北朝鮮、地球の裏では「別の顔」

東京特派員 黒沢潤

ベルリンの北朝鮮大使館の一部施設で営業されているホテル(宮下日出男撮影)

春の陽気に誘われ、東京・大手町の会社から、九段下へと歩いた。皇居の北西にある千鳥ケ淵の美しい桜を左奥に見つつ、靖国神社へと向かって、坂道をゆっくり上る。胸いっぱいに空気を吸い込むと、春の香りを感じた。

この日の目的地は、司馬遼太郎の名作「花神」で描かれた大村益次郎の像がある神社の敷地中央から、北へ5分ほど歩いた場所にある。

「在日本朝鮮人総連合会」(朝鮮総連)の中央本部だ。北朝鮮大使館ともいえる存在である。初めて、建物を遠巻きに眺めた。〝白亜のコンクリート要塞〟と呼ぶにふさわしい。窓には、内部が見えぬよう真っ黒なガラスがはめ込まれ、異様な雰囲気を醸し出す。本部周辺はバリケードで封鎖され、国交なき日朝間の厳しい現実を映し出していた。

各国にある北朝鮮の在外公館や関係施設がこれほどまでに、ものものしさを漂わせるのはまれではないか。過去にそのいくつかを実際に見て、その思いを強くする。

2004年秋、赴任先のドイツ首都ベルリン。北朝鮮大使館の付近には、独警察の姿はなく、閑散としていた。大使館は4年後、2棟のうち、使用しなくなった1棟を業者に委託し、ユースホステルへと改装して旅行者を宿泊させた。驚くほかなかった。

東西冷戦時代、スパイ合戦の最前線となった東ベルリン地区に位置するこの大使館は〝白亜の巨城〟として威容を誇った。冷戦終結後、体制の縮小で1棟が不要となり、貴重な外貨稼ぎのため苦肉の策で建物利用に踏み切ったとはいえ、想像を遥(はる)かに超えた。

このニュースをつかみ報じた。実際に、宿泊も試みた。1泊17ユーロ(約3千円)。身の安全を考え、視線鋭い支局のドイツ人助手も同行させた。

受付で「日本」という国籍と、自身の名前を記入したがトルコ系支配人は顔色を変えない。旅券をコピーされ悪用される、との懸念も杞憂(きゆう)に終わった。それどころか支配人はこう言った。「ようこそ。あなたは日本人1号です!」

案内された部屋は、粗末な木製ベッドが6つ置かれたドミトリー。隠しカメラが埋め込まれている様子もない。それでも疑心暗鬼の念を募らせていると、支配人は言った。

「ホステルの経営はドイツの法律に基づき厳格に行われている。問題があれば、裁判所行きだ」。懸念は消えた。

目を疑ったのはこの後である。窓からは、本館が丸見えだ。集音マイクがあれば、ホステルに響く北朝鮮外交官の会話を録音できる。部屋の一角をホステルからのぞき見ることも可能だ。欧米などの情報機関が政治的動機から滞在することもできなくはない。ピリピリする日朝関係とは百八十度違う。衝撃的だった。

「落差」は7年後の15年初め、共産主義国家キューバの首都ハバナにある北朝鮮大使館を訪れた際も体験した。

小宮殿のような壮麗な建物ながら、警察要員はゼロ。北朝鮮のPR映像をキューバ人に見せるため、大使館の壁に埋め込まれていたテレビは意外にも、SONY製だった。

この数カ月前、金正恩第1書記(当時)の暗殺計画を題材としたソニー・ピクチャーズエンタテインメントの喜劇映画「ザ・インタビュー」が北朝鮮を立腹させていただけに、信じ難い光景だった。

大使館の正門からは間もなく、40代半ばほどの北朝鮮外交官が現れた。その場で乗り込んだ車は、黒塗りの高級トヨタ車である。

ラテンの陽気な音楽が街に流れ、温暖なカリブ海に浮かぶ〝温帯共産主義〟国家のキューバとはいえ、北朝鮮大使館の緩さは度を越していた。

実はこの少し前、米ニューヨークの国連本部内で通常ではあり得ないことがあった。会議室から出てきた北朝鮮高官は産経新聞記者と名乗った筆者の取材に居丈高でもなく、丁寧に応じたのである。

「北朝鮮は世界で決して孤立していない」。日本の元国連大使が懸念を込めて断じるように、北朝鮮は国連に加盟するばかりか、約160カ国とも国交を持つ。北朝鮮は日本での閉ざされたイメージとは異なり、海外では〝別の顔〟を持つ、と言っていい。

警視庁の機動隊車両がものものしく配置された東京の朝鮮総連の建物を見て、地球の裏側で北朝鮮が見せる別の顔がまざまざと蘇(よみがえ)った。

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