ストーリー

がん闘病のアイドルが目指すステージ 厳しい現実も「あきらめない」

小松隆次郎
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 菅原ひなさん(26)がステージに登場すると、30人ほどのファンから拍手が起きた。

 3月3日。東京都新宿区の会場で開かれたライブは、菅原さんの26回目の誕生日を祝う「生誕祭」だった。予定していた5曲を歌い上げると、こう語った。

 「いつまでアイドルをできるかわからないんですけど、今日という日は大切なものなので、みなさんも今日という日を大事にしましょう」

アイドルの菅原ひなさんは2022年、左足に滑膜肉腫という「がん」を発症しました。大手術と抗がん剤治療を乗り越え、ステージに復帰してから3年。所属したアイドルグループを卒業し、苦難にもめげず、新たな目標に向かってがむしゃらに走り続けています。

 幼少期からAKB48に憧れていた菅原さん。高校生時代、地元・新潟でアイドル活動を始めた。19歳だった2020年2月に上京。東京を拠点とするアイドルグループ「ゆるっと革命団」に加入した。

 歌は少し苦手でも、ダンスは得意。だからステージでのパフォーマンスは大好きだった。

 しかし、コロナ禍による活動制限が徐々に解除され始めた22年春、左足がはれ、痛みで踊り続けることが難しくなった。

 その後、医師から「滑膜肉腫 ステージ3」と診断された。若年層に発症しやすい珍しい「がん」だった。

医師「5年生存率60~70%」

 3カ月後の22年11月、6センチの腫瘍やその周りの筋肉、神経、血管など左足の太ももを約20センチにわたって切除する手術を受けた。

 医師からは「5年生存率は60~70%」と説明を受けたが、アイドルを続けられなくなる不安のほうが大きかった。

 「踊ることはできないかもしれない」と覚悟せざるを得なかった。でも、ステージへの思いは断ち切れなかった。

 苦しい抗がん剤治療にも耐え、23年3月にはグループ活動に復帰。動きの少ないダンスやいすに座ったままのパフォーマンスで、ファンの前に立った。

「ゆるっと革命団」卒業後は…

 それから3年――。

 25年1月に「ゆるっと革命団」を卒業した菅原さんは今、新しいグループを探しながら、フリーのソロアイドルとして活動を続けている。

 目標としているのは、毎年、お台場で行われる「TOKYO IDOL FESTIVAL(TIF)」に出演することだ。

 TIFには乃木坂46やAKB48などといったメジャーグループのほか、国内のアイドルグループが多数出演。多くのアイドルが憧れる世界最大規模のアイドルイベントだ。

 「これまで大きなステージに立ったことがありませんでした。一度でいいからTIFに出たいんです」

「サポート難しい」と不合格続く

 だが、現実は厳しい。「何十組ものグループのオーディションを受けましたが落ち続けています」。不合格を告げられる際、「サポート態勢をとることが難しい」と言われることが多かった。

 この3年間でダンスの動きは格段に良くなったが、階段の上り下りなど日常生活では困難を強いられることがある。がん再発の恐怖とも戦いながら、治療を続けている。

 自分自身に問いかける。「なぜ、そこまでしてアイドルグループのメンバーでいたいのか。運営の方やメンバーに迷惑をかけてまで、アイドルグループにこだわるのか」

 ステージに執着する理由が明確にわからないのに、アイドルをやめられない自分がいた。

 がんと闘うアイドルとしてメディアに取りあげられた際、SNSでは「がんになってよかったね」「がんのおかげで有名になったね」などと心ない言葉も目にした。

 3月3日の生誕祭後も、グループへの加入が決まらない日々が続く。それでも、あきらめない。「自分が納得できるアイドル活動をしたい」。その一心で、ステージに立っている。

PROFILE

◆菅原ひな(すがわら・ひな) 2000年3月2日生まれ、新潟県出身。高校生時代に新潟でアイドル活動を開始。東京に移り、20年2月にアイドルグループ「ゆるっと革命団」に加入した。22年9月に「滑膜肉腫」を公表し、手術を経て、23年2月にステージに復帰。25年1月にグループを卒業した。

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この記事を書いた人
小松隆次郎
大阪社会部次長|司法
専門・関心分野
司法、アイドル