅れるぞっ⭐︎」
「「わあああああ!?」」
後ろから急に呼ばれて、美紅と秋良の二人は叫んでしまった。
「月夜先輩!?驚かせないで下さいよ!!というか!そうだ!!探してたんですよ!!!!」
「ん?オレのこと探してたの?普通に遅刻者のチェックしてたのに」
「大和からききました。途中で遅刻者を連れてどっか行っちゃったって」
「あーごめんごめん、野暮用があったからさ」
月夜は美紅の方を見た。
「ごめんね〜?さっきはどーしても外せない用事があってさ。先生に頼まれてて」
「いつも頼まれてな……ひっ」
秋良は月夜に掴まれ、さらに口をグローブ手で塞がれた。
さっと軽々と秋良を持ち上げる月東月夜という男。
(この人一見ヒョロそうだけど、結構鍛えてる?)
「品須川くんはさっき教室におくってきたから大丈夫だよ」
にこやかに、胡散臭い笑みで月東月夜は美紅にいった。
美紅は頭の中を必死に整理しようと思考回路をフル回転させたが、目の前にいるのは染谷にそっくりな金髪頭。
そして先ほどの話だとこの学校の七不思議の一つ、イベントに出ない存在するのかすらわからない生徒会長はこのメガネのぱっつんの男子生徒の姉?だということしかわからない。
「ごめんね。もしかしてこいつらに絡まれた?」
謝りながら月夜は秋良の頭をつかんでお辞儀した。
「先輩!!オレは冬香がまたちょっかいかけてたから止めてただけです!!謎のグローブで触らないでくださいよ!!」
秋良は嫌そうに月夜のグローブの手を振り払った。
「オレのグローブは毎回新しいものに変えている抗菌済みだよ」
そういえばこの人なんで日よけ用の手袋(しかも黒)をはめてるんだろう、しかも金髪って校則だとアウトだよね?と美紅は彼の手と頭を見た。
「とりあえずお前は教室に行け。んで冬香にもう少し大人しくしろって言っとけな」
月夜がしっしっと手で追い払うように秋良に帰るように促した。
「せんぱ……」
「うるせぇ、天ヶ瀬4きょうだいの中でまともなのは春音だけなのか?」
ギロリ、と月夜は秋良を睨んだ。
「なんで先輩が、それを知ってるんですか……?」
さっきの話もしかして聞いてた?と青ざめる秋良。
「お前はしっかりしてるから放置してたんだけど、冬香が煩いからな」
先輩からアドバイスだ、と言って彼は咳払いをした。
その後に続いた言葉。
「動くなら、わからないように」
「スマホは誰にも触らせるな。先生にも、だ」
「死にそうになったら、全力で逃げろ」
腹話術のように。 まるで別人が話しているかのように。
「死より辛い生き地獄が待っている」
彼は、自らの手袋を外した。
「あ、やっと来た」
教室のドアを開けてはいってきたのは美紅だった。
目の前には千咲都、理玖哉、床には絶対何かやらかした染谷が横たわり、遠巻きにクラスメイト達がドン引いている。
「アンタ何したの……」
突っ込む余力はなかったけれど、美紅は染谷に聞いた。
「聞かないでくれ。あと、タイツは履いてても短パンとかは履いておいたほうがいいぞ」
美紅は染谷のを思いっきり蹴り飛ばし、スカートを押さえた。
「二人とも仲良いね」
「「よくない」」
息ピッタリ。
「美紅、染谷くんの事知ってたんだ」
一番聞かれたくないことを聞かれた。
シンプルに伝えておこう、
誤解がないように。
「……家が隣なの」
「朝ボヤ騒ぎ起こしてて、学校の行き方もわからないなんていうし、遅刻するし最悪だったわ」
「あんなのボヤのうちにはいらないだろう。染谷は火を消すのも得意なんだぞ」
確かにあの時、壊れた電子レンジとともに、白い粉が飛び散ったガスコンロがあった。
「まさかガスコンロまで壊したの?」
「ちょっと火が出ただけ」
二度と家事をするな。
そうこうしているうちに、授業開始の鐘がなった。
するとガラリと教室のドアが開いて先生が慌てて入ってきた。
今日はもう理科室の実験は中止。
とりあえず席に着けと先生は言った。
皆が次々と席に着いていく中、染谷はボソリと美紅の耳元で囁いた。
「お前顔色悪くないか?」
「うるさい、ちょっと気分が悪いだけよ」
本当に、少し気分が悪いだけだ。
あの人の、あの手袋の下をみせられてから。
失礼なのはわかっている。でもあんなのみせられたら気持ち悪くならないわけがない。
手袋の下に隠されたあの焼け爛れたむき出しの肉は。
生徒会室。
「やっほぅ春ちゃーん!!」
月東月夜がテンションの高い声を出しながら生徒会室へと入る。
「寝てる?」
天ヶ瀬春音はすーすーと寝息をたてるだけで、月東月夜が声をかけても反応が全くない。
「……春音」
彼は彼女の名前を呼んだ。
その声色は月東月夜のものではない。
「さっき、君がみたという顔に会って来たよ」
「同じ顔で、ぞっとしたよ。
あれをたくさん、幼かった君がみてショックを受けるのも無理ないね」
両手の手袋を外し、春音の顔にかかる髪の毛をそっとはらう。
唯一綺麗に残った自身の手の指の皮膚で。
「でも、残念なことにもっと醜い化け物がここにいるんだ」
もしも君がみえるようになっても、君のみたかった人はもういない。
それでも春音がみえるようになることを、みんな望んでいる。
でも誰かが犠牲になってみえるようになることは、春音も望んでないって知っているから。
「オレは、君とあの子達を守りたい」
命がけであの人が守ろうとした、弟と妹達を。
これは言い訳だ。
もう少し、君のそばにいたい。
これが、本心だ。
染谷の自己紹介。
もうとっくに授業が始まってもいいくらいの時間なのに、未だに続いていた。
「染谷は染谷だ。そのまま、染谷と呼んでくれ」
「あのなあ、しな」
ギイイイ!!
この調子で染谷は先生が名字を言おうとするたびに黒板を引っ掻く。
なのに諦めない先生に皆は内心呆れていた。
「先生耳遠いのかな」
「先生、もうそろそろ授業始めてくださいよ。染谷くんはもう染谷染谷くんでいいじゃないですか」
「染谷って名字あるし」
ダルそうな男子生徒が一人、手を挙げたところでやっと不快でおかしなやり取りは終わった。
「じゃあ席は、一番後ろの空いている席で」
定番の後ろの空いている席の隣にはちょうど理玖哉が座っていた。
(やばくないか…?)
