360 Reality Audio(サンロクマル・リアリティオーディオ)は、ソニーの360立体音響技術を活用した音楽体験。この“360 Reality Audioメイキングラボ”では、制作を手掛けるエンジニアやクリエイターのノウハウを深掘りする。今回は、デビュー10周年を迎えたシンガー・ソングライターの藤原さくら(写真左)が登場。藤原とエンジニアの奥田泰次、アルバム『uku』『wood mood』のプロデューサーでもある石若駿(同右)が集結し、最新作『uku』をはじめとする360 Reality Audioについて、鼎談(ていだん)してもらった。
作品情報:藤原さくら『uku』『wood mood』
藤原さくら『uku』『wood mood』
(アミューズ)
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「What’s next mood…?」YouTube
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YouTubeではほかにも、下記楽曲の360 Reality Audioを配信しています。
「Angel」「OK」「Every day」「little baby feat. 安部勇磨」「good night」「Kirakira」「生活」「Someday」「春の歌」「赤」「Lovely Night」「Sunny Day」「Soup」「ありがとうが言える」
アーティスト&エンジニアが語る360 Reality Audio
Musician
藤原さくら
【Profile】1995年生まれ。福岡県出身。シンガー・ソングライター。天性のスモーキーな歌声で聴く人の耳を引き寄せる。ミュージシャン、役者、ラジオDJ、ファッションと活動は多岐にわたる。2026年2月に6thアルバム『uku』をリリース。
Producer
石若駿
【Profile】1992年北海道生まれ。自身のプロジェクトとしてAnswer to Remember、 SMTK、Songbook PROJECT、石若駿トリオを展開。作編曲家としてアーティストや映像作品のサウンド・プロデュース、楽曲提供を行う。
Engineer
奥田泰次
【Profile】studio MSRを拠点とするエンジニア。近作ではTempalay、Mono No Aware、ハナレグミ、藤原さくら、FCO.、S.A.R.、野口文の楽曲に参加。
音楽体験として衝撃を受けた360 Reality Audio
──藤原さんが360 Reality Audioと出会ったきっかけは?
藤原 奥田さんが“360 Reality Audioって面白いから聴いてみたら?”と言ってくれて。石若さんもライブ音源を360 Reality Audio化してるし、1回聴いてみたいと思ってスタジオでデモをしてもらったんです。そこで音楽体験として衝撃を受けました。自分の音楽が初めて360 Reality Audio化したとき、聴いてくれたマネージャーは放心状態で泣いてましたね。それで次のアルバムは一緒にがっつり作りたいという話から『uku』の360 Reality Audioを作ることが決まりました。
──石若さんは『uku』のプロデュースを手掛けていますが、360 Reality Audio版は本日初めて聴かれたそうですね。
石若 “私がやってきたことは正しかった!”って気分になりました。アレンジのときに、この音はこう聴こえたらいいなと考えるんですけど、360 Reality Audioだとそれが全部クリアに聴こえてきて、このフレーズはここにつながる、というような表現もより具体的になっていました。奥田さんのサウンド・デザインも面白いですね。パーカッションの人が上でシェイカーを振って歩いてるとか、ピアノがどっちを向いているかとか、楽器がどこで演奏しているか想像できました。
藤原 音が一つ一つ大切にされている気持ちになりました。
石若 そう、それ思った! 聴いていて“奏者の愛が詰まっているアルバムだな”ってあらためて思いました。
スピーカーの存在感のなさが“没入”につながる
──『uku』の360 Reality Audio制作はどのように?
藤原 音数が多い作品なので360 Reality Audio化しがいがありそうと思っていましたけど、それをどう調理するかは未知の領域だったので、奥田さんにお任せしました。
奥田 リスニング中にスピーカーの存在感がなくなることが“没入”につながると思っていて。音がシンメトリーになりすぎると整頓されすぎてしまうので、ちょっとずらすことで奥深いものになったり、タイミング良く聴こえたり、音色やトーンがよく聴こえたりするんです。キャンバスの広さを生かして「scent of the time」では広がりを表現したり、「My summer」はSEがゆっくりと回る感じを出したりしました。
藤原 曲によっていろんな表情になりますよね。水流というか、波のように迫る感じにも、包み込まれるような感じにもなって面白いです。『uku』は風とか水とか、自然のことを思いながら作ったので、360 Reality Audioでそれを体感できるのがすごくうれしいです。
奥田 すごく自由な発想で録音されていて、スタジオだけじゃなくて自宅で録音したりフィールド・レコーディングをしたり、石若君がAPPLE iPhoneで録ったドラムが採用されていたり。いろんな場所で録音しているので、音のテクスチャーがそろわず複雑な感じになっているのが良かったです。
藤原 アルバムを通して、常夏のビーチから始まってブクブクと海中に潜っていくような高低差がある構成にしているので、キラキラした高い音から、ドーンと低い音まで聴こえるような世界が欲しいというアイディアを奥田さんが形にしてくれました。360 Reality Audioって新しい手法だから、好奇心旺盛に取り組む奥田さんの探求心がすごいです。
奥田 360 Reality Audioを作るAUDIO FUTURES WalkMix® Creatorは本当に操作が簡単で、ゲームみたいにポンポン置くだけなので、2人が触ったらどうなるんだろうと思います。ヘッドホンでも作業できるし。エンジニアは先入観が付きまとうけど、アーティストは発想が先に来るから積極的に触ってもらいたい。
石若 その作業、楽しそう!
