エンカウント
風を切って大空を飛びながら、眼下に広がる大陸の形をこれ以上ないくらいに注意深く見据え続ける。一歩進む先の地面がそこに在り続けてくれる事すら信用できず、常に奈落の底に落ちてしまいかねない不安定さと共に生きる毎日。もはや見ているものが本当にその通りなのか自信が持てなくなりつつある中、探すべき目標だけは今も見失わずに心の中にあり続けてくれる。
「早く見つけるんだ……! 早くあの女を見つけて世界を確定させなくては……!」
もはや一刻の猶予も無い。何としてでもあの女の実在を証明し、全ての物事を確固たるありのままとして受け入れる礎を取り戻さなければならないのだ。僕を脅かす気配は日に日に包囲を狭めている。それらが僕に到達するまでに必ずあの女を見つけ出し、あるべき世界を取り戻すしかない。あの女が奪った僕の日常の全てを。
もちろんそう決意したのをきっかけとして今まで見つからなかった目標が見つかる訳もない。今までに探した町、名も知らぬ町、手当たり次第に探しているが当然のごとく成果は上がらないままだ。
「このままでは駄目だ……! このままでは……!」
ここまでいくら町を探しても何も見つかっていない! 奴は手掛かりすら残していない! このまま同じことを繰り返していては駄目なのだ! このまま愚直に町を探していては! 町を……
町を探しては駄目? 町にあいつはいない? という事は……
「そうか、町以外だ! 町以外の場所を探すべきだったんだ! 町や街道以外にも山、湖、海、いくらでも探していない所があったじゃないか!」
天啓のように冴えわたった僕の頭は一度状況をリセットした。まずはノウィンの周辺から探し直しだ! 人里は無視し、人の住めない環境を重点的に捜索するんだ!
僕はその日から人類未踏の場所のみを探し始めた。魔物の巣で埋め尽くされた険しい山々の上を隅々まで踏破し、湖に潜りその底面を舐め尽くすように泳ぎ回り、大海原を内部から単身航海して異変が無いかを探し回る。土も水も思い通りの僕からすればその捜索は苦も無く遂行できるものだった。
そうだ、奴は普通に上空から見つけられるような場所にはいない。このような場所にこそ真の光が見つかるものなのだ! たとえ奴がどんな場所に潜んだとしても必ず僕のこの手でその居場所を暴き出して見せるのだ!
「あのーライトくん」
村を歩いていると、診療所近くでノーマン先生に見つかり声を掛けられた。何か言いたげな、言いにくそうな、顔色を伺うような様子でこちらを見てくる。
「また無断欠勤が多くなってるよね? ローザさんだけだとどうしても冒険者のコンディションが不安定になっちゃうからさ……君にもちゃんと仕事してほしいんだが……」
歯切れの悪い口ぶりでこちらの仕事態度を咎めてくるノーマン先生。狭い村とは言え、その回復を一手に引き受ける施設だ。ヒーラーが一人だけでは足りないというのは至極もっともらしい話に聞こえる。
「先生……先生が本当だっていう証拠はまだ無いですよね? その先生の言葉はちゃんとそこにあるものですか? 先生がちゃんと世界の一部だと証明できますか?」
「はあ?」
先生が困惑したように声を漏らす。そして僕はそれに構わず、自分に言い聞かせるように更に言葉を紡ぐ。
「僕が必ず先生も世界も確定させてみせます。だからそれまで待っていてください。僕がノウィンで確実に働くためには……まずは世界をつかまえなければならないんです」
「え、何……? 何て……?」
そうだ、世界を……あの女をつかまえるんだ。あの女をつかまえる事こそが全ての解決の鍵なのだから。僕は改めて大きな決意を胸に診療所を後にした。ノウィンに、世界に僕が必要なのだ。もはや僕一人だけの問題ではない。僕が救う世界を僕の手によって一刻も早く見つけ出さなくてはならないのだ。
「早く! あの女を……あの女をつかまえるんだ!!」
周囲の海を割りながら、999999の速さで海底の上を横断する。相変わらずあの女は見当たらない。影も形も……まるで町の中を探している時のように、手掛かり一つすらつかめやしない。
「何でだ!? いるはずなんだ……! 山か湖か海! そのどれかにあの女はいるはずなのに!!!!!」
またしても心を折らんとする現実に必死に歯を食いしばる。町にいないなら町以外。この理屈が外れてしまえば、もう他に探す場所は無くなってしまうというのに!
