君が待つ家に帰るのが、怖くなってしまった【槍弓】
槍弓同居恋人設定。ランサーが家に女を連れ込んで以来、家の扉を開けるのが怖くなったアーチャーの話。一度は絶望的かと思われた関係を頑張って修復させていくタイプのハッピー槍弓エンドです。
どれだけ猛省しても起こした事実は絶対になくならないので、すっぱり解決は絶対に出来ないけど、それでも一緒に居てくれ槍弓!!!
【ご注意ください】
現代パロ。槍弓同居、恋人設定。
槍がモブ女と浮気をします(致してます)!!アーチャーが現場に遭遇します。苦手な方はご注意ください。
モブが出て来て喋ります。友情出演 佐々木さんと土佐の人
士郎がアーチャーの弟として一瞬登場します。
直接的な描写はないのでRはつけませんが、致してます。
人を選ぶ内容だと思います。大丈夫だと思う方のみ、お進みください。
表紙は「かんたん表紙メーカー2https://sscard.monokakitools.net/covermaker2.html」様からお借りしました。ありがとうございます!
追記 誤字修正いたしました。ご報告感謝いたします。
4月26日付女子に人気ランキング96位
4月27日付デイリーランキング71位
4月25日~付ウィークリーランキング80位
にお邪魔しました。ありがとうございます!!!
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例えば、財布の紐のゆるめどころ。休日の過ごし方。恋愛ドラマの感想。
アーチャーとランサーは、意見が合うことの方が少なかった。しかし、だからといって、アーチャーがそれを疎ましく思ったことはなかった。
違うと思えばきっちりと反論すれば良いし、反対に相手の意見に耳を傾けることで、新たに気づくこともある。そうして思う存分意見を交えて、お互いの落としどころを探っていく作業は、楽しくもあったのだ。時には行き過ぎて喧嘩に発展したが、長くは続かなかった。たいていはランサーが、時々はアーチャーが折れて、少し豪華な夕食を供にして、終わりだ。
隣に居るのに、全く同じ意見である必要はないのだと。違う価値観を持ったままで良いのだと、アーチャーはずっと、思っていた。
01 帰ってくるのが遅すぎた
その日、アーチャーは本当に久しぶりに、スーパーに寄って夕食が作れるくらいの時間に帰ることが出来た。繁忙期を迎え、ここ数週間ずっと帰りが終電近くになっていたのだ。
朝、家を出る間際、今日も遅くなるだろうと告げた時、呆れたようなため息をついたランサーの表情を思い出す。顔色が悪い、お前だけが頑張りゃいいってもんじゃないだろう、そんな小言すらランサーの口から出てこなくなったことに、流石のアーチャーも、ひょっとしたらこれは不味いのではないかと思い至った。そこで今日は取り急ぎ、喫緊の仕事だけ終わらせて、定時を少し過ぎたあたりで帰り支度を始めた。
「珍しいな、今日はもうあがりか」
これからもうひと頑張りするのだろう、コーヒーをすすっていた同僚の佐々木が、声をかけてきた。
「あぁ、すまないが残りは来週やることにするよ。」
「急ぎでないものばかりだ、問題なかろう。そもそも、お前は仕事が早いからどんどん余計な仕事を回されるのだ。たまにはゆっくり骨を休めるといい」
「ありがとう。君も、根を詰めすぎるなよ」
「お前にだけは言われたくないな」
同僚の苦笑いに見送られ、席を立つ。駅近くのスーパーで手早く買い物をすませ、マンションへの道を急いだ。
大ぶりの歩調に合わせ、両手のエコバッグがわさわさと揺れる。最近は自炊を怠っていたせいで、冷蔵庫の中はほとんど空だ。必要な材料を買いそろえていたら、こんなにも重くなってしまった。
今日は、肉を焼こう。それも普段よりワンランク上の、ちょっと良い牛肉。恋人を放っておいた自覚のあるアーチャーは、せめてもの罪滅ぼしにランサーの好物を作ってやろうと思っていた。バイトから腹をすかせて帰ってくるランサーの喜ぶ顔を思い浮かべて、アーチャーの唇にも自然と笑みが浮かぶ。
