東京の、全国の、街頭がカラフルなライトで照らされる。そんな夜が2月以降続いている。最初は東京都内の首相官邸前で3,600人ほどだったところから、8,000人、そして24,000人と、その数は予想をはるかに超えるスピードで増え続け、かつ運動は全国各地へと広がりをみせている。
「平和憲法を守るための緊急アクション」は、2月27日の首相官邸前を皮切りに、3月10日・3月25日は東京・国会前を中心に行われてきた。参加人数は増え続け、25日の回には現地参加が24,000人(主催者発表)、オンラインでの同時視聴が70,000人、計約94,000人(いずれも主催者発表)がともに声を上げた。また、全国各地でも連帯アクションが行われ、札幌から沖縄まで多くの場所で、戦争に反対する人びとが街に集った。
「戦争反対」「改憲反対」「高市総理は憲法守れ」──切実な思いを込めて、声を合わせる人びと。その背景には、高市首相が憲法改正に向けて積極的に動いている事実がある。2026年2月の選挙後、高市首相は「自民党総裁として憲法改正を政策に掲げ、力強く取り組みをすすめていかなければならない」と述べ、国民投票を行う可能性にも言及した。特に焦点となっているのが「戦力を保持しない」と明記されている憲法9条である。自民党は自衛隊の存在の明記を、そして連立を組む維新は戦力不保持を定める9条2項の削除を訴えている。これらが可能にしかねないのは、世界における日本の軍事的役割の拡大、自衛隊を戦力にしてしまうことだ。
皮肉にも、そんな憲法の存在意義を改めて示す出来事が起きた。米国とイスラエルによるイランへの攻撃を受けて、トランプ大統領が日本に自衛隊の派遣を要請したのだ。しかし日本政府は、憲法9条の制約を理由にこれを断ったと報道されている。改憲を推し進めようとする政権のもとで、憲法が今まさに日本の戦争参加を食い止めているのだ。だからこそ急激に「戦争」が現実味を帯びたこの状況で、それを「守りたい」と感じた人びとが街に出ているのかもしれない。
残念ながら、戦争は常にこの世界で起きている。それが権力の暴走や不条理とともに、速度を上げて日本で暮らす私たちの足もとまで押し寄せてきている。「戦争反対」というシンプルな言葉、最低限の願いをあらためて口にしなければならない状況に、直面しているのだ。春の陽気のなか桜が美しく咲き誇る一方で、世界に目を向ければ戦争やそれに伴う物価上昇と生活苦、命を落とす人びと、そして環境への深刻な影響が続いている。それは確実に、私たちの日常に影を落としているのだ。連日続くニュースを目にし、恐ろしい戦争の影をすぐ近くに感じて、涙があふれてくる。そんな不安と苦しみを抱えながら過ごす日々のなかで、デモに行き、同じ思いを抱えている人がそこにいると知ることは、力強い励ましとなる。
参加者層が多様であることも、このデモの特徴だろう。そのなかには、これまで政治において不可視化されてきた女性やマイノリティの人びとも多くいる。ペンライトや光り物を持ち寄り、「自分たちはここにいる」という意思とともに示す。その行為に希望を感じずにはいられない。もちろん、そこに集う人びとが、まったく同じ思いや背景を持っているわけではない。それぞれの場所から、違和感や希望を掲げて集まっている。
集団としてだけでなく、一人ひとりに視点を当てたいとき、ぜひかれらが持ち寄るものに注目してほしい。「光り物」と括られてしまうかもしれないが、実際に近くで見ると、それぞれにオリジナリティがあふれている。“推し”のアーティストのペンライト、好きなキャラクターのアイテム、リサイクルで作られたもの、手に掲げられた旗、手作り感あふれるグッズまで。そこからそれぞれの人が持つ背景を想像することができる。
デモに通い慣れた人もいれば、きっと初めての人もいる。迷いながら参加している人も、確信を持ってコールを叫ぶ人も、声を出すよりも何かを掲げることで意思を表明する人もいる。戸惑いや不安を抱えながら慣れない場に踏み出した人もいるだろう。そのグラデーションのなかに、「戦争反対」の声を届けたいという切実な思いがある。すべてのコールに同意できなくても、途中で抜けることがあっても、違和感を感じる場面があっても──それでも「集った」ということ、政治に関与しようと、声を届けてみようと思った人びとがここにいることの意味は、はかり知れない。
2026年4月10日で、女性が参政権を初めて行使してから80年の節目となる。その一方で、未だに参政権を得られていない人びとや、「平和」とは決して言えない状況に置かれている土地がある。戦争に反対する私たちは、ただ「被害」を受けるだけではなく、ときに「加害」の側に立つこともある。だからこそ、「誰が声を上げられているのか」「誰の声が届いていないのか」を常に問い続けなければならない。その線引きはグラデーションでもあり、「正しさ」はときに危険で、「完璧」な運動をつくることは容易ではない。
それでも、実際に2万人を超える人が街に立ち、オンラインを含めれば全国で10万人近くが同じ思いを共有しているという事実は、変化に向けた一波を起こしうる。私たちには「集う」権利があり、「声を上げる」自由がある。それは、監視や検閲のある社会では決して当たり前ではない。この場所でその権利を行使できているという実感が、今を支えているのだ。
光が、街を照らしている。一人ひとりが持ち寄ったその光は、小さくても確かに夜を押し返している。声を上げることも、光を掲げることも、参政権を行使することも──その一つひとつが、未来への選択だ。灯りを掲げるその行為は、単なる象徴ではない。それは、ここにいるという意思の表明であり、まだ届いていない声へと向けられた、静かで確かな呼びかけなのだ。4月8日19:30より、再度国会前でアクションが行われる。あなたの光を、どうか街へ。
Photos: Daiki Tateyama Text: Nanami Kobayashi Editor: Hanae Iwasaki
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