先程の戦闘をみていたクラス全員が真っ青になり、担任兼化学の林先生(45歳)はKYだと認定された。
(先生は先程の戦闘をみていないが)
ところが理玖哉は教科書とかないんだっけと、教科書や資料集、理科用のノートを差し出した。
染谷はそれに対してお礼を言って机を動かし教科書やらをちょうど二つの机の境目に置いた。
彼らにとってはそれとこれとは別。
先程の戦闘はなかったという感じでごく普通に机を並べて教科書を開く様子に、ほぼクラス全員がはてなマークを頭の上に浮かべた。
化学は無事終えて、体育の授業が始まる。
千咲都と美紅は女子更衣室へと向かっていた。
「次って他のクラスと合同だっけ」
「ああ、体育の川田先生しばらく休みなんだっけ」
美紅は立ち止まった。
本当は7組と合同だよね、今日は何するんだろうね。と言葉を続けるつもりだった。
その様子に千咲都がどうしたの?と声をかけようとしたが、三メートル先くらいにいる人物に、千咲都も足を止めた。
髪の毛を三つ編みにしているが、体操着の上にジャージを着た天ヶ瀬冬香だ。
「あの子、7組だったんだ」
「千咲都知ってるの?」
千咲都は頷いて天ヶ瀬冬香に駆け寄ろうとした。
しかし、彼女らに気づいた冬香は真逆に走り去っていった。
「あれ、あ……行っちゃった……」
「この前ちょっと助けてもらったから、お礼が言いたかったんだけど…」
「助けてもらった?」
美紅は千咲都に聞き返したが、女子更衣室から続々とでてくる女の子達の声でかき消された。
「えー!じゃあ次ってドッジボールなの?」
「うっわやりたくな……まって、しかもアイツいんじゃん」
「アイツ?あー、天ヶ瀬妹のほう?」
「そうそう……馬鹿みたいに力強いんだって」
「てゆーか知ってる?アイツ中学の時、」
「先輩を殺しちゃったって言ってたの」
その頃、理玖哉と染谷達男子生徒は教室で着替えていた。
(あ、これ足につけてたら怒られるかな…)
理玖哉は足首につけていたものを外すと、短パンのポケットにしまった。
「んーーー!!んーーーーーーーーーー!!!!!!」
「なにしてんの…」
じたばたと体育教官室から借りてきたジャージを被ってもがいている染谷をみて思わず唖然とした。
「ぷはっ…いや…その、チャックを開けとくの忘れてて、」
「脱いでチャックあけてまた着ればいいのに」
理玖哉は染谷のジャージのチャックを上げ直した。
「自分で服着るの、未だに慣れないんだよなぁ……」
「まさか清谷(美紅)に朝着させて貰ってたのか……?」
「おお!!その手があったか!!いつも困ってたんだよなぁ……」
彼らは教室内の男子達が耳を傾けていることを知らなかった。
そして後で思いっきり美紅から怒られることも。
(なんとなく、この顔みるのも慣れてきた気がする)
さっきまで、染谷の顔がどうしても気味が悪く感じてしまい、失礼だとわかっていても少し視線をずらして会話をしていた。
「理玖哉は染谷の顔、気持ち悪いって思うか?」
「へ?」
教室から人がいなくなると、唐突に染谷は狼狽える理玖哉の目をまっすぐみて言った。
「なんとなくわかる。お前、染谷の顔みれないんだろ」
「…っ…なんかごめん…」
「いいよ。染谷の顔をどんどん穢してってる奴のせいだから」
「でも!!!」
ビシッと理玖哉のズボンのポケットを指をさして、染谷は言った。
「千咲都とお揃いのソレはなんだ?」
「これは昔人から貰ったやつで、たまたま千咲都も貰ってただけだよ」
「ふーん?そんなに大事に持ってるってことは千咲都とお揃いだからつけてるのか?下心か?」
「下心?なに?それ。誰から貰ったのかなんて覚えてないけど、なんかずっとお守りみたいに持ってたから」
「…覚えてないのか?」
染谷は少し、真面目な顔をした。
「綺麗さっぱり」
「……お前、会った時なんかおかしいって思ったけど、なんでかわかった」
染谷はスマホを取り出し、誰かにメールを打ってカバンに戻してさっさと教室の外へと出て行った。
「……確かに人間じゃないけどおかしいって言われたのは初めてだ」
「ドッジボールかぁ」
球技は正直苦手。
なかでもドッジボールは特に。
「いつも最後まで残っちゃうんだよね」
「千咲都、避けるのうまいもんね」
それに比べ、地味に運動ができる美紅。
ただ、相手のクラス(7組)に天ヶ瀬冬香がいることが気がかりだった。
(さっきの噂、本当なのかな…)
先輩を殺した。
そのあとの話は女の子達が去って行ってしまったので聞いていない。
でも朝のあの子の行動はそういう事をしてもおかしくないように思ってしまう。
「やりにくい…」
ふと、美紅は千咲都の頭をみた。
「あれ?髪留めとったの?」
「うん、体育中はやっぱ外さないと危ないから」
そのかわり、千咲都はシュシュで横に一つに髪を束ねた。
「髪留め、いつもつけてるよね」
「ヘアピンはさすがに子供っぽいかなーって思うんだけど、いつもつけてるからないと落ち着かなくて」
「ふふっ確かに。初めて会った時からずっとつけてたから、つけてない千咲都みるのすごい新鮮」
「そういえば、これ誰かから貰ったやつなんだよね。誰だっけな…」
お父さんとお母さんでもなく、お兄ちゃんでもない。 ぼんやりと、茶髪が頭に思い浮かんだ。
「千咲都、外野決めるじゃんけんするってさ」
美紅の声に、千咲都はヘアピンをそっとポケットにしまった。
天ヶ瀬冬香は7組の女子に紛れて静かに立っていたが、色素の薄い髪色がその存在感を引き立たせていた。
「あ、7組のあの子すごく強いから気をつけてね」
「あの子?」
「ほら、背の低い髪の長い子。天ヶ瀬さん。すごいボール強く投げてくるから、前にケガしちゃった子もいたの。信じられないかもしれないけど、本当なの。その子、先生に頼んで体育重ならないようにしてたらしいし」
千咲都はその話が続く事がなんとなく嫌気がさして、まさか。と笑って、話題を逸らした。
「そういえば男子はなにやってるんだっけ」
「校外マラソン10周」
先生がピッと笛を鳴らすと同時に、生徒達は走り出した。
先頭が走り出したかと思うと、列の中間から何かが勢いよく通りすぎていった。
「は?バイク?」
「違う…あれ、水戸と染谷だ…」
「マジかよあいつら超人すぎねぇか?」
「いや、でもさすがに10周だろ?後でひいひい言いそう」
「『クシュンッ』」
噂が届いたのか、理玖哉と染谷は同時にクシャミをした。
「理玖哉、お前早いな」
競うように走りながら二人は会話をする。
「疲れは後から一瞬でるけど、痛みないハンデ付きだからね。染谷こそ、ペース早いけど大丈夫なのか?」
「染谷は格闘技全般習って尚且つ常に金属板仕込んでるけど今ははずしてるしこんなの朝飯前だよ」
得意げに染谷は言う。 だが理玖哉はたしなめた。
「そうか、じゃあ危ないからあまり前に出ないほうがいいと思う」
「千咲都の殺意を集める力は徐々に範囲を広げているんだよ」
「お前、千咲都と幼馴染だからって調子にのるなよ?」
「幼馴染だけど2回目、千咲都が記憶喪失になってお前の事だけ忘れたって、ぶっちゃけお前がトラウマになったからなんじゃないか?」
ぴたりと、理玖哉は立ち止まった。
「なんで、そのことを?」
「名津陽から聞いたよ。美紅も知ってることなんだろ?一回目は千咲夜が誘拐された後。殺意を集める体質になった時。二回目は仲の良かった警察が殺意を持っちゃって、それから逃げ切れなくてお前が千咲都の目の前でズタズタにされた時」
「トラウマだっただろうね」
「か弱い女の子が、目の前で臓物を飛び散らせた化け物をみるなんてさ」
その頃、体育館でやっている女子の体育では静かに鳴り響くボールの音がしていた。
「なにこれ」
7組のコートにボールがいくと、その先には天ヶ瀬冬香。
毎回天ヶ瀬冬香が狙うのは千咲都。
それを避けるのは千咲都。
「なんで…千咲都ばっか…」
そうしているうちに1組も7組も、流れ弾が当たりコートは空いてくる。
美紅も、千咲都に当たりそうなボールを取ろうとして失敗してしまった。
(さっきから、右ばっかり狙ってきてるような気がする…気のせい?というかなんかすごい、怒ってる?)