祈るように世界中の魔境を飛び回る。山、湖、海、沼、森、天空、なんでもいいからとにかく人のいなさそうな所で人影をがむしゃらに探す。あそこに人がいなさそうだと聞けば、そこに秒で飛び込んで手当たり次第にあの女を捜索する毎日。
「頼む、いてくれ……! いないと、もう世界を救う事が……!」
もはや気力も限界に近かった。罪人である身の上が肩に重く伸し掛かる。なんの成果も得られないのに自分で自分を励ましながら動き続けるしか無いなんて。
「クソ……!」
人域を離れた高山の中腹で膝をつきそうになる。体力ではない。もはや奮い立つための闘志も出涸らしで、僕の恵まれた身体能力とは関係なしに内側からストップを掛ける声が響く。
「駄目なのか……。ここまで探しても……まだあの女には……」
これほどの挫折感は無かった。人里以外を探すという答えにはたどり着いたのだ。だが人里以外は人里よりも更に探す範囲が広い。いくら僕が全力で駆けずり回ったところでとても全てを回れるものではなかったのだ。
「見つけ……なければ……あの女……」
止まろうとする足を機械的に動かしてなんとか山を練り歩く。止まってはいけない。止まったら僕は殺人犯なんだ。なんとか世界全てを歩き倒せ。歩いて歩いて、やがて世界を救う所まで歩き続けるんだ。
「世界を……世界を……」
もはや頭も朦朧としている。正常な判断力が残っているかも怪しく、既に歩いた場所を繰り返し歩いているような気もする。もしかして既に全ての世界を探し尽くしているのにまだ歩いているのだろうか。いやそんな訳が無い。そんな訳が無いし、それでもこの足を止める訳にはいかない。仮に世界の果てに何もなくとも、折り返して戻ってでも足を動かし続けろ。何も無くとも、誰もいなくとも、僕を正気に向かわせるこの足だけは、絶対に、絶対に、絶対に、絶対に、絶対に
━━・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「えっ?」
足がぴたりと止まった。
最初、朦朧とした頭は自分しかいない意識内に突然何者かが介入してきたような不可解な感触を覚えた。己が抱いた以外の考えがそこにある、まるで脳に他人の思考が混じったような幻覚じみた事象。だが頭のもやが晴れる内、それが単に実際に音として他の者の言葉を聞いていただけであった事に気付く。人の立ち入らないような秘境、そこで何故か人の言葉が聞こえてきたという、ただそれだけの話だったのだ。
女の声だった。
女が話す声。ここから近い場所、誰かと会話をするような女の声がする。崖と言い切っても良いふもとの地形を乗り越えた先、空気すらほとんど存在しない高高度の頂へと向かう途中。そこに何故か女の声が霧に乗って流れてきているのだ。
「……ドロシーの声じゃない。誰だこれは」
僕と森で話したあの少女のものではない。それよりは低い、しかし良く通る女の声。耳を澄ますとそれの相手をしているような男の声も聞こえてくる。
僕は足音をさせないように細心の注意を払い、声の方へと近づいて行った。凸凹の山壁を越えて顔を出すと、霧の奥に動く影が見える。そのおぼろげな輪郭をはっきりさせるために目を凝らしていると、ちょうど上空の雲の移動が晴れ間を作り、太陽の光が目の前の存在を照らし出した。
「あれは!?」
まず目に飛び込んだのは山にいながらその姿を山のようなとしか形容できない、顔だけで人里のほぼ全ての建造物を上回るほどの大きさを持つ超巨大生物……ワイアームだった。そして更にその鼻先、ワイアームに対峙するように立つ一つの人影にも気付く。
女だ。遠目ではっきりとはわからないが、目分量で背丈は僕と同じくらい。あまり見ない形の服を着ており、同じく見慣れない肌の色と合わせてその容姿の珍しさが目を引く。特に顎の高さほどで切りそろえられた透き通るように美しい白い髪は、あの雄大なワイアームを前にしてなお数瞬こちらの目を奪うほどだった。
━━いや、ちょっと待て
人里で見ないような珍しい服に……肌の色?
それに透き通るような白い髪だと?
「まさか……
頭の中で急速に解がはじき出されていく。魔物であるはずのワイアームに物怖じせずに何事かを話し掛ける存在。人ならざる容姿に浮世離れした雰囲気をまとう純白の髪の女。
侵略的ネームドモンスター筆頭━━
人域の外に人探しを繰り返してきた僕の前に、予期せぬ存在が姿を現したのであった。
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