【独自】内藤哲也「UNPASO」倒産騒動の裏にあった“女帝”のクーデター「俺はCさんについていきます」と内藤は言って…
内藤哲也は何を考えているのか?株式会社UNPASO倒産騒動の真相!《前編》
株式会社UNPASO。プロレス界のカリスマと呼ばれた内藤哲也が2025年に立ち上げた会社だ。しかし同年の11月に早くも倒産騒動が起き、内藤はこの会社を「整理する」と東京スポーツの取材に対して明かし、「不適切な行為」を行った人物を追放し、残った社員・スタッフで一から出直すと述べていた。
実は筆者と株式会社UNPASOとは業務委託契約を結び、有料ファンサイト内のコラムやメルマガの執筆を請け負っていた。倒産騒動を耳にして契約はどうなるのか、と気を揉んでいたが、ついに昨年中内藤から連絡が来ることはなかった。
その後、有料ファンサイトを見ると、筆者が請け負った企画が別の人物によって記事になっていた。
何かがおかしい——。内部の事情を知るべく、東京スポーツが「業務委託のX氏」と記していた人物に接触を試みた。X氏と連絡が取れた筆者は、そこで仰天の事実を知ることになる。一体何が起こっていたのか、UNPASO関係者への取材をもとに顛末を書く。
■新会社は内藤の第二の人生のため
内藤は2025年に新日本プロレスを退団、UNPASOは同年4月頃から始動させていた。事業の立ち上げは内藤一人で行ったことではなく、内藤と10年以上公私にわたって付き合いのあるX氏のサポートによって実現した。
さらに会社には、登記・定款・社会保険や予算管理・経理財務を一手に担うCFOポジションのA氏、事業本部長のY氏らがいた。
そもそも内藤は、どうして会社を作ったのだろうか。X氏は次のように証言する。
「内藤の引退後を見据えてです。プロレスファンならご存知の通り、内藤は膝と目に古傷を抱えています。メンテナンスをして何とかやっていますが、いずれは動けなくなるときが来る。天山(広吉)みたいに古傷の治療をしながらプロレスを続ける方法もありますが、内藤はそれを選ばなかったんです。
そして思うように休みが取れない日本の団体に所属していると、こういった治療に割く時間もままならず将来設計が難しいと考えたから。海外の大手団体に所属して、試合数を制限しながらそれなりの報酬が選べる団体の模索を検討したいとの意向がきっかけでした。
内藤が新日本プロレスを辞める前に、私に引退後の相談をしてきたことがあるんですが、そこで『(内藤は)引退したら何ができるの?』と聞いたんですよ。
すぐに返答しなかったけど、去年の2月14日に海外で二人で朝食を食べているときに『食べ物のインフルエンサーならできるし、やれるかな』と。それで、飲食フードサービス事業をやろうということになったんです」
フードサービス事業といっても、内藤が調理をしたり、接客をするわけではない。かつてXで内藤が店や商品を紹介するとその店が“聖地”となり、ファンが巡礼に訪れた。その集客力を自らの店舗チェーンで活かしながら社長業をやるという構想だった。
X氏は、内藤から話を聞いた後、新規事業展開を進めていたY氏と協議をし、本人了承のもと内藤を社長に据えたUNPASOでフードサービス事業をやることに決めた。
プロレス業界とも幅広く関わっており、海外団体とも繋がりがあるX氏。X氏は事業を走らせると同時に、内藤自身の海外進出のためにエージェントとなり各国の団体へ売り込んでいった。
目指す先はあるアメリカのメジャーレスリング団体だった。しかしこの大手団体は新日本の友好団体であり、選手を互いに派遣し合うほど親密だ。新日本プロレスと喧嘩別れに近い辞め方をした内藤とすぐに契約するとは考えにくい。
そこでX氏は、この大手団体と繋がりがあるアメリカのローカル団体に就労ビザを発行するためのスポンサーになってもらおうと考えた。これで内藤のアメリカ参戦の足がかりを作り、その後に本丸の大手団体にスポット参戦を繰り返し本契約にたどり着くというシナリオを描いていた。それはこの大手団体の主力コントラクトエージェントも承知しており、ドラフトの条件交渉まで進めていたという。
会社を受け皿に、X氏は内藤のマネージメントと引退後のキャリアを用意しようと奔走していたのだ。