気のせいか、ただのドッジボールなのに天ヶ瀬冬香は必死な形相で千咲都を狙う。
「……しぶといっ」
ひょい、と千咲都は反射的に避ける。気付けばもうコートにそれぞれ一人ずつになっていた。
「(それにしてもあの子のボールめちゃくちゃ強い…男子並み…いや、)」
美紅はじっと天ヶ瀬冬香をみて、動くたびにしなやかに動くその小さな身体の違和感に気がついた。
「あの子…」
ダンッ 思わずその答えを口に出そうとした瞬間、鈍い音に思考から現実に引き戻された。
「…っ」
千咲都に、ボールが当たったのだ。 余りにも大きい音に気を取られていたのか、遅れて試合終了の笛が鳴った。
「山川さん!手から血がでてる!!しかもすごい青くなって…先生呼んでくる!!」
「うそ!?千咲都大丈夫!?」
千咲都の右手はかすり傷と青いあざかできていた。
「大丈夫、当たりどころが悪かっただけ」
「つい、力んじゃって最後強く投げすぎた。ごめん」
千咲都が顔をあげると、頭を下げている天ヶ瀬冬香がいた。
「そんな、謝らないで。ドッヂボールなんて、ボールを当てるゲームなんだから」
「それでも、謝っておく」
天ヶ瀬冬香は千咲都の隣を指差した。
床に落ちていたのは千咲都のヘアピン。
バキリと割れ、何故か粉が入っていたのか飛び散っていた。
「(千咲都都が大切にしてたヘアピン…)」
美紅は千咲都ばかりを狙っていた天ヶ瀬冬香を睨んだが、冬香のとても悲しげな表情に思わず目を逸らした。
「千咲都?」
傍目から見ると、痛くて震えて泣いているように見える。 だが実際は少し違った。
「どうしたの?千咲都?」
「痛くない、痛いのはりっくん。私は、痛くない。このままじゃりっくんが死んじゃう、りっくんが、私の所為で死んじゃう、」
「嫌だ、嫌、りっくん、りっくんが、死んじゃう、りっくん、やめて、これ以上は、死んじゃうよ…」
「嫌だ、嫌だ、やめて、もう、守らないで、りっくんが、死んじゃう、限界が、近づいてるの…」
お願い、やめて。泣きながら震えた声でそう呟くと、千咲都は意識を失った。
名津陽は一枚の紙切れを見ていた。
XX県XX市XX日十七時頃、高校2年の男子生徒が医師水戸樹さん宅のドアが開いているのを不審に思い呼び掛けたところ、助けてと呼ぶ小学5年生の理玖哉くんを発見。
さらに水戸樹さん、妻の香夜さん夫婦が死亡しているのを発見した。
水戸さん夫婦は無残にも原型をとどめておらず死亡が確認され、
また、長女の咲夜さん高校2年生のとされる大量の血液も発見。
男子高校生が駆けつけた際に頭と腹部から血を流した咲夜さんが倒れていたと供述しているが、救急車を呼ぶ際に居なくなったと言う。
その場にいた息子の理玖哉くんは刃渡十八センチほどの包丁で心臓近くを背中から刺され重体、現在病院にて治療中。
命に別状はないとのこと。
ただしショックでその時の記憶は曖昧だという。
なお、咲夜さんは大量出血により死亡している可能性があり、計三名の殺人猟奇事件の可能性で犯人捜査と咲夜さんの捜索をしている。
ここ数年XX市では猟奇殺人事件及び放火が立て続けに発生しており、共通点として7才から10代の子供が失踪している。
しかし今回ここまで凶悪な被害は出ておらず、警察は懸命に捜査を行っている。
「あんなもの…つくらなければ…」
その新聞のコピーをクシャリと握りつぶしてしまいそうになるのを抑えた。
数年前。
「おはよう!なっちゃん!!」
毎日のように、幼馴染の咲夜はオレを迎えに来る。
普通は逆だと思うけど。
咲夜が言うには
「なっちゃんが寝坊したら困るもん」
寝坊はしない。
目覚ましかければ一発で起きれるぞ、と言いたいとこだがそれを言うと永遠と朝寝坊についての話が始まる。
「今日は菊也はいないんだな」
「挨拶運動だってさ」
なんとまあ面倒くさいことを…お疲れさまです。
品須川菊也。
咲夜の従兄弟で、黒髪にへらっとした笑い方をする。
高校一年生の時にクラスが一緒なって、何故か絡んでくるようになった。
最初はただの優等生かと思いきやいじめをビデオで捉え、先生に知らせ、何も対処しなかった場合は教育委員会に送りつけ、更にはマスコミに流すというかなり徹底的にやる人間だ。
咲夜の話を右から左に流しながら歩いていると、学校に着いた。
「おはよう!菊也!!」
「おはよう!咲夜!!なっちゃん!!」
挨拶運動のたすきをかけた菊也と咲夜が大きな声で片手でハイタッチする。
二人とも声がやけにでかいって。
「なっちゃんはやめろ」
「可愛いからいいじゃないか」
「きーちゃんって呼ぶぞ」
「いいよ」
にっこり頰を染めて笑うその姿にオレは背筋にゾワッと冷たい何かが走った。
「やっぱりやめとく」
なんか、最近の菊也は怖い。 咲夜が隣にいる時は特にだ。
「ああそうだ、なっちゃん。染谷が会いたがってたぞ。妹の…千咲都ちゃんだっけ?その子が可愛いってさ」
「ええ…あいつ天性のナルシストだろ……お前の弟妹の中では一番マシだと思うけどさ…」
「だーめっ!!ちーちゃんはこっちにお嫁さんに来るの!!つまり私の妹!!!!」
そこは本人達次第だがな。
「そういや咲夜の婚約者って決まったんだっけ?」
思わず、咲夜をみた。
咲夜は苦笑いをして
「…やだなぁ、何言ってんの菊也。私好きな人いるし、それがダメだったらっていう場合であって別に拒否していいってお父さんも言ってたし」
今時婚約者なんてドラマとか漫画の世界の中だけだと思ってた。
というか好きな人がいるのか。
「普通だとそうなのか…菊也は拒否権なんて生まれてから全くないから羨ましいよ」
「菊也のとこは…そうだね…卒業したら自由にやっちゃえば?先生にこっそり受験する大学を変えてもらって、なんなら海外とか、県外に飛び出しちゃうとか」
「おお、なるほど。勝手にやっちゃえばいいのか。早速先生を脅しに行こうかな」
脅すのかよ……説得しろよ……。
「ナツヒは、どこの大学行くの?」
「え?」
「菊也、ナツヒと同じ大学に行く」
「お前頭めちゃくちゃいいんだから、オレと同じところじゃ…」
「ナツヒは菊也と一緒じゃ不満か。菊也はナツヒと研究したいのに。ああ、やっぱり菊也はいつどんな時も願いが叶わない…」
「なっちゃん……」
なんで咲夜までジト目でみてくるんだ。
「研究って言ったって、何を研究するんだよ」
「菊也の母さんは、亡くなった父さんの面影、永遠というものを求めている。結局、子供を同じ顔にするということしかできなかったけど」
「もう二度と、こんな思いをするきょうだいの姿をみたくないから。菊也はつくりたいんだ」
永遠というものを。
「なんていうのは、表面上の建前なんだけど」
おい。
今めちゃくちゃ真面目に聞いてたんだけど。
「不死の薬、もしくは不死の身体って、みんななんで目指そうとしないんだろうって思って。作ってみたいなっていう、好奇心というか」
「そりゃ…人体実験に繋がるから、倫理的な問題から?禁止されてるんだと思うけれど」
「でもみんな死にたくないっていうじゃん。中には死にたいっていう人もいるけど。菊也は死にたくない。今まで菊也じゃない誰かの代わりに生きてきた菊也じゃなくて、菊也になりたい」
「だから、不死身の薬をつくるんだ!やろうよ、ナツヒ!!」
ぐっと拳をつくり、眼を煌めかせる菊也。
「そんなこと言われても…」
「なっちゃんがやるなら私もやりたい」
はいはいはい、と手を挙げて咲夜まで言い出した。
「遊びでもいいからさ!!」
遊びってハイスペックすぎるだろ。
「わかった…でも不死身を作るってのはちょっと考えもんだけど。研究者になるってのは目指してもいい」
正直なところ科学とか、薬学には昔から興味があった。
咲夜の両親の影響かな。
夏休みの研究とかいつも一緒に小学生じゃありえないことやらされてたし。
「わーい!!やったあ!!!」
菊也がオレに抱きつく。
「うわっちょっお前!首締まる!!」
笑う咲夜。喜ぶ菊也。
オレは研究が成功するわけがないと、思っていた。
だから適当に、やっていた。
でも、正直少しだけ楽しかった。
「菊也お前、前にスライムがどうの言ってただろ?」
「スライム?」
オレ達は昼放課や授業後に空き教室を勝手に借りて研究を進めていた。
「例えば形状記憶ができるよう、血液や皮膚を別のものに置き換え…」
「外部からの力か入ると柔らかくなるとかどうかな。片栗粉の逆の原理というか」
「ついでに痛覚を鈍らせるのも必要だと思うよ」
「お前ら注文ばっかで殆どオレがつくってんじゃん」
咲夜と菊也がへへへーと同時に笑う。
「ナツヒはまとめるのが上手いから」
そうそう、と咲夜までうなづいた。
「頭の良い奴に言われても嬉しかねーよ」
ちなみにこいつら校内テスト万年一位と二位。
そんなオレは五位。国語系が苦手である。
作者の意図を汲み取る事が苦手なのか、よく先生に山川くんはいつもひねった解答をしてくるからもう少しシンプルにいこう、と言われてしまう。
だって見ず知らずの人間が考えてることなんてわかるわけがないじゃん。
「そう言えば咲夜、片思いはどうなったんだ?」
菊也が咲夜に聞いた。
菊也の表情はデフォルトで何を考えているのかわからない。
とりあえずどうしてそんなに気にしているのか不思議だった。
(まあ、オレも気になるけど)
「前にみた写真の隣に写ってたのが、好きな奴なんだろ?早めに告白するなり、学園祭に誘うなりした方がいいんじゃないか?」
「え〜咲夜めっちゃ乙女ぇ」
菊也、何故オネェ口調なんだ。
「……うん、早くしないとね」
「……高校までにって、言われてるから」
「ダメ元で当たって砕けようかなって思ってる。本人は…なかなか気づいてくれないし」
オレはバレないように、菊也のほうをみた。
咲夜はたぶん、菊也のことが好きだ。
よく菊也をみているし、気も合うみたいだし。
顔面偏差値は最強クラス。愛想もいい。
従兄妹…とはいえ、血は繋がってすらいないかもしれないらしいが。
(つりあってるしお似合いだよな……)
(ん?オレ…もしかして邪魔?)
