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理想を亡くした男の話/Novel by 新海

理想を亡くした男の話

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アーチャーとランサーが契約していちゃいちゃする話がかきたかったけど無理でした。

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男が祈りを捧げていた。
全てを洗い流すかのような土砂降りの雨の中膝をつく黒衣の男は、鋼色の瞳を瞼に隠している。時が止まっているような、その路地裏を音を立てないように歩いた。気配には気が付いているだろうに、男は指を絡み合わせたままだ。やけに絵になる光景だと思った。
「おい、その年にもなって迷子か?弓兵さんよお」
久しぶりの再会にしてはあんまりな台詞だが、男は動かなかった。言ってからこの男が何歳で死んだのかを知らないことに気が付いた。もともと、自分達の関係は険悪一歩手前の他人である。
そうであるのだが、この、男の故郷とはあまりに離れた場所での邂逅に、いささかかつての分霊の記憶が浮かれたのかもしれない。
偽りの聖杯戦争の後、本来なら殺しあう筈の己らが味わったのは、酷く味気ないが、なかなか味わえない平穏だった。
港でのんびり釣り糸を垂れた記憶やら、自分が坊主と呼んでいた少年の家で酒盛りをした記憶やら。やけに退屈な日々だったが他の時代や場所に喚ばれるうち、あの安寧を懐かしく思うことも多々あった。
その安寧を共に味わっただろう男が、その頃と同じくらい棘のない様子でいたので、思わず声をかけてしまった。
やがて、鋼の瞳がうっすらとのぞく。何故だか少しの高揚感が体を支配した。しかし、その瞳が以前と違い、険のない風にこちらを見た時、そのささやかな感情は吹き飛んだ。
「......アーチャー、てめ」
「......」
男は黙して答えない。思わずその胸倉を掴み、引きずって立たせる。ぐにゃぐにゃと芯の入っていない人形のように、アーチャーは立った。その鋼の瞳は既にランサーから離れ、先ほど祈りを捧げていたものの方に向いている。
「......可哀そうだろう」
「は?」
「こんな雨の中では、誰も弔う者もおるまい」
寒い中、ひとりで死ぬのは寂しかろう、と呟くように低い声が言う。既に息絶えた仔猫を、愛おしいものが死んだような顔で見つめている。
「こい」
そのアーチャーの腕を掴んだ。アーチャーは目線こそ向けないが、抵抗する気配はない。そのまま、路地裏を抜けて今の塒へとアーチャーを引きずっていった。マスターもいないのか誰の魔力も受けてはいないのだろう。霊基が半分は抜け落ち、今にも消滅してしまいそうな癖して平気な顔をしている天敵を、ランサーは何故だか放っておくことができなかったのだ。
(いや、霊基がどうとか魔力がどうとかいう問題じゃあねえのか)
くん、と鼻を動かすとアーチャーから漂ってくる筈の魔力の匂いは全く感じられない。代わりに雨の匂いと血潮の匂い、汗やら諸々の、ああそうまるで人間のような。
「お前、何があった?」
「別に、君にいうようなことは何もないさ」
雨の音に混じって猶更聞こえにくくなった掠れた声が、微かにランサーの鼓膜を撫でた。

