また思い出した

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あちらを書いているうちに思い出したのだが

私が東京に住んだ年に、息子を出産したの

たが


里帰り出産しようか、東京で産もうか

(産後はお手伝いさんのような人を少しの間

雇って)迷っていた


本能では、東京で産めと思う


でも、せっかく実家があるのに

なんだか冷たいではないか?後々、尾を引く

かもしれないし、普通は里帰り出産する

時代だったので、遠距離を帰ることにした


母は働いていたから、あまり世話をして

貰えないけど、それでも少しは助けに

なるよね


出産の時は車で送ってくれたり、入院の間

娘をみてもらえる

東京で産むとしたら夫が1週間の有休をとって

みることになる

娘は1歳半でしたからー


ちな、母が娘の手をふざける振りして

キツくつねったのは、この里帰りの時だった

私たちが憎かったんですよねー

その顛末はというと…



当時の出産費用(退院時に病院に払うお金)

を20数万円を母に預けてあって

退院する時に、私と息子を車で迎えにくる

事になっていたのですが

その時に持ってきてと、言ってあった

今のように病院にATMはないし

床頭台に鍵はあったのかもしらぬが

大金は置きたくない

クレカでも払えない時代


病院まで6キロほどを、母は山の町から

車を運転してくる

車がないと暮らせない町なので、母は

バンバン運転してた(母はこの時58歳)


朝4時くらいから昼近くまでのパート

をしていて、その後に迎えにくるので


2時くらいに来るかなーと思っていたら

来ない来ない

今のように携帯電話もメールもない

(見舞いに来た時の口約束のみ)


あまりにも遅い母に

変だなーと待っていたら

夕方近くなり、母がやっときた

少し疲れた顔していて、買い物してきて

遅くなったと言う


買い物?迎えに来るという時に?

買い物なんかするより、早く来て

ほしかったけど、そんな文句は言えません

息子を連れ、車で帰宅


我が家は貧しいが、もちろん私たちは

食費を置いていくつもりだし

実家に負担をかけるつもりはない


母は昼ころ、パートから帰ると息子を

入れるベビーバスに湯を入れてくれ

私が沐浴させる補助をしてくれた


その他に食事の支度

昔は、産後3週間は炊事や家事をしては

いけない、という風潮だったので…


で、普通は産後は栄養を取らなきゃならない

よね(母乳だし)

いくら貧しいにしても、出てくる飯が

ショボイのを通り越して酷い飯だった


そして、何となくツンツンし、冷遇という

感じ

父もその時はいたけど(父63歳で昔だから

既に年金受給してたかも)父も、ツンツン


長姉ばかり贔屓するのは知っていたけど

まさか、ここまで?と涙が出てきました


来るんじゃなかったー


飛行機代をかけるなら、向こうで家政婦さん

頼めたし…

そのうち、夫も東京から駆けつけてくるしw

航空運賃も,格安はなかった頃だしw


夫が何日かいて、帰った後も私はいた

(産後1ヶ月くらいいた)

帰る時に、また夫がきたのか

忘れたが、帰る時も夫はいたはず


産後1ヶ月いる間、母や父のツンツンと

超ショボ飯は続いてました


私が、一体何?と、母に少し文句言ったら

母が生活が苦しいから、こういうものしか

出せない、みたいな事を言う


父が「お母さんを責めるな、お母さんは

お前が預けたお産費用を、すられて無くして

〇〇(母の弟)のうちに行って借りてきたんだ!」

と私に言うのです


続く


*ちな、過去の思い出話を書いてるので

意義のある人や批判したい人は

読まずに退散してください

(ヲチャよ、文句あるなら読むなwってことだよw)





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