自分のポジションってなんなんだろう。
ただの幼馴染?
仲介役?
そんな感じでモヤモヤと、少し黒い感情を抑えながら。
「頑張れよ」
幼馴染として、とりあえず咲夜に言った。
夏休み。
研究が思っていた以上に進み、咲夜の両親の協力によりほぼ完成してしまった。
「ありえねぇ…」
「それをなっちゃんが言うの?なっちゃんの閃きのおかげでできたんだよ?」
今、オレたちの手には不死になる薬がある。
つまり三本。
実際に作った咲夜の両親は世界に影響を与えかねないと、内密にしてくれている。
「でもさ、短期間で普通の高校生が作り上げちゃうとか、ありえないだろ。これ、本物?」
「知ってる?ハッカーって、子供の頃のほうが能力が高いんだよ。余分な欲がないから、一つのことに集中できるんだ」
「今までさんざん研究されてきたのに、不死というものが完成しなかったのは、欲があったからだと思うんだ」
「なっちゃんは無いもんね。子供みたいに純粋で」
お前ら遠回しにオレの事子供だって言ってないか?
「あー…この感動を噛み締めたいところだけど、生徒会の仕事あったわ」
菊也のキラキラとした目が一瞬で濁る。
「オレも、千咲都に頼まれてた買い物しないと」
今日はスーパーの特売日らしい。
「菊也、クラスの出し物の企画書ついでにだしちゃいたいんだけど、いい?」
「いいよ、早いね」
そういえば咲夜は文化祭委員だった。
オレは体育祭委員だから前日と当日くらいしかやることがない。
「じゃあ、オレ今日はこれでもう帰るよ。死ぬほど忙しかったら手伝うから、呼んで」
「ありがとうナツヒ」
オレは軽く手を振って、教室を出た。
「おう、山川」
「あ、先生」
ちょうど、降りようとした階段の下に先生がいた。
「ふっ……くくっ」
人の顔をみるなり笑い出したぞ、この先生。
「なんですか」
「悪い悪い、山川は意外とモテモテなんだなぁ、と」
「は?」
ちょっとよくわからない。
オレ一度もモテたことないぞ。あ、自分で言って悲しくなってきた。
「品須川、みなかったか?」
「ああ、菊也なら教室にいましたよ」
「呼んできてくれ。進路相談に来いって、」
「放送かければいいじゃないっすか」
「腰痛い」
先生は腰をトントン、わざとらしく軽く叩いた。
「……」
( あーもーめんどくせ……ていうかメールすれば良かった。)
もう教室の前まで来てしまった。
(まぁいいや。)
そう思って、教室のドアを開けようとしたその時。 中から咲夜の声がした。
「好き」
ハッキリと。 咲夜の声が聞こえる。
少しだけ、音をたてないように、ドアを開けると見慣れた黒髪頭がみえる。 ああ、そうだよなと心の中で呟き、ざわざわと黒いものが蠢いた。
「わかってるの。婚約が嫌だからこんなこと言ってるんじゃないかって、思うかもしれないけど、」
「そんなこと思ってないよ」
「私は、ずっと前から好きだったの。婚約の話を聞く前から」
その後の言葉を聞く前に、オレはその場を離れた。
全速力で、階段を飛び降りるように。
今までで一番はやく、走って。
学校を出た。
「ああ、そうだ。言わないと、メール、」
校門をでると、不思議なほど冷静に菊也にメールを打って、スーパーに行って買い物を済ませて、家にいた千咲都に渡し、
「ごめん、今日は食べてきたから夕飯はいらない」
とあやまって部屋にこもった。
「オレ、これからどうすればいいんだろ」
ベッドに仰向けになって、天井をみつめながら呟いた。
咲夜が持っていたあの写真の隣は菊也で、オレはいない。
咲夜の好きな奴は菊也で、オレはただの幼馴染。
オレは、心の中で、少し期待をしていたのかもしれない。
このまま、咲夜の隣にいて、菊也とは研究仲間で、千咲都も理玖也とも遊んでやったりして。
「随分なこと考えてたんだな、オレって……邪魔しちゃ、悪いよな」
そもそも咲夜とは年の離れたきょうだいがいて、その保護者みたいなポジションという接点からの付き合いだった。
「千咲都も理玖哉もべつに送り迎えとかもう必要ない年だし、」
オレはもう用済み。
両親だって、仕事が忙しいからとオレが小学校高学年のときくらいからお金はくれるけどまともに会っていない。
「オレは、何のために生きてるんだっけ」
だめだ、これ以上は頭がおかしくなりそうだ。
「研究、何か、一人でやろう」
べつのことをやって、気を紛らわせよう。
何が良いかな。
ああ、そうだ、こうやって余計なことを考えないようにできないかな。
考えていることを、自由に制限出来たら。
それが良い。そうしよう。
「忘れたいことを、忘れられるような。そんな薬を」
「おはよう、ちーちゃん。なっちゃんは起きてる?」
「咲夜ちゃんおはよう。お兄ちゃんなら朝早く出てったよ」
千咲都が玄関から出てくると、玄関の前に咲夜が立っていた。
どうやらチャイムを鳴らそうとしていたようだ。
「……なんか、昨日帰ってきてから様子がおかしかったんだけど、何か知ってる?」
「え、昨日は普通に。あ、もしかして菊也が……?」
咲夜は思い出したように、呟いた。
「菊也?誰?」
「うーん…私のいとこなんだけど、ちょっと会わないほうが千咲都の為というか。うん」
「けんか?」
「違うよ。仲が良すぎて逆にすれ違いが発生しているというか」
「それって、けんかって言うんじゃないの?」
「あはは……原因は私にもあるんだけどね」
咲夜は苦笑いをしながら千咲都の頭を撫でた。
「あのね、お兄ちゃんはけんかしたときは甘いものあげると機嫌がよくなるよ」
「ええ……そうかなぁ」
「甘いものじゃなくてもお兄ちゃん、咲夜ちゃんの事好きだから、大丈夫だよ」
「そうだといいなぁ」
「私も頑張るから、天然相手に頑張ろうね!!」
(ちーちゃんも結構な天然なんだよなぁ…全くこの兄妹は…)
「そういえば咲夜ちゃん、いっつも可愛いピンしてるよね。この前のと色違い?」
「ああ、これ?自分で作ったんだよ〜」
咲夜は左の前髪横につけていたピンクのピンを指した。
「すごい!!咲夜ちゃんなんでもできるね!!お料理もできて、お裁縫もアクセサリーも作れちゃうの!!」
「へへへ、ありがとう。あ、そうだちーちゃんにもこれ作ってあげようか」
「本当!?咲夜ちゃんとおそろい!!」
私水色がいいなぁ、と千咲都が笑う。
「僕も!!オオカミレンジャーの変身前のブレスレットみたいなやつで欲しい!!」
後ろからはい、はい、と理玖哉が手をあげる。
「おはよう、りっくん」
千咲都の顔が一気にゆでダコになった。 咲夜はわかりやすいなぁ、と呟いて理玖哉をみた。
「りっくんもう追いついたの?私が家出る時はぐうぐう寝てたのに」
「おねーちゃんは準備が遅いんだよ。いっつも鏡の前で髪型ばっかり気にして…」
「あーもうっうるさいわねー女の子は支度に時間かかるのー」
そう言って咲夜は理玖哉の髪の毛をぐしゃぐしゃにした。
「あ、そういえば今日日直じゃん。千咲都、早く行かないと」
「あ、うん!!さっ咲夜ちゃん、早くお兄ちゃんと仲直りしてね!!!」
ランドセルを背負った二人が駆け出す。
「あああああもうちーちゃんまで!!!」
一人になった咲夜は、しばらくその場に立ち止まった。
「私のことが好きって。ちーちゃん、それは違うよ」
「私のことなんて、幼馴染としてしかみてくれてないもん」