明日は休みだ。今晩は久しぶりに……そういうことに及んでも、良いかもしれない。忙しくてずっとご無沙汰だったから、きっと濃いだろうが……。
……いかん。まだ外だ。
赤らんできた頬を誤魔化すように、アーチャーはこほんと咳払いをした。
マンションを外から眺めると、部屋に明かりがついているのが見えた。ランサーが帰っているのだろう。自分の方が先に帰宅するかと思ったのだが……。
アーチャーはここでようやく、今日は早く帰れる旨を連絡していないことに気がついた。しまった。もう晩ご飯を済ませていないといいのだが。
早足でエレベーターを降り、鍵を開け……真っ先に目に入ってきた、見慣れない淡いピンク色のヒールに、アーチャーは一瞬、息を止めた。
傷一つない、つややかなエナメルのヒール。愛らしい華奢な靴は、ランサーのシューズの隣に寄り添うように、行儀良く、ちょこんと並んでいる。それを見た瞬間、ぞわりと、寒気のようなものが背筋を這い上がった。
やがてアーチャーは、止めていた息を静かに吐き出した。
きっと、凛が来ているのだろう。アポなしで度々襲撃してくる年下の幼馴染みを思い出して、ゆっくりと靴を脱ぐ。
アーチャーは静かに、リビングへと続く廊下を歩いた。知らず知らずのうちに息を殺していた。どっ、どっ、どっ……と、先ほどから心臓が嫌な跳ね方をしている。
今も背後に並んでいるヒールの存在が、頭にこびりついて離れない。走りにくそうな、細く高いヒールだった。凛にしては珍しい靴を選んだものだ。いささか、彼女の趣味とは外れているように思える。
まさか……という想像を、アーチャーはすぐに苦笑いをして打ち消した。
自分は、なんて馬鹿げた想像をしているのだろうか。きっと疲れているから、こんなろくでもない考えが浮かぶのだ。
この扉の向こうに居るのは、凛だ。早く扉を開けて、ソファーに腰掛ける二人に、おかえりを言ってもらおう。やはり君だったか、凛。見知らぬ女性ものの靴があったから、ひょっとして、と肝を冷やしたぞ、なんて冗談を飛ばして、夕食を作ろう。
さぁ、はやく。扉を開けよう。
そう思っているのに、腕がひどく重い。まるで他人から借りてきたようだ。思うように動いてくれない。ドアノブに手をかけたまま、アーチャーはしばらく静止していた。
するとドアの隙間から漏れ出てくる音が、勝手に耳に入ってくる。
アーチャーはぐっと、唇を噛みしめた。
派手な衣擦れ。荒い息づかい。ぎっぎっぎっぎっ、と、繰り返しソファーが軋む音。
その音に、アーチャーは聞き覚えがあった。よく知っている。これは、ランサーとソファーでする時、聞く音だ。二人で家具屋に赴き、吟味に吟味を重ねて迎え入れたあのソファーは、ランサーが腰を深く打ちつける度に、ひどく軋むのだった。
「……ぁッ」
追い打ちのように、凛とは似ても似つかない、甘く媚びた女性の声が、聞こえた。
「ゃあッ……あ、あっ……イクッ」
この扉の向こうで、何が行われているか。朴念仁と揶揄される自分でも、分かる。
アーチャーは素早く後ずさりをして、扉から離れていた。
そのままくるりと振り返り、玄関へと向かう。まだ体温の残る靴をひっかけ、物音ひとつたてないように、出て行った。
走って、走って、走って。
気がついたら、アーチャーは実家の前に立っていた。
実家へは、普段はバスを利用する距離だ。一時間は走っていたのだろう。まだ肌寒い時期だというのに、汗だくになっていた。
古ぼけたチャイムを鳴らすと、弟の士郎が慌てて出てきた。食事中だったのだろう、もぐもぐと口が動いている。こくん、と咀嚼し終えてから、士郎は怪訝な声で言った。
「アーチャー? どうしたんだ、急に。何か用か?」
「お前に用はない。かまわず食事を続けろ」
