〈住人プロフィール〉
25歳(男性・会社員)
賃貸マンション・ワンルーム・東急目黒線 不動前駅・品川区
入居2年・築年数14年・ひとり暮らし
産業機器を扱う会社で営業をしている。大学は北九州で、実家から通っていた。新卒から1年は研修期間で、名古屋、大阪、福岡など3カ月ずつ転々とした。
「社員寮や短期専用賃貸の移動生活だったので、なるべく荷物は小さく。掃除機は持たずワイパーで済ませて、家具も買いませんでした。引っ越し? 父も転勤族だったので苦じゃないんですよね。むしろ新しい街へ行くのは、いつも楽しみです」
引き締まった体にやわらかい物腰。人あたりのいい朗らかな印象だ。
部屋は整い、台所のIHコンロの下には米袋や昆布、しいたけの乾物が。コンロ横には、基本の調味料一式が並ぶ。
よく料理をしている人の台所であるとわかる。
だからといって、器や台所道具に、とくにこだわりはない。
「まだスプーンも買ってなくて、計量スプーンで食べてます。器は、皿と丼鉢がひとつずつ。だから品数は作れないんです。必然的に夜は鍋が多くなりますね」
鍋の素も使うが、余力があって「よし今日はイケるぞ」というときは、昆布やシイタケからだしを取るという。
「顆粒(かりゅう)だしと全然味が違うんですよね。そうするだけでめちゃくちゃうまい。鶏肉も、すごい万能だなあと思う。だしは出るし、肉はタンパク源だし、茹(ゆ)で汁はワカメや卵を入れれば旨(うま)いスープになる。捨てるところが全然ない」
学生時代から筋トレをしている。プロテインは飲まない。「どうしても味が好きになれなくて」。
そのため、食材からタンパク質や炭水化物を取る。そんなきっかけで、自然に料理をするようになった。
初めて自分の意志で選んだ住まいは東京で、研修を終えた24歳から。当然ながら家具もインテリアも好きなものを選べる。
「それだけに憧れが募り、東京に住むならコンクリート打ちっぱなしのかっこいい部屋が絶対いいなと。会社へのアクセスが良いデザイナーズに限定して探しました」
JR山手線目黒駅からも、歩こうと思えば歩ける。天井が高く、ガラスブロックの窓のあしらいも洒落(しゃれ)た30平方メートルだ。
「会社の住宅補助がなければとても住めません。広くて、窓も多く気に入っていますが、住んでみて気づいたのは、打ちっぱなしは寒いということ。この冬はインフルエンザのAとB両方やって、自分でも驚いてます」
取材はちょうど闘病明けで、冷蔵庫はほぼ空だった。
いつもは卵と納豆を買い置きし、鍋には栄養バランスを考え、葉物野菜ときのこを欠かさないようにしている。
「マイタケは包丁がいらないので、とくによく使います」
朝は効率よく炭水化物を取るため、必ずパスタと決めている。
100円ショップの、10分で麺が茹で上がる電子レンジ調教器を愛用。身支度している間にできあがり、あとはパスタ用オイルソースであえるだけだ。
昼は「会社からいったん外に出たい派なので」外食に。夜は鍋のほかに、中華丼や親子丼、マーボー豆腐などふたつの器で済むものを作る。
飲み会が多いので、平日、毎回自炊するわけではない。週末に作り置きすることもある。
疲れているときは、牛丼の松屋にも行く。
だが、牛丼以外のファストフードは中高生の頃から苦手らしい。
「パンが嫌いなんです。すぐなくなるのに腹にたまらないから(笑)。だったらご飯を食べたほうがいい。付き合い以外はマクドナルドも行かないですね。東京でパンを買ったことは一度もないです」
外食や飲み会が続くと、てきめんに体に変化が出る。
「まず肌が荒れます。ニキビとか。腹の調子も悪くなり、明らかにコンディションが悪くなります」
味噌(みそ)汁が好きで、飲み会から帰宅後小腹がすいたら飲むことも。
