謎の人間

 先程まで僕を脅かすためにひたすら喋っていたワイアームは何も言わなくなった。信じられないものでも見るように、ただその大きな瞳に僕の姿を映し続けていく。話が付いた事を確信した僕は、ワイアームとは逆側の手で掴んでいた1m四方の半透明の枠を消した。


「いちいちステータスを出すのも面倒だな……」


 力というのも案外使い勝手が悪いものだ。僕自身には人間一人分の体重しか無い関係上、全ての力を伝えようとした時には必ずそれを受けるが必要になる。普段は危ないからと封印している力の数値だが、危ない以前に結局は魔法だけ使うのが一番便利という事だろうか。


 すると、突然背後でドンと何かが爆ぜるような音がした。反射的にそちらを振り向くと、土煙の先にうっすらえぐれた地面が見える。見覚えのある光景……強い力で勢いよくの一歩目。崖の方へ目線をずらすと、今まさに全力疾走でこの場から立ち去らんとする魔物の姫の後ろ姿が見えた。


「逃がすか!」


 言うなり僕は目標に向けて走り出し、秒も経たない内に逃げる彼女へと肉薄する。そして追い抜きざまにスネへの足払いでその体勢を浮かせると、相手は崩したバランスのままに勢いよく地面へと倒れ込んだ。


「ぐっ……あ!」


 勢いのままに転がりながら呻き声をもらす魔物の姫。その後すぐさま立ち上がろうとするが、苦痛に耐えるように顔をしかめて再び倒れ込んでしまう。


「足が折れたみたいだな。ちぎれて吹っ飛ばなかっただけマシだ」


 走れなくなった魔物の姫のもとに悠々と近づいていく。一応手加減はしていたが、足がどうにかなる程度の事は想定内だった。魔物の姫は足を抑えてしゃがみ込みながら、目線だけでかろうじてこちらを見上げた。


「……君は一体何だ。ユニーク能力者か?」


「力と速さが凄いだけだ」


 言いながら、わざとらしく服の埃を払ってすっとぼける。ワイアームも聞いている手前、手の内を晒す必要は何処にもない。


「私に用があると言っていたな。私の事を探していたのか?」


「探していない。通りすがりだ」


 不可解そうな目で僕を見る魔物の姫。適当な答えではぐらかされていると思っているのかもしれないが、本当の事だ。僕が探していたのは彼女とは全く別の女なのだ。


「つまり討伐依頼ではないという事か? いやそもそもこんな山に何の用が? この場所には本来何も……」


「待て」


 次々と疑問を口にする魔物の姫に対し、手のひらを向けて制する。


「場所を変えよう」


 そう言いながらちらりと横を見る。変わらず変な物でも食べたような顔で押し黙るワイアーム。話をするなら余計な者はいない方が良い。


 僕は魔物の姫の胴に腕を回し持ち上げた。彼女は抱えられた瞬間緊張したように息づかいを止める。


「邪魔したな」


 僕は地面を蹴りつけ、風の中へとその身を投じていった。

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