背後に、誰かがいることに気がついて、咲夜は振り返った。
「おはよう、咲夜」
「菊也」
「昨日、なっちゃんに何か言ったの?」
さあどうだろうね、と菊也は千咲都たちが走り去っていったほうをみた。
「諦める決心はついた?」
にこにこと、菊也は笑いながら言う。
「私は諦めないよ。菊也には悪いけど」
咲夜も笑ってそう言うと、菊也の顔から笑顔が消えた。
「諦めるか諦めないかは咲夜の勝手だから止めないけど。邪魔はするよ」
「菊也もナツヒのことが好きだから」
あの日が、咲夜ちゃんにあった最後の日だった。
咲夜ちゃん?咲夜ちゃんは、私のお姉さんみたいだった人。
りっくんのお姉さん。
そう、お兄ちゃんと、咲夜ちゃんと、りっくんと。
お父さんとお母さんがお仕事でちっとも会わなくても、寂しくなかった。
みんながいてくれたから。
でも、気づいたらりっくんも咲夜ちゃんもいなくなっていて。
お兄ちゃんとはぐれてしまったの。
こんなにも寂しいのは初めてで、だからこの寂しいという感情はいらないと願ってしまったの。
りっくんがくれたこのヘアピンは、咲夜ちゃんがつくってくれた大切なもの。
私が、こわいひとに追いかけられても忘れられる大切なもの。
「自分を守ってくれるりっくんを」
私は忘れていた。
「ねえ……なんであんなことしたの?」
美紅は天ヶ瀬冬香に問いただす。
二人は保健室横の空き教室にいた。
「私のことはまだいい。でも、千咲都のことを傷つけるなら私は黙っていられないよ」
「……何か、言ってよ。天ヶ瀬さん。私、見てて思ったの」
「力の使い方。飛んだり跳ねたりするときの体の動き。最初はただ体が柔らかいだけだと思っていた。でも「それ以上言ったら、また出す」
冬香は美紅を冷たい眼で睨み、スカートのポケットの中を握りしめた。
それでも、美紅は食い下がらなかった。
「……天ヶ瀬さんもそうなの?ねぇ、もしかして天ヶ瀬くんも……」
「秋良は関係ない!」
天ヶ瀬冬香はカッターを美紅に向けて突き付けた。
美紅は刃物が苦手だ。思わずへたり込みそうになったが、辛うじて立っていた。
「そろそろ、思い出して貰わなくちゃ、困るの」
「……あなたは、殺意を集めるというメリットをどれだけの人間が欲しがっていると思う?」
殺意という形は様々。
ただ単純な恨みから殺意が湧き、殺したいという突発的に起きる感情。
恨みから冷静に、計画し自分の利益を得るために殺すための感情。
楽しみたいが為の感情。
たくさん、色々なかたちがある。
もしも、恨みをたくさんかっている人間がいるとしたら。
遊びで、恨みをかう人間がいたとしたら。
「欲しいと、思うでしょうね。自分のかわりになってくれる人間を」
「確かに、そうかもしれないけど。でも、そうならないように隠しているわけで……」
美紅は俯いた。
「ずっと、隠していられると思っているの?私たちは異質なもの。ずっと隠していられるなんて思っていない」
天ヶ瀬 冬香は立ち上がった。
「本当は、本当はね、味方でいてあげたいよ。あなたたちのことはあの人から聞いてるから」
「でも、私は守りたい人がいるから」
味方にはなれない。
「あなたのこと、言わないわ。知っても、誰にも言わない。でも一つだけ。不死身になっても、痛みを失っても、心は人間のままだと思うの」
「化け物のフリなんていらない。どうみても、私からしたら至極真っ当な人間よ。そのへんの人間より人間」
「ありがとう」
そう言うと、冬香は左の頭につけていたくまのヘアゴムを美紅に渡した。
「大切にしていたものを壊してしまったから。これ、山川さんに渡して」
「これも、きっとあの人にとって大切なつながりの一つだから」
あと、と冬香は付け足した。
「これはあの人から、なつひって人への伝言。もしも覚えているならさっさと卒アルをみてよね。だってさ」
「オレが誘拐された後に、千咲都が誘拐されたって話は名津陽さんから聞いただけで、よくは知らない。でも、千咲都のことを守れるのはオレしかいなかったし」
「今なら染谷が守れる。もうそろそろ引退してもいいんじゃないの?」
「関係ないやつに譲る気はない。それにこれは名津陽さんとの約束の為だから」
「約束?じゃあ、千咲都はその約束の為だけに、本当のことを何も思い出せないで、知らされないで、生きているってことかい?」
「そうだよ。千咲都の護衛をしたり、指示されたことをするかわりに衣食住を提供してもらう。千咲都も辛いことなんて思い出さないほうがいいに決まって」
「ふざけるなっ!」
「名津陽もバカだと思ってたけど!!お前もかよ!!何も知らされずに、いいとこばっかり見せられて。本当のことを知った時の、自分が他人に被害を与えていた時の気持ちわかんねーのか。わかんねーよな!!」
染谷は、きょうだいが数え切れないほどいる。
きょうだいじゃなくても、同じ顔が何人もいる。
幼い頃はみんな染谷の顔を褒めた。オリジナルだって。
染谷はバカみたいに笑って喜んでいた。
「その世界しか知らなかったから」
でも菊也兄さんが名津陽を連れて来た日。
初めて外の人間と会って話した日。
どれだけ染也がバカみたいに喜んでいたのかを知った。
染谷はただのコピー。
母親が最愛の人を亡くして、その悲しみから生まれたコピー。
本来だったら自分で決めて自分で進むべき道を最初から決められそうになっていたという真実を。
それだけじゃない。
この顔につくり変えられている人が何人いるか。
おそらくまだ増えている。
母親が永遠というものを求めた結果、さらに歪んだ方向へと飛び火しているのだと。
「お前が千咲都に言わないなら、染谷が伝える」
「言ったって、信じるわけがない」
「いや、伝えた方がいい。あれが壊れた時、結局全部思い出してしまう。記憶が、一度に押し寄せてくるんだ」
「そうなった時、過去が残酷な人間ほど壊れやすい。染谷は一度みたことがある」
あれってなんなんだ。
理玖哉がそう言おうとした時、スマホのバイブが鳴った。
保健室。
「名津陽さん、さっきのメールみましたか?」
「みたよ。千咲都が思い出したかもしれないんだね?」
本当は電話なんてしてはいけないとわかっていたが、緊急事態の為小声で話していた。
「そうなんです。でも、倒れちゃって。だから保健室で寝かせていたんですけど……」
開いた窓から風が流れてカーテンが揺れ動く。
ベッドには誰もいない。
「千咲都が、いなくなりました」
震えた声が、響いた。
「なんで、いなくなったんだ?」
走りながら理玖哉は美紅と通話していた。
「思い出したかもしれないの!!ドッジボールでボールが当たって、その衝撃で」
「そんなことで?」
「わかんないわよっ!!そもそもなんで忘れたのかもわかってないじゃない!!」
「落ち着け、清谷」
学校の周りの壁を蹴って中に入る。
正門から出入りすれば目立つから、出るとすれば裏門からだろう。
「逆になんで落ちついてんのよアンタは!!!!!」
キーンと清谷美紅の声が響く。
「とりあえず、名津陽さんには連絡したし警察に一応お願いしたと思う。あとは千咲都の居場所だけわからないわ。携帯ももってないし」
「どのくらい、千咲都は保健室にいたんだ?」
震える声を拾いながら、理玖哉は冷静な声で返す。
だが、顔は嘘をつけなかったのか。
とても辛そうな表情をしていた。
