不得手な分野【F/sn】
寿司職人アーチャーのことを考えててふと思い付いた、和食が苦手なアーチャーの話。腐向けじゃないつもりなんですが(どちらかと言うと士凛)、普段が普段なのでそのように見えてしまったらすみません。
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「そう言えば遠坂、ちょっと太くなった?」
何気なく口に出した言葉に、爽やかな秋の空気がピシッと凍り付いた、気がした。さすがの俺でも何か言ってはならないことを言ってしまったのだと理解できるくらいには、露骨に。
「あ、アーチャーのメシ、美味そうだもんな! いいな遠坂は、毎日そんな豪華な弁当食べられて!」
「……」
慌ててそうフォローするが、見るからに美味しそうな中華風肉団子の上で止まったままの箸は、ぴくりとも動かないままだ。
ついでにこれ以上はないくらいのジト目で睨み付けられている、ような気がする。
「と、遠坂? 急いで食べないと昼休み終わるぞー?」
「……」
それでもしばらくの間、止まった箸は動かなかったが。
「そうね、さっさと済ませてちょっとお話しましょうか」
にこやかな笑顔と共にそう告げられ、宣言通り物凄い勢いで箸が動き出した。
「……」
よく噛んで食べないと消化に悪いぞ、なんてセリフは今は言わないことにした。
*
昼休み、誰とどこで昼飯を食うかというのはなかなかに悩ましい議題の一つだが、最近は遠坂と一緒に屋上で食べることが多い。桜と揃って三人になることもある。
何でか一成が異常に悔しがっていたので、だったらおまえも来ればいいと誘ったら丁重にお断りされた。遠坂を見ながら食事などできるワケがない、そうだ。わりと意味がわからない。遠坂に見とれて、とかそう言う意味じゃないみたいだし。
一成と遠坂の犬猿の仲(というか一方的に一成が毛を逆立ててるだけの気もするが)は相変わらずで、少々困る。一成と生徒会室で一緒に食べる日もあるが、その時は遠坂は顔を出さないし。学園のアイドル同士、仲良くすればいいのに。
まあ、そんな感じで今日は遠坂と二人で屋上で弁当を広げてた。いい天気だというのに他に人影は見当たらず、そう言う意味でもここは二人でメシを食うにはちょうどいいのだ。
学校で魔術がどうのという話をするつもりはないが、それでもどうしても二人で話しているとあまり一般の皆様には聞かせられないような話題が上ることもある。
例えば日々豪華になって行く弁当及びその作り主について、とか。
「あのさ……」
「何も言わないで、衛宮くん。アイツの数少ない娯楽みたいだから」
「……」
ある日、さすがに見兼ねてそう口を出したら、遠坂はそうきっぱりと言った。あまりにきっぱりしていたので俺はそれ以上は口を挟めず、ついでに遠坂の使い魔への優しさを垣間見て少しばかり感動して、で、その話はそのままになってしまった。
今から考えれば、あの時もっとちゃんと注意しておけばよかったのかもしれない。遠坂にじゃなくて、遠坂家の家事全般を現在一手に引き受けている男に。
何をどう注意すればいいのかは、今でもよくわからないが。
「そんな豪華な弁当、毎日学校に持って来てたら怪しまれるぞ」
とかか? でも弁当が立派なのはいいことだし、遠坂だって本気でやればこれくらい作れるだろうし、怪しまれるは少々言い過ぎかもしれない。毎日これを続けるのは、遠坂のハードスケジュールを考えるとちょっと厳しいだろうけど。
現に蒔寺の弁当チェックを受けた時「これ手作りだよな!? あっりえねえ……いくら優等生様と言えど毎日こんなの作り続けてたら体壊すぞ?」とワケのわからない心配をされたんだそうだ。もちろん味見されながら。「くっそ、味も見た目も前よりレベルアップしてやがる……」と遠坂を何でかライバル視している蒔寺は悔しがったらしいが、まさか新しい執事を雇ったとも言えず(あっという間に学校中に知れ渡って面倒な事態になるのは明らかだ)、笑顔で誤魔化したらしい。
遠坂の「笑って誤魔化す」は「笑顔で黙れと脅迫する」とほぼ同義のように思うが、まあ蒔寺はあんまり深くは考えなかったんだろう。
幸いと言うか遠坂の弁当をわざわざ覗き込むような物好きはそうはおらず、遠坂の弁当が日々豪華になって行く様は蒔寺の闘争心を掻き立てただけで終わったかに見えたが。
