「裁判」という幻想に縋る末路 ── 露呈した自己矛盾と事実捏造の実態
前回の記事でトネリコ氏の論理矛盾を指摘しましたが、同氏はその後、自身の非を認めるどころか、さらなる事実誤認と「未来の仮定」による自己正当化を積み重ねておられるようです。
しかし、同氏が「正規の手続き」や「裁判」という言葉でどれほど粉飾しようとも、その実態はこれまでの検証で既に「答え合わせ」が済んでいる事柄ばかりです。
1. 過程の神聖視 ── 「手続き」を免罪符にする加害性
(安藤の記事の魚拓URLを提示しつつ)
正規の手続きを何度も取られるような、悪質な投稿を繰り返しておいて反省のひとつもない方と、お話することは何もありません。手続きが失敗したと吹聴して回られている所大変申し上げにくいのですが、ご自分にやましい所がなければ言論弾圧などと言う必要はないと思います。
ここでトネリコ氏は、以前指摘したのと全く同じ論理のすり替えを繰り返しています。開示請求という「過程」を「有罪の証拠」にすり替える手法です。
法的根拠があれば開示へと進んでいるはずですが、現時点での事実はnote社による「拒絶(敗北)」です。不都合な真実を隠蔽し、手続きの過程だけでレッテルを貼る手法は、極めて短絡的です。
2. 敗北からの逃避 ── 歪曲された事実と「未来の仮定」
一般論として、この次は開示のための民事裁判を提起しなければなりません。 もし仮に、私が相手方に対して民事裁判を提起した場合、相手方は裁判官の前でどう言い訳をするつもりなのか、非常に気になります。 【ろくに仕事もできない弱者】と見下して誹謗中傷した行為に、何の正当性があるのやら。
ここでトネリコ氏は、以前指摘したのと全く同じ「未来の仮定」への逃避を行っています。「裁判所が悪質と認定したら~」と繰り返していますが、これは現時点での「削除拒絶」という冷厳な現実から目を逸らすための空想に過ぎません。
また、同氏は特定のフレーズを執拗に引用し、あたかもそれが一方的な「中傷」であるかのように振る舞っています。しかし、そのフレーズがどのような文脈で、同氏のいかなる振る舞いに対して投げかけられた「評価」であったのかという視点が完全に欠落しています。この「事実に基づいた妥当な評価」を「中傷」へと強引にすり替えようとする試みこそが、同氏が自ら招いた論理破綻の始まりです。
3. 評価の正当性 ── 自作自演の不毛さを突く「妥当な論評」
トネリコ氏のいう「言い訳」についても、以下の通り既に別記事で回答済みです。
妥当な意見表明:
当該コメントは、名指しすらされていない一般論に対し、自ら「もし私のことなら」と言及し、スクリーンショットの取得や拡散を繰り返す同氏の「客観的な振る舞い」を評したに過ぎません。自発的プロセスの指摘:
自ら火の中に飛び込み、「熱いからこれは放火だ」と叫びながら、その火を自ら周囲に広めて回る。この自発的な一連のプロセスに対し、その不毛さを指摘することは、誹謗中傷ではなく妥当な意見表明の範囲内です。
事実、私は「削除に同意しない」と正当な法的根拠を持って回答し、note社に受理されています。これを「言い訳」と断じるのは、単なる同氏の主観に過ぎません。
4. 救済と矛盾する振る舞い ── 削除要請と拡散という「墓穴」
トネリコ氏は、以前指摘したのと全く同じ、自称被害者による「晒し上げ」という矛盾を露呈させています。
同氏は私の言葉を「中傷だ」として削除させたがっている一方で、即座に私の記事の魚拓を生成し、不特定多数の目に触れる形で拡散を続けています。
真の被害者であれば、耐え難いとされる情報の拡散を食い止めるはずです。しかし、同氏はその言葉を「消したい」と願いながら、自ら「保存・拡散」するという支離滅裂な行動を取っています。「削除要請」という法的アプローチをしながら、一方で「拡散」という加害行為を自ら行う。この致命的なダブルスタンダードこそが、同氏が自ら掘り進めた「墓穴」です。
指摘を無視してまで晒し上げを強行するその姿勢は、もはや「被害の救済」などではなく、単なる「個人への攻撃」であることを自ら証明してしまっています。
結びに代えて
ここまでの文章を論理的に読める方であれば既にお分かりかと思いますが、今回の内容はこれまでの記事で既に何度も指摘し、解説してきたことの重複に過ぎません。
ぬかりない論理的な反論により、同氏の欺瞞は既に暴かれています。
かたくなに事実から目を逸らし、空想の裁判を語る姿は滑稽です。
にべもない評価の正当性についても、妥当な意見表明に過ぎません。
くどいほど繰り返される魚拓拡散の矛盾は、自ら掘り進めた「墓穴」です。
ぎまんに満ちた二枚舌で削除を迫る姿勢こそが、同氏の正体です。
記事の内容をそもそも確認していないのか、あるいは何度説明されても理解できないほど文字が読めないのかは存じ上げませんが、ろくに確認もせず意見照会書を送りつけてくる手法は、スラップ訴訟のそれであり、言論弾圧以外の何物でもありません。
もし本当に、何度繰り返し説明してもこれらが理解できない程度の素朴な知性しか持ち合わせていないのであれば、書いてもいない文言を根拠に削除要請をしてくるような不可解な行動すら、そうした手合いにとっては、仕方のないことなのかもしれません。
不当な言論弾圧に対しては、今後も淡々と、かつ厳正に対処していく所存です。


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