「何してんだ、染谷。お前、水戸と走ってたんじゃないのか?」
この学校ではわりかし足の速いクラスメイト2人が、腹を抱えながら歩いている染谷に聞いた。
「何でもねえよ…もう最悪だ」
「脇腹が痛くなって動けなくなったのか?」
「違……いや、そういうことにしておいてくれ……」
「動けるか?」
「本当最悪だよ」
保健室に行くか?と問いかけると、染谷は首を振った。
「少し休んでからにする」
「そうか。先生に伝えておくよ。もうすぐ正門だし」
そう言って彼らは走り去って行った。
「あーもう、あの野郎」
染谷は座り込んだ。
「電話奪ったのは悪いと思ったけど、殴ることねーだろ……」
でも、何故か染谷は笑顔だった。
「全く馬鹿にしてんのかって。千咲都のこと興味ない奴が、千咲都と一緒に写った写真をホーム画面にするかっての」
「……もっとこう、染谷みたいにオープンにすればいいのに。わかりにくいんだよ」
染谷は伸びをして立ち上がった。
「うん、そろそろ動けるし、保健室行くふりして染谷も探しに行ってやろうかな」
「千咲都!!大丈夫?」
「大丈夫だよ。さすがに慣れたし、りっくんがはやく気づいてなんとかしてくれたから」
最初は怖かった。目の前にいる人が誰なのかわからなかったから。
ゆっくり、お兄ちゃんが教えてくれた。
今、この隣にいる水戸理玖哉という人物が、私の一番の味方だと。
「いつも…ごめんね」
避けきれないでできた彼の腕の傷に私は持っていた少し大きめの絆創膏を貼る。
「え…もったいない。傷なんてすぐ戻るのに」
「でも、ゴミとかはいると気持ち悪くなっちゃうんでしょ?」
戻すのは家でちゃんと傷口をきれいにしてからにしてね、と言いながら他に傷はないか探る。
「うん……まぁ、そうだけど。ってちょっとまってそこはめくらないで、怪我してないから!!」
「それにしても、なんでこうなっちゃったんだろうね」
私は殺意を失って倒れこんでいる人達を見た。
これが、私が集めた殺意を持った人達。
もしもこちらに来ていなかったら、そのまま他の誰かを傷つけていたかもしれない。
そう思えば、いつの間にか宿ってしまったこの力は良いものに思えるかもしれない。
でも、下手をすれば自分が死んでしまうかもしれないというリスクがある。
私がこうやって生きていられるのも、りっくんのおかげだ。
「殺意を集める力が千咲都にじゃなくて、オレにあったら良かったのに」
「え!?無理だよ!?私体育2なんだけど、そうなったら警察…いや、自衛隊にお願いしないといけなくなるかも…」
「そうじゃなくて不死身のオレが殺意を集める力を持ってたら、良かったのにっていう意味」
「それはそれで嫌だ。それじゃりっくん一人で戦うことになるじゃない」
たまに受けてしまう傷は、元に戻るとはいえ痛々しい。痛みは無いといっても、刺さった時にはその感触が残る。
りっくんはそうなるとすこしだけ顔を歪めて、休むのだ。
「囮なしじゃ、もっと刺されちゃうよ?」
「千咲都がいっつも泣きながら逃げるのをみる事に比べたら、気持ち悪いほうがマシだけど?」
「な、泣いてないもん」
私はりっくんから目を背けた。
「はやく、学校行こう?」
私はりっくんの背中を押す。
私達はいつも裏門から入ってりっくんが着替え終わってから教室に行く。
いつも二人で入るから、周りの子達は付き合ってるんだって思われるけど、本当は全然そんなことはない。
ただ護り、護られるだけの、そんな間柄。
「おはよう、千咲都!!今日も無事?どこも怪我してない?」
「美紅、大丈夫だよ」
美紅はお姉さんがいる。そのお姉さんが殺意を持って飛び出し私達と出会った。
出会いかたはあまり喜ばしいことではないと思うけれど、今は私達の事を知って気遣ってくれる友人だ。
「まだそんなにうまくできないけど、いつか私も千咲都のこと護れるようになるから」
「嬉しいけど、美紅も危ないと思ったら逃げないとダメだよ」
「清谷は体育とか、緊急事態のときだけ」
あとはオレが全部やる、とりっくんが言った。
「それじゃバテるでしょ」
「生憎、3日ほど走りっぱなしで30人は相手したことあるので」
誘拐された後、りっくんはずっと走っていたらしい。
誘拐されていた時のことを忘れてしまったから、時々思い出す為にこうして話す。
私はちっとも思い出せないのに。
どうして誘拐されたのか、どうやってお兄ちゃんに運ばれたのか。これからどうしたらいいのかもわからない。
「とりあえず、お前は普通に笑って過ごしてくれ。そうしてくれたほうが、りっくんも普通の日常を少しは楽しめるから」
普通の日常ってなんだろう。
私の為に、りっくんは傷ついているのに。
笑っていていいのだろうか。
そう考えながら、私は私なりの日常を過ごしていた。
♢♢♢
「あっ佐藤さん!!こんにちは」
「こんにちは。これ、また名津陽くんに渡しておいてくれる?」
佐藤さん。
私達がいつもお世話になっている警察の人。
佐藤さんは独身で妻も子供もいない。
お父さんの友人でもあり、代わりにいつも保護者として色々とお世話になっている。
私は佐藤さんからアレが入った紙袋を受け取った。
※アレ=魔法少女絶望ガールのグッズ
「あれ、今日もきたの?千咲都ちゃん。理玖哉くんは?」
佐藤さんとは正反対の、茶髪に癖っ毛の青年が入ってきた。
佐藤さんの後輩、瀧沢武信(たきざわたけのぶ)。
見た目は少しチャラいけど、佐藤さんに憧れて入ったらしい。詳しくは教えてくれないけど、佐藤さんは結構偉い人だそうだ。
「りっくんなら今、トレーニングに混ざってると思います」
「千咲都ちゃんはトレーニング中の理玖哉くん、みたことあるの?」
「ない…です」
いつもは近くの病院で健康診断を行うけれど、今日は耐震工事のため中止になった。
だからりっくんのトレーニングが終わるまで、ここでおとなしく本でも読んでいようかと思っていた。
「じゃあ、ちょっとだけ見てみない?」
いいっすよね?と瀧沢さんが聞くと、佐藤さんはいいよと答えた。
静かに扉を開けると、室内には指導者らしきガタイの良い男の人とりっくんがいた。
「あ、道着きてる」
りっくんの道着は私が洗っている。
そういえばりっくんは自分でやると言って、私は護って貰ってばかりじゃ嫌だとケンカになったな。
その後、お兄ちゃんが洗うといいだして、二人で全力でやめてと言って、じゃんけんで決めた。
こうやって着ている姿は新鮮で、かっこいい。
「そういえば、りっくんの将来の夢」
「警察ってかいてあった」
たまたま小学校のアルバムをみつけた時、学年ごとに書く将来の夢というものがあった。
ちなみに私はなんて書いてあったのかは内緒だ。
「…私が、りっくんの時間を奪ってるってことだよね」
「そんな事ないよ」
佐藤さんが私の肩に軽く手をのせた。
「僕は将来、家族みんなを護りたい。千咲都もなつ兄も、みんなを護りたいから。だから警察になりたい」
「そう言ってたから。そもそも警察になることが目的なんじゃない。誰かを護りたいから、警察という職業になりたいってかいたみたいだから」
だから素直に護られていればいいんじゃないかな。
そう佐藤さんは言った。
りっくんがいなかったら私はもう死んでいた。
知らない人たちに刺されて、殴られて、どうなっていたか。
