【悪魔パロ】彼は役立たずのジャックランタン【槍弓】
以前お知り合いに差し上げていたものの再録です。
ご連絡がつかなくなったので、もったいなくてここにアップ。
ちょっとヤンデレ風味。
- 85
- 33
- 4,442
密閉された空間の中に一人、鎖をかけられた男が横たえられている。
目は黒い布で無造作に巻かれ、何人も男の眼差しを見ることが叶わぬ代償に、男もまた世界を知ることが出来ない。
その筈だった。
「シロウ、また見ているの?」
幼い少女の声が空間に木霊して、男はゆるりと顔をめぐらせた。
見えない世界の先に、男の知っている唯一の少女が居る筈だから。
「物好きね。そんなになってまで、あの人間が恋しいなんて」
馬鹿よ、と少女は拗ねた声で囁いた。
それを否定する材料が何一つないことを自覚していた男は、ただ微笑むだけで答えに代えた。
「ほら、またそうやって笑う。私が怒れなくなるって知ってるでしょう? 酷い子ね、シロウ」
穏やかな小さい掌が頬を撫でる。その筈だ。既に男には体温を推し量る感覚が摩耗している。
地獄の奥底、この囚人を収めるための空間にいるだけで、悪魔は存在をすり減らしてく。
それは少女でさえも例外ではないが、彼は己の存在と引き換えに彼女の安全を買った。
魔王に対して取引をするなど大それたことだ、と彼女はそれを知ったときに大層怒ったものだが。
「彼は……」
悪魔は久しぶりに声を出した。
久しぶりすぎて音の出し方を忘れかけていたので、それは酷く掠れて呼吸音に近い、とても聞き取りづらいものだったのだが、少女はそれを厭う素振りも見せずに優しく耳を傾けた。
「いま、アイルランドに戻っているようだ。懐かしい灯が見える……ああ、転んだ子供が見える。面白い扮装をしていて……これは、なんだろうな」
「シロウ」
黒い布の奥で彼が何を見ているのか、少女は知っている。
だって彼の眼を人間に与えたのは、彼女だったのだから。
アーチャーという名前の悪魔は、悪魔として終わっていた。
与えられた役割も満足にこなせず、それどころか人間相手に手玉に取られて契約を結び、他の悪魔にも命を奪わせないようにしてしまう体たらく。
役立たずの彼はそれ以上呼吸も許さぬとばかりに穴倉へと叩き落され、鎖に繋がれている。
他のものの邪魔にならぬよう。そして情を許してしまった人間と引き離すために。
だがしかし、彼は穴倉へと押し込めた魔王を相手取り、僅かな穴を見つけそこに賭けた。
代償は眼球の喪失。手に入れたのは、愛しい男の傍らにある視界。
少女が人間へと齎した灯篭の中には、彼の魂の欠片が灯っていた。
常に人間と共にあるように、そしてその道行きを照らし続けるために。
それが人間を永遠の苦行へと引きずり落とした悪魔としての責任の取り方だと、自分に言い訳しながら。
ランタンを捧げ持つ男が何か謝っているらしき声が聞こえた。
その物悲しい響きに、アーチャー自身のほうが悲しくなってしまう。
彼が愛した人間は忌むべき太陽のように朗らかで、いつも彼を振り回すことを娯楽にしているような、変わった男だった。
そんな男にこんな声を出させてしまうことがただただ悲しく、それでいて――――罪深いことに、至福の念を覚えてしまう。
太陽のような男を嘆かせるのも自棄にさせるのも、全てアーチャーの存在だ。
男が彷徨い続けるのも当て所なく歩き続けるのも、全てアーチャーの為にだ。
人間の命を奪う代わりに、その永遠を手に入れたのだ。
悪魔としての薄暗い性感が、苦しむ男の感情を捉えて密やかな快楽を叩き出す。
すまないと、詫びる気持ちに嘘はないのに。
「ああ」
人間が捧げ持っていたランタンへ口づけた感触を感じ、アーチャーは安らいだ顔で息を吐き出した。
「お前が好きだよ、ランサー」
悪魔は地獄よりも深い穴倉でひとり、至福の泥に溺死する。
遠く地上でみっともなく彷徨い続ける人間の苦悩を糧に、その命をつなぎながら。
いつしか傍らの少女は去っていた。
誰も邪魔することのない無の中で、悪魔はひとり身悶える。
愛しいものを傷つける悲しみと、愛しいものを独占し続ける至福に揺さぶられながら。
ランサー。お前の命を奪わない代わりに、お前の永遠を貰おう。
そしてそれを、私と君との愛の証明に。
地獄の底で、悪魔は高らかに反逆の愛を歌い上げた。