「母が、小さい頃から“今日のだしはいりこだよ”“今日は昆布だよ”と言っていたので、自然にだしについての知識は身についたかもしれません。味噌汁ってほんと、ホッとしますよね。母は料理上手ですが、いちばん食べたいなって今でも思うのは味噌汁です」
会社では、弁当を作ってくる男性社員が多いという。同僚、後輩はもちろん、先輩も、おいしそうな弁当を持参する。
「男も料理するようになった最大の理由は、節約。二番がYouTubeやSNSの動画で料理へのハードルが低くなったことでしょうね。インスタやTikTokの“ワンパンレシピ”とか見てると、自分でも作れるんじゃないかと思えてくる。料理は女性がやるものとか、女性に押し付けるという意識は、誰も持ってないんじゃないでしょうか。少なくとも僕の周りは、10歳くらい上の上司も含めてひとりもいません」
自分なりの速度で
じつは、取材への応募は、北九州に住む母からであった。初めて都会でひとり暮らしをしている息子がどう過ごしているのかと、案じる親心が行間から伝わってきた。
しかし他薦は、いざ取材してみるとそこまで本人は協力的でないというケースが少なくなく、「心のプライベートな部分にもずかずか踏み込みます。本当に息子さんがOKか確認してほしい」と依頼し直した。
他薦は、この時点で実現しないことがほとんどだ。
ところが、「息子がおもしろいんじゃない?と乗り気でした。どうぞ、と言っております」とのこと。
あらためてご本人とやりとりして取材にこぎつけた。仲のいい親子なんですねと言うと、彼は恥ずかしそうに俯(うつむ)き、いくぶん声が小さくなった。「いえ、昔は壁に穴を開けたこともあるし、迷惑かけました……。その辺は母に聞いてください」。
その旨を伝えると、母からはこんな返信が。
〈息子は我が強く、自分の道を突き進むタイプで、中高では何度学校へ頭を下げに行ったか数えられないくらいでした。大学はとにかく好き勝手していて、早く家を出ていってくれないかと願うほど。なのに、いざ巣立ってみると、ちゃんと食べているのか、人様に迷惑をかけていないだろうかと心配は消えません〉
誰にもある、子を外に送り出した親の心情。寂しさと愛(いと)おしさに溢(あふ)れていた。
彼は最近恋人ができ、カトラリーや皿をひとつずつ増やしていきたいと楽しそうに語る。
「台所道具にそれほど興味がなかったのですが、彼女が電子レンジできれいに焼き魚が作れる道具を持っていて、こんがりとおいしくて感動しました。僕も買おうかな、と。あとは、ふるさと納税の各地の食材にも興味があります」
次に住むのは、東京の東側もいいと考えている。浅草や下町の人との距離感や雰囲気は、目黒にないものだ。
「東京でいちばんすごいなと思ったのは電車の安さです。こんなに長く乗って200円とか。え、いいの?と申し訳なくなるくらい。田舎は本数も少ないし、高いですから」
もうすぐ東京生活3年目。
営業の仕事は楽しいことばかりではないが、楽しいと思える瞬間が増えてきた。
「あ、以前先輩が言っていたのって、これかーと腑(ふ)に落ちたり謎が解けたり。その分、前は気づかなかった、違うしんどさや新たな課題も見えてくるんですけれど」
自分なりのスピードで東京を歩き始めている彼に、直球の質問を投げた。
──夢はなんですか。
「夢。えーと……そうですね。バンバンえらくなりたいです。稼ぎたい。これだけ時間を取られているからには、結果を出したい。納得できるところまで今の仕事をやり切りたいです」
まっすぐな言葉が返ってきた。
顔も存じ上げないが、本欄を読むであろう母親の、ホッとする姿が浮かぶようであった。
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