靴を脱ぎ、ずかずかとあがりこむ。後ろから「おい」という声が追ってきたが、無視した。用があるのは、この家の冷蔵庫だ。まっすぐ台所へ向かい、「開けるぞ」と一応ひと言断ってから、冷蔵庫の中を確認する。作り置きのタッパーや使いかけの野菜が入っていたが、これくらいのスペースがあれば問題なく入りそうだ。
アーチャーはエコバッグをおろすと、今日買ったものを冷蔵庫の中へと移し始めた。自分と一緒にランサーの浮気を目撃したこれらを使って料理を作る気にはなれなかったし、だからといって捨ててしまうのももったいない。士郎なら、そこそこうまく使うだろう。
今頃夕食になっているはずだった牛肉。玉葱。長葱。じゃが芋。人参。ほうれん草。うずらの卵。酒のつまみにと買ったスモークキングサーモン。ごとり、ごとりと、エコバッグの中身をそのまままるごと移動させていく。ふいに指に濡れたものが触れ、アーチャーは手元に目線を落とした。水気の正体は、バニラアイスのカップだった。甘い物がそれほど得手ではないランサーが、珍しく気に入っていたので、衝動的に買い物籠に入れたのだった。すっかり忘れていた。カップの表面はびっしりと汗をかき、ぐにゃぐにゃに柔らかくなってしまっている。アーチャーは少し考えた末、これも冷凍庫に突っ込んだ。どうせ、食べるのは士郎だ。
すっかり軽くなったエコバッグを折りたたみ、アーチャーは立ち上がった。茶の間で食事の再開をしている士郎に声をかける。
「騒がせたな。中のものは、好きに使え」
「そりゃありがたいけど……何があったんだ」
なに、帰ったらランサーが女性と性行為に耽っていたので、部屋に入りづらくてな。などと言えるはずがない。黙殺していると、これみよがしなため息が返ってきた。
「またランサーと喧嘩したのかよ」
士郎の声からは、巻き込んでくれるなよ、という思いがひしひしと伝わってくる。ランサーとつきあい始めた頃、とあることに関する意見の相違から盛大な喧嘩へと発展し、マンションを飛び出して実家に帰ってきたアーチャーとそれを追ってきたランサーとで、玄関先で派手にやり合ったことがあった。それを未だに根にもっているのだろう。
アーチャーはぼそりと低い声で言った。
「……別に、あれと喧嘩をしたわけではない」
「またそんな意地張って。こじれる前に、はやく謝るんだぞ」
「なぜ私が」
「いっつもランサーばっかり謝ってるだろ。あんただって半分は悪いんだからな。喧嘩ってのはそういうもんだろう?」
みそ汁をすすりながら、士郎が言う。
今までの喧嘩とは訳が違うのだと説明する気持ちには、なれなかった。
定食屋で夕飯をとり時間をつぶして、いつも通りの、終電間近の時間にアーチャーは帰宅した。深呼吸をして、扉を開ける。あのヒールはもう、なかった。ほっと息を吐く。
「遅かったな」
ぱたぱたと軽い足音がして、ランサーが出迎えてくれる。
自分には何も後ろめたいことはないはずなのに、アーチャーはランサーの顔が直視できず、不自然にならない程度に目線をさげた。
「ああ」
「ひっでぇ顔色だ。風呂入ってきたらどうだ?」
「そうだな、そうさせてもらおう」
正直、行為を終えた後、女性が浴室を使ったかもしれないと思うと、湯船に入ってゆったりくつろげる気がしなかった。しかし、風呂に入らないのも妙な話だ。今日はシャワーだけで手短にすませてしまおうと思いながら、ネクタイを弛めた。
ふわ、とあくびをこらえながら、ランサーが問う。
「明日は何時に出るんだ?」
「明日は、一日オフだ。明後日も」
「お、やっと休みか。そりゃいい。最近ずっと帰りが遅かったからな。お前の性分は知っちゃあいるが、それでも働き過ぎだ。今日はもう、風呂入ったらすぐ寝ろよ」
にかりと、ランサーが笑う。
ランサーの言葉を聞いて、あぁ、そうか、遅かったのだ、とアーチャーは悟った。
私の帰りは、ランサーが待つのを諦めてしまうほど、遅かったのだ。
アーチャーの耳にふっと、士郎の声が蘇った。
あんただって半分は悪いんだからな。喧嘩ってのはそういうもんだろう?