できるだけ考えないようにはしていたけれど、そういう事だ。
私はりっくんがいなければ、ずっと部屋に篭って、学校にも行けない。
お兄ちゃんもいなかったら、家に入られて、もうおしまい。
その前に飢えて死んでいたかもしれない。
私には殺意を持った人間を止める術がない。
私にはりっくんが必要だ。
りっくんは私を護ると言ってくれた。
でも私は正直護ってもらわなくてもいい。
目が覚めた時、私はアレを探した。
それはベッドの隣に置いてある椅子の上にあった。
粉々に砕け散ったそれは小さなビニル袋にまとめて入っていた。
「…よかった」
かけてあったジャージを着て、静かに窓を開けて、外の空気を吸った。
まるで、知らないところに来ているようだった。
私は椅子を窓の下まで持ってきて、登って窓から外に出る。
「裏門なら、目立たないよね」
今はまだ授業中のはずだ。先生に気をつければ、バレない。
外で何か言われても、マラソン中だと言えばいい。
「あそこに行こう」
私は取り憑かれたように、あの場所へと足を運ぶ。
「理玖哉くんがこれ以上傷つかないように」
思い出しながら、だんだん足取りは速くなっていく。
「これ以上、血を流さないように」
背後にある殺意をピシピシと感じながら、
「不死身なんて、永遠に生き続けることなんて、出来ない」
やっと、あの日の事を思い出した。
全部蓋をして、忘れたいと願ったあの日を。
「私がいたらりっくんが、死んじゃうって」
思い出した。
廃工場。
あの日よりもっと古くて壊れそうで、
埃っぽいかと思ったけど草が生い茂っているせいか、そうでもなかった。
ここでならいいかもしれない。
元々あそこで死ぬかもしれなかったのだ。
あそこで終わりにしよう。
「りっくんの為に、私は消える」
こんなに走って辛いと感じたのはいつぶりだろうか。
痛みなんて感じないのに、全力で走っているから足の感覚がなくなっていく。
そう、あの日以来だ。
千咲都の手をとって、全力で走った。
「佐藤さんから、全力で逃げていた」
「強盗殺人事件?」
そ、だから理玖哉くんと千咲都ちゃんも気をつけてねー」
滝沢さんは台に肘をついてオレたちに言った。
相変わらず彼は飄々としている。
「一応お兄ちゃんが防犯対策しているから大丈夫だと思うけど……気をつけておきます」
「未だに犯人の足取りが掴めてないんだよね。何年前か、同じような事件が起きてて」
「こら、滝沢くん。理玖哉くんたちにその話は」
ちょうど部屋に入ってきた佐藤さんが瀧沢さんを嗜めた。
「あーすんません。とりあえず、君ら気をつけてね。周りで事件が起きまくってそっちのほうを対処しなくちゃいけない分、君たちのリスクは増えていくんだから」
「もし見つけたらすぐに捕まえて連絡します」
「あーだめだめ。今回のは放火もあるんだわ。りっくん焼け死んだらさすがに不死身スキル発動しないかもでしょ?」
「そういやそれは試したことないな」
「りっくん、試したらりっくんのお弁当だけお兄ちゃんに作ってもらうよ?」
ガチトーンの千咲都に思わずごめんなさい、と謝った。
「まぁ無駄に事件に首は突っ込まないほうがいいと思うよ。殺意は連鎖するからね」
そう、殺意は連鎖する。
誰かが殺し、それを憎み、また誰かを殺す。
その間にはいるのは千咲都とオレ。
本当だったら二人ともとうの昔に死んでいた。
それでも生きているのは、目の前にいる佐藤さん達のおかげなんだと。
その時は感謝していた。
「昨夜23時頃、○○区の火災現場から身元不明の焼死遺体が発見されました。
警察は最近連続で発生している強盗放火殺人事件として、捜査を行っており……」
日曜日の朝、いつものように千咲都の作った朝ごはんを食べていたが、珍しく、名津陽さんはアニメではなくニュースをみていた。
「結構近いね」
「ああ。ちょっと電話かけてくる」
名津陽さんは箸を置いて自分の部屋へと引っ込んでいく。
「何かあったのかな?」
「アニメみないの珍しいよね」
テレビには真っ暗な夜の中、消防車やパトカーに囲まれた延々と燃え続ける一軒家がうつっていた。
今日は月曜日の祝日。
とはいえ特にやることがなく、ただぼーっとテレビを眺めていた。
「りっくんどうしよう。今日お買い物行かないと、暫く缶詰めとレトルトになっちゃう」
「うわ、それは嫌だ。名津陽さんは……そういや朝からいない?」
買い物の当番はいつも名津陽さんだ。
毎回外出て、毎回血だらけになったら服が無くなるから。
「お兄ちゃん、たぶんお買い物のこと忘れてる。なんか仕事がはいったーって言って朝出かけていったよ」
「じゃあ二人でさっと買いに行こうか。動きづらくなると困るからそんなに買えないけど」
「ついでに、お洋服みに行こうよ」
「ん?この前千咲都服買ってなかった?」
「私じゃなくて、りっくんの」
「オレ、服は困ってないよ?」
はぁ、と千咲都はため息をついて言った。
りっくんがもっと刺されないように気をつける服を買うの」
「ええ……」
それは荷物が増えるんじゃないかと反論したが、見るだけみてその店の通販で買えば良いと返されてしまった。
駅のデパート3階。服屋にて。
「りっくんはどっちが好き?」
あれやこれ、これも良いんじゃないかと千咲都が服をオレにあわせていく。
「あの、千咲都さん。食料品は」
「お醤油きれただけだから。最後で大丈夫だよ」
「もしかしてだけど、元々こっちがメイン?」
「そうだよ」
そうだよって、そんなあっさり。
「服は佐藤さんたちにもらってるからいいってば」
「りっくん、私と買い物するのは嫌なのか……ごめんね、お兄ちゃんじゃなくて。本当はくまシリーズの服がいいんだよね」
チサトサン、オレヤッパフクホシイデス。
「いっつも黒とか赤とかだもんねーあ、そうだピンクは?」
「まさかのピンクですか」
「黄色、黄緑。……いっその事7週間虹色……?」
「もしかしなくても遊んでる?」
そんなことないよ、と目を泳がせる千咲都。 やっぱ遊んでるな、これは。
「どうせ汚れるんだから、こういうので…」
「りっくん」 千咲都がオレの袖をつかんでもう片方の手で店の隅のほうを指差した。
「あのクマって……」
あ、名津陽さんの好きなやつ。
「緊急入荷…って、これそんなに人気だったの?」
「ね、これ買っておこうよ。お兄ちゃんもうすぐ誕生日だし」
確かに、いつも一緒に行って何が欲しいか聞いてから買っているし、いつも決まってこの青いクマ。
どうせ何体いたってお兄ちゃん喜ぶよと千咲都は笑った。
確かに、とつられて思わず笑ってしまう。
もしも、千咲都が殺意を集めてしまう体質にならなければ。
もしも、オレが不死身なんてものにならなければ。
何も気にせず、どんな所でも遊びに行けたかもしれない。
こういう楽しい日が毎日続いたかもしれない。
オレは名津陽さんに交換条件を出した日のことを思い出した。
「千咲都をまもるから、僕の居場所をちょうだい」
本当は千咲都の事をまもるのは当然の事で、ただ不死身という化け物になってしまった自分が怖くて、一人になりたくなくてそんな事を言った。
「あのさ、帰ったら、”名津にい”と話そうと思うんだ」
千咲都は少し驚いた顔をしたが、嬉しそうに笑った。
「オレと千咲都の体質の事、ちゃんと、考えたい。
もっと気軽に遊びに行ったり、体質が治る方法をちゃんと相談したい」
