新規開業には公的規制
既存の蔵元が退場する以上のペースで新規の蔵元が誕生すれば、総数ベースでの減少は食い止められる。ニューカマーの出現は健全な競争に道を開く。だが、新規の開業には公的な規制が立ちはだかっている。国内向け製造の新規免許はおよそ70年にわたって認められてこなかった。「新規参入はかなり難しい」(織田氏)。既存蔵元の保護を優先し、新規参入を阻む免許制度が主な原因だ。
規制を逃れて、米国やフランスで醸造を始める新規参入組も現れているほど、岩盤規制のハードルは高い。国内向けの新規参入には既存の免許を持つ蔵元へのM&A(合併・買収)が現実的な選択肢となっている。酒造りにチャレンジしたい次世代の醸し手にとって資金面での参入障壁は意欲をくじいてしまいかねないほどに高い。
杜氏をはじめとする職人の高齢化が深刻だ。人手不足が響いて、後継者育成はままならない。社員が杜氏を務める仕組みの導入が広がってきたが、男性・日本人に偏っていた旧来の慣習もあって、多様な人材の活用が他業種に比べて遅れている。働きやすい職場のイメージを広め、働き手を呼び込む取り組みが望まれる。
酵母と二人三脚の酒造り 気候変動もリスク要因に
酒造りは酵母という「生き物」と二人三脚の仕事だけに制約は少なくない。寒冷期に仕込む「寒造り」はその一例。気温の低い時期は雑菌が発生しにくい。発酵にも一定の低温状態が好ましいので、冬場は仕込みに向く。醸し手には季節的な繁忙が訪れる。仕込みの重要な節目では休みを取りにくくなるケースも。しかも冬の水仕事はきつい。プライベートな時間を重んじる人たちからは敬遠されかねない。
気候変動は日本酒造りに蔵元の引っ越しを迫り始めた。冬でも気温が上がって、温度管理が難しくなってきたからだ。140年の歴史を持つ蔵元が岐阜県から北海道に引っ越したケースは蔵元を取り巻く環境変化を象徴する。織田氏は「温暖化の影響でコメどころが北上してきつつある」と見る。酒米栽培と連携した酒造りも無縁ではいられない。
長く暑い夏は飲み手のマインドに変化をもたらす。クールダウンにつながる炭酸系のアルコール飲料が好まれる傾向が強まるのは自然な流れだ。日本酒にも冷酒はあるが、大半は常温の「冷や酒」で提供されることが多い。まして燗(かん)酒は真冬以外は敬遠されやすい。
あえてアルコールを摂取しない「ソバーキュリアス」のライフスタイルは日本でも支持を広げつつある。とりわけ日本酒は一昔前の「後に残る」「悪酔いしやすい」といったイメージを払拭し切れていない点で不利な立場だ。健康・ライト志向の世代に向けた、業界全体でのイメージ戦略が求められる。
「SAKE」のファンがグローバルに増える一方、本家の国内市場で中小の蔵元が減り続ける現象は日本酒文化の多様性を細らせかねない。地域の伝統的な食文化を支える拠点として、同じユネスコ無形文化遺産の「和食」と共に、継承・支援していく取り組みが望ましい。規制緩和がクラフトビールの市場を膨らませた実績は手本になり得る。
カップ酒のような、手に取ってもらいやすいパッケージは接点を広げそうだ。低アルコール度数やライトテイスト、スパークリングタイプなど、今の飲み手に合わせた新商品も増えてきた。M&Aを通じた蔵元のリスタートは業界に新しい風を吹き込ませつつある。岩盤規制が続く中、醸し人たちの新たな「仕込み」はもう始まっている。
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