これは決して、喧嘩ではないけれど……アーチャーはゆっくりと目を伏せ、唇を開いた。
「ずっと……待たせていて、すまなかったな」
小さな声で、言う。ランサーは不思議そうに首をかしげた後、「本当に疲れてるんだな」と心配そうな顔をした。失礼な奴だ。
シャワーの栓をひねり、髪と身体の泡を流していく。泡が目に入らないようにうつむいたところで、足元の排水溝が視界に入ってきた。
あ、と思う。
排水溝には、ランサーの青い髪と、自分の白い髪と、それからもう一つ。見知らぬ誰かの、茶色い髪が、ひっかかっていた。
まったく……詰めが甘いな。
長い茶色の髪をつまみあげ、アーチャーは苦笑いを漏らした。つくづく、ランサーは、隠し事には向かない。ちまちました根回しや細かいところまで目の行き届いた小細工は、自分の方がずっと得意だ。
一度脱衣所に出たアーチャーは、つまんだ髪を他のゴミと一緒にくるんで見えなくしてから、ゴミ箱に捨てた。
せっかく温めた身体が冷えないうちに浴室に戻り、もう一度シャワーをひねる。熱い湯が目元にあたり、すぐに視界がぼやけた。
* * *
アーチャーが風呂に入っている間、ランサーはどさりとソファーに身を投げ出していた。
無香料をうたう消臭スプレーの、どうにも薬臭い匂いが、敏感な鼻をツンとつく。
女が帰った後、行為をしたソファーから甘ったるい匂いがすることに気がついたランサーは、とりあえず消臭スプレーを振りかけてみた。
しばらくしてから、ソファーから突然消臭スプレーの匂いがしていたらかえって怪しいのではないかと気がついたが、それでも女の匂いがしない方がましだろうと思いなおして続行した。
こそこそと証拠を隠滅するなんて、慣れないことをしたせいか、スプレーを手放すとどっと疲れがやってきた。少し早いが風呂に入ることにして、浴室へと向かう。女がシャワーを使った直後なので、浴室の床が濡れている。ランサーはすん、と鼻を鳴らして顔をしかめた。やはり、匂いが気になる。いつも使っているシャンプーとボディソープの匂いではあるのだが、どことなく、自分が使った後の匂いと違う気もする。ランサーは換気扇のスイッチを入れ、深いため息をついた。
昔セフレだった女性と、軽い気持ちで再び関係を持ったことを、ランサーは早速後悔していた。
ランサーはその昔、アーチャーと交際を始める前は「いつか絶対女に刺されるぞ」としょっちゅう苦言を呈されるほど遊び歩いていた。ランサーに言わせれば、逆上して刺すような女は注意深く避けていたので余計なお世話だったのだが、そう忠告されるほど、派手な女性関係を持っていたのは事実だ。おそらく自分は、人より性欲が強いのだと思う。
気持ち良いことは好きだ。お互いの合意はあるし、妊娠と性病にも気をつけている。性欲を処理していくことは生きる上で必要なのだから、悪いことをしていると思ったことは、一度もなかった。
ただ、アーチャーを口説き落とす時に、そういったことからはいっさい足を洗った。ランサーは気にしなくても、アーチャーは貞操というやつをとことん気にするのだ。歩み寄りというやつだ。女性達には「あなたが一人の人間に落ち着くなんて」と目を丸くされたが、どういう手段を用いても、アーチャーを手に入れたかった。他の女性と縁を切ることでアーチャーが自分のものになるのなら、安いものだ。ランサーは、アーチャーに心底惚れ込んでいた。今も、その気持ちは変わらない。
だから、今回のことは、魔がさしたとしか言いようがない。
ここ最近、アーチャーはずっと忙しくしていた。繁忙期というやつらしい。深夜にヘロヘロになって帰ってきて、糸が切れたように眠りにつき、早朝にはもう出勤している。
一緒に住んでいるというのに、あまりにも、恋人らしい触れあいがなかった。だからといって、疲れ切って死んだように眠っているアーチャーを叩き起こすような無体を強いることは出来ない。しかし性欲はたまる一方だ。仕方なく、アーチャーの寝顔を見ながら一人で処理をしていたが、それもこう長く続くと虚しくなってきた。
