「マスゴミ」論というエコーチェンバー
先日、Xにこんなことを書き込みました。
エコーチェンバーの解毒剤として「紙の新聞」ほど有用なツールはない
これに対して、清々しいほど「マスゴミ論」一色の反応がありました。
ネガティブなものだけ選んだわけではありません。わざわざ引用して一言いいたい方は、皆さん、こういう論調だったようです。
根強い「マスゴミ論」をどう考えるか、手短に補足します。
最後に拙著『新聞のススメ』から長文の引用があります。そちらはご興味あれば。
「マスゴミ」論というエコーチェンバー
マスゴミ論、気持ちはわかるんです。
マスメディアは胡散臭い。
変なフィルターで世論を誘導しようとしている。
「真実」を見抜ける人間にはネットの情報の方が質が高い。
そう思いたい気持ちは、わからないではない。
「真実」に気付いていない人たちを見下す優越感もあるでしょう。
実際、長年日経新聞で「中の人」だった私は、ダメな部分を知り尽くしています。マスゴミ論者の指摘は部分的(ごくごく部分的)に正しい。
でも、紙の新聞の価値は、「そういうこと」とは離れてあります。
マスメディアの情報「だけ」を信用しろ、なんて言ってません。
マスメディアがカバーしている情報くらい、ざっと見ておいた方がいい、と言っているのです。
あえて言えば、「紙の新聞くらい見てから(読んでから、とは言いません)、情報の価値うんぬんを語ろうよ」ってことです。
そのうえで「この記事、ほんとか?」と疑えばいい。
ネットの情報と同じ土俵で、眉に唾つけて読めばいい。
私も日々、日経新聞を読みながら「おいおい、ホントかよ」と突っ込んでます。
マスゴミ論のあやういところは、「マスメディアは一切信用できない」という、ある種の陰謀論に染まってしまうところです。
「マスメディアこそエコーチェンバー」という大きなエコーチェンバーがあって、そのエコーチェンバーの中で各種陰謀論のエコーチェンバーが育っている。あるいは「そこ」が陰謀論ワールドへの導入ルートになっている。
「情報を遮断する」は洗脳の常套手段です。
と、書いてみたところで、マスゴミ論者の耳には届かないんです。
一度ハマった誰かを陰謀論から救い出すのは、至難の業。
やはり、陰謀論は予防が一番肝心です。
以下、拙著『新聞のススメ』の「はじめに」と「おわりに」の引用です。
はじめに 「読まなくていい」新聞ほど、便利なメディアはない いま、若い人はほとんど新聞を読みません。 すべての情報はスマホに集約され、紙の新聞は消えゆくのみ―― 。私自身、現役記者時代 はネット向けを優先して記事を執筆していました。「新聞はもう若者に届かない」と日本経済新聞に在籍していた時に会社の公式チャンネルで YouTube にも取り組みました。 新聞の紙面作りは実に骨が折れる作業で、こんな「昭和な仕事」をいつまでやるのかと 嫌気がさすこともたびたび。当時は社内外で「紙の新聞なんて、もう誰も読んでないです よ」と公言していました。 ところが、です。 2023年6月末に日経新聞を辞めて数か月経ったある日、ふと気づきました。 紙の新聞ってメチャクチャ便利だ。 今では自分のニュースの摂取量の半分程度を新聞が占めている感覚があります。残り半分はSNSやネットメディア、Podcast の流し聞きです。 私が再発見した紙の新聞の利便性を共有したい。特に、まだ新聞を読んだことがない若い人に。そこで、20代の若者ふたり、新倉和花さんと布施川天馬さんに、「 30日間、新聞を読んでみよう」プロジェクトに参加してもらいました。 「教材」には日本経済新聞を使用しています。筆者は元日経新聞編集委員で、マーケットや国際情勢を中心に28年間、記者やデスクとして紙面づくりに携わりました。古巣ではありますが、本書はヨイショなし、忖度なしで企画・執筆しています。日経を普段読んでい る方には「裏読みモノ」としても楽しんでいただけるかと思います。日経関係者の皆さん、正直に書きすぎてしまったかもしれません。ご寛恕を願います。 さて、「新聞を読もう」という本の冒頭からハシゴを外すようですが、新聞の最大のメリットは「読まなくてもいいこと」です。読むのではなく「眺める」でOK。紙の新聞の価値は、紙面のレイアウトと見出しにあります。ざっと眺めて日々、めくるだけでいい。時間があれば気になる記事だけ拾い読みする。 ほとんど読みもしない紙の束に1か月5000円も6000円も払うなんて、もったいない。そう思うかもしれません。 とんでもない。紙の新聞は、安いです。費用対効果、いわゆるコスパ(この言葉、あまり好きではないです)がとても良い。タイパ(もっと苦手な言葉)もとても良い。 