「日本の炭素繊維が、世界から消されるかもしれない」という危機があったことを、私たちはもっと深刻に受け止めるべきかもしれません。本日、EU(欧州連合)が検討していた炭素繊維に対する厳しい規制案が撤回されたというニュースが入りました。これは東レをはじめとする日本企業が、欧州の理不尽なルール形成に対して論理と技術で真っ向から立ち向かい、勝ち取った巨大な勝利です。
そもそも、なぜEUは炭素繊維を狙ったのか。表向きの理由は環境保護や化学物質の安全管理です。しかしその裏には、日本が圧倒的なシェアを握る素材分野に対して、規制という名の網をかけることで自域内の産業を保護しようとする意図が透けて見えていました。もしこの規制が通っていれば、日本の炭素繊維は欧州市場から締め出され、私たちの誇る素材産業は壊滅的な打撃を受けていたはずです。
しかし、今回の結末は「規制案の撤回」でした。日本勢がどうやってこれを覆したのか。その手法は極めて知的で、かつ冷徹なものでした。日本側が突きつけたのは、感情的な反論ではなく、圧倒的な「科学的データ」と「矛盾の指摘」です。
炭素繊維は、航空機の機体を軽くして燃費を劇的に向上させます。また、次世代エネルギーとして期待される水素を貯蔵するタンクにも欠かせません。日本企業はEUに対してこう問いかけました。「環境を守るために炭素繊維を規制するというが、それによって航空機の燃費が悪化し、水素社会の実現が遅れることは、本当に地球のためになるのか?」と。
この正論に対し、脱炭素を旗印に掲げるEUは沈黙せざるを得ませんでした。自国の掲げる理想を追求すればするほど、日本の炭素繊維が必要になるという、逃げ場のない論理の罠に彼らを追い込んだのです。これは単なるビジネスの交渉ではなく、国家間の知的な総力戦でした。
私たちは、日本を「課題先進国」や「衰退する国」と呼びがちですが、世界にはまだ「日本がいないと1ミリさえ前に進めない」領域が確実に存在します。技術を守るとは、単に工場を守ることではありません。その技術が世界にどう貢献しているかを言語化し、不当なルールを撥ね退ける「論理の盾」を持つことです。
もちろん、これで安心というわけではありません。欧州は再び別の形、例えばリサイクル率の強制や、製造プロセスの炭素排出量といった新しいルールを武器に攻めてくるでしょう。しかし、今回の勝利は、日本が「ルールの受け手」から「ルールの作り手」へと回帰するための大きな一歩となりました。
素材という地味で目立たない分野で、静かに、しかし力強く世界を支えている人たちがいる。その事実が、今回のニュースを通じて一人でも多くの人に伝わることを願っています。私たちが普段乗る飛行機も、将来のクリーンなエネルギーも、日本の技術者が守り抜いたこの「黒い繊維」の上に成り立っているのです。
技術で負けず、論理でも負けない。これこそが、今を生きる日本が歩むべき王道ではないでしょうか。
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日本経済新聞 電子版(日経電子版)
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「炭素繊維が消される」 東レなど日本勢が勝ち取ったEUの規制案撤回
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