藤原 石若さんはハマったら時間が溶けそう(笑)。
──特に印象に残った曲は?
藤原 「Every day」は“大丈夫だよ”というメッセージが込められた曲なんですけど、最後に音が自分を包んでくれて。目をつぶって聴いたら音の流れを感じられて面白かったですね。「scent of the time」もチェロが豊かに聴こえてきて。
奥田 後ろのほうにチェロがいるみたいな形になってて。ボーカルが正面にあって、ピアノがちょっとずれている形で、より生々しさが表現できました。キャンバスが広くて余裕があるからどこで鳴らしてもうまく鳴らせるっていうのはあります。
石若 「My summer」の上のほうで鳴ってたクラップは、さくらちゃんの最初のデモに入ってたクラップなんです。「深海」のデモのギターもうっすらここに聴こえるなとか、それぞれの音の思い出が浮かびました。
藤原 解像度が高い(笑)。音が一つ一つ大切にされてるから“あの音が入ってる”って分かりますよね。
映像に合わせて360 Reality Audio用に演奏
──360 Reality Audio用に藤原さんと石若さんが即興演奏した「What’s next mood…?」もYouTubeで公開中です。
藤原 アニメーションに当てはめながら360 Reality Audioを意識して演奏しました。人が後ろから歩いてくるとか、水中からブクブク浮かび上がってくるとか。奥田さんも“ここにこういうマイクを置こう”とかいろいろアイディアをくれて。
奥田 一切サンプル・ライブラリーを使わず、すべての音を実際に録音したのもすごく良いトピックだと思います。
石若 普段生活する中で聴こえる環境音を前提にみんなのイメージを音楽にしていく感じでした。例えば海底の映像だと、グランカッサを指で擦って低音が持続する音を出すとか。人の想像に忠実な音を選ぶために直感を大事にしました。
──ご自身の関わった楽曲が360 Reality Audioになったことについて、あらためて振り返っていかがでしたか?
石若 この経験をしたことによって、曲を作る中で360 Reality Audioを見越したアイディアが生まれそうです。
藤原 いろいろな音を入れて実験的に作った作品が、360 Reality Audioになることでまた新しい形で生きて、良い向き合い方ができました。私が音楽を大好きになったきっかけがイスラエルのヤエル・ナイムのアルバムで。いろいろな音が聴こえてきて“この楽器はなんだ?”ってブックレットを見るのがすごく楽しかったんです。それが自分の原体験だから、360 Reality Audioで一音一音がフォーカスされて聴こえたらみんな音楽が好きになるんじゃないかなと思いますね。
360 Reality Audio制作テクニック
ここでは『uku』に収録された「Every day」の360 Reality Audioをフィーチャー。奥田泰次が制作したWalkMix Creatorの画面に注目してみよう。オブジェクトは58個作成されており、左画面がリスナー後方から、右画面がリスナーを上方から見た配置となっている。
オブジェクト上に書かれたトラック名を見ると、エレキギター、アコギなどの竿モノ、シンセやオルガンなどの鍵盤類、マリンバ、ボンゴ、シェイカーなどのパーカッション、ホーン類など、豊富な種類の楽器が空間上にちりばめられている。奥田による配置のこだわりは下記のPointをチェックしてほしい。
Point:アシンメトリーな配置により各楽器の発音場所をずらす
「Every day」の360 Reality Audioでは、曲中に音がグッと迫って包み込まれるような音作りが施されている。この手法について奥田が意識しているのが“シンメトリーになりすぎないこと”だという。下図のように楽器ごとのステレオ幅や配置角度を均等にしすぎないことで、より位置が明確に。これを生かすことで「音量を上げなくても音量が出てくるような感覚、テンポを変えなくてもテンポアップしたような感覚にすることができる」と言い、それらの効果を場面によって使い分けているのだそうだ。