「それはオジサン(今年で52歳です)の意見でしょ」と鼻で笑いたくなる気持ちは分かります。でも、それは「読んだことがないから」だと思います。実際、まったく触れたことがない人にとって、新聞はどこから手をつけたら良いか分からない「活字の洪水」でしょう。 新聞の読み方や徹底活用法といった類の本には、腰を据えて新聞を読みこなす方法が書いてあります。でも、繰り返しますが、新聞は読む必要はないのです。そもそも、全部読む暇なんて、誰にもありません。勘所をおさえて、めくればいい。流し読みどころじゃなく、ただただ、めくればいい。 騙だまされたと思って30日間、本書と一緒に「新聞がある生活」を送ってみれば、手軽で楽しい新聞の読み方が身につくと思います。まったく新聞を読んだことがない人(布施川さんがそうでした)でもトライできる「めくり方」から入ります。そして、日々新聞をめくった先に、自分なりの「読み方」が見えてくるはずです。 私の持論は「新聞は連続テレビ小説だ」です。NHKが朝と昼に放送している。15分枠のあの連続ドラマ、そもそもネーミングの元ネタは新聞の連載小説のはずです。かつては小説は新聞の超有力コンテンツで、夏目漱石の名作のいくつかは朝日新聞に連載されたものです。 連続テレビ小説の良いところは15分という短い時間で、朝の支度の間になんとなく見ていれば、世界観とストーリーが頭に入ってくるところです。大きな流れがつかめていると「ここは大事なシーンだぞ」とわかるから、ちょっと集中して視聴できる。でも、1、2回くらい飛ばしてしまっても、回想シーンも入ったりしてなんとかストーリーにはついていける。毎日見ればより楽しく、でも無理しなくても視聴は続けられるゆるさもある。 新聞を日々読むのは、連続テレビ小説を見るのとよく似ています。毎朝届くので習慣にしやすい。本を読むほど負担にはならない。毎日読めば、ドラマのストーリーが自然に入ってくるように、ニュースの流れが見えてくる。「これは大事なニュースだ」という勘も働くようになる。1日か2日飛ばしてしまっても、キャッチアップはできる。 「新聞を読む人」になるメリットが今ほど大きい時代はないとも私は思います。 情報収集には、ふたつの大事な要素があります。 ひとつは「誰もが知っているべきことを押さえる」。もうひとつは「誰もが知っているわけではないことにアンテナを広げる」です。新聞は本来、前者を満たすメディアですが、幸か不幸か、日本ではもう、若者は新聞を読んでいません。なんと、50代まで広げても、購読している方が少数派です。 つまり、新聞を読むだけで、あなたは誰かと差がつけられます。「知るべきこと」を押さえつつ、「他の人が知らない情報」を入手できる。一石二鳥とはこのこと。 それでは、オジサンと若者ふたりの愉快な「30日間、新聞を読んでみよう」プロジェクトの顚末をお楽しみください。
おわりに 最後までお読みいただき、ありがとうございます。 この本は1本のDM(ダイレクトメッセージ)から始まりました。 日経新聞を辞めると公表した2023年6月1日、本書の担当編集者の栗田さんから「一緒に本を作りましょう」とご提案をいただきました。その1週間後には「企画を思いつきました!」と再度DMが届きました。本の仮タイトルは「一周まわって、新聞こそが教養の土台になる。」でした。 いい歳したオトナなので「こう来ましたか!」と返事しつつ、内心、「いや、それは無理があるだろう」とスルーしてしまいました。「はじめに」に書いた通り、現役記者時代の私は「もう紙の時代は終わった。これからはネット」と思い込んでいたからです。 ところが。 退社して3か月ほど経つと、「紙の新聞」は私にとって欠かせないメディアになっていました。その実感をXに投稿したところ、多くのポジティブな反応がありました。 振り返ると、私の変化は「ニュースのシャワー」から抜け出したから起きたようです。 新聞記者時代は、国内外のニュースチェックや専門家のリポートなど1日に2~3時間は情報収集に費やしていました。日々、新聞づくりを裏側から見ているのでニュースの流れも把握できる。紙の新聞は「事後チェック」の手段でしかありませんでした。 そんな渦から抜け出し、フリーランスとして活動を始めてみると、日々のニュースをバランスよく摂取するのが大変な作業だと痛感しました。ネットではどうしても情報が偏ってしまう。目も疲れるし、時間もかかる。 弱ったな、と思って始めたのが、惰性で購読を続けていた日経新聞に朝食時にしっかり目を通すことでした。そして今更ながら、紙の新聞の圧倒的な利点を再発見したのです。 普通の人にとって、新聞ってこんなに便利だったのか。