「うん」
「……ただ、オレもだけど千咲都は嫌な事も思い出させちゃうかもしれない」
「いいよ。私は大丈夫」
「たまには自分も役に立ちたい。守られてばかりじゃなくて、逆にりっくんの事、守りたい」
「何それ。千咲都は美味しいご飯いつも作ってくれてるじゃん」
「だって!お兄ちゃんはスライム量産しちゃうし、りっくんだとちょっと味付け濃くなっちゃうし!!消去法で私の担当になってるだけだもん!!!」
「今日くらい担々麺食べたい、激辛のやつ」
「りっくんの激辛は救急車運ばれるレベルだからダメ!!」
少し赤くなった顔を青いクマで隠しながら、怒る千咲都の声をきく。
最高に楽しい一日が、人生で2回目の絶望する日になるとは知らずに。
店を出ると、見慣れた人がいた。佐藤さんだ。
「佐藤さん!」
「もー危ないから出かける時は呼んでっていつも言ってるのに」
「あっその……お兄ちゃんには内緒で来たかったから……」
佐藤さんはオレが持っていた青いものが少し見えた袋をみると、なるほどと頷いた。
「まぁ二人でデートしたい気持ちもわかるけど、危ないからせめて僕くらいには教えてよ」
「「いや、デートじゃないので」」
二人の声が思っていたよりも通ってしまった。
佐藤さんは笑って車で送っていくよ、と言うと、車のキーをポケットから取り出した。
「あれ?佐藤さんキーケースは?」
「キーケース?あ、ああ、朝ちょっとコーヒをこぼしてしまってね」
佐藤さんは軽く笑い、新しいの買おうかなと言った。
キーケースは亡くなった奥さんから貰ったものだと教えてくれた事がある。
そんな大事な物をどうして明るい笑顔で笑い飛ばせるものだろうか。
その些細な違和感を素通りし、オレたちは佐藤さんの車の後ろの座席に乗り込んだ。
「そういえば二人とも修学旅行とかどこに行くとか決まってるの?」
佐藤さんがそういうと二人は微妙な顔をした。
「一応……京都だっけ」
「うん。でも、行けるかどうかは」
千咲都の体質状危険ではあるし、ヘタをすれば理玖哉が不死身だということも明らかになってしまう。
「まあそうだよね危ないから修学旅行はパスしたほうが良いかもって思うけれど、もし行くなら全力でサポートするよ」
「名津陽くんの時の修学旅行も大変だったしそれに比べたら…」
「お兄ちゃんの修学旅行?」
聞いたことない?と佐藤さんは首を傾げた。
話したことはなかった。
ただ、正直言って友達がいなさそうなあの自宅警備員もとい、探偵にそういう類の話はしづらく、二人とも名津陽の学生時代について触れてはいけないものだと何故か思っていた。
「大変だったんだよ名津陽くんはモテモテでね、ホテルの部屋割りとかグループとか誰と一緒になるとかもうそれは血みどろの争いになって……」
佐藤さんが言葉を止め、突然車のスピードが上がった。
「きゃっ」
千咲都が小さな悲鳴を上げた。
急なカーブに樹々の当たるバキバキという音。
シートベルトが無ければ吹っ飛ばされるのではないかというくらいの、酷い運転。
その道はいつもの道ではない。
「佐藤さん!?」
「そうそう。君達、ニュースみた?」
佐藤さんがあっけらかんとした声で一昨日くらいだったかなぁ、と続けた。
最近見たニュースといえばあれくらいしかない。
「先日○○区の火災現場から身元不明の焼死遺体が発見されました。警察は最近連続で発生している強盗放火殺人事件として、現在も捜査を行っており……」
運転席から昨日の朝くらいに見たニュースの音声が流れる。
「あれさぁ」
ブレーキの甲高い音が、車内に響き渡り車が止まる。
その瞬間、オレは千咲都と自分のシートベルトを外して素早く車のドアを開けた。
ここに居てはいけない。
この人から離れなければ。
千咲都を連れて、千咲都を護らなければ。
「瀧沢くんの家なんだよね」
この人は今、殺意を持っている。
「あの日、私は一生懸命りっくんの腕をくっつけようとしていた」
私達2人は無我夢中で走り、たまたまあった廃工場に逃げ込んだ。
休憩室だったのだろうか、タバコの色が壁に染み付いて黄ばんでいる。
「佐藤さんから逃げる日が来るなんて」
そんな馬鹿な、と思いつつもそんな予感はしていた。
あれでも殺意を抑えているようで、でも抑え切れていないようだった。
もしも周りの人が殺意を持ったら、と頭によぎる。
そんな事は何度もあった。
それでもまさか、彼が殺意を持つなんて思いもしなかった。
いや、思いたくなかった。
「千咲都、名津陽さんに連絡できたか?」
様子を伺いながら小さな声で聞いた。
「だめ、繋がらない。電波事態繋がらない」
それでは警察も美紅にも連絡できない。 山の中だからなのか。 最悪の状況だ。
「……こんな事言うのもなんだけど、オレ佐藤さんと組み手で勝ったこと無いんだ」
強いんだよ、と理玖哉は顔をしかめた。
「だからといって本気出してやり過ぎたら」
不死身と生身の人間は違う。
力加減を誤れば佐藤さんは死んでしまう。
でも、全力で戦わないと殺意が千咲都に向かってしまう。
「ごめん、自己犠牲はしないって約束守れそうにないな」
「今日だけだよ、私はりっくんが、死なないって分かってても、それでもやっぱり私はりっくんが傷つくとこなんて見たくない」
ずっと一緒にいて、私を護るために闘ってくれるりっくん。
何度も何度も何度も、彼の血を見てきた。
私はただひたすら逃げることしかできなかった。
「あのね、このまま逃げていても、闘っていても、どこにも人がいないから誰も気がつかないと思うの」
何か、自分のできることはないのかずっと探していた。
見えるのは自分の腕。それも遠くの方に、床に落ちている真っ赤な腕。
それをずっと眺めていると目の前が歪んだ。
もうすぐ死ぬのかなと、思ったのはこれで2回目。
なんで、と思ったのも2回目。
でもその1回目の記憶はあやふやで、大切な誰かが消えてしまったのに
それが誰なのか思い出せない。
それどころじゃない、と頭の中でぐちゃぐちゃと何かが思い出す事を邪魔をする。
私は彼の腕を掴んで必死にくっつける。
極力破片が混じらないように、血を少しでも彼の身体に戻るように、必死に、かき集める。
戻らない。
いつもより遅く感じる。
寧ろ大量の朱が、広がっていく。
涙が血に混ざらないよう袖口で拭いながら、すくっては傷口につけていく。
手はもう理玖哉くんの血で真っ赤に染まっていた。
ふと誰かの声がした。
その声はどこかで聞いた事があるようなないような、若い男の人の声だった。
けたけたと笑う声に恐る恐る顔を上げて見た。
ニタリと微笑う佐藤さんの口から出た言葉。
彼はそんなふうに笑わない。
「貴方、誰?佐藤さんじゃない、」
どこかで見たことのある面影。そう、私は時々どこかで見たことがある。
ゆっくりと歩き寄って来る何者かに、私は近くにあった瓦礫の一部を投げつけた。
その抵抗は虚しくも当たらない。
死神のように冷たい手が私の手首を掴み、私の顎を掴んだ。
「やめて!!!!」
ドォン!!
その時、扉の奥から大きな音を立てて炎が上がった。
さっき私がつくった装置がやっと作動したようだ。
遅い、と無駄に冷静に私は呟く。
いつの間にか佐藤さんではなく、お兄ちゃんくらいの若さの黒髪の男が立っていた。
呆然とみていると、彼はまた笑った。