人の気配のない、蔦のあちこちに絡みついた屋敷が、森の中に寂しくあった。持ち主の自殺で空き家になったらしいここは、今ではランサーの居城である。古びてはいるものの、家具の一切が置き去りになったここは、誰が払っているのか知らないが電気も水道も通っていて、つましく暮らすのに全く不便がない。少なくともテント暮らしよりは100倍マシだ。扉を開け、アーチャーを中へ引き込む。
「鍵はないのか?不用心だな」
「心配しなくても、ルーンで結界張ってるって」
「便利なものだな」
アーチャーは先ほどと変わらず毒が全く抜けた様子だ。あのピリピリとした殺気を感じないことを少し残念に思った。
「とりあえず風呂入ってこいや。着替えくらいならあっから」
何故、とアーチャーの瞳が問いかけていた。何故、自分にここまでするのかと、ありありと分かる色を乗せている。声で喋れねぇのか、と少し鬱陶しく思ったが、言いたいことが分かってしまった自分も何だか腹立たしい。まあ以前闘った時散々槍や剣で語り合ったので、そのせいだろう。
「風邪で死にたくなけりゃさっさと行け。文句なら後で聞く」
アーチャーは少しの間思案していたが、やがてそうさせてもらう、と囁いた。風呂の中にアーチャーが消えたのを見届けて、適当な服と下着を取り出した。アーチャーなら服も投影できるのだろうかと思ったが、魔力のない今では不可能かと納得した。
シトシトと雨の音に似たシャワーの音が響く洗面所に、タオルと着替えを置いた。これでシャワーを浴びているのが女だったらどれだけいいだろうと思ったが、残念ながら中にいるのは自分よりもガタイのいい男である。
そのままリビングに戻って、赤いビロオド張りのソファに尻を落ち着けた。自分は既に一度霊体化して水気を飛ばしている。
それにしても、アーチャーが素直に自分の言うことを聞くとは、ますますおかしいと、自分が懐かしい宿敵の顔を見た時に感じた違和感が際立ってくるのが分かる。そもそも、アーチャーがランサーと会って皮肉のひとつも言わないのは完璧におかしい。異常だ。異質だ。それに風呂に入ったのだってそうだ。魔力が切れるにしても、ランサーの言うことを聞くくらいなら消滅してでも霊体化するか、それか何もせず乾くのを待つだろう。つまりアーチャーは自力で乾かすこともできず、かといって濡れたままでいることも不可能だということだ。ランサーが感じた限りでは、アーチャーの身はほとんど人に近い。体の芯まで冷えた状態で長時間いることは、そのまま死にも繋がる。
「こりゃいよいよ、何かあったか......?」
ランサーは、マスターのいない身であった。喚ばれた気がしてきてみれば、何もない......
この屋敷以外は、の森の中。街全体に濃い魔力の残滓が残っていたため、おそらく何らかの儀式が行われた筈だ。例えば聖杯戦争のような。だとすると、アーチャーはその為に喚ばれたサーヴァント.....
「うーむ」
「何を唸っているのかね」
纏まらない思考をしていると、後ろから声がかかった。気配が薄く、気が付くのに遅れた。アーチャーが前髪をおろしているのをはじめてみた。やけに幼い顔だと思った。
「この街で.....ん、にゃにがあったんだよ.....」
「喋るなら食べ終わってからにしろ」
アーチャーが風呂から上がった後すぐ話を聞こうとしたが、腹が減ったと遮られた。腹が減っては何とやらだ。それに、その言葉に、サーヴァントは食事を必要としないが、坊主がやけに料理がうまかったことを思い出し、この男はあれより旨いものを作るかもしれないと思うと興味が湧いた。
結果、一口目からがっちり胃袋を掴まれ、いやむしろ掴んでくれとばかりに胃袋を差し出して、料理を貪っているという訳だった。生きていたころは焼くか煮るかだけで、それも十分に旨かったが、この味を知ってしまうともうあれらでは満足できないな、と思う。それにしても、古代と今とでは味覚も相当に違うだろうに、さらっと合わせてくるこの男はただ者ではない。坊主の料理も旨かったが、幾つかはどうしても食べられないものもあった。
「はー、食った食った。ごちそうさん」
「どういたしまして」
「じゃあ本題に入るけどよ」
「待ちたまえ。食器を洗うのが先だ」
この家に残っていた期限ぎりぎりの調味料や干物、缶詰を見事に美味しく変身させた男は、ランサーが文句を言うより早く、いそいそとキッチンへ戻っていく。そのあまりに所帯じみた姿に絶句していると、この男のかつてのマスターである少女が「アーチャーって、ほんとお母さんみたいなのよね」とぼやいていたことを思い出した。まさにその通りだ。自分はあまり母と接した記憶はないが、友人の母はいつも忙しそうに動いていた。

「じゃあ、やっぱりここで聖杯戦争が行われたんだな」
「ああ」
ほんの三か月ほど前のことだったらしい。
「優勝したのはバーサーカーのサーヴァントとそのマスターだ。私はバーサーカーのマスターに気に入られ、自分のマスターが令呪を奪われた後、バーサーカー陣営にいた。他のサーヴァントは軒並みバーサーカーにやられた」
「お前が聖杯戦争で生き残ってたってのは分かったが、どうしてまだ現界していられる?バーサーカーとそのマスターは、もう願いを叶えたんだろう?」
サーヴァントは所詮は亡霊だ。魔力がなければこの世に留まっていることはできない。聖杯戦争が終わった後、マスターがサーヴァントを手放さなかった場合は別とするが。しかし、アーチャーにマスターがいる気配はない。そもそもいるのなら、こんなおかしい状態には陥っていないだろう。
アーチャーは重々しくため息をついた。
「聖杯が、いびつだった」
「バーサーカーの願いが不完全に叶えられ、近くにいたマスターは魂ごと吹っ飛び、私もその影響を受けて人の身のようになってしまった」
理性のほとんどないバーサーカーが、いったい何を願ったと言うのだろう。それは、人が粉々に砕け散り、英霊が半死になるほどのものだと言う。

「全ての人の病を治したい、と願ったのだ。バーサーカーは」

ランサーの頭の中に、いつかの記憶が呼び起こされる。分霊の記憶なのだろうか、定かではないが。片目を包帯に隠し、茶色の重いコートを背負って戦場を駆ける、天使と呼ばれた女。
「ああそう......今回の勝者は、クリミアの天使。フローレンス・ナイチンゲールだ」

