名人戦挑戦に向け「楽しい将棋を指したい」と意気込む糸谷八段
糸谷哲郎八段
名人戦挑戦に向け「楽しい将棋を指したい」と意気込む糸谷八段
糸谷哲郎八段

 将棋の第84期名人戦7番勝負は489日に東京都文京区のホテル椿山荘(ちんざんそう)東京で第1局がある。広島市西区出身の糸谷(いとだに)哲郎八段(37)が藤井聡太名人(23)=竜王・王位・棋聖・棋王・王将との六冠=に挑戦。広島県出身者では故升田幸三九段=三次市三良坂町出身=以来、69年ぶりの名人位奪取へ向け、決意を聞いた。(荒木司)

 ―37歳で初めて名人挑戦をつかみました。

 本当に最後のチャンスになってもおかしくない、という思いで指せていければと思います。

 ―昨年6月、日本将棋連盟の運営を担う常務理事に就任。理事職が名人挑戦者になるのは第44期の1986年、会長だった故大山康晴十五世名人=倉敷市出身=以来、40年ぶりになる。多忙の中、復帰したA級順位戦でプレーオフの末、見事な初優勝でした。

 理事職を始めて、なかなか将棋の勉強に時間を割くのは難しくなってきましたが、将棋しかないというプレッシャーから解放されたのが良かったのかもしれません。

 ―理事に就任し、将棋に割く時間はどれほど変わりましたか。

 一般的に棋士は研究会で朝から集まって、昼、夕方まで指すことが多い。これまでは週23日、勉強会をこなして、対局とあとは仕事という形でしたが、研究会はほとんどゼロになった。そういう意味で、棋士としては対局自体が勉強のような形になっています。

 ―広島県出身棋士では故升田九段以来、55年ぶりの名人戦挑戦になります。

 広島の方に見て楽しんでいただける将棋を指せればと思っています。

 ―升田九段のような独創性はやはり、受け継がれていますか。

 升田先生はよく「新手一生(しんていっしょう)」とおっしゃっていた。すぐにソフトで対策される今は新手というのは一生は使えない。一生作り続ける方の一生だと思っています。

 ―竜王のタイトルを取った12年前とは心境も違いますか。

 当時は若かったスタイルですけど、今はだいぶ肩の力が抜けているかな。ただいい将棋を指したい。最後の挑戦になるかも分かりませんから。(兄弟子の)山崎(隆之九段)も言っていました。「35歳を超え、タイトル挑戦のチャンスがあったら幸せなことだ」と。その思いはあります。ですので、精いっぱい、自分が戦える舞台をまずは楽しむ。そして皆さんに見て楽しんでいただくことですね。

 ―今季A級順位戦では初手に1六歩、3六歩など珍しい手筋が見受けられました。何か変化をもたらしたいような気持ちがあったのでしょうか。

 現代将棋は精緻さを求められている。将棋ソフトを使って研究して、少しの点数差にこだわるって方も非常に多い。しかし、そういう研究ができなくなりました。理事をやりながら、当然、研究量で勝てるわけがない。逆に棋士の可能性というか、どんな序盤があるのかと。こういうプレッシャーのない状態を迎えたからこそ、それを発想してみようと思いました。

 ―研究に時間を割けなくなった分、より自身の発想で戦おうという境地になったのですか。

 アイデア出しというか、人が知らない局面でやろうと考えました。みんな研究しなかったら、条件は五分だと。

 ―序盤も中盤も驚く手を繰り出しました。自身の土俵に引っ張り込むような考えでしたか。

 研究時間が少ない上に一局一局、違う手が必要とされる。自分の土俵というよりはお互い分からない将棋を指そうと。こんな手もあるんじゃないかみたいな。新しい手だったり、アイデアをストックしたり。(今季は)蔵出しがよかった。

 ―A級順位戦、プレーオフと永瀬拓矢九段(33)に2連勝した将棋は、いずれも終盤の見事な逆転勝ちでした。

 (形勢が)悪くなっているので褒められたことではないんですけど、最後は運が向いた。永瀬さんの実力がすごいですが、人間同士の勝負に持ち込めたので。永瀬さんは非常に研究されている棋士。深いですし、精緻さも全く違う。そういった将棋ではなく、競り合いの将棋に持ち込めたのは、今のスタイルのおかげとは思っています。

 ―六冠の藤井名人に挑む。アイデアの引き出しで勝負していきますか。

 引き出しを使えるかどうか分からない。使う時は精査しながらですね。

 ―今季は見ている人も面白いし、相手も考えさせられているというような新手が見られました。

 そうだとうれしいですね。もちろん見ている方も好みがあって、最前線の精緻の極みみたいなのが好きな方もいらっしゃれば、乱打戦みたいなのが好きな人もいる。多様性があればいい。一つになると、もう片方の好みの方がしんどくなる。野球も投手戦が好きな人と、乱打戦が好きな人がいると思います。

 ―藤井六冠との勝負は乱打戦に持ち込みたいところですね。

 はい。だいぶ吹っ切れました。精密さとかでそんな勝負できないんで。

 ―藤井六冠との過去の対戦成績は19敗。8連敗していましたが、昨年の叡王戦本戦準決勝で初めて勝利しました。

 相性は良くないんですけど、(昨年)初めて勝ったので。まあ、それと同じというか、気楽にっていうか、肩の力をあまり入れ過ぎずに指していければ。人対人がベースだと思っています。自分の将棋をしていきたい。

 ―そのために大事なのはどういう部分ですか。

 AI(人工知能)の評価値にとらわれないことです。理事になるまでは(評価値を)気にしたところはあった。やっぱり