灯台下暗しであり、目から鱗でした。そこから企画が動き出し、ようやく形になったのが本書です。 紙の新聞のさまざまな利点は本文に書いた通りですが、最後にあらためて強調したいのは「陰謀論のワクチン」の側面です。たかが新聞にそんな力があるのか、と疑う方もおられるでしょう。でも、あえて言えば、「たかが新聞」だからこそ、そんな効果があるのだと私は思います。 新聞記事の大半は主義・主張抜きのファクトの報道です。特に日経はいい意味でノンポリです。あえて言えば、経済問題はグローバリズム・新自由主義寄り、社会問題はややリベラル寄り、イノベーションと財政再建とアジアが大好き、くらいが偏向というか「癖」でしょうか。 大半はそんな匂いすらしない、事実関係を伝える記事なのです。ぶっちゃけた話、大したことが書いてあるわけではないし、いまどき絶大な影響力があるわけでもない。たかが新聞を読んだ程度で「洗脳」されたり、バカになったりする心配はありません。SNSや動画サイトの方がよほど危ういのは皆さん、実感されているところではないでしょうか。 毎日めくっていると実感しますが、新聞記事は雑多でバラバラです。同じ日の紙面で、物価が上がりそうなニュースもあれば、下がりそうなニュースもある。景気が良さそうな記事もあれば、悪そうな記事もある。希望が持てる話もあれば、ろくでもない話もある。記事のベクトルが綺麗にそろっていることなど、滅多にありません。 なぜなら、それが現実の世界だからです。 陰謀論の特徴は「ひとつの真実」に目覚めれば、複雑な世界がすべて説明可能になることです。それはとても楽チンで、優越感を刺激してくれます。「自分と同志だけが『真実』を知っている」と思えば、周りがバカに見えてくる。気持ち良いのでますます「内輪」に引きこもる。こうなると抜け出すのは容易でありません。 私自身、少年のころにはどっぷりと陰謀論にハマっていました。そこから抜け出した顛末を書いたnote「陰謀論の『甘い夢』を打ち砕いた文豪」の中に、私はこう記しました。 “世界には、完璧な善もなければ、完全な悪もない。 「これだけで世界が理解できる」なんて便利な物差しも、この世にはない。 足場を固めて、手が届くところから、少しずつ理解を広げることしか、私たちにはできない。“ 新聞は「これだけ」などという便利なものではありません。「たかが新聞」ですから。 でも「手が届くところ」を広げるのに、こんな便利なものはそうそうありません。 小難しい話はこの辺りで切り上げまして。 新聞の良さを伝えたいけれど、ストレートに文章にすると堅苦しいオジサンの説教になってしまう。そこで、友人であり、教育ベンチャー「カルペ・ディエム」代表にしてベストセラー作家でもある西岡壱成さんに、「若い人との対話方式で本を作りたい」と協力をお願いしまして、新倉さん、布施川さんにご出陣願いました。私は一応、カルペ・ディエムの相談役を務めております。こちらが西岡さんに相談してばかりですが。 編集者の栗田さんを交えたミーティングは毎回笑いが絶えない愉快な時間でした。若いおふたりの新鮮な感想や鋭いツッコミのおかげで、リズムよく、読みやすい本になりました。ひとりで天井を見て書かなくて良かった。 新倉さんと布施川さんが録音から起こしてくれた文章をベースに、私が全面的に改稿・再構成する形で本書は完成しました。ユニークな本が生まれたのは、おふたりと西岡さんのご協力の賜物です。あらためてお礼を申し上げます。おふたりの発言を含め、本書に瑕疵があれば、それは著者の高井の責任に帰するものです。 日経新聞の諸先輩・同期・後輩の皆様。日々、紙面を拝読しております。おかげさまでこんな本ができました。感謝いたします。面白おかしく書いてしまったところもありますが、「新聞をもっと多くの人に読んでもらいたい」という思いのなせる業とご笑覧いただけると幸いです。 最後に、お子さんや生徒・学生、部下に新聞を読んでほしいと思っている大人の皆さまへ。 新聞も本も、「読め」と言われても、若い人は読みません。下手すると、すすめるほど、逆効果になりかねない。 最良の方法は「大人が楽しんで読んでみせる」です。私は待ち伏せ型あるいは「トムとジェリー方式」と呼んでおります。まずは本書をニヤニヤしながら読んでいただき、その後は新聞を興味深げに毎日読む姿を見せる。「隗より始めよ」ですね。 本書と新聞を、できるだけ多くの方が手に取ってくださることを願って、筆を擱きます。 高井宏章
(2026年1月に投稿したnoteを再構成しました)
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