「......てめぇ、何を奪われた?」
出した声は、低く掠れていた。それはどうやったって叶えることの出来ない願いを堂々と願った女への呆れと憐みであった。人の世から病はなくならない。それがなくなった世界は最早人の世ではない。
「どうやら、いびつな聖杯は、私の生き様を病気だと判断したようでね」
アーチャーが言う。うすうす予想できていた答えに、それでも頭が真っ白になりかけた。
「溺れていた筈の理想を奪われて、まさに陸ではねる魚のようだ、笑えるだろう?」
笑えない、全く。パキ、と額に血管が浮き出る。
「......取り戻すぞ、弓兵」
「......は?」
「お前の理想を、そのふざけた容れモンから引きずり出すぞって言ってんだよ」
「いや、しかし」
「しかしもクソもねぇよ。どうせこのまま消える身だ。何をしても構わんだろう」
こちとらはぐれサーヴァントであるが、人の身に近くなったアーチャーはともかく、これだけ魔力の濃い街にいる分には、ランサーは全く魔力に困らない。
.....そう、アーチャーがまるでただのか弱い人間のような存在になったのも、彼の英霊としての拠り所である理想がなくなってしまったからだとすれば納得がいく。
(なんて胸糞の悪ぃ話だ)
そんなのは、この男を何よりも踏みにじる行為だと何故理解しない。ランサーは確かにこの男が気にくわない。それはもうとんでもなく気にくわないが、自身の天敵だと認めてもいる。そんな、曲がりなりにも認めた相手が、自分に認められるに至った腕の由縁を奪われたと分かって、自分が激高しない訳がない。
とそこで、アーチャーの存在がますます薄れていることに気が付いた。平気そうな顔で立っているが、最早肚には魔力が残っていない。人の身に限りなく近いとは言え、サーヴァントなのだ。しかし人の身に限りなく近い故に、うまく魔力を取り込むことが出来ないらしい。いわば半端者だ。
「おい、手ぇ出せ、アーチャー」
「?何をするのだね」
「お前と契約する」
アーチャーだって、生前は魔術師の端くれだ。魔術回路も古びてはいるが残っているようだし、自分と繋ぐことは可能だろう。
「わかっていると思うが、私にもう魔力はない。現界するのもぎりぎ」
「別にお前さんから魔力を貰いてぇわけじゃねえ。逆だ、逆」
マスターからサーヴァントへ魔力を流せるなら、その逆もやれないこともない筈だ。神性持ちであることは些か不安だが、魔力操作は苦手ではない。うまい事人の身に受け入れられるくらいに格を落とすこともできるだろう。
「......わかった」
アーチャーが、右手を差し出す。武器を握る無骨な手だ。それが、本来の力を発揮できないということにさらに憤る。適当な指をとって、それを咥えた。根元の方を、強く噛む。口の中に鉄っぽい味がして、皮膚を破ったことが知れた。アーチャーの顔を見ると、いささか驚いたように目を丸くしている。傷口を舐めて、指から唇を離す。
「サーヴァントランサー、真名はクーフーリン。てめぇのことは気にくわねぇが、お前が理想を取り戻し、元に戻るまでこの契約を継続することを誓おう」
やや適当な契約の呪文でも、こちらの意思を組んで術式は発動する。地面に出現した魔法陣が赤く光り、アーチャーの手の甲に、複雑に入り組んだ赤の入れ墨......令呪が現れた。それと同時に、パスが繋がるのが分かる。やはり、アーチャーの魔力は空で、とりあえず半分くらいまで、魔力を流す。アーチャーは、神性のある魔力がキツいのか、ぐ、とかすかな呻き声を上げたが、それと同時に存在が確かになっていくのが分かる。こっちはこっちで、格を落とす作業に忙しいので、構ってはやれない。
「っと、こんなもんか」
魔力の流れを分かりやすくするため握っていた手を解放する。アーチャーは、手の甲の令呪を見て、感謝する、と小さく呟いた。その目が、どうしようもない激情を孕んでいることに、ようやっと気が付く。
......こいつは悔しがっている。それが分かって、少し気分がよくなる。そうだ、ランサーの好敵手は負けず嫌いで、皮肉屋で、プライドがどうこう言ってる癖して矜持が高い男だ。
理想を取り戻した暁には、手合わせでも付き合わせるか。
ランサーはアーチャーの理想は嫌いだが、その理想に向かってひたむきに進むその強さは嫌いではないのだ。
ふ、とさっき自分が噛み切った指を思い出す。薬指の第三関節に赤く浮かび上がった歯形は、いつぞや見た結婚指輪に似ていた。
(............あほらし)
「どうした?」
アーチャーが、やけに澄んだ目でこちらを窺っている。
「いんや、なんでも」
馬鹿げた妄想をした頭を振って、さあこれからどうすっかね、とランサーは思考を巡らせ始めた。

Comments

  • November 5, 2017
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