そんな時に声をかけてきたのが、昔のセフレだ。さっぱりとしたいい女で、身体の関係はないものの、ごく普通の友人としての付き合いは続いていた。思いついたようにふらりとランサーのバイト先である花屋に顔を出した彼女と、ちょうどバイトあがりの時間だったランサーは、帰り道、軽く話し込んでしまった。
女はランサーの性事情を知ると、あっけらかんと、じゃあ久しぶりに私としようよ、と提案してきた。ひどく魅力的な誘いではあったものの、ランサーは一度は断った。アーチャーが知れば、きっとひどく傷つくだろうと思ったからだ。
女は、バレたらそうかもしれないけど、バレなきゃいいんじゃないの? と笑った。バレなきゃ、何もなかったのと同じじゃない。そう言って、柔らかい身体を押し付けてくる。
「それに最悪、バレたらバレたで、いいスパイスになるんじゃないの? 恋人さんの嫉妬する姿とか、見たくない?」
嫉妬するアーチャー。見られるものなら見てみたいが……。ランサーが言い淀んでいる隙に、女はごそごそと細い手を動かし、ランサーの性器をまさぐってきた。周囲に人通りがないとはいえ、外だ。おい、と慌てて制止の声をかけるが、行為に慣れた手が与えるほど良い刺激に、愚息はじわじわと昂ぶり、熱をあげ始めた。ランサーは躾が行き届いていない愚息に舌打ちした。言い訳をするなら、最近は自慰すらもおざなりで、本当に、溜まっていたのだ。
「ランサーってば、どうしたの。しばらく会わないうちに、こんなにカタくなっちゃってさぁ」
女はすっかり勃起した性器を妖艶な手つきで撫でながら、下卑た冗談を飛ばした。
「難しく考えすぎじゃないかなぁ。セックスなんてさ、二人でする、ちょっと気持ち良いオナニーみたいなもんじゃない」
邪気のない顔で女が笑い、ささやく。
……本当に、魔がさしたとしか言いようがない。
結果として、勃ったし、出したし、そこそこ気持ち良かったが、これじゃねぇんだよなぁという違和感が始終ぬぐい切れないセックスだった。何より、アーチャーとする時のような、頭が真っ白になるような興奮がない。
やはり、アーチャーが一番だということを、まざまざと実感させられた。
そのアーチャーを裏切ってしまったことに、ランサーは苦い思いを抱えていた。軽率だったと反省するが、してしまったものは、もうどうしようもない。
身体こそすっきりしたが、今は、ずっと胸がもやもやしている。自分は元来、隠し事が得意ではない。どうも性に合わないのだ。
正直に何があったか告白して、謝罪すれば、このもやもやは消えるのだろうか。そうしてこのもやもやは、そっくりそのまま、もしくは幾分かさを増して、アーチャーへと移動するに違いない。
……それは、流石に駄目だろう。ランサーはがしがしと乱暴に頭をかいた。そんなもの、誠実でも何でもない。ただの自己満足だ。バレなければ、なかったことと同じだと、女は言っていた。不得手ではあるが、隠し通すしかないだろう……。
そうこう思い悩んでいる間に、アーチャーが風呂から出てきた。相変わらず、ひどい顔色だ。帰ってきた時よりも、さらにぐったりと疲れているように見えた。
「おい、大丈夫か」
心配になって声をかける。アーチャーはゆっくりとこちらに顔を向け、微塵も大丈夫そうではない弱々しい声で「大丈夫だ」と言った。嘘をつくのなら、せめてこちらを騙そうとする気概くらい見せてほしい。
手招きして隣に座るよう呼び寄せるが、アーチャーは鋼色の目でぼんやりとこちらを見たまま動こうとしない。仕方なくランサーは立ち上がり、アーチャーのところへと移動した。
「風邪でもひいたか?」
「……いや」
アーチャーはゆっくりとした動作で首を振った。きっとひいていても、大丈夫だと言い張るのだろう。ランサーは無言で前髪のおりたアーチャーの額に手をあてた。……熱はないようだ。前髪からつたう水滴が、ランサーの手を濡らす。アーチャーにしては珍しいことに、しっかりと拭かないまま出てきたらしい。
ランサーはアーチャーの首にかかっているタオルをとると、まだ水気の残る頭へとかぶせた。そうしてタオルの上から、わしわしと頭をマッサージしてやる。アーチャーは大人しく、されるがままになっていた。
ふわりと、風呂上がりのアーチャーの何ともいえない良い匂いが、鼻をくすぐる。明日は休みだと言っていた。明日は久しぶりに、ゆっくりできるだろうか。