……思ったよりも重大な影響を遠坂にもたらしていたのだった。
「……あのさ、太くなったって言ったけど、あくまで今までに比べて、だからな! まだまだ遠坂は細いぞうん」
遠坂が弁当を食べ終わるタイミングを見計らって、すかさずそう言った。俺の好みから言うともっと肉が付いてる方が……なんてセリフも浮かんだが、俺の好みなんて押し付けられても迷惑だろうから黙っておく。
「……」
遠坂は黙って持参の水筒からお茶を注いで飲むと(これもアーチャー製)、ふうと溜息を吐いた。
「……いいのよ、わかってる。確かに太くなりましたわよ、悪かったわね」
溜息と同時に吐き出された言葉にけれど恐れていたような怒りはなく、むしろ落ち込んでいるようだったので余計に慌てる。
「だから、今までが細過ぎたんだって! アーチャーもそう思ってこんな豪華な弁当毎日こさえてんだろ」
「お弁当だけならまだいいんだけどね」
「あー……」
返す言葉がない。そりゃそうだ、昼でこれなら、夜はもっと凄いんだろう。羨ましい、ようなそうでもないような。
「ご飯作ってくれるのは助かるし、それに美味し過ぎるっていうのも贅沢な悩みだってわかってるんだけど、ちょっとね……予算的にも栄養的にもノルマはクリアしちゃってるから、文句も言い辛いし。自分は食べないくせに量が多めなのはどうにかして欲しいんだけど」
そのクセ残すと顔には出さないんだけど悲しそうなのよ、なんて溜息交じりに言われてしまって、ますます返す言葉がなくなってしまう。数少ない娯楽というのは伊達ではないのだ。
俺だって料理をするのは嫌いではないが、何がどうなったらあそこまで行くのかいまいちわからない。わからないままの方がいいんだろうが。
「それに、ほら、アーチャー和食作るの苦手じゃない? だから中華とか洋食中心になるんだけど、これだと何だかんだ言って油とバターは欠かせないのよね。カロリー的な問題はクリアしてても、どうにも体に脂が溜まっていってる気がするわ」
そうして遠坂は、やれやれと言わんばかりに髪を跳ね上げてそんなことを言った。ふんふんと愚痴を聞いていた俺は、そこで初めてあれっと思う。
「え? アイツ、和食苦手なのか?」
「そうよ。言ってなかったっけ?」
「いや、聞いてないけど……意外だな」
それはそうだろう。アーチャーと言うのは俺の将来の可能性の一つで。残念ながら今の俺があの形に辿り着けるかどうかもわからない、俺の理想の完成形なわけで。今の俺の持ち得る技術を全て究極まで磨き上げた存在であるのだから、当然それは料理の域でも同じことで。
アーチャーの作る料理はそりゃ美味かった。あんまり食べる機会はないが(俺も敢えて食べようとはしないが)、それでも一、二度口にしたそれはヤツの剣技を見た時と同じくらい衝撃的だった。
……だから和食が苦手と言われても、全くピンと来ない。
ただ、そう言われてみれば、食べたのも中華ちまきとかサンドイッチとかで和食ではなかった、気がする。
「不得手な分野だってはっきり言うんだもの。無理に作らせるわけにもいかないでしょ?」
不思議そうな顔をした俺を見て、肩を竦めながら遠坂は言う。どうしてだろうか、急に声が硬くなった気がした。
「……そんなに意外?」
「ああ」
問われて素直に頷いた。俺が今一番得意なのは和食だと思う。中華は目の前の師匠には全く適わないし、洋食に関しては今では完全に桜に白旗を上げている。
だから、アーチャーが一番得意なのも和食なんだろうと何となく思っていた。確かに弁当を見る限り洋食、中華中心だったが、遠坂の好みなんだろうと勝手に納得していたのだ。
そう言うと遠坂はちょっと笑った。不思議な笑いだった。
「わたし、和食も好きよ? 士郎の作ってくれるご飯、すごく好き」
それから俯いて、珍しく、本当に珍しく歯切れ悪く呟いた。
「……だから、士郎は和食が一番得意なままでいて欲しいって思う。……勝手な話よね」
何のことだと返しかけて、ようやく悟る。
「ああ……」
ああ、そうだ、アイツが和食が不得手なのは、考えてみれば当たり前の話じゃないか。
そんな事実に今更気づいて、今度こそ本当に俺は返す言葉を失った。