今特別国会の参院予算委員会。子どもの自殺対策を問われた高市早苗首相は、先祖の存在を持ち出し「あなたは一人で生まれてきたのではない」と答弁しました。自殺を考える子どもに向けた「正しい」メッセージに、SNSでは違和感を覚える声が上がりました。なぜ「正しい」のに、違和感があるのか。ウェブ上で子どもに相談先を紹介したり、居場所の提供をしたりしてきたNPO法人3keys代表の森山誉恵さんは「正しい言葉の前に、その人の状況に目を向けて」と訴えます。ブログサイトnoteで発信したメッセージをもとに、寄稿してもらいました。
NPO法人3keys代表・森山誉恵さん寄稿
3月16日の参院予算委員会で、子どもの自殺対策について問われた際、首相は次のように述べました。
「あなたは一人で生まれてきたのではない」
「7代前までさかのぼれば250人を超えるご先祖様がいる」
「奇跡的な幸運に恵まれて一人の命がある。自分の命もそうだし他人様の命もそう。そのことを共有したい」
命のつながりの尊さを伝えようとする意図だったのだと思います。一方で、この言葉に違和感を覚えた人も少なくないのではないでしょうか。
■“正しさ”の中で苦しんでいる
自殺対策のメッセージは、本来、最も追い込まれている人に届く前提で設計されるべきものです。
その観点から考えると、この言葉はしばしば、「命を大事にしなさい」「あなたは支えられているのだから生きるべきだ」という“正しさ”として受け取られます。
しかし、自殺に至る人の多くは、まさにその“正しさ”の中で苦しんでいます。
私たちが運営する10代向けのサイト「Mex(ミークス)」は、10代がひとりでも利用できる相談先や、よく悩んでいるテーマのコラムや動画コンテンツがあるサイトですが、そこには日々多くの「死にたい」という声が匿名で寄せられています。
繰り返し目にするのは、次のような言葉です。
「長い話に付き合ってもらってごめんなさい」
「自分は恵まれているのに、死にたいと思ってしまう。こんな自分は生きる価値がないと思う」
これらに共通しているのは、苦しさそのものだけでなく、苦しんでいる自分を責めていることです。
本来であれば助けを求めていいはずの場面でさえ、「申し訳なさ」や「自己否定」が先に立ってしまう。
また、「自分は恵まれている」と語る子どもであっても、その背景には、虐待と呼ばれるような環境や、子どもが強く追い込まれる状況が存在していることがたびたびあります。
にもかかわらず、「親には感謝しなければいけない」「育ててもらっているのに、死にたいと思ってしまう自分はおかしい」と考え、自分をさらに追い詰めてしまっている。
子どもたちの言う「恵まれている」という言葉は、必ずしも実態を表しているわけではなく、“そう思わなければいけない”という内面化された価値観であることも少なくありません。
■生き延びるための自傷からの連続性
だからこそ、「多くの人に支えられている」「つながりの中にある」といった言葉をそのまま受け取ることで、かえって「それでも苦しい自分は間違っている」「こんな自分は生きる価値がない」という感覚を強めてしまうことがあります。
なぜ、私たちは「命を大切に」という趣旨の言葉をかけないのか。一つ目の理由は、薬の過剰摂取や、体を傷つけたりする自傷行為は「死にたいからする行為」だと思われがちですが、実際はむしろ逆だからです。
自傷は、耐えきれない感情を少しでも外に逃がすため、パニックや絶望感を一時的に落ち着かせるため、自分が壊れてしまわないようにするために行われることが多く、生き延びるための行為として選ばれているケースが少なくありません。「これをやらないと耐えられない」という切迫した状況の中で、自傷が“最後の手段”になっていることもあります。
ただし、その延長線上で自殺リスクが高まることも事実です。
同じ行為を繰り返す中で感覚が麻痺(まひ)していくことや、行為がエスカレートしていくことがあります。結果として、意図せず致死的な状態に至ってしまうこともあります。つまり、生きようと必死に踏みとどまってきたにもかかわらず、それでも耐えきれずに自殺に至るケースは少なくないのです。
自傷と自殺は切り離されたものではなく、「生きようとする過程の中で起きている連続した現象」でもあるのです。
もう一つ重要なのは、「関係性」です。
虐待やいじめなど、親しい関係の中で深く傷ついている人にとって、「あなたは一人ではない」という言葉は、別の問いを突きつけることがあります。
では、なぜ自分は大事にされ…
- 【視点】
国がやるべきことは、ひとりじゃないと思えるような社会をつくるための対策の強化だ。国は3月を自殺対策強化月間として集中的な広報を展開している。3月が一番自殺者が多い月だからだ。 全年齢の自殺は過去最少となっている一方で、こどもの自殺は過去最高
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