ノーノー達成した細野晴希、「最速120キロ台の技巧派投手」から、いかにしてプロ有数の速球派左腕へ大化けしたのか【主筆・河嶋宗一コラム『グラカンvol.114』】
大幅球速アップもドラフトでは悔しい外れ外れ1位を味わう
東洋大ではメキメキと球速アップに成功し、3年生の時点で150キロ中盤の速球を投げるまでになります。実際に数字だけではなく、映像や現地での投球を見てもパワーピッチャーに変貌していて、驚きが隠せませんでした。 当時の取材で、細野投手は球速アップのきっかけについて、トレーナーを志す兄が考案したメニューで「人生初のウエイトトレーニング」を取り入れたことだと語ってくれました。理想の投球についても、次のように述べています。 「軽く投げて150キロ、その感覚のまま160キロが出せれば理想です。今は力を込めて150キロを出しに行っているわけではなく、自然に(150キロが)出るようになってきたので、良い感覚です」 力感なく剛速球を投げる――。その理想を追い求め順調にスケールアップを果たした細野投手は、最終学年を迎える2023年、大学球界の目玉へと登り詰めました。 しかし、勝負の4年秋に試練が訪れます。インフルエンザの発症により調整が遅れ、復帰戦となった日本大戦では4回4四球2失点で降板。その後も試合は作るものの、制球に苦しむ登板が続きます。ドラフト前最後のアピールとなった10月11日の国学院大戦では、8回1失点と粘ったものの、6つの四球と制球に苦しみました。この内容が影響したのか、ドラフト会議では日本ハムから外れ外れ1位指名を受けることとなります。細野投手は悔しさを滲ませ、それでも前向きに取材に答え、活躍を誓っていまいた。 プロ入り後の2年間を振り返ると、着実に階段を上ってきました。1年目こそ2試合の登板に留まりましたが、2年目は6試合で3勝1敗、防御率1.51。35.1回を投げて34奪三振と、優れた投手成績を残しました。 そしてプロ3年目、細野投手は見違えるような変貌を遂げていました。腕の位置をわずかに下げ、スリークォーター気味のフォームへモデルチェンジ。常時140キロ台後半を計測する速球と、鋭いスライダーやカットボールで打者を圧倒するスタイルを確立しました。かつての不安要素だった制球も安定し、どのコースにも力強いボールを投げ込めるようになっています。 現在の投球を続けていけば、二桁勝利や規定投球回への到達も十分に射程圏内でしょう。剛速球を追求するあまり制球を乱した時期もありましたが、速さだけでも、コントロールだけでも通用しないプロ野球の世界で、試行錯誤の末にようやく「勝てる投球」を確立しつつあります。 3年目のシーズンは、大ブレイクを果たす1年となるのか。最高のスタートを切った細野投手の今後の登板に注目